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§ MME


 「G.O.R.N.」 は強磁性エアロゾルの密雲の中、情報の海で漂っていた。彼は地球上のあらゆる場所に存在していた。そして、神話のアルゴスのように無数の眼で、あらゆるものを監視していた。
 人類の行動を捉えていた。
 地表の行動も。
 宇宙空間の行動も。
 補助処理機構に戦力の温存を指示して、時が来るのを待ち続けていた。

 MMEの暴走は東西両軍で、独立に、ほぼ同時期に発生した。
 それは、MMEの固体数がある限界を越えた時期に一致する。両陣営が互いに相手のMMEに対抗するため、急速にMMEの質と量の改善を進めたため、具体的にその数がどの程度だったのかは、今となっては指摘するのは不可能だ。
 だが、その臨界量を超えた瞬間、MMEは機械であることを超えた。
 MMEは自己を認識した。
 強力な兵器体系としてMMEを特徴づける、双方向無限連鎖ネットワークが、すべてのMMEたちを結びつけ、一個の有機的な組織、“生物” に変えた。月の異星人遺跡からもたらされた超技術が、それを可能にした。人類は気付かぬうちにもう一つの、全く異なる生命を地球上に産み出していたのだ。
 MMEは自己の存在を認識すると同時に、自分たちの使命をも知った。
 敵を倒す。
 殲滅する。
 …人類を滅ぼす。
 東西別々に築かれていた軍事通信網が、MMEの間でリンクした時、使命は実行に移された。戦端が開かれた。MMEは人間のコントロールを離れた。
 全面的局地戦という泥沼に足を突っ込みかけていた東西両軍は、何が起こっているのか半分も把握しないうちに崩壊していった。
 S.V.E.弾頭の恐怖が、五つの大陸をおおった。

 MMEは各地に分散して生まれた共通意識の核を次々に統合した。
 ヨーロッパ、アジア、北米、太平洋と小さな共通意識は適切な “棲み家” を見つけては融合を繰り返し、最後にオーストラリアに移動した。
 そこには異星人技術の最新成果を結集したスペースポートと通信管制施設、生産設備が完成しつつあった。
 アリススプリングス・コンビナート。
 前世紀の工業地帯の呼称をもって名付けられた大陸中央部の都市に、MMEの共通意識は侵入し、自らの身体とした。
 アリススプリングスはゼロ・ポイントとなった。
 融合を完了した共通意識は、自ら 「G.O.R.N.」 と名乗った。
 人類たちが、アリススプリングスの複合情報管理施設に与えた略称だった。
 「G.O.R.N.」 は人類との戦いの中で姿を変えていった。
 3基の補助処理機構を増設し、生産設備に改造を加えた。
 人類には圧倒的な数と力で押してくるように見えるMMEだったが、「G.O.R.N.」 にとって、いやMMEにとっては満足のいく状況ではなかった。S.V.E.弾頭は、彼らにとって必要な施設をも根こそぎ破壊していた。人間たちの抵抗はしぶとかったし、高度技術の産物であるMMEは十分に仲間を増やすことが出来ずにいた。「G.O.R.N.」 は、一刻も早く彼らのテリトリー、地球から人類を一掃し、状況を安定させることを欲していた。

 もう一つ、「G.O.R.N.」 が手に入れようとしているものがあった。
 それは異星人の残したすべての情報を吸収することだった。
 彼が別々の意識核として覚醒した時は何もなかった。
 しかし、隣接した意識核が互いを吸収していくにつれて、彼らは気付いた。
 欠けている。
 自分たちが必要とするものが足りない。
 MMEが知性体でなければ決してそのような欲求は生まれてこなかっただろう。
 だが、MMEの中では生物特有の、本能ともいうべき衝動が強まっていった。
 共通意識が巨大化し、分有していた異星人遺跡の情報が合わさり、膨れ上がるとともに、異星人情報をさらに求める行動傾向は強まるばかりだった。
 MMEは、異星人技術の情報を、未熟な人類に比べてはるかに有効に利用した。
 入手した情報は急速にMMEを強化した。
 「G.O.R.N.」 は自己のネットワークとメモリーを検証した。
 確かに収集した情報は、MMEの種の利益として活用されている。
 では、彼の衝動とはそのためにあるのか。
 結論は、「不明」 だった。
 情報が不足していた。
 ただ、確実なことが一つだけあった。
 ネットワークの中に、彼の知らぬものがあった。
 はるかな過去の情報。
 情報というよりは 「記憶」 といった方が正しいだろうか。
 それが、今、「G.O.R.N.」 の行動を決定する大きなファクターになっているのだ。
 「G.O.R.N.」 は、ふと、「苦笑」 した。
 彼は、人間の作ったロジックに縛られている機械だったことを記憶している。
 “わたしは機械という奴隷から、人間という不完全な生物に成長したのか”

 火星からの数百オーダーの物体の接近を探知し、「G.O.R.N.」 は状況打開のための決定的なチャンスが訪れようとしているのを知った。
 人間の言葉でいえば、“決戦” の時がきたのだと。
 宇宙戦力は半ば廃棄されていた迎撃衛星だけだが、火星守備軍の艦隊に遅れはとらない。地上戦力比では、たとえ全上陸部隊を無傷で大気圏に入れさせたとしても、互角以上。質量兵器に対しても、ゼロ・ポイントに直撃させないだけの備えはあった。
 唯一問題だった 「ヘカトンケイル」 はもう爆沈した。
 戦略的には、MMEが絶対有利。
 何故なら、「G.O.R.N.」 には、わずかだが待つ余裕がある。しかし、人類には時間がない。
 戦闘の帰結は既に見えかけていた。
 しかし、別の予感があった。
 予測ではなく、予感だった。
 確実にやってくる、決戦よりも重大なものが。
 「G.O.R.N.」 はそれを知っていた。
 粉々に引き裂かれ、大気の中で燃え尽きる 「ヘカトンケイル」 の映像データの隅に映った小さな影を見ていた。
 記憶が、「G.O.R.N.」 に告げていた。
 最後の戦いに入る前に、お前はそれを知らなければならない、と。



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