| TOP / CONTENTS | BACK / 02 / NEXT |
|
|
|
どうして そんなに眩しいの 見返すたびごとに発見があります。 いえ、思い入れが深まると言った方が正しいでしょう。 見えない、ストーリーで語られていない世界が私の中で増殖していきます。 エルザ、ルフィー、キャティ、ポニー、パティ、ラビィ、ラミィ。 7人のキャラクター一人一人の物語が自然に見えてくるのです。 彼女達が生きていると言ってもいいほどに。 「ガルフォース」 が好きです。 自分でも不思議に思うほど好きです。 残念ながら、本当に残念ながら、傑作だからというのではありません。オリジナルビデオアニメが持ちやすい欠点を、「ガルフォース」もやはり持っています。設定の説明不足、シーン配分のアンバランスなどがすぐにあげられます。 例えば ”アタッカーズ”。「ボトムズ」 の ”レッドショルダー” のような特殊な部隊の感じですが説明がありません。最低限、ルフィーが ”アタッカーズのルフィー” として有名であるという描写がなければならなかったはずです。これがなかったためにラビィの言葉があまりに唐突で、インパクトが全然ありませんでした。ポニーのコンピューター少女ぶりについても同じことが言えます。 どうしようもなかったとは言えません。ラビィ、パティ、ラミィのイメージ・シーンと、カオスの水辺でのパラノイドとの遭遇戦の部分を大きく削って、必要最低限の、かつ不可欠な描写が出来たはずです。見た目に派手なアクションの方がサービスのように思えるかも知れませんが、何気ない日常描写が意外に大きなウェイトをもっている事を忘れないで欲しいですね。 その他まだあげていけばいろいろあるでしょう。 十分判っているつもりです。 でも 「鉄腕アトム」 以来、アニメとは長いつきあいですが、ここまで心ひかれる作品は 「ガルフォース」 が初めてなのです。 その理由のひとつは、やはり園田さんのキャラクターデザインです。 「ガルフォース」 を見ようと思った第一の動機です。 園田さんの絵を初めて知ったのは確か 「STOL」 のvol.7だったと思います。晴海の東館、あのドーム館を初めて会場に使用した夏コミでした。初めての建物で周囲が丸かったため、ローラーシフトの勘がくるってしまい、2度VTOLへ行き、2度とも 「STOL」 vol.7を買ってしまったのを思い出します。園田さんのマンガは 「MOONBASE 2099」。装甲スーツの出てくる月面戦闘シーンが印象に残っています。 鋭角的な他者を拒絶してしまうフォルムではなく、柔らかなラインでくっきりと描かれたキャラクター達。劇画と言うよりマンガであり、デザインされた記号のように無駄がない。 それでいて、記号を越えた生き生きとした動きを感じさせてくれる力があります。どこかで 『清潔でしかも色気のある』 と園田さんの絵を評していましたが言い得て妙と言うべきでしょう。現代的でかつ暖かみのあるということですか。一目で惚れこみました。 「モデルグラフィックス」 誌上で、もとのフォトストーリーを見た時は 『よくあるパターンだ』 と思っただけでした。園田さんの絵柄だけはチェックしつつもそれほどの関心はもっていませんでした。 ところがオリジナルビデオになると知った途端、ころりと態度をかえてしまったのですから現金なものです。あれこれしているうちに劇場公開も決まり、たまたま東京行きに重なったのをよい事に前売り券を手に入れ、初日には新宿の歌舞伎町シネマ2にいた、という次第です。 それが彼女達との出会いでした。 理由の二つめはストーリーです。 売れ線のキャラクターと有りがちな展開の軽い物語という私の予想は見事に裏切られました。でもこれは嬉しい裏切りでした。敵は正攻法で来たのです。 主力から取り残された船。生き残った少数のクルー。謎の乗艦者。敵襲。一人一人、減っていくクルー。そして明かされる意外な事実。 多少舌足らずな嫌いはありましたが、堂々とパターンを生かしていたのですから拍手ものです。日本人は、実写畑の人間はまずエンターテイメントの文法は判っちゃいませんし、アニメ・特撮畑の人間でも、うまく使えていません。基本も出来ずに何が芸術だ!(おっと脱線) パターンを使う事は恥でもなんでもないのです。かのパターンの魔術師・宮崎駿を見よ! 雑念なしに物語に溶け込んでいけるかが、まず鍵なのです。 「ガルフォース」 は成功していたと思います。逃げのない正統派のストーリーの展開が、素直でのびやかな園田さんのキャラクター達と見事に共鳴して予想外のパワーを生み出していました。 私としてはムード先行で論理を詰めない、日本型ストーリーテリングの弱点を突破しようとした点を評価したいのです。論理、知識、そして感情が三位一体となった、私の理想のエンターテイメントへの指向が、ほんの少し見えたと思えるから。ひょっとしたらそれが 「ガルフォース」 が好きな最大の理由なのかもしれません。 でもそれはどうでもいい事です。 いえ、誤解しないで下さい。理由なんかどうでもいい、というのではありません。理論づけをして安心しようという気なんか無いということです。 さかしらな評論など展開する気はまったくありません。 『木を見て森を見ず』 では困ります。でも評論家のように 『森に合わせて木を語る』 様な事はしたくありません。私が今したいのは 『森の中でどんな木に出会ったのか』 を伝える事なのですから。私の持った感想を話したい。どうしても誰かに語りたい。それだけのことなのです。 キャラクター達の自然な反応と感情の流れにそってエピローグが迎えられたとき、「両手いっぱいのジョニー」 がどんな風に響いたか、それが伝えられたら。 それだけなのです。 これだけは確実に言えます。「ガルフォース」 は 『好き』 であるということの素晴らしさを教えてくれました。 他人や権威が言うからではない、『よい』 からでもない、ただ自分が好きであるから好きなのだということ。こんな当たり前のことを再確認させてくれたのです。 もちろん自分が 『好き』 な作品が 『よい』 作品である方がもっと嬉しいでしょう。でも欠点を認めたうえで、その点もひっくるめて 『好き』 なのです。私には、「ガルフォース」 に出会えた事が最大の価値なのですから。 見返すたびに思い入れが深まります。 世界が拡がっていきます。 エルザ、ルフィー、ポニー、キャティ、パティ、ラビィ、ラミィ。 彼女達の心からの笑顔で物語の幕切れを飾る事が出来たなら、今もそう思い続けています。 |
|
「ガルフォースが好きです」 |
|
1988年夏 服部真一郎 |
|
|
|
|
| TOP / CONTENTS | BACK / 02 / NEXT |