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「おい、起きろ!」
 怒声が突然頭の上から浴びせかけられた。同時に部屋の中にライトの光が溢れた。
 しまった!
 あわてて身を起こそうとしたシルヴィーの目を鋭い光線が射た。
「人の寝ぐらに勝手に入り込むなんて、いい度胸じゃないか」
 明るさにようやく慣れたシルヴィーの目の前に、ライダースーツ姿で片手にヘルメットを下げた若い女性が立っていた。
「あ、あの、疲れてたものだから…」
「立派な理由だよなぁ」
 部屋、というかシルヴィーが潜りこんだトレーラー・コンテナの主はヘルメットを手にしたまま腕を組み、睨んだ。シルヴィーは視線をそらす。
 うっかりしていた。
 あっさりティンセル・シティに入り込めたものだから油断してしまった。
 小康状態のアンリを手に入れた車に残したまま、当座の隠れ家を探していて見つけたコンテナで眠ってしまったのだ。体中が鉛のように重く、その場にあったマットレスに腰を下ろしたと思ったら、あっという間に意識が周囲の闇の中へ溶け込んでいった。
 今も思うように動けるか…。
 でも、アンリのためにもやらなきゃ。
 簡単よ、たった一瞬、チャンスを捕まえれば何事もなかったようにこの場を切り抜けられる。彼女の視線を捉えれば、それでいいのだから。
「おい、しおらしい態度とりゃ見逃すとでも思ってるのか、なんとか言えよ!!」
 相手は黙ったきりのシルヴィーに声を荒げた。
「そ、そんなつもりじゃ」
 シルヴィーは顔を上げると、憤っている相手の顔を見上げた。
 そして、女の瞳を見つめた。

「だったら、とっとと出て、」
 その途端、相手の言葉が途切れた。いったん戸惑いの色が浮かんだかと思うと、シルヴィーを怒鳴っていた女は顔を赤らめた。
「な、なんだよ! オレの顔がどうかしたのかよ!!」
 声を張り上げながら、相手はいっそう赤くなる。
「ごめんなさい!」
 シルヴィーはあわててうつむき、背を向けた。
 出来なかった。
 だめ…。
 この人は、私のことを怒っているわ。本気で怒っているんだわ。
 瞳の色は蔑みでも、嘲りでもない。
 まして、あの忌まわしい欲望だけに塗りつぶされてしまった視線でもない。
 私は、ひとりの人間としてこの人の目に映っているんだわ。
 あんなにうろたえて、赤くなったり…。
 石を見つめるような、無関心、虚無の色。この女の人にはないわ。
 私は、もう、使い捨ての 「物」 なんかじゃないのよ。
 だったら、こんなことしては、いけない。
「おい…」
 今度は遠慮しがちな声がシルヴィーの背に投げかけられた。
 シルヴィーはこたえずに立ち上がった。
「すいません。無断であなたの家に入りこんだりして…」
 相手の視線を避けるようにして頭をさげると、シルヴィーはコンテナの側面に取り付けられたドアに向かって歩いた。ドアの前でシルヴィーは振り返る。
「…本当にすいませんでした。ありがとう、休ませてもらって…」
 出ていこうとしたノブをつかんだシルヴィーの手を、グラヴの手が押さえた。
「このまま出ていけるとおもったのか」
「え…」
 振り向こうとしたところへ、ぐいと手を引っ張られたのでシルヴィーは大きくよろけた。そのまま引きずられるように部屋の反対側に連れていかれる。
 何をされるのか、そう思って身を固くしたシルヴィーめがけて白いものが投げつけられた。
「!」
 体をかばってだした腕に、フワリと柔らかい感触がかぶさる。
 …そっと目をあけると手のなかにタオルがあった。
「そんな汚いなりでいられたら困るんだよ。バスの使い方くらいわかるだろ」
 ライダー・スーツの女はぶっきらぼうに言うと、くるりとシルヴィーに背を向け、パーティションの向こうにひっ込んでしまった。



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