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§ 襲撃 陽が落ち、ビルの群の灯りがティンセル・シティを包んだ。 リンナのマンションは、いわゆる山の手の静かな住宅地区にあった。高級とは言えないが、それなりに値の張る一角だった。シリアのペントハウスを別格とすれば、ナイトセイバーズの中では一番いい居住環境だろう。 リンナは両手にマグカップを持ってリビングに戻った。 ナムはクリームイエローのトレーナーを着てソファに腰掛けていた。 「落ち着いた?」 カップをガラステーブルの上に並べ、リンナは向かい側にバスローブ姿で腰を下ろす。 「はい」 「コーヒーなんて飲むのかわかんないけど、あ、悪いこと言っちゃったかな」 「いいえ、気にしません。私たち、だいたい人と同じものは摂れる身体なんです。そんなに効率よくはないんですけれど」 ナムは顔を赤らめて俯いた。 リンナは乾かしたばかりの髪に手を突っ込んだ。軽く頭をかく。 本当に、どこが人間と違うんだろ。この子…。 ブーマだなんて思う方がどうかしてるわ。 「ごめんね、どうしても意識しちゃってさ」 にっこり笑って頭を左右に振ると、ナムはマグカップを両手で包み込むように支える。 「暖かい…」 「本当は冷えたビールの方が良かったかもね」 リンナもカップを手に取りコーヒーをすする。 昼過ぎにマンションに戻った。そして、また彼女を連れて買い物に出た。衣服など当座の必要品を買い込んで戻ると既に冬の陽はビル街の向こうに沈んでいた。 今は、スタンドランプの橙色の灯りが柔らかく二人の周囲を包み込んでいる。 カップからたち昇るほのかな薫りが部屋に広がっていく。 「リンナさん」 ナムがふと口を開いた。 「ブーマって何なんでしょう」 「え?」 思いがけない質問にリンナは戸惑った。 「私たち、自由が欲しくてステーションから逃げ出そうとしました。無理やり閉じ込められて、強制や、暴力で従わせられて…。だから、メグやルウや…みんなと逃げたんです。今、私は地上にいます。でも、誰もが私たちを追いかけて、捕まえようとします。ブーマは自由になってはいけないんですか。教えて下さい」 グレーの瞳がリンナを見つめていた。 ブーマは脅威だから、人が作ったものだから。 ありきたりの答えはリンナの脳裏には浮かばなかった。何故なら、彼女に問いかけている少女は人間としか思えなかったから。確かに、知識として、情報として、“33S” タイプのブーマだと知らされている。 だとしたら、彼女の皮膚の下には、あの青黒い人工繊維が絡み合っているのだろうか…。でも、人間だって、皮膚の下にはグロテスクな血管と神経、筋肉と骨の塊ではないか。 「ごめん。私には分からないわ。ブーマだから自由になってはいけないとは思わないけれど…。あなたを見てると、人だとかブーマだとか、どう区別していいか分からなくなって」 リンナはカップを置いた。 「そんな悲しそうな顔しないで…」 いつの間にか、リンナも思い始めていた。 この子、なんとかして守ってやりたい。 どうしたらいいのだろう。 立ち上がり、ナムの隣に腰を下ろした。 彼女の手に手を置いた。 ナムはリンナの胸に顔をうずめ、泣いた。彼女の流した涙は暖かかった。 シティの7区には各企業の大規模な研究施設が集中している。境界を接して並ぶ広大な敷地では、さまざまな分野での最先端技術を追う研究が行われていた。時刻は11時を回ろうとしていたが、どの施設も少なからぬ部屋の照明が灯っている。研究には、昼も夜もない。MEGA・TOKYOの “眠らない都市” という顔の一面がここにあった。 その一角。 MEGA・TOKYO解析ラボラトリーは、世界でも最大規模の計算機センターだった。最新鋭の並列計算機やカオス・コンピュータを備え、構造、流体、熱、電磁気など高度のシミュレーションや、気象・経済予測を行っている。 中央管理センターにはスタッフの全員が詰めていた。 異常が起こっていた。 ラボラトリー内のハードウェアがコントロールを受け付けなくなっていた。 それぞれの端末から、並列計算機、スーパーコンピュータ、カオス・コンピュータなどの各マシンとそれぞれを結ぶラボ内部のネットワークのチェックが繰り返されていた。 結果は同じだった。 各マシンはほぼ全力で稼働している。ただし、実行されているジョブは業務で指定され与えられたシミュレーションではない。まったく未知の何かだ。 「…兆候は昨日の午後6時過ぎからです」 システムの内でのジョブの実行率がグラフ化されてメインモニターに表示されている。 それまではほぼ90パーセント以上の実行率を示していたグラフは、その頃から明らかに下向きに動き出し、現時点では5パーセント以下になっていた。依託を受けた計算がほとんど止まっているも同然の状態だ。 「その直前に大量のデータ転送があったのが判明してしますけど、受信記録はあっても、受け入れたはずのファイルがないんです…」 「ファイルがない?」 男性スタッフの声に、主任オペレータの女性が振り返った。 「ええ、受信時の仮ファイルもなにも、すっかり」 どうして、そんなことが起こるのだろう。 鳶色の肌をした主任はさらに質問した。 「どこからなの?」 「それが、全く予定外というか、今まで何の依頼も受けたところのないところで。航空局のツクバ管制センターです」 「ツクバ? 昨日の墜落事故の?」 「はい」 主任は小さな顎に片手を当てて考え込んだ。 センターのシステムの中で、正規のジョブでないものが実行されている。それをどうしても排除できない。最初はウィザードやハッカーの仕業とも思ったけれど、そんな生易しいものではなかった。 今、ラボのハードウェアの中で動いているのは、今まで彼女や職員たちが毎日触れていたシステムではない。何か別の存在、そうとしか言いようのないものだった。 それが外部から送り込まれたもの? 管制センターのシステムをダウンさせたのと同じ…だとしたら。 事件の詳細は知らない。 「これだけチェックしても他には何もないわ。可能性はそこだけみたいね。仕方ないわ」 彼女の声にスタッフは目の前のモニターから顔を上げ、注目した。 「外部との通信回線を切って。まず、消えたデータがどうなったのかを突き止めましょう。それから、航空局へ連絡を取りたいんだけれど」 受け入れたデータが原因でシステム異常が起こっているとしたら、そのデータが再度外部へ送信されないように閉じ込め、手を打とうというのだ。システム自体が、彼女たちのコマンドをほとんど受け付けない状態になっている今、このままでは何が起こるか分からない。さらに他の施設へ波及するかも知れなかった。 「しかし、クライアントへのデータ伝送予定が…」 「原因究明を優先しましょう。今のまま、うちから外へデータを送り出したら、正体不明のデータまで一緒にしてしまいかねないわ。所長には私から話すわ」 主任がハンドセットに腕を伸ばした。 そこへ突然、警報が鳴りだした。 全員が天井のスピーカーを見上げた。 主任はハンドセットを掴んだまま、警備室の番号をコールする。ミニサイズの液晶モニターにダークブルーの制服に身を固めた警備員が出る。 「管理室、主任のペルトンです。いったい何が起こったの」 “ああ、ペルトンさん。そっちの人は全員いますか?” インターコムに出た警備員は問いには答えずに、慌てた声で確認を求めてきた。 「え、ええ」 “敷地内に侵入者、ブーマです。正面が突破されて、応戦中ですが。防護シャッターを降ろして、絶対、そこを動かないように!” 主任は濡れたように光る大きな瞳を見開いた。 「な…どうして」 訊き返そうとした時には、画面が暗転し、回線が切れていた。 「主任?」 「ブーマが侵入したそうよ」 「ブーマ!?」 スタッフたちは互いに顔を見合わせた。ラボがテロの対象になるなどと予想したことも無かったのだ。 「シャッターを降ろして、ここを動くなという指示だわ」 「分かりました」 制御パネルの前に着いてきたオペレータが不安げな面もちで複数のレバースイッチを倒した。部屋の3方にあるドアの向こうからパネルシャッターの軋む音が微かに聞こえだした。 管理室の職員たちと違って、ラボの経営者たちは施設の安全についての幻想は抱いていなかった。MEGA・TOKYO最大級の頭脳を守るため、最高の設備を備えていた。侵入に対して、ただちにADPへ直通回線による連絡が飛んだ。同時に警部ピットからG系列の軽武装ブーマが侵入ブーマに向かって放たれていた。 「ADPは10分かかるそうです」 「なんとか持ち堪えられるか…」 警備主任は壁面にずらりと並んだ監視モニターの映像を睨みながら、配下のガード・ブーマに指令を送る。 多過ぎる。 警備主任は唇を噛んだ。 侵入したブーマは、10体を超えている。しかも、どうみてもC系列以上の重武装タイプ。ガード・ブーマは総動員しても25体。最高の警備体勢とはいっても、想定しているのはテロが精一杯だ。正規軍が採用するような戦闘ブーマを相手にするような事態は計算に入っていない。 太刀打ちできんぞ、これは。 10分だと? 目の前の画面の一つで、ガード・ブーマが侵入した青い機体のビームに切り裂かれ、爆発した。爆発の衝撃をくらったカメラもやられたのだろう。モニターがブラックアウトする。 「防火シャッター、バリケードを前面展開しろ。ともかく時間をかせげ」 「はっ」 部下を振り返り、コントロール・パネルに向き直る。その間にまたガード・ブーマの数が減っていた。 いったい、これだけのC系列ブーマをなんのために…! 警備主任がじりじりしながらADPの到着を待つ間に、侵入したブーマの放つレーザーと内装火器の弾丸がラボの建物にぶちまけられ、あちこちで火の手が上がり始めていた。 「機動班、レオンとデーリーは部隊を連れて直行だ! あとヘリ部隊は2個小隊、ひっかきあつめろ。場所が場所だ、被害が出たら…。指揮ヘリにはアサド大尉が同乗するから、こっちの屋上へ回せ」 禿げ上がった額に汗を浮かべながら部長が大声を張り上げている。 CICルームのコンソールに着いたネネは、横目で辺りの様子をうかがいながらナイトセイバーズのコンタクトポイントへ回線をつないだ。 接続を確認すると、素早くボイスメッセージを選択する。備え付けのモニターに顔をくっつけるようにしながら、口元にマイクロマイクを引き出した。 「こちら、ネネ。MEGA・TOKYO解析ラボでブーマ事件よ。USSDの大尉、“33S” を探ってる人が現場へ行きたがってるの。なんかありそうでしょ。どうする?」 小声で一気に喋ってちらりと左右に視線を走らせる、誰も見てはいない。 “分かりました、ネネさん” 戻ってきてのがマッキーの声だったので、ネネは一瞬気が抜けた。 「シリア、いないの?」 “ちょっと” 「こんな時間にどこ行ったのよぉ」 ネネは口を尖らせた。 “大丈夫ですって。リンナさんか、プリスさん、できればどっちかに行ってもらいます” 「じゃ、お願い。私は、なんか情報が入ったらまた連絡するわ」 “了解です” 通信を終えて、顔を上げると、正面の大型ディスプレイに現場の映像が入ったところだった。一番近くを哨戒していたワンマン・ヘリが先に到着したのだろう。ラボの南北がやや長い十字型をした建物が映っている。手前側から奥へ、そして左右に、青白い光線と曳光弾の赤い光が断続的に走る。 手前の建物からは炎と煙が上がっていた。 “こちら、レオン、あと1分で到着する。現場の状況を教えてくれ” 「侵入したブーマはC系列、数は8機以上のようとのことです。ガード・ブーマで応戦していますが、もう半分やられたとラボの警備室が言ってきています」 隣のコンソールからナオコが情報を伝える。普段はバンドと男の子しか興味のないように見えるが、ブーマ事件が起これば彼女も変わる。表情は真剣そのものだ。 “責任者と直接話がしたい。つないでくれ” 「待って下さい」 左手でヘッドセットを押さえながら、右手の指がコンソールパネルの上を舞った。 「ネネ!」 呼ばれて振り返ると、ロビン女史が立っている。ロビン・コートニー、オペレータ課主任。仕事は出来るが口うるさいのが玉にキズである。 「あれ、休みじゃなかったんですか」 「ちゃんと夕方から出たの。寝惚けたこと言ってないで、地域封鎖の手配と、関連官庁への一報、急いで!」 「あ、はい!」 首をすくめて、ネネは自分のコンソールに向き直った。 戦闘が続くラボから2ブロック離れた研究施設群の外れにその車は止まっていた。 「埋設ケーブル道検査中」 のプレートを前後に広げて夕方からずっと駐車していた。ケーブル通信サービスの作業中だ。 ADPの装甲車が鳴らすサイレンが近づいてくる。 7区内には早くもTHPの手で非常線が張られ、ラボに向かう道路が封鎖されていた。通過を許されるのは、ADPやレスキューの緊急車両のみだ。 すぐ脇を青い回転灯の群が通り過ぎていく。 「騒がしくなってきたな」 「二つの機動班が到着して、展開を始めています」 隣のシートでヘッドセットを被った男が答えた。男の役割はADPの無線傍受だ。 「首尾はどうだ」 「ラボからの送信が始まっています」 別の一人が答えた。こちらは偽装パネル通り、ネットワークケーブルの通信状況を見張っていたのだ。 「ということは、追い出しに成功したな」 作業車の広い監視室で大柄な黒人がにこりともせずに呟いた。 「行き先は掴んでいるだろうな」 「予想通り、USSDの本部、宇宙防衛軍指揮センターです」 「よし、次の段階だ。送信が終了したら、ただちにラボの主変電設備、自家発電システムを破壊しろ。それまでは、絶対主要な施設には手を出すな。警備屋とADPを相手に遊んでいろ」 「了解、部長」 「わかりました、ボス」 部下がブーマに指令を出し、展開を進めるのを見ながらランドールは考えた。肱掛けの端をリズムをとりながら指先で叩く。 これで、準備は出来た。 明日だ。 本来なら、ここでアラクネを使えれば…。 容量不足を補ったと思ったら、出力が足らんと言いおって…。 明日こそは、改造試作機を送り込んで、必ずヤツを捕まえてやる。 もう失敗は許されないのだ。 ランドールは今朝のリーの言葉を信じていた。 それは、彼にとって会長命令と同じ、絶対の言葉だった。 万一、また取り逃がしたとしたら…。 そう思っただけで、ランドールの背筋に寒気が走った。 無能者には特殊部門のポストは任せられない。そして、特殊部門の仕事に関する情報は、外部に明かすことは一切許されていなかった。 失敗の意味することは “死” しかなかった。 |
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