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§ 告白


 リビングルームでコーヒーテーブルを囲んでいたのは4人だった。
 マッキー、シリア。そして、ナム、メグの4人だ。
 コーヒーテーブルに置かれた4個の陶製のカップからは、ほのかな香りが立ち上っている。
「私たちが、最初の脱走に失敗して、またジェナロスに監禁されるようになってから数週間たった頃でしょうか、最初の接触があったのは」
 メグは少しずつ思い出すように語りだした。
「ばらばらに、それこそナムやルウが生きているのかも知らされないまま、1室に閉じ込められていた私に、“彼” が話しかけてきたんです」
「“彼” というのはOMSのことね」
 シリアが確認する。
「はい。ゲノムは “彼” のことをOMSと呼ぶんだといって教えてくれました」
「話しかけてきたって言いましたよね、どうやったんですか?」
 マッキーが遠慮がちに尋ねる。彼にはメグはさんざん無視され、睨まれた相手だという印象の方がまだ強い。
「簡単です。インターコムを使ったんです。ジェナロスは宇宙ステーションですから、居住ブロックの個室には必ずインターコムが取り付けてあります」
 メグが軽く肩をすくめるようにして、謎解きをする。
「“33S” だからといって、テレパシーとか、そんなことができるわけじゃないんですから…」
「ネネだったら、いかにも言いそうだわ」
 シリアが薄く笑った。胸元で細いゴールドの鎖が煌めいた。
「“彼” が回線をコントロールして、遮断されているはずの通話可能にしたんです。具体的にどうやったかまでは、私たちには分かりませんけれど」
 ナムが補足して説明した。丸一日、メグの帰りをこのペントハウスで待っていたナムは、メグがプリスたちの存在をどうやら認めたらしいことを、心から喜んでいた。
 メグは続けた。
「“彼” は提案しました。私たちを自由にしてくれる、その代わり、“彼” を受け入れてくれと」
「受け入れる?」
 マッキーが訊き返した。
「私も最初は何のことだか分からなかった。“彼” の説明だと、私自身は実体のないさまざまな電気振動の集合のようなもので、今は、ゲノムや他の人間が整えた固定した環境でしか生きられない。とじ込められたままなのだと。そして、外の世界を自由に感じるためには、私やナムのような “33S” の脳の環境が必要だと言いました」
「…でも、それではあなたたちの意識や心が、”彼” に乗っ取られてしまうことにならないの?」
 メグの言葉をすぐに理解したシリアは、当然の疑問をぶつけた。
「それは分かりません」
 メグは首を振った。
「”彼” はそんなことにはならないとは言いましたけれど。私たちの意識の片隅に棲みつくだけで、何も干渉しない。ただ、私たちが、見、聴き、知るすべてのものを同じように感じたいだけだと…。最初は私も不安でした。ジェナロスの機器のすべてを自分の身体のように自由に操ってしまう ”彼” が、私たちを自分の身体として使いたいだけなのではないかって…」
 小さなため息をつくと、メグはナムの顔を見つめた。
「”彼” は辛抱強く私を説得しました。それで、私はとうとう折れました。もう一度、ナムやルウ、シルヴィーやアンリに会えるなら、例え彼の言葉が嘘で、この身体を失うことになってしまっても構わないって…」
 メグの言葉を聞いて、ナムは微笑んだ。
「私も同じです」
「計画では、脱出後、MEGA・TOKYO解析ラボの機器を借りて、私たち3人の脳に ”彼” が移り棲むはずでした。けれど、邪魔が入りました」
 メグは膝の上で組んでいた両手をぎゅっと握り合わせた。
「ゲノムね」
「多分…。何事もなく、計画通り地球に降りられたのは私一人、ナムは宇宙港からMEGA・TOKYOに移動する途中で襲撃され、ルウはどこに消えたのか、手がかりもありません」
「”彼” は何か知らなかったの? ルウという子について」
「あの夜は ”彼” と話す余裕さえなかったんです。ちょうど、”彼” と直接コンタクトを始めようとしていたときだったので、”彼” にはその準備をしていて、余裕がなかったんだと思います。私もブーマの攻撃から逃げるのが精一杯でした。残された形跡から ”彼” の形跡を追ってUSSD本部をどうにか突き止めました。その後は、ご存じの通りです」
 メグはそう言って、ソファの背にもたれかかった。彼女の話は終わった。
 シリアは考えた。
 OMSがこの子たちをジェナロスから脱出させたのだという。
 ”彼”、すなわちOMSが自分たちのために条件を持ちかけたというのだ。
 そして、OMSとこの子たちは、どちらもゲノムの重要な計画の一部…。
 話の輪郭を描くだけの材料は集まったように感じられた。
 ただし、正確な姿を知るには、まだ足らない…。
 真相に至る以前の、仮にUSSDへの解決の報告を送るだけだとしても、これでは不十分だわ。
 そして、もう一つ別の問題もある…。
「ありがとう、話してくれて」
 シリアはメグに視線を向けた。
 緊張した面持ちのメグの肩がぴくりと微かに動いた。
「私も話しておかなければならないことが一つあるわ。彼女は、プリスやリンナから聞いてだいたいは知っていることだけれど…」
 ちらりとナムを見やる。
 ナムが小さく頷いた。
「分かっています」
「でも、ここで、きちんとしておきましょう」
 シリアは姿勢を正し、そろえた膝の上に手を置いた。
「私たちは、依頼人からの指示で動いています。一つは、ジェナロスから消えた5体の ”33S” の所在を調べること。もう一つは、誰がジェナロスから ”33S” を持ち出したかを調べること。これが分かったら、私は依頼人に報告しなければならない。それが、私たちの今の仕事なの」
 ナムとメグ、二人のグレーの瞳と黒い瞳を交互に見比べるようにしてシリアは語った。
 二人の表情は変わらなかった。
 シリアは目の前のテーブルからカップを手に取った。
 本来は依頼内容を第3者に洩らすことなど、許されない。
 しかし、シリアは敢えてこのルールだけは破ることにしたのだ。
 感情的?
 確かにそうだわ。
 シリアは自問自答していた。
 それでも…。
 ブーマ、いえ、この子たちは ”33S” なのだから、私にはそうしていいだけの理由があるはず…。
 もっとも、この子たちを第3者というのは少し変かもしれない。
 シリアは心の中で小さく笑った。
「それで、今のことを、その依頼人に伝えるんですか」
 メグがシリアを見つめながら、静かに尋ねる。
「今は、まだね。調査が終わっていないから…。でも、そのときが来たら、私たちはすべてを依頼人に伝える。そのことだけは知っておいて」
「いつ、敵になるか分からないってことですね」
「メグ! そんな言い方って、」
「そう思われても仕方ないわ」
 シリアは自分に向けられるメグの視線を正面から受け止める。
「プリスやリンナ、ネネはあなたたちに好意を抱いている。私もあなたたちが好きよ。けれど、私たちを律しているルールがある。それも事実だわ。これからも、私たちに協力するかどうかは、それを考えてから決めて欲しい。あなたたちには隠し事をしたくないの」
 シリアはカップからコーヒーを啜った。
「分かりました」
 メグがソファから立ち上がった。
「メグ!」
 不安そうに彼女を見上げるナム。
「面倒なんですね、人間って」
 メグは小さく肩をすくめて、シリアに、にこりと笑った。
 彼女は、この一日の始まりにあったことを思い出していたのだ。
 プリス…。
 そして、シリア。
「答えは保留しておきます。まだここに居てみたいですからね」
 シリアは黙って頷いた。
 メグはナムの手を取る。
「行こうか。今日は色々あって疲れちゃったわ」
「それじゃあ、私もこれで…」
 二人は一緒にリビングルームを後にした。
 シリアもマッキーも、黙ってそれを見送った。

 プリスは低く光る月を見ていた。
 ちょうどコンテナの壁をぶちぬいて取り付けた2重窓の向こうに、立ち並ぶビルとビルの間から、青白く月が輝いていた。
 少し肩の力が抜けたかな…。
 そんな感じだった。
 無理に構えていた姿勢が、自然な形に落ちついた。
 シルヴィーやアンリのことを話せたからな。
 黙って聞いていた。
 会話があった。
 やっと、だ。
 これで、振り出しには戻ったわけさ…。
 ベッドのヘッドボードにもたれて、両脚を投げ出し、明かりひとつ点けずに月光を眺めている。こうしていると、いつもの自分が体の中に甦ってくるような気がする。
 あとは順に片付けりゃいい。
 プリスは思った。
 すると、いよいよ間近に迫ったライブのことが思い出された。
 しばらく、サボっちまったが、明日からはちょっとばかし頑張ってやるか!
 初めてのあいつらのために、ばっちり決めてやらなきゃ、いけないしな。
 プリスは両手を上げ、背を反らすと思いきり大きな伸びをした。
「さあて、寝るぞ!」
 蹴りつけるようにしてブーツを脱ぎ捨てると、プリスはそのまま毛布にくるまった。
 丸い月はビルの間に姿を消そうとしていた。



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