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§13 回想と決断 「ことの起こりはずいぶんと昔の話だ。まだペーペーのパイロットだったころだからな」 グラスを片手にルフィーは話し始めた。彼女の私室で、クリスは低いテーブルを挟んで座っていた。グラスはテーブルに載ったままだ。 「第9星系遠征艦隊に加わっていたときだ」 「アコンカグヤ艦隊ですね、全滅した」 「…全滅か。まあ、全滅には違いないな」 ルフィーは顔を上げて、クリスの目を見た。 あいつは、全滅って言われて、声を震わせたっていってたが…。 クリスは膝の上に置いた左の拳を右手で包むようにして、ルフィーの言葉を待っていた。 「そのときの死に損ないが、オレや、ラビィ、エルザたちさ」 グラスをテーブルに置くとボトルの中身を注ぐ。ルフィーの挙げた名前はクリスの知らないものだったが、話の腰を折りたくなかったので、訊き返すようなことはしなかった。 「で、死に損なったついでに余計なことを二つ、知ってしまった」 「二つ…ですか」 「ああ」 かすかに頷くとグラスを両手で支える。 「一つは、お前も見たやつだ。恒星破壊砲さ」 恒星破壊砲…、ソルノイドの切り札。 クリスも噂は知っていたが、実際にその姿を見、現実に存在することを知ったのはあの時が初めてだった。 「もう一つは、第二計画ってやつだ。いまそこら中にあふれている突撃隊の基礎研究ってところかな。当時は、突撃隊なんて影も形もなかった。上層部が極秘で進めていたんだ」 苦々しげな表情に、クリスは思い出す。第1小隊の一番機が被弾し、収容されたコルスが移植処置を受けなければならないと告げられたときのことを。ルフィーは無表情に背をむけた。 あの態度も、そんな昔のことに理由がある…? 「半分当たり、半分ハズレだな」 ルフィーはクリスの考えを読んだように応え、彼女を驚かせた。 「昔から知ってなくったって、性に合わないものは性に合わない。あんなふうにさせてしまったのは、オレの責任さ。だから…」 「それで、二つと今度の出来事がどうかかわるんです」 「おっと、そうだった。つい、昔話にひたっちまった」 寂しげに笑うと、ルフィーはソファの背に体重を預けた。グラスを一口すする。 「チューブ・トレインのステーションでの銃撃戦、これは第二計画の続きさ。突撃隊員への強制移植に反対する連中が、移植施設を破壊する計画を立てていた。それを抑えようとしていた警務隊がそいつらを逮捕しようとして起きたんだ。チューブ・トレインを止めたのは警務隊の方さ」 グラスを手の中でゆっくりと揺らしながら説明を続ける。 「ところか、だ。その反対派の連中の中にオレの知り合いがいてね」 「マイアロイ中佐ですね」 「あいつが知り合いだって?」 ルフィーは唇の端をわずかに歪めてみせた。 「ま、そうでないとはいえないだろうな。その知り合いのマイアロイが、自分たちの計画に加われと言い出しやがった。この前、おまえたちが警務隊相手に大立ち回りをやったとき、オレはちょうどその説得を受けてたんだ。オレの力が必要だってな」 「すると、警務隊がここにきたのも…」 「ステーションに居た、あるいは居た可能性のあるヤツを徹底的に洗ってるんだろうさ」 クリスは考えた。 あの時点で、自分も巻き込まれてしまっているのか…。 巻き込まれた? そうだろうか。 わたしは通報しなかった、情報部の中佐のことも、倒れたアシスタントたちのことも、いや、銃撃戦があったことさえ、クラカタウの管理本部に届けなかった。 このひとに命じられたから…? ちらりと視線を上げる。 いや、そんなことは無かった。 「たいした説得材料だったよ。移植処置やら、保存中の中枢神経を見せられて…。まるで、標本か、食用動物の解体みたいな光景だった。あれは、仲間に対する扱い方じゃない。逃げ出したくなった。性に合わないどころじゃない、あれは」 ルフィーは考え込んでいるクリスには気づかない様子で喋り続けた。 「ひよっこどもを助ける手伝いをしろ、部隊を捨ててこい、とさ。おまけに、昔の仲間、死に損ないたちがずらっと首をそろえていやがる」 グラスの中身を一気にあおる。 「いけ好かないやり方だ…」 キャティが所々を補足して、ガーネットの説明が終わった。 「要するに、撹乱グループと実行グループに分かれるってことね」 「そういうこと。さすがに呑み込みは早い」 ダイヤがにやりと笑った。 「シルディー、どう思う」 スピアはダイヤを無視して尋ねた。むっとしたダイヤが頬を膨らませたので、アミィがくすりと笑う。ついさっきの自分のことは棚に上げての反応だ。 「よくできていると思うわ。実行グループが主役だけれども、撹乱グループの役割も小さくないわね。…自分たちの艦だからこそできるってプランだわ」 「ええ。もし、クラカタウがパラノイドの要塞艦だったら、侵入計画なんてとても無理でしょう」 ガーネットが頷く。情報パネルをたたんで、手もとに置いた。 「このあとは巡恒艦で第9星系へおさらばって寸法ね」 スピアは聞かされた内容を反芻していた。アミィも膝の上で握り締めた拳を見つめながら、じっと考えた。 わたしとおんなじような子たちが、強制されて手術されていたなんて…。 アミィにとっては脱走計画そのものよりも、計画の目的、いやそれを作らざるを得なかった原因の方がショックだった。 わたしみたいに、警務隊に乱暴に連れていかれて、どんなに嫌がっても助けを求めても、誰も聞いてくれなくって…。 「基本部分は、すべてキャティたちが組み立てたものです。細部をまとめるのには私も手伝いましたが」 「簡単ではなかったですね」 キャティがウィンクする。それを見てダイヤが大げさに顔をしかめた。 「おまえ一人がやったんじゃないだろ。だいたい、なんで一番性格のわるいやつがここにいるんだよ」 「なんですって…!」 気色ばんだキャティが立ち上がったのを見て、スピアもシルディーも目を丸くした。彼女たちが知っているキャティは、とうていこんなことはやりそうもない、控え目で大人しい性格だったからだ。 「ストップ、今は年中行事をやらかしている暇はないはずでしょ」 ぴしゃりとガーネットの言葉が飛ぶ。ダイヤはそっぽを向き、キャティは隣に座っているマーブルに手を引かれるようにしてしぶしぶ腰を下ろした。 「すいません。まだ遊び気分なんです、この子たち」 抗議の声が出るかと思ったが、ダイヤもキャティも今度は口を閉じている。ガーネットはシルディー、スピア、アミィと順に表情をうかがった。 「やるっきゃないみたいね」 最初に口を開いたのはスピアだった。 「どう、アミィ?」 「わたし、よく分からないけれど、わたしに出来ることがあるなら、やります」 顔を上げたアミィはガーネットに向かって答えた。 エナやカーみたいなことは嫌だもの。リンディーが守ってくれたように、こんどはわたしがやらなきゃいけないんだ。 「ということで、どう、シルディー」 「ありがとう。私と同じ選択で嬉しいわ」 シルディーはにこやかに微笑んだ。 「こうなっちゃ、選べるのはこっちだけだもの」 スピアはひょいと肩をすくめる。 「そこの二人も頼りにするには危なっかしそうだし…」 その二人、ダイヤもキャティも彼女を睨みはしたが、思ったことを口には出さなかった。 「いいんですね」 ガーネットが確認する。スピア、アミィ、二人とも彼女の目を見つめ、頷いた。 「…考えてみたよ、いろいろと」 しばしの沈黙の後でルフィーはひとりごとのように続けた。 「何のために戦っているんだとか、気にくわないヤツとは手を結びたくないとか、偉そうな理屈から、自分勝手な好き嫌いまで、嫌になるほど考えた」 ルフィーは空のグラスを手にしたままだった。視線はなにもない宙を見つめている。 「けれど、このまま、ここでおまえたちと一緒に戦う、それがたったひとつの正しいやり方だって、オレ自身を納得させられなかった」 言葉を切るとルフィーはもの問いたげな視線をクリスに投げかけた。 「情けないけどな、そういうことなんだ」 「まだ迷っているんですか」 クリスは静かに尋ねた。 ルフィーはかすかに首を振った。 「だったらいいじゃないですか。その通りに、実行するのが一番、中佐らしいと思います」 穏やかな口調だった。 「774を見捨てていけっていうわけか」 「そうじゃ、ありません」 「だが、」 「中佐が選ぶのは練習生たちを助けること、そうなんでしょう?」 「…軍や親衛隊の大方針に対する妨害、いや、反逆なんだぜ」 「正しいと思えないから、反対する、ですよね」 「命令への反抗は許されない。それがソルノイドの原則だ」 「だったら、私たちはなぜ機械じゃないんでしょう」 クリスは訊き返した。 「都合よく命令をきくだけのロボットが欲しければ、突撃隊だってすべてドローンで構成すればいいはずですよね。突撃隊だけじゃなく、軍も親衛隊も、みんなロボットにしてしまえばいいはずです」 そうなったら…。 クリスは思った。 頂点にいるたった一つの思考が産み出す、たった一つの未来しか、ソルノイドは持つことか出来なくなる。おおげさに言えば、そうなる。今でさえも、それに近い状態だというのに。 「そりゃあ、理屈だ。現実にはそんな時間も、資材もありゃしない」 「たしかに。でも、もうひとつ理由があるはずです」 「理由…?」 ルフィーは空のグラスをテーブルに置いた。 「私たちには、個別の判断力がある。柔軟な適応力と、それぞれの思考力がある」 「あ、ああ」 何を当然のことをというような顔つきだったルフィーの表情が変わった。クリスが何を言いたいのかが分かりかけてきたのだ。 「だから突撃隊には訓練生たちの脳が必要だと、上層部は考えたんです。でも、それは間違った力の使い方だと思います」 「思ったとおりにやれっていうわけか」 「ええ、」 クリスは頷いた。 「中佐は、ご自分の力を正しく使っているんです。私には反対することはできません。結果として、それが部隊を捨てることであっても、私には何も言えないんです」 「なんだか、ごまかされたみたいだが…」 ルフィーは笑みを浮かべながら立ち上がった。腰に両手をあて、ぐっと背を反らす。大きく息をして、クリスを見た。 「どっちにしても、決めていたことだ。多少、心は軽くなったがな」 いつもの不敵な輝きがまなざしに戻っていた。にやりと笑みを浮かべる。 「来てもらったのは正解だった。ところで、おまえはどうする」 真顔に戻ってルフィーは訊いた。 「…わたし、ですか?」 クリスはそう訊かれてはじめて、この問題について自分も答えを出さなければいけないことに気づいた。 「それは…」 口ごもりながら答えようとしたとき、部屋の隅にあるルフィーのデスクの上で情報パネルがアラートを鳴らし出した。ルフィーは大股に歩み寄ってデスクトップのパネルの隅に触れた。パネルはさらに個人コードの入力を要求した。 めんどうな…。 ルフィーはつぶやきながら片手の指で機密レベルクリアのためのコードを打ち込んだ。 「…馬鹿な…!」 ルフィーの表情が変わる。クリスは弾かれたように立ち上がった。 「どうしたんです?」 「マーサスが、…マーサスが消えた」 「消えたですって!!」 クリスはデスクに駆け寄り、情報パネルに表れるグラフィック・シンボルを読んだ。 「恒星破壊砲…!」 そういったきりクリスは絶句した。ルフィーの私室にとどいたのは、ソルノイドの母星マーサスが、パラノイドの恒星破壊兵器の攻撃によって星系ごと吹き飛ばされたことを告げる、至急報だった。 |
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