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§10 再会と捜査


 ルフィーは操作パネルのキーを弾いた。コールに応えて、すぐにシャッター・ドアが開く。
「どうぞ、お待ちしていました」
 出迎えたソルノイドを見て、ルフィーは自分の目を疑った。
「ルフィー中佐、みなさんそろっておられますから」
「あ、ああ」
 ぎくしゃくと頷くと促されるままに室内に脚を踏み入れた。
「…おまえ、キャティなのか…?」
「はい」
 ルフィーの前に立って案内する戦闘艦隊の艦内服姿のソルノイドは、ごく自然に頷くと、肩ごしにちらりとルフィーを見た。シルバーブロンドの髪がさらりと揺れた。
「中佐、いえ、ルフィーさんのことはよく知っています。でも、お会いするのは初めてです」
「オレを知っている、っていうのは…、そりゃ、そうだろうけれど」
 昨日に続いてのマイアロイの招きに、今度はどんな仕掛けがあるかと身構えてきた。特に、アタッカーズのルフィーでさえ目をそらしたくなるような突撃隊員の “処理施設” を見せるだけ見せておいて何も語らなかった、その直後だけに、何をやられても動じないつもりだった。しかし、そのルフィーの心の準備も出だしからあっけなく崩されてしまっていた。
「さあ、こちらです」
「ああ」
 ルフィーは導かれるままにさらに部屋の奥へ進んだ。部屋自体はかなりの広さで、壁際に並んだコンソールや大型ディスプレイ以外に、低いデスクを囲んだソファのセットがゆったりとスペースをとって据えられていた。その向こう側にもう一つのシャッター・ドアがある。左右の壁にも一つずつのシャッター・ドアがあり、次の部屋へと続いているようだった。キャティは最初のドアに向かい合うとシャッター・ドアの脇に立って操作パネルのキースイッチを押した。何か聞きとれないやり取りが数語あってから、ドアは左右に開いた。
 操作パネルの傍らで待っているキャティの前を通って、ルフィーは中に入った。

 ドーナツ型の大型テーブルのまわりに着いていた全員が立ち上がって、ルフィーを迎えた。
「おまえらも、かよ…」
 ひとわたり、居並ぶ顔を見渡してルフィーは呟いた。
「久しぶりね、また会えて嬉しいわ」
 すぐ隣に立つラビィが背もたれ付きのシートの後ろを回って、ルフィーの前にやってくる。右手を差し出した。
「あなたの部隊の演習、間近で見せてもらったわ。相変わらずハードね」
「本当はね、乱暴っていいたいのよ、ラビィは」
 向かい側からパティがちゃちゃを入れる。
 変わってない、か。
 確かに、こいつはあのときのまま、まっすぐ育っちまったのかもしれないな。戦闘艦隊士官の制服がまだ板についていない、パティにはそんな感じがする。ラビィの方だって大差はないようだ。
「また、強行着艦してくるのかと思ったわよ」
 ラビィがパティの言葉を受けてその先を続ける。かすかに微笑んだ。
「…あれがおまえの艦だったのか」
「何とか艦長にはなったけれどね」
 ラビィの手を握り返して、今一度室内を見回す。パティの隣には、エルザ、そしてその隣にはポニーがそれぞれの職責を表す制服と階級賞を身につけてルフィーを見ている。視線が会うとポニーは軽く会釈し、エルザも頷いてみせた。エルザの傍らのテーブルには緋色のヘルメットが置かれていた。
「一番昇進したのはエルザだけれど、あなたもアタッカーズの飛行隊長、か」
「懐かしがるのはそれくらいで、本題に入りたいんだけれど」
 ラビィの言葉を遮った声に、室内の視線が集まった。パティの隣、エルザとは反対側に立っているのがマイアロイだった。彼女と並んでいるのは、ステーションの事件のときに初めて出会った長い黒髪をした少尉だった。さらに、もうひとりルフィーの知らない顔が少尉の背後に立っていた。
「ああ、そうしよう。すべてを聞かせてもらうつもりで来たんだからな」
「すまない。本来なら、昨日のうちに説明できるはずだったんだけれど、緊急な用件が…」
「まずは座ってもらいましょう、マイアロイ中佐」
 シルディーの後ろから声がかかった。口を開いたのは、ルフィーの記憶にないシルバーブロンドの将校だった。マイアロイと同じ黒と緋の情報局の制服だ。
 マイアロイの上ってことか。
 それは察しがついていたが、視線を合わせてみてルフィーは思い出した。誰かに、そう、キャティにそっくりなのだと気づいた。
 当たり前だよな、あれからずいぶんたっているんだ。キャティは二人いるんだった。
「…そうでした。話は少々複雑です。腰を下ろして話しましょう」
 上官に言われたとおり、マイアロイは静かに着席を促した。

 警務隊の兵士は壁際にスピアを突き飛ばした。
「なにすんのよっ!」
「両手を頭の高さで壁に突け」
 黒いバイザーが表情を隠している警務隊員は、スピアの腹をショックガンの銃口で押した。
 「スピア…!!」
 隣でアミィがか細い声を上げた。警務隊員が、彼女をコンパートメントの壁に押さえつけ、もう一人が身体を探っている。吹き飛ばされたメガネがフロアに落ちている。
 こいつら…っ。
 スピアはくるりと身を翻した。背後に立っていた警務隊員がショックガンを振り降ろす。が、その銃身を指の幅ほどのわずかな隙でかわし、スピアは相手のみぞおちに拳を叩き込んだ。前のめりになったところへ、後頭部へ握り合わせた両手で一撃、警務隊員は倒れた。アミィを調べていた二人のうちひとりが腰のスタンナーに手を伸ばした。もう一人は、まっすぐスピアに飛びかかる。スピアはブーツに仕込んでいたナイフを抜き、放った。セラミック製のナイフは、飛びかかってきた警務隊員の鼻先をかすめて、スピアを撃とうとしていたスタンナーを弾き飛ばす。その間に、一瞬すくんだ警務隊員をスピアが蹴り上げた。
「そこまでだ」
 鋭い声が、フロアに落ちたショックガンを拾おうとしたスピアの背に飛んだ。ちらりと視線を向けるとブラスターの銃口がコンパートメントの入口から彼女を狙っていた。
「もう一人いたってわけね」
「喋るんじゃない、ほら、そっちのやつも早く壁際に並んで手を突くんだ」
 スピアは手にしたショックガンを離すとアミィの横に立った。
 不安げな表情でアミィが彼女を見上げる。スピアは微笑んでみせると、首を左右に振った。
 なんなのよ、こいつら。
 殴ってやったから少しは気が晴れたけれど、私たちが何をしたっていうのだろう。
 スピアは両手を壁について身構えた。腹筋にぐっと力を入れる。案の定、きた。背中に、二度、太股にも二度、衝撃がきた。ショック・ガンのストックが振り降ろされ、固い艦内ブーツのつま先が食い込んだ。しかし、スピアは歯を食いしばり、声を上げなかった。
 ちっくしょう…!
 痛みではなく、悔しさに涙が滲んだ。
「それぐらいにしておけ、連行が先だ」
 ブラスターを構えたまま、コンパートメントの入り目に立つ警務隊員が命じる。
 いきなり手を背中に回され、両方の親指に拘束具がかけられた。
「わたしたち何にもしてない」
 アミィがかすれた声を上げると、すぐ後ろで警務隊員が鼻をならした。
「1206ステーションでのチューブ・トレイン事故直後、ステーションにいたはずだ」
「そ、それは」
 アミィはスピアを見た。スピアは視線で黙っていろとアミィを制した。アミィは、こくりと頷く。
「ここでは話す必要はない。どうせ本部の方で徹底的に喋ってもらうからな」
 入り口に立っていたリーダーが手を振った。アミィとスピアの後ろに回った警務隊員が、ドアヘと二人の背中を押した。スピアもアミィも黙って従う。リーダーの前を通りすぎようとしたとき、スピアはその黒いヘルメットを睨んだ。
「…どういう権限でこんなことが許されて」
「心配してくれなくてもいい。クラカタウ総艦長から、この件に関しては一切の捜査権が我々に与えられている」
「この件って、」
「行けば分かる」
 ぴしゃりとスピアの言葉を遮ると、黒いバイザーで表情を隠したリーダーは顎をしゃくった。

 シートの背に深くもたれて顎を襟元に沈め、浅く腕を組む。目を閉じ、そのままの姿勢でルフィーはしばらく考え込んでいるようだった。
「説明ってヤツは、それで終わりなわけだ」
「そうです」
 キャティ・ネビュラートと名乗った大佐は静かに肯定した。
「私たちに、」
 口を開いたシルディーは一瞬、シートに身を沈めているルフィーを見て言いよどんだ。しかし、思い切って先を続けた。
「何をやらせたいんですか」
 ルフィーは目を開いた。他の誰でもなく、大佐をにらむ。
「…いま行われている突撃隊の大量増員が異常であることは分かりました。志願制という名目で強制的な選抜が行われていること、移植処置の実態も教えていただきました」
 シルディーの声だけがリング状のテーブルを置いた部屋に響く。大佐、マイアロイ、ラビィたちは口を挟むことなく、じっと耳を傾けていた。
「手術は、…見ていられませんでした。突撃隊の強化戦闘員という存在は私も知っていましたが、彼女たちがあんな過程を経て誕生してくるなんて想像したこともありませんでした。…うまく言えないんですが、受け入れがたいんです。どうして、あんなことをやらなければならないのか、怒りを感じてならないんです」
 パティとポニーがシルディーの言葉に頷く。
「あなた方は、何をやらせたいんですか」
 シルディーは繰り返した。視線がマイアロイ、大佐、そしてラビィたちテーブルを埋めたメンバーの表情のひとつひとつを追った。
「どうして、何もかも知っているような顔で平静でいられるんです!?」
「それは、あるよ」
 ルフィーが再び口を開いた。組んでいた腕を解き、テーブルに拳を載せる。視線だけを動かしてマイアロイを見た。
「…オレも訊きたい。何を企んでいるのかをな。これまで見せられたり、聞かされたりしたことは、みんなそのための準備なんだろ」
「理解してもらって、嬉しいよ」
 マイアロイが口の端をきゅっと曲げるような笑みを浮かべ、立ち上がった。それにあわせて、キャティ、大佐ではなくルフィーをこの部屋に案内した10年前と変わらぬ姿のキャティが、コンソールの上に指を走らせた。照明が消え、リング状のテーブルの中央、空白部にぼんやりと白い球体が浮かび上がった。球体の中には漆黒の宇宙空間が映し出されていた。
「これは、現在、このクラカタウ艦隊に向かっている第152補給艦隊の映像だ」
 視点が球の中央へと急速に移動する。今まで何もなかった位置に数隻の巡恒艦の塊が現れる。立体映像の放つ光をあびてマイアロイの顔が白く浮かび上がる。
「152の運んでいる物資は大きく分けて2種類。ひとつは全身基地設営用の設備・資材。もうひとつは、突撃隊への志願者たち、公式データにはそう記されているんだが、志願者たちである訓練生のひよっこたちだ。約2万」
「2万…」
 シルディーが呆然として繰り返した。
「そう、2万人が、また、頭と脊柱をもぎ取られて、金属の身体の申に埋め込まれる予定になっている。ただし、これはあくまでも軍と親衛隊がたてた予定なんだ」
「この第152補給艦隊を、私たちが奪います」
 マイアロイの言葉を大佐が引き継いだ。
「その援護を、ルフィー中佐、あなたにお願いしたいのです」
「…なにを言ってる、艦隊を奪うだって…!」
 ルフィーは背もたれから身体を起こし、腰を浮かしかけた。
「それにオレの部隊を」
「違う、キミの腕を借りたいんだ。キミの部下に迷惑はかけないよ。もっとも、キミが突然消えたりしたら、クリス少尉や、ハイフィル少佐、カノン少佐はがっかりくるだろうけれど」
 照明を落とした室内で、微笑みを浮かべるマイアロイの唇だけがはっきりと見える。
「馬鹿馬鹿しい!」
 すとんとシートに腰を落とすと、そっぽを向く。
「艦隊を奪うというのは、どういう意味なんですか」
 シルディーが大佐に尋ねた。
「目的は、訓練生を移植処置から守り、ティラーヘ脱出させることです」
 その言葉を聞いてルフィーの視線が、エルザ、ラビィ、パティと走った。
「ティラー…」
「そうです。第9星系第3惑星、ティラーです」
 大佐はシルディーに頷き、微笑んだ。



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