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§ 戦闘 取るものも取り敢えずリンナはセーターとジーンズに着替え、ダウンジャケットを羽織って車を出した。 脳裏に数分前の光景がフラッシュする。 リンナの後ろでマッキーとの会話を聞いていたナムが声を上げた。 驚いて振り返るリンナ。 『どうかしたの?』 『MEGA・TOKYO解析ラボラトリーは、指定された場所なんです。ここへ降りたら向かえって…。仲間が待っているって。そこで何かあったんですか?』 リンナは慌ててマッキーに確認した。そして、シリアへの連絡を頼んで部屋を飛び出した。 24時間眠ることのないティンセル・シティとはいえ、夜半を過ぎれば交通量は大きく減る。しかも走っているのは、住宅が集中する14区から7区へ向かうハイウェイ5Aだ。視界にはいるのは、誘導灯、路面灯、ガイド標識の光だけだった。 リンナは躊躇なく、目一杯までアクセルを踏み込んだ。 ナムたち “33S” が集まるはずだった場所をブーマが襲った。偶然ではない。昨日、空港からの道でナムを誘拐しようとしたことから、その場所も犯人たちが知っていたことは、当然予測できる。 彼女が指定場所に向かわなかったのは幸運だった。 だが、他の仲間たちはどうなったのだろうか。 リンナは考えた。 シリア、そして、多分プリスが先に現場に着くはずだ。 間に合えばいいけれど…。 負傷しているから、ハードスーツが着られない。 このまま行っても何か役に立てるかどうか分からない。 けれど、スーツなしならスーツなしでの、仕事のやり方ってのがあるもの。 リンナはグローヴボックスの中身を確かめ、さらに道を急いだ。そこにはかねてから用意してあった偽造IDが何枚か収められていた。 今夜使うとしたら…。 リンナのRVはラボへと速度を上げた。 スカイキャリーでなら、わずか3分の距離だった。 “ブーマらしいのは西側だよ。逃げようとしてるみたい…。あれ、あ…違う” プリスは走った。うわずったマッキーの声が斜め後ろ、上方から降ってくるように聞こえる。スーツの信号処理システムがスカイキャリーの位置を音像として正確に再現するからだ。 ヘルメット内側のバイザーモニターに矢印が投影されている。視界の隅には縮小されたエリアマップの線画も表示されている。 ブーマ集団の位置を表示しているのだ。 “あ、ごめん” “しっかりしなさい、マッキー!” シリアの鋭い叱責が飛ぶ。 声からすれば、シリアのハードスーツはプリスの右手を同じ方向に動いている。 “やつら、変電設備を攻撃してるんだ!” 「わかった」 プリスは短く答えると、炎上しているADPの装甲車を避けてジャンプした。 途端に視界が開ける。 モニターの中に数条の光が走った。青白い炎が一直線に伸び、建物の外壁に突き刺さった。ブーマのレーザー攻撃だ。3階建ての1階だけにある、窓をぶちやぶったレーザーが、ビルの中に火の手を上げた。 プリスは熱表示モードをセレクトした。 一つ、二つ、三つ。 特有の熱パターンをセンサーが自動的にピックアップする。ターゲットを示す赤い小さな三角が、ブーマの像を追い、生き物のようにバイザーモニターの中を揺れ動いた。 ブーマはまだプリスの接近に気づいていない。 プリスは空中で右腕をその1体に向けて伸ばし、手のひらを開いた。 頭めがけて、2発。 着地して次の目標に2発、連続してニードルショットを放つ。 最初のブーマがレーザー発振器のミラーを砕かれ、自らのビームで自爆した。2体が頭部センサーをやられてよろめく。そこへ背後から飛びかかり腹にナックルクラッシュを食らわせた。ブーマはコンポジット樹脂を飛び散らせながら、その場に崩れる。 3体目がようやく振り返る。 そこで画像をノーマル・モードに復帰させる。 すでにプリスはふところに飛び込んでいた。左腕をとるとねじり上げ、そのまま強引に投げた。ブーマは頭から建物の壁に激突する。その後頭部へモノカーボン針を至近距離から叩き込む。ブーマの頭はぐずぐずになって千切れ飛んだ。制御を失ったレーザー用パワーパックは吹き飛ぶ。 プリスは寸前に後方へ跳んでいた。スラスターをフルパワーで吹かして距離を稼いだ。彼女に追い付いてきたブーマの破片とコンクリートのかけらがハードスーツの装甲を叩く。 窓から吹き出す炎が建物の白い耐火セラミックスを舐めている。 瞬く間に3体のブーマを屠ったプリスのハードスーツは、その照り返しを受けながら立っていた。呼吸を整え、状況を確認する。 子画面のマップにちらりと視線をやった。 発電棟。危険物はこれだけか? やつらの狙いはどこなんだ。 ナムの仲間はいるのか。 プリスは考えた。 「他のは何処にいる?」 辺りを見回しながらプリスは視界を再び熱表示モードに切り換えた。モニターのほとんどは漆黒の闇に沈んでいる。その中で、攻撃を受けた建物、燃えるブーマの機体、運転台を潰された装甲車が赤、黄、オレンジの色彩を輝かせている。 “プリスさん、反対側だよ。姉さんが戦ってる。ちょうどビルの向こう側!” マッキーの声が頭上から響いた。 「りょーかいだ!!」 ミッドナイトブルーのハードスーツは上空を仰いだかと思うと次の瞬間には地面を蹴って宙を舞った。 目の前に建つビルの屋上に降り立ち、走った。 「早く、引き揚げ指令を出すんだ!」 「やってます、しかし、敵の動きが早過ぎて、応戦するしか…」 「ええい、2晩も続けて戦闘ブーマを全滅させるわけにはいかんのだ。それぐらい分かるだろうが!」 埋設ケーブル検査用作業車のコンテナボックスで、ランドールは部下を怒鳴りつけた。作業車は完全に偽装されたゲノムの特殊作戦指揮車だった。 いまいましい! 折角、システムの追い出しに成功したところに現れるとは。無傷で終了しようとしていた作戦が滅茶苦茶だ。 「残りはどれだけだ?」 「あと2機です」 「2機…!?」 5分と経たないうちに6機ものC系列ブーマがやられたことになる。ランドールはナイトセイバーズの使うハードスーツの戦闘力に愕然とした。 「部長、これ以上ここにとどまって指揮を行うのは危険です」 周囲の通信を傍受していた男が振り返った。 「THPがかなり近くに来ています。ADPの応援も増えてますし、」 「そんなことは分かっている!」 ランドールはまた怒鳴り返した。 ブーマの爆発を背後に残してシリアは飛んだ。 シリアは探した。 炎を背景に視界の隅によぎった影を探した。 建物の壁を背に着地し、前方180度にサーチをかける。 あれはブーマではない。あきらかに人だ。 バイザーモニターの画面の中を小さな白い十字が動き回る。実際はシリアの網膜に投影されているので、それはまるで目の前の空間をミニチュアサイズの十字架が飛び回っているように見える。 ついさっきだった。視界の隅に人影を捉えた。 銃を持っていた。 ADPの戦闘隊員か。しかし、それにしては小柄に思えた。 そして、その人影はこちらを見たのだ。 あそこでブーマが向かってこなければ…。 あとで画像メモリーを再生して確認する必要があるわ。 画面の十字の動きが突然止まり、シリアの思考の流れを断ち切った。 右手奥。燃えるADPのパトカーのすぐそばだ。 見つけたか。 シリアは思った。 しかし、すぐにそれは間違いだと分かった。 シリアはパトカーの残骸に向き直ると身体の正面に右腕を上げ、構えた。 十字の示す位置から、真っ直ぐにブーマが来る。 ビームが走った。 数瞬と数センチの差で、シリアのハードスーツは左へスライドし、かわす。 右腕がかすかな音をたてる。 手元が一閃すると、シリアの腕の先に鋭い両刃の剣があった。 “…増援はまだなんですか!” 「とっくに向かっとる。あと5分持ち堪えろ!」 “そんなに待ったら、獲物がなくなっちまうんですよ!” レオンの大声がCICルームに響いた。 「ならほっとけ!」 部長は頭から湯気を立てながらコンソールにヘッドセットを投げつけた。 あーあー。 ネネはその様子を盗み見ながら小さく肩をすくめた。 叩かれっぱなしに叩かれていたのが、ナイトセイバーズ登場と同時に逆転じゃあ、ADPの面子丸つぶれだもんね…。 ネネの気持ちも複雑だ。 シリアやプリスが巧くやってくれているのは嬉しいのだが、自分たちADPが無能呼ばわりされるのは歓迎できない。 部長は投げ捨てたヘッドセットは放ったまま、目の前のオペレータに増援部隊への指示を怒鳴っている。 「ほんとにナイトセイバーズって凄いわぁ」 ナオコが呆れ顔でシートの背にもたれ込んだ。 「うちでも戦闘スーツ使えばいいのに」 「ばか言ってないで。被害状況は」 主任のロビンが二人の間から身を乗り出し、コンソールに右手を突いた。 「装甲車4両大破、ワスプ2個小隊は全滅です」 慌ててキーボードに両手を置くナオコに代わってネネが答えた。ワスプというのは攻撃用のワンマン・ヘリのコードネームだ。 「パイロットの脱出は確認されていません。機動班の負傷者は、」 主任は左手を上げてネネの報告を遮った。 「もういいわ。レスキューは出てるのね」 「はい、うちの救護班と、7区、8区と10区からレスキューチームが到着しています」 「そう。…にしても、やけに酷くやられたわね」 ロビンは中継カメラからの映像を見ながらため息をついた。映像はヘリがやられてしまったので、後方にいる装甲車からのアングルで固定されていた。 変電設備が炎上している。背景に断続的な閃光と爆発音が混ざる。 “こちら、デーリー” 雑音混じりの声がコンソールに埋め込まれたスピーカーから流れた。 “お客さんのおかげで、残存ブーマは2体ってとこ。これから、再接近してみる” 「了解。これ以上、負傷者を増やしたら承知しないわよ」 ハンドセットをとった主任がコンソールの通信モニターを睨んだ。 “そのつもり” ウインクを放ってデーリーの顔が画面から消えた。 超拡散合金の刃がブーマの脚を根本から切り裂いた。 異なる3種類の金属原子が均一に混合し結びつくことによって造られた刃には、ブーマの外部装甲材などバターのようなものだった。 バランスを失って片膝をついたところへ、2撃目を肩口へ切りつけた。その奥にフュージョン機能のコントローラがある。これを破壊してしまえばブーマの 「自己修復用金属細胞」 は活性化されない。 最後、とどめにKOTETSUを水平に薙ぐ。 真っ赤なカメラアイをかっと見開いた首が宙に飛んだ。 ブーマの胴体から光が滲んだかと思うと、轟音とともにブーマは飛び散った。 飛び退きながら素早く周囲をサーチする。 いない…か。 着地して、モードをノーマルから、赤外、そして増感へと切り換える。 増感映像のハーフトーンの飛んだモノクロの世界は、月世界の中継画像のように凍りついていた。揺れる炎だけが生き物のように動めいている。 シリアはバイザーモニターの表示をノーマルに戻した。 逃げられてしまったわね。 もうここにはいない。 逃げた…? 気づくと目の前にブーマの腕が転がっていた。すぐ先には破裂した胴の一部らしいものまである。エネルギーパックが爆発したので、元がどの部分だったのか想像もつかないほどにひしゃげていた。 これもC系列だわ。 シリアは考えた。 確かに重武装だけれど、“スペシャル” タイプとは違う。 そうすると、今朝、ナムを襲ったグループとは違うのだろうか。 前からゆっくりとミッドナイトブルーのハードスーツが現れる。 “こっちは片付いた” プリスは足元に転がるブーマの胴を蹴った。 “何もないぜ” 「戻りましょう。手がかりはつかんだわ」 “本当か?” 「ええ。話は後よ。ぐずぐずしないで!」 シリアは言い終わるが早いか、跳んでいた。建物をぎりぎりにかすめて、敷地の反対側へ消えた。あわててプリスが続く。二人は低空を飛んでラボの敷地を通り抜け、隣接地に侵入した。民間企業が出資する経済研究所だ。それと同時にさっきまでシリアたちが立っていた場所で爆発が起こった。 爆発は光の球になり、みるみるうちに膨れ上がる。 シリアはバイザーモニターに切られたウインドウの映像にちらりと目をやった。 下半分が真っ白に変わっている。追ってくるものはないようだ。 「脱出、成功」 “あざやか” ウインドウの映像がプリスの顔に切り換わる。ヘルメットの内装センサーが捉えた少し歪み気味の画像。その表情は笑顔だった。 シリアは安心した。 「ついてらっしゃい」 “おーらい” ウインドウが閉じ、シリアの視界全てがMEGA・TOKYOの夜景に変わった。 2機のハードスーツはその光と闇の隙間に紛れるように姿を消した。 |
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