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§ ブリーフィング


 地下二階に設けられた司令部の、最深部に位置する一室。
 2カ所にある出入口の外には、完全武装の歩哨が2名ずつ、みじろぎもせず立っている。完全に密閉されたシャッター。部屋は物理的に閉鎖されているだけではない。壁、天井、床のパネルには地下基地の他の部屋とは違って、特殊な加工が施してある。室内につながるすべての換気口についても、同じ処理がなされていた。
 電磁波、振動、熱に対する遮蔽。
 想定しうるすべてのセンサーに対する、徹底した盗聴対策。
 今、その閉ざされた室内では人類の未来を左右する作戦についてのブリーフィングが行われていた。
 地球上陸作戦。
 火星守備軍による、対MME総反攻戦の概要が明らかにされようとしていた。
 厳重な警備とは対照的な広いだけの殺風景な室内には、まちまちな服装の男女が集まっていた。瞳にやどる鋭い光と、汚くくたびれきった姿にもかかわらず生気にあふれた表情が、その場にいる全員に共通している。
 静粛の中に熱気と期待があふれていた。
 薄暗い中、彼らの正面にあるスクリーンが異様に白く見える。
 すべての視線がスクリーンに現れる図表と、説明を続ける一人の士官の動きに注がれていた。
 携帯用プロジェクターの映像を利用し、しゃべっているのは、国連総長の特使として火星からやってきたラミディア少佐。彼女の隣には、一人の小柄な女性士官が控え、ラミディアの言葉の流れを追いながら資料画面を切り替えていく。
 その二人を挟んで、演壇の両端にドミノフとネルソン、二人の地球側最高責任者がそれぞれの副官を従えている。さらにその外側には、武装した兵士がマシンガンに手をかけて立っていた。
「…以上のマスドライバーによる第1攻撃に続いて、ゼロ・ポイント中心地域への第2次攻撃を行います」
 瞬間、室内の空気が凍りついた。
 ラミディアは、口を閉ざして反応を待った。

 誰も、一言も発しなかった。
 だが、重苦しい衝撃が、その場に集まった男女の中に波紋を描くように広がった。あたりは、ピンと緊張に張りつめ、今にも放電でもおこしそうな空気に満たされた。
 S.V.E.弾頭は、今の地球を蔽う惨状をもたらした元凶だ。
 それをもう一度使用するというのだ。
 ラミディアは、緊張が一気に爆発に転じるかと思った。
 だが、沈黙は保たれた。
 ドミノフがゆっくりとラミディアに顔を向けた。視線が会うと、ドミノフは小さく頷いた。
 女性士官がプロジェクターを操作する。
 スクリーンの映像が切り替わる。
 ラミディアは、心の中でホッと小さなため息をつき、先を続けた。
「目的は、人工磁気嵐の無力化です。S.V.E.弾頭によって発生した大規模な熱と付随する上昇気流で、磁気性エアロゾルを無効化、拡散させ、ゼロ・ポイント地域の振興磁気嵐を一掃します」
 今度のラミディアの言葉も、驚きを持って受け止められた。
 しかし、反応は好意的だった。
 あちこちで、互いにうなずき、ささやきを交わす影が見られる。
 だが、まだ安心はできない。
 ささいなミスが、誤解を招き、大きな混乱を引き起こさないとも限らない。彼らは一度裏切られている。あの無残な結果に終わったヘカトンケイル作戦で。真相は公式にはふせられているが、知っている者は多いはずだ。
 ラミディアは、気を引き締めようとするかのように、今一度、背筋を伸ばした。
 作戦に対する不信や疑惑があってはならない。
「その、効果は二つ。
 第一は通信の確保。これは、MMEの中枢部に侵攻し、これを叩くのに必要不可欠な要素です。
 第二は、適MMEの通信の妨害。彼らは強磁性エアロゾルを媒体とする通信手段を広範囲に利用していることが判明しています。磁気嵐を消すことで、短時間ですが、MMEの指揮・通信系統を妨害できるはずです。その間に、MMEの防御線に穴をあけ、侵入、司令中枢を破壊します」
 作戦計画自体に嘘はない。
 暴走してしまったヘカトンケイル計画以前から、慎重に進められてきたものだ。
 あらゆる資材を優先的に投入し、火星で使用可能なすべてのキャリア、カーゴが参加する史上最大の上陸作戦である。
 しかし、いくらハードウェアを整えたとしても、所詮、火星にあるのは小規模なコロニーに過ぎない。火星守備軍は、ここに集まっている人々が考えるほど、強力ではないし、その意見も統一されてはいないのだ。
 地球を放棄しようと主張するグループもある。
「軌道上から投入される第一波のドロップ・シップは500」
 スクリーンに円弧と直線で区切られた地形図が投影される。
 円弧の中心には、ゼロ・ポイント。
 元はアリス・スプリングス宇宙港、南半球最大の軌道間連絡施設になるはずだった。今は、MMEの作り上げた、巨大な塔の周辺に広がるメカとエレクトロニクスの複合体。大陸中央部を蔽う巨大な磁気嵐の中心でもある。

 けして少なくない反対意見を抑えて、地球上陸作戦を進めてこられたのは幸運だったとも言える。確かにラミディアたちや、彼女の父親であり、火星守備軍総司令官を兼任する国連総長を中心とする努力があった。
 だが、それだけで、今日、ここで地球に残された人たちを目の前にすることができただろうか。
「第一波の上陸は、このセクター11に対して実行します。30分の間隔をおいて、第二波、500機がセクター12へ、同時刻、第三波、500機がセクター13へ上陸を敢行します」
 ラミディアのよく通る澄んだ声に合わせて、スクリーンの扇形が色を変え、数字と略号が投入される部隊と兵力を書き加えていく。彼女のすぐわきにいる士官のタイミングを逃さない鮮やかなキー操作は、ラミディアの説明をスムーズに進行させる。
 そう、この士官。
 ラミディアは視界の隅に彼女の姿を感じていた。
 小柄な、少女といってもいいような制服姿。その制服には階級章がない。
 正式には、士官ではないのだ。少尉待遇のアシスタントとして、ラミディアを補佐している。上陸作戦の立案以前からずっとだ。
 名前は、キャティ・キャラウェイ。
 ラミディア自身にとって、有能な助手、いや、それ以上の存在だった。
「…大気圏突入には、MDFの航空部隊、5個飛行体が地上攻撃を行います」
 航空兵力が使われる。その言葉に、室内にまた無言のどよめきが起こった。

 すべては彼女がやってきたことから始まったのだ。
 消えかけていた地球を救うという望みが、ラミディアたちの手に戻ったのは、キャティのおかげだった。キャティの提供したデータが、火星の軍人と政治家たちを最終的に従わせた。ニューマン博士の下で働いていたという彼女の経歴も、首脳部を説得するのにものを言った。
 現状では、火星コロニーは存続できない。
 それがキャティの渡したデータの結論だった。
 テラフォーミングが未完のまま、地球からの支援が断たれれば、30年で現在の火星コロニーは維持不可能になる。
 それでは、いくら火星の艦船を温存し、MMEに備えたとしてもまったくの無駄だ。地球を人類の手に回復するしか生き延びる方法はない。
 データは徹底的に検討されたが結論は変わらなかった。
 だから、今、ラミディアは地球にいるのだ。
「…以上の火星守備軍の上陸作戦に対して、地上側で必要とされる支援行動は、」
「ここからは私が説明しよう」
 ネルソン司令の低い声が、柔らかにラミディアの声をさえぎった。
「分かりました」
 ラミディアが司令に向かって会釈する。
 ラミディアが、プロジェクタの投げかかる光の流れの中から退くと、代わってネルソンが演壇中央に立った。
 ラミディアは、自分の席に腰を降ろして姿勢を楽にする。ただ立っているだけでも、火星環境に順応していた彼女の身体はかなりの体力を消耗する。そっと額の汗をぬぐった。
 キャティは謎だった。
 ラミディアは彼女を見やった。
 彼女は、ネルソンの副官がプロジェクタにデータをセットするのを手伝っている。そして、コンソール・シートをゆずるとラミディアの隣に来て座った。
「うまくいっていますね」
 キャティは、地球軍側の行動計画を説明しだしたネルソンの方を見ながら小声で言った・
「ええ」
 信頼できないのではない。
 彼女はラミディアの最も頼りにするスタッフだ。
 それでも、心の何処かにひっかかるものがある。
 不安とは違う。はっきりと口に出来ない何か、だ。
 ブリーフィングは続いた。

 士官居住区画。
 部屋の主の大部分はブリーフィングに出席しているか、当直についているか、そうでなければ、基地を離れMMEと戦っていた。ブロック全体はひっそりと静まり返っている。
 その一室。
 メロディはひとりだった。
 自分の叫び声で目が覚めた。
 全身が油汗でじっとりと濡れていた。
 灯りの消えた室内で、天井の白色灯がぼんやりと蛍光を放っている。
 ベッドに横たわったまま両目を右手で蔽った。
 また夢を見た。
 悪夢だった。
 ボーディーが死んだ。
 レーザーの輝きが金属製の槍のように次々に彼の胸を貫いた。
 血が飛び散った。
 カッと眼を見開き、ボーディーの身体が崩れる。
 何かを伝えようとして口を開きかけるボーディー。
 メロディの手を真っ赤に染めて、彼女の腕の中でボーディーは息絶えた。
 気付くとビッグフットの瞬かないレンズ眼が見下ろしていた。
 叫んだ。
 そして、目が覚めた。
 誰もいない。
 たった一人、狭いコンパートメントのベッドに居た。
 心臓が壊れそうな程激しく胸の中で鳴っている。
 なんともなかったのに。火星にいた時はなんでもなかったのに。
 それなのに、地球に降りたら。
 忘れてたんじゃない。忘れるわけないじゃない。
 でも、なんで…。
 メロディは腕を顔の上からどけた。血のように暗い色をした天井が見える。
 どうして死んだのよ、ボーディー…。
 体を起こして頬の涙をぬぐう。暗闇の中で濡れた自分の手を広げ、見つめた。
 もう一度、自分の頬に両手で触れた。
 まるでボーディーの流した血で濡れているような気がした。
 メロディは、その手の中に顔を埋めると声を殺して泣いた。



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