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§ 謎


 ハンガーで待っていた。
 そこに警報が鳴った。
 インターコムにとりつき、警戒ステーションに問い合わせると、4号連絡道のC1出口付近でMMEの小グループとパトロールの戦闘、応援要請が入ったとのことだった。
 スコアは、ノートンたちとAPCに乗り込んだ。
 つい10分ほど前だった。
 サンディのやつ、あんまりグズグズしてるから、こうなっちまったじゃないか。
 スコアは一刻も早く火星からもたらされた情報を知りたかった。
 だが、ブリーフィングに出る資格はない。
 サンディの帰りを待つしかなかったわけだが、結局こうなってしまった。
 中途半端な気分だ。
 サンディのやつ、とっくにブリーフィングは終わってるはずなのに。

 車体の揺れと履帯がコンクリート片を踏み砕く音が止まった。
「降車する。散開したら、パトロールの連中の反対側から挟んで攻撃だ。合図は照明弾」
 ノートンが暗視装置を組み込んだバイザーを覗きながら言った。APCには連絡道を別の出口から抜け出て、C1出口へ外側から回り込んでいた。
「通常の偵察編制ならMMEはトールボーイ4体だが、他にもいるかもしれない。注意は怠らないでくれ」
「分かった」
 狭い兵員室、小さな車内灯の光の中で、スコアは低く答えた。他の兵士たちもノートンの指示にうなずいた。
 停止。後部ハッチが開放され、スコアたちは、ビルの墓場に広がる湿った夜の闇の中に散った。兵士を吐き出したAPCは、そのままC1出口へと直進する。MMEの注意を引き付け、牽制するためだ。
 外に出たとたん、断続的な銃声がスコアの耳に響く。
 そのたびに、白い閃光が巨大な墓石のようなビルの灰色の壁を浮かび上がらせる。
 スコアはガトリングガンを手に走った。
 すぐそこじゃないか。30メートル、あるか、ないかだ。
 スコアは遮蔽物の影に滑り込み、様子をうかがう。
 呼吸を整えながら、間合いを計った。1ブロック迂回すればちょうど真横に回ることになる。ノートンたちは反対側に向かっている。APCは真正面。
 よし!
 スコアはひび割れたアスファルト舗装を蹴って、物影を飛び出した。
 細い街路をジグザグに走る。
 視線はまっすぐ前方、パトロールとMMEの遭遇ポイントに据えられている。
 銃声が激しさを増す。
 一瞬、赤い直線が前方の空間を薙いだ。照り返しに赤く長円形の物体が姿を現し、また闇の中に消えた。
 トールボーイの野郎だ。
 両腕に抱えたガトリングガンの手ごたえを確認しながら一気にブロックの端まで走った。その先はビルが途切れ、身を隠す物がなくなる。
 広場。
 そして、崩れた地下鉄の入り口に隠したトンネルの出口がある。
 いやがったぜ。
 廃墟の中に開けた小さな広場で1台の車が炎上していた。その周囲を2体のMMEが、不釣り合いに長い脚に潰されたラグビーボールのような胴を載せてゆっくり動き回っていた。胴と一体になった首を振り回しながら後方、地下鉄の入り口とは逆の方向を警戒している。APCの接近を感知していたのだろう。
 1体が青い伝達流体をあたりにぶちまけて、車のそばに倒れている。
 4体目が地下鉄の入り口に向かって対人レーザーを撃ちまくっていた。中からの反撃はまばらだが、図体が邪魔をしてトールボーイは入り込めないようだ。
 あいつら、何やってるんだ。さっさと逃げればいいものを。
 早くしないと手遅れになる。
 スコアはいらつきながら、ガトリングガンのトリガーガードに指を置きノートンのサインを待つ。
 MMEの奴も変だ。何かさがしているのか?
 ほんとうにAPCか、それとも誰か逃げ遅れたのがいる…。
 そう思った時、辺りをふらついていたMMEの1体の動きが変わった。
 脚を止め、首振りも止めた。
 あそこか!
 スコアは目を凝らした。
 まずいな。ノートンが気付いてくれればいいが、このまま…。
 不意に白光が頭上にはじけ、スコアの思考を断ち切る。
 風景が突然白と黒のモノトーンに変わった。
 ちっ!
 スコアは舌打ちして、隠れていたビル影から飛び出した。
 周囲から一斉に銃声が響く。光の矢がMMEに向かって水平に襲いかかった。
 上から降り注ぐ強烈なマグネシウムホワイトの光線に、3体のMMEが凍りついたように見える。一番手のトールボーイにガトリングガンの銃弾をばらまきながら。向かいの路地へと走る。
 そこに小さな影がうずくまっていた。
「早く隠れろ、丸見えじゃないかよ!!」
 スコアは怒鳴ったが聞こえるはずはない。
 そのまま広場の隅を斜めに突っ切り、目の前の人影に飛びかかった。
「バカ野郎、死にてぇのか!!」
 人影に腕を引っ掛け、叩きつけるように地面に一緒に伏せた。
 腹でも打ったのか、彼女の腕の下でむせ返っているやつの顔を見る。
 途端にスコアは大きく目を見開いた。修道服のフードの下からのぞく大きな瞳。鳶色の肌。
「サリー、お前何やって、」
 言いかけたところで、相変わらずMMEに丸見えなのに気付き、あわててサリーを引き摺って物影へ下がった。やっとビル影に隠れたかと思うと背後で何かが動く気配がする。
 けたたましい銃声の中にかすかに軋るような音が混ざる。ギョッとしたスコアは片膝をついたまま身体ごと振り向き、銃口を物音の方へ向けた。
「!?」
 子供だ。スコアはあわてて銃口をそらす。
 子供たちはスコアとガトリングガンを無視して、やっと起きあがったサリーにすがりついた。半べそはかいているが誰も鳴き声は上げない。
 スコアはMMEの様子をうかがいながら、内心ニヤリとした。
「無茶だぞ、お前ら」
 だが、口調は厳しい」
「ごめんなさい…。地下に逃げようとしたんだけれど」
「全員いるか、ケガしてるヤツは?」
「だ、大丈夫みたい、みんないるわ」
 薄れていく照明弾の照り返しの中で、サリーは子供たちのうす汚れた顔を見渡し確認した。突然、爆発音が響き、サリーは背筋をぴくりと震わせた。子供たちがしがみついてくる。
「心配するな、トールボーイがふっ飛んだんだ。あと1匹。」
 そこでスコアの言葉が途切れる。
「下がれっ!」
 スコアが怒鳴る。同時にその頭上を赤い光条が走った。
「さっさと行くんだ!」
 振り向いたスコアがもう一度声を張り上げた。サリーは頷き、すぐさま子供たちの手を取って立ち上がる。視界の隅にその姿をとらえながらスコアは壁の向こうへタングステン弾芯の銃弾を撃ちまくった。
 命中弾は与えている。だが、決定打がない。トールボーイはあちこちに風穴をあけられても、そのままスコアの方に突き進んでくる。
 これで偵察用ってんだから…。
 再び襲いかかった対人レーザーの掃射を壁の影に避けて、スコアはハンドグレネードを左手に握った。
 荒れた人工大理石の上に弾ける光の矢が途絶えた。
 すかさず前へ。
 MMEの姿を確認、投擲。スコアは素早く下がった。
 閃光と同時に爆風が巻き起こった。
 ただ、こいつらはデク人形の方だから扱いやすい。
 警戒しながら出る。
 砂ぼこりをくぐったスコアの足元に、ちぎれたトールボーイの脚と胴が転がっていた。ガトリングガンを構えなおし、胴に短く一連射をくれて止めをさした。
 スコアは額の汗をぬぐい、大きなため息をつく。
 やっと終わった。あとは迎えを待って基地に帰るだけだ。
「おい、もう出てきてもいいぞ」
 隠れているサリーたちに声をかけた。
 だが、それに応えたのは鋭い悲鳴だった。
 スコアは路地の方を振り向き、踵を返すとアスファルト舗装を蹴って走った。
 しまった! まだ残っていやがった。脳裏をノートンの言葉がかすめる。
 スコアは全力で引き返した。
 やっぱり…。
 路地の先にサリーと子供たち、そしてトールボーイがいた。ちょうどスコアと反対側。最悪の位置だ。
 撃てないじゃないか。
 どうするんだよ。

 目の前にMMEがいる。
 サリーの頭上から、冷たい光を放つ単眼が見降ろしている。
 子供たちはぎゅっと彼女に顔を押し付け、しがみついていた。
 スコアに言われて、必死に路地を戻った。そこでMMEに出くわしてしまったのだ。子供たちと一緒だ、もう逃げようがなかった。いや、サリーひとりだって足がすくんで動けない。
 もうすぐにも対人レーザーの光条が彼女たちの身体を刺し貫くだろう。
 けれど、嫌だった。
 このままただ脅えているのは嫌だった。
 トールボーイを見上げて、その視線を真正面から受け止める。
 あなたたちを生み出したのは、人間だわ。破壊と殺人を教えたのも人間。
 世界を今のような姿にしてしまったのは私たち。
 その報いを私たちが受けるのは当然でしょう。
 でも。
 ここにいる子供たちまで巻き込むなんて許せない!
 今の私には力がない。
 でも。
 もう、決してこんなことは起こさせないわ!
 この次は、絶対に…。
 サリーは震えが止まらなかった。
 子供たちを抱きしめる。

「G弾は駄目だ。AP弾に換えろ!」
「了解!」
 自動装填装置が薬室からG弾を抜き出し、替わりに砲塔内の専用弾倉からAP弾を押し込む。
 サイトに目標が映る。
 ほとんど動きはない。
 はずす可能性はゼロだ。
 すぐ向こう側に重なっている人影だけが邪魔だった。

 トールボーイはカメラアイにサリーたちを捉えたまま、じっと立っていた。
 彼女たちを観察していた。
 時折、小さな2つの単眼が瞬くような光を発し、中央の単眼が細かく方向を変え、視界の中を走査する。得られた映像データは通常ならバンクに蓄え、中継フローターを介してゼロ・ポイントに送信する。しかし、行動をともにしていた4機の仲間を失ったトールボーイは、非常事態に対応してバースト送信で直接、「G.O.R.N.」 に映像を送っていた。
 雑音の中から復元された短いパルス・コードが、ゼロ・ポイントからトールボーイに司令した。
 「G.O.R.N.」 はさらにデータを要求していた。

 何してるんだ。
「伏せろ!!」
 スコアは走りながら叫んだ。

 我に返ったサリーは子供たちと一緒に倒れ込むように道路に伏せた。

 MMEに重なっていた人影がフッと消える。
 同時にトリガーを絞った。
 コンデンサから解放された大電流が薬室に流れ込む。数マイクロセカンドで装薬が高温高圧のガスに変わる。
 ガスの奔流に乗って、砲心の中を弾頭が突進した。

 サリーのすぐ頭上で閃光が起こった。
 至近距離から放たれたAP弾がトールボーイを貫き、ラグビーボールのような形の黒赤色の胴体がはじける。
 本能的にサリーは子供たちに掩いかぶさった。
 サリーの身体にMMEの破片が激しく降り注ぐ。

 飛んでくる破片など構わず、スコアはサリーに駆け寄った。
 青緑色をした循環液が一面に飛び散っている。
 サリーを抱え起こし、乱暴に揺さぶった。
「しっかりしろ!」
「え…」
 サリーは右手で額を押さえながらのろのろと顔を上げた。頭がガンガン鳴っているような気がした。スコアに怒鳴られて、ショックで何処かへ奪い去られていた思考力がやっと戻ってくる。
「…みんなは?!」
 うつろだったサリーの顔に生気が甦るのを見て、スコアの顔にも安堵の色が浮かぶ。スコアは肩の力を抜き、表情をゆるめた。
 それが合図でもあるかのように子供たちが一斉に泣き出した。辺りに満ちていた緊迫した空気が、やっと消え去ったのを感じ取ったのだろう。
 もう安心して泣けるってわけだ、まったく大した連中だぜ。
 スコアは子供たちの表情を見渡した。
「大したケガはないようだ。この様子だとな」
「よかった…。ごめんなさい、スコアさん。助けて下さって…」
「礼なら、オレじゃなくて、あいつらに言うんだな」
 立ち上がったスコアが路地の先を指差す。照明弾が消え、再び黒く塗り込められた廃墟の中から2つのライトが近づいてくる。路面を巨大なホイールが踏み締める音が大きくなり、ゆっくりと輪郭が見え出す。
「W-85だ。グッドタイミングだった」
 低い声に振り返ると、ノートンが後ろにいた。他の兵士たちは、その場にへたり込んで泣いている子供たちの手当てにとりかかっている。
「すまない。私の見落としだ」
 ノートンはスコアに謝った。
「いいさ、無事切り抜けたんだから」
 スコアはあっさり応えて、W-85のキューポラに向かって手を振った。上半身を乗り出しているのはバウアーだ。
「あいつら今ごろ戻ってきたのか」
「そうだな。上陸作戦のブリーフィングに出てるはずだ」
 ノートンは小さく頷いた。
 W-85はスコアとノートンのすぐ手前でぴたりと止まる。
 バウアーはキューポラの脇に両腕を突いて身体を抜き出すと、W-85から飛び降りた。二人のもとに駆け寄る。
「大丈夫か?」
「ああ、こっちも、子供たちの方もなんともないようだ」
「助かったぜ、バウアー。さすがだな」
 ノートンとスコアが順番にバウアーの手を握った。
「子供? いったいまたどうして?」
 バウアーのサイトではトールボーイと人影としか分からなかったのだ。
「その辺のところは、このお嬢さんに訊いてみないと分からない。出入口の警戒パトロールがトールボーイに囲まれているランドクルーザーを見付けて、応援を呼んだ。我々が駆けつけたら、こうなっていたというわけだ」
 ノートンが説明している間に、スコアはサリーに肩を貸してやっていた。
「立てるか?」
「なんとか…」
 立ち上がろうとしたサリーが小さく呻いた。
「ちょっと脚が、」
「挫いたのか」
 スコアがその場にかがみ込む。
「応急手当をして、ここは早くベースに戻ろう」
 様子を見ていたノートンは、そう言うと、手早く周囲の状況を確認していた。
「こっちもこいつがトラブったせいで、いい加減帰投が遅れているからな。急ぐとしよう。先導する」
 バウアーは手を振ってW-85で待っているジーンに合図し、車体によじ登った。
「頼む」
 ノートンも振り返り、小休止をとっていた仲間に合図した。
 スコア、ノートンたちの後ろにはすでにAPCが待機している。子供たちを連れ、兵士たちが乗車する。ノートンが乗り込み、最後にスコアとサリーが残った。
 スコアの手を借りながらサリーはAPCの後部ハッチへ脚をかけた。
 サリーは、ふと背後に視線を向けた。
 MMEの残骸が黒い染みのように散らばっていた。

 今でも分からない。
 何故、助かったのだろうか。
 あのMMEは何もする気がなかったようだった。じっと見つめていた。
 では、何を見ていたのだろう。
 私を…?
「行こうぜ」
「はい」
 スコアに促されて、サリーはAPCに乗り込んだ。隠されていたC1出入口から、2台の車両は地下に消えて行った。



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