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§ 疑惑 早朝。地下の空気は冷え切っていた。 パチリ、軽い音をたててうすい金属製の止め蓋を開く。 「よし!」 3時を指したまま動かない針を見つめてミティが元気に声を上げる。 「飽きないやつだな。壊れた時計のどこがいいんだか」 W-85のホイールにもたれたスコアが車体の上のミティを見上げた。 ミティはスコアの冷たい言葉を気にする素振りも見せず、ぱちり、ぱちりと一人遊びを続けている。もとから気にするようなヤワな子ではないし、決してスコアが嫌味を言っているのではないことを知っているのだ。 「スコアも子供の頃はああだったのじゃないか。」 「想像つかないけどね」 ハンガーの壁際に並んだバウアーとサンディが一緒に笑った。 出発間際のざわめきの中、トラック、APC、ACV、各種の車両が隊列を作っている。あちこちで別れの光景が演じられていた。 「そうですかね」 スコアは頭の後ろで手を組んだまま肩をすくめただけだった。 一般リーダークラスへのブリーフィングの夜から幾日かが過ぎた。 慌ただしく出撃の準備が進んでいた。 幾つかの基地からは、先行する部隊がゼロ・ポイントへ向かって進んでいる。 セントラル・ベースからも3つの部隊が出る。バウアーたちはその最初の一隊だった。 ゼロ・ポイントまでは1000km以上ある。途中、行程のほとんどは制圧下にあるとはいえ、長く危険な旅路だ。そしてラスト50kmが最大の難関になる。 「制圧といっても、MMEの支配下にないってだけでしょう?」 「ま、それでもヤツらに出くわす確率は低い。この前の事件以来、パトロールもないくらいだからな」 サンディの心配そうな表情に、バウアーはフォローを頼むようにノートンを見やった。 「最近の報告では、MMEは各地の拠点に集結しているらしい。一部ではゼロ・ポイントへの後退も始まっている。敵の抵抗は意外な程弱い。本当の戦いは、ゼロ・ポイントだな」 「向こうも準備しているわけか。だが、こっちだって退くわけにはいかないさ」 バウアーは腕のクロノメーターに視線を落とした。時間だ。 「ほら、ミティ、こっちだ」 バウアーはW-85に歩み寄ると腕を伸ばした。 ミティは思い切りよく車体を蹴って、バウアーの腕の中へ飛ぶ。 「ほら、よっと」 「サンキュ!」 ハンガーのコンクリート床に降ろしてもらいミティはニッと笑った。 バウアーはサンディに向き直る。 「じゃあな、先に行く。ゼロ・ポイントで待っている」 バウアーはそっとサンディを抱き、サンディは頬にキスを返した。 「気をつけてね。私たちもすぐに行くから」 無言で手を振ると、バウアーはW-85によじ登った。サンディが後ろに下がる。ハンガーのAPCや、MBTがエンジンの唸りを上げ始める。 乗り込むもの、壁際へ下がるもの、兵士たちはふたつに別れた。 バウアーはW-85のキューポラに体を押し込むように姿を消した。 スコアが隣に立った。 「ずいぶんあっさりしてるじゃないか。いいのか」 「バカね…。すぐに会えるもの」 先頭が動き出した。ハンガー全体にかすかに青い排ガスのヴェールが広がった。 目の前を次々に車両が通過していく。ミティは両手を一生懸命に振っている。無邪気な声援にトラックやAPCの男女も手を振って応えた。 「フォルティンだったら敬礼だな」 見た目は景気がいいが、どうなるか…だよな。 ご立派な隊列を組んで、そのおかげで攻撃食らうなんてのは願い下げ。 スコアにはまともな部隊編制で戦えた記憶などなかったし、いわゆる正攻法というものにもさほど信頼は置いていなかった。 必要なことは理解できるが、生き延びるための戦い方じゃないよ。 ちっ。スコアは小さく舌打ちした。 何もせずこんなところで時間を潰してるから余計なことを考えるんだ。最後の戦いというなら、さっさと始めて決着をつけてしまいたい。 スコアは自分が落ち着きをなくしていることに苛立っていた。 ミティやサンディのように手を振りもせず、スコアは壁にもたれたまま最後尾の車両を見送り、からっぽになった駐車スペースを見やった。 二つの人影がスコアたちの方へやって来る。 「おい、あれ」 スコアは身体を突き放すように壁から離れるサンディの肱を引っ張った。 「え、ああ、ラミディア少佐と、それからバージィ大佐ね。部隊を見送ってたんでしょ。スコアだって知ってるじゃない」 「そうじゃない。あの二人が、なんでこっちに来るんだよ」 「それは…」 ラミディアもバージィも司令部付きで今回の作戦に深くかかわっている。しかし、作戦上でサンディたちとの直接の関係はなかった。確かに、サンディはメッセージの件やメロディが世話になっていたということもあり、個人的にラミディアと会うことはあったが。 サンディが言いよどんでいるうちに、二人はすぐ側までやって来ていた。 「おはよう、サンディ」 「おはようございます、ラミディア少佐」 サンディは戸惑いの色を声に響かせてラミディア少佐に応えた。後ろでバージィが固い表情のまま、小さく会釈した。 同じ頃、ベースの食堂は閑散としていた。 広いスペースにパイプ椅子、長いテーブル、プラスチック・パネルの天井と壁。コンクリートの床。広いという以外は他の部屋となんら変わるところがない。本来、ここで貧しい食事を前に談笑しているはずの大勢の兵士たちの姿が見えないだけに、廃墟の一角かと錯覚を起こしそうだった。 既にここで食事をするはずの人間の1/3がベースを去っていた。無論、朝食に定められた時間にはまだ早過ぎるというのが、人影が見えない一番の理由だ。戦闘がMMEの拠点を中心としたものに移行してから、ベースの生活は定められたスケジュールから大きく外れることは少なくなっていた。 フォルティンは、その薄ら寒い食堂に足を踏み入れた。 部隊編制の問題で徹夜になってしまったのだ。気分を変えにコンパートメントから出て来たところだった。手にしたトレイにはレーションが載っていた。士官用の食事といってもせいぜいこの程度でしかない。特別なものはわざわざ自分の部屋から持ってきた保温水筒の中身だけだ。 たった一人か、ぞっとしないな。 口の中でつぶやいてフォルティンは席を探した。 部屋の隅のテーブルに誰か居た。 その先客、よくよく見てみれば知っている顔だ。 あの猫っ毛の頭はメロディだったな、ラミディア少佐たちと火星から戻ってきたばかりの…。 フォルティンは知っている人間を見つけてほっとした気分で近づいていった。 「どうした、早いなメロディ」 「あ、ああ。フォルティン…」 メロディはフォルティンに声をかけられてびくりと身体を震わせ、顔を上げた。それまで彼女がやってきたのに全く気付かなかったようだ。 フォルティンはメロディの向かい側に席を取った。他には誰もいない。 「元気がないな。体調でも悪いのか?」 「別に…。なんともないわ…」 メロディはまたうつむいてしまい、力なく首を左右に振る。 フォルティンは気に食わなかった。 この子はこんなじゃなかった。ゲリラというよりは、まだただの少女。サンディの回りにまとわりついて、元気いっぱいの様子であれこれと手伝っていた。サンディの話じゃ、もとはお嬢様ってことだが、なるほどと納得していた。 それが、こんなうつろな表情で、ひとりでいるなんて。 サンディのやつ、なんで放っておくんだ。 フォルティンは開きかけたレーションのパックをトレイに置くと、水筒をつかんだ。 「ほら」 香ばしい薫りが、フォルティンの声に重なって漂ってきた。 顔を上げるとフォルティンが金属製のカップを差し出していた。 「コーヒー? あったかい…」 「本物だぞ。入れたてというわけにはいかないがな」 思わずメロディは手を伸ばしてカップを受け取っていた。それを見てフォルティンは、やや安心した。個人的な楽しみのためにとっておいたコーヒーで、今まで誰にも出したことはなかったが、どうやらそれだけの価値はありそうだ。 「現金なやつだな。少しは元気が出たか」 「ひさしぶりだもの、コーヒーなんて」 そう言ったメロディの声にはいつもの明るさが戻っていた。 「じゃ、その貴重品と交換だ。話してくれるかな?」 メロディはカップをテーブルに置くと数秒ためらっていた。だが、やっと決心がついたように口を開いた。 「フォルティン、キャティ少尉って知ってる?」 「ああ、火星から来たラミディア少佐の副官だ」 「どんなひと?」 メロディは探るような目つきでフォルティンの表情をうかがった。 「よくは知らないが、有能なのは確かさ。今回の作戦データの収集などはほとんどキャティ少尉の力によっているとか。あの年齢で副官を務めているんだからな」 「それだけなの、素性とか何か、分からない?」 「おい、無理を言うなよ。火星軍のラミディア少佐たちが来たのは、ほんの2カ月ばかり前なんだ。メロディ、お前も一緒だったろう。ラミディア少佐とはずっとそばに居たんだから、私よりお前の方がよく知ってたって不思議じゃないはずだ」 「そう、そうなんだけど…」 メロディは考え込むような表情でテーブルに視線を落とした。 「私も地球に戻ってくるまで知らなかった…」 不意にメロディは拳を握り締め、テーブルに叩きつけた。カップの中のコーヒーが揺れ、波紋を描いた。 メロディは大きく目を見開いてフォルティンを見つめた。メロディの目は真っ赤だった。 「あいつ、MMEのスパイよ! MMEに協力してるのよ!!」 「!」 突然のメロディの叫びに、フォルティンは一瞬どう反応していいか分からない。誰か今のを聞いたのではないかと、あわてて周囲を見回した。 誰もいない。 「落ち着け、大きな声を出すんじゃない」 フォルティンは低く鋭い声でメロディを制した。 「でも、私、見たんだもの! 私だけじゃないわ、サリーだって」 「いいから、黙れ!」 フォルティンはぴしゃりとメロディを遮った。 メロディは口にしかけた言葉をそのまま飲み込み、フォルティンを睨んだ。 「話は聞く。その前にコーヒーだ。冷めてしまうぞ」 「でも、」 無言のまま、視線でカップを持つようにメロディを促すフォルティン。メロディは渋々それに従った。メロディがコーヒーに口をつけるのを見て、フォルティンも保温水筒の底側にねじ込んである補助カップを外し、自分の分のコーヒーを注いだ。 たちのぼる湯気と香りをゆっくり楽しんでから、フォルティンはひとくちすすった。その間、メロディは形ばかり口をつけたカップをテーブルに置き、両手を膝の上におろしてうつむいていた。 フォルティンはゆっくりと尋ねた。 「じゃ、説明して貰おうかな。何を見たのかを」 メロディは黙って頷いた。 「ごめんなさい、大声出して…」 視線をそらしたまま、ぼそりと言った。フォルティンの顔に僅かに笑みが浮かぶ。 顔を上げるとメロディは話し出した。 |
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