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§ 燃える空


 希薄な空気と高速で接触し、岩塊は人の聞くことのない鋭い悲鳴をたてた。
 遙かなたかみから投げ出された岩塊は、大気を液体のように切り裂きながらさらに凄まじい轟音を上げる。ショックコーンを長く長く軌跡として残し、白熱した火球となり成層圏を突き抜けた。
 オーストラリア大陸中央を蔽う灰白色の密雲に幾つもの穴が開く。
 穴を中心に巨大な波紋が広がる。
 コンマ数秒のタイムラグ。
 大陸全土に宇宙から落とされたハンマーが叩きつけられた。

 閃光が走った。
 大型モニターの上に縦横に走る格子模様の、ひとつひとつの交点に、一瞬に灯がともったようだった。
 最後の戦いの開始を告げる狼煙だ。
「全弾、着弾。ただし、20〜40便、中軌道域の妨害のため目標からそれました。残りは予定目標に到達」
「わかった。目標周辺の自動観測は続行。緊急発射用ペレット、フィールドコイルの状態は?」
「安定しています。要請ありしだい、新目標へ向けて発射可能です」
「よし。あとは待機だ」
 艦長は大きなため息をつくと身体の力を抜いた。
 彼の艦は与えられた役割を無事に果たしたのだ。月軌道上から、大小100に及ぶ質量爆弾を投射、今、すべてが目標に達した。
 これからは上陸部隊と、地球で頑張ってる連中の仕事だ。
 もうマス・ドライバー “ミルニョル” の出番はないだろうと彼は考えていた。
 手順として確認しはしたが、新たな発射要請はありえない。
 ここから、発射した場合、地球に着弾するまで最低40時間。それまでは到底、支援砲火の意味をなさない。このあと砲撃があるとしたなら、それはこの地球反攻作戦が失敗に終わった時だけだ。
 彼はその命令書を受けている。
 旗艦ノルマンディーからの司令コードがあった場合、予備の質量弾全部をゼロ・ポイントに叩き込むことになっている。
 最後の手段というわけだが…どれだけ有効か。
 東西対立の置き土産、軌道上に展開されていた対質量兵器防空網が生き残っているのを改めて見せ付けられた今となっては…。
 どちらかというと最後のあがきだな。
 彼は前席のカノンの後ろ姿を見た。
 まだヘッドセットをつけたまま、じっとモニターを見つめていた。
「おい、タンクベッドで休め。4時間したら、俺も寝かせて貰う」
「でも、艦長、」
 振り向いたカノンは抗議しかけた。しかし、艦長の目を見て思い止まった。
 小さく黒い瞳がカノンを見据えている。
 いつものおどけたポーズはかけらも無かった。
「分かりました」
 カノンはヘッドセットに指をかけた。
「今は十分な休息をとれ。それが役目だ。いつ、地球のやつらの要請があるか分からないからな。それに、下に降りるつもりならなおさらだぞ」
 言いながら不器用にウインクして見せる艦長。
 カノンは少し安心した。やっぱりいつもの艦長だ。
「はい。ではお願いします」
 ヘッドセットを艦長に向かって押しやった。
 艦長はにやりと笑い、掌で受け止める。
 カノンは固定ベルトを解き放すと、両手で反動をつけてシートを離れた。
 空中でメインモニターを振り返る。
 地球はもう手の届くところにある。
 そう自分に言い聞かせてカノンはブリッジを出た。
 無事で、私を待っていて…。

 透明ボードの上に観測された着弾結果が書き込まれていく。
「ゼロ・ポイント以外への攻撃は概ね成功です」
 クリップボードを抱えた士官が報告する。
「MMEは外周拠点からはほとんど撤退していましたから、実際に与えた損害は軽微と考えられます」
「MMEが後退を続けていたのは、こういうわけだったのですね」
「安全圏へ逃げ込んでいたというわけだな」
 ラミディアにネルソンが応じた。同意の印にドミノフは黙って頷いた。
「しかし、MMEレーダーサイト群は完璧に封じました。あとは、降下部隊を待つだけです」
「分かった」
 士官はネルソンに敬礼して下がった。
 ラミディアは戦況を表示しているボードの前に進む。
 すべての部隊が停止している。
 質量爆撃の間は前進を避け、被害を受けないように待機しているのだ。
 次に、S.V.E.弾頭が放たれる。
 それからが決戦だ。
 N、E、Wの3集団がゼロ・ポイントに突入する。
 既に3集団とも、MMEの前衛と接触し交戦に入っていた。
 そこに降下部隊が加わる。
 始まってしまった。後戻りは出来ない。
 もうラミディアは何も出来ない。
 セントラル・ベースの、この指令室で戦況を見守るだけだ。
 周囲では多数の士官、オペレータがコンソールの間をぬって忙しくたち働いている。女も男も黙々と与えられた役割をこなしている。
 キャティ…。
 その中に彼女の姿は無かった。
 サンディやフォルティンの加わったW集団の出発する前日、キャティはベースから姿を消したのだ。ハンガーから4×4の偵察車両が1台なくなっていた。
 そして、サンディから渡されたデータプレートも無くなっていた。
 ラミディアの執務室のディスプレイにはメッセージがあった。
『活性化装置のデータはMTに残しました』
 たった1行、それだけだった。
 彼女が行ったとすれば、ゼロ・ポイントしか考えられない。
 だが、なんのために?
「どうしたのかね、ラミディア少佐?」
 中央の作戦図を置いたテーブルからネルソンが尋ねた。現状を確認していたドミノフが顔を上げた。
「いいえ、なんでもありません」
 ラミディアはテーブルに戻ろうとした。
 サンディにはとりあえず知らせたが、キャティの失踪についてはドミノフもネルソンも知らない。もうひとり、ベースに残っているサリーという少女がこのことを知っているだけだ。
 他の誰に話したとしても、無用の騒ぎを引き起こすだけだと思った。
「ここまでは、ほぼ予定通りだが」
「あとは運を天に任せるしかないな、ドミノフ司令」
 基地に残った東西両軍の司令は透明ボードを振り仰いだ。
 ボードを通して、モニター上の巨大なデジタル数字が読める。
 最後の戦いが始まる。
「信じましょう。地球と火星の兵士たちを」
 ラミディアも二人と同じようにカウントダウンを続ける数字を見上げた。
 そう、信じるわ。
 キャティ、あなたが何をしようとしているとしても。

 修道服姿のサリーはドアを開け、中を覗いた。
 点きっぱなしの端末にはアイルとトイルが向かっている。
 他には誰もいなかった。
 ラミディア少佐たちは、指令室…当然よね。
 後ろ手にドアを閉めてサリーは中央のシートに腰を降ろした。
 いつもはキャティが使っている席だ。
 修道服のフードを降ろした。
 白いボディのトイルが彼女を大きなセンサーアイで見上げた。見慣れぬ姿に、一瞬戸惑ったような仕草だった。
 端末の入力端子とトイルの触手のような手が直接つながれている。
「あなた、本当にキャティがどこにいったか知らないの」
 サリーは尋ねた。
 もう何度か繰り返した質問だった。
 しかし、その度ごとに答えは同じだった。
 トイルは半球形の頭を左右に振って見せる。
 そしてモニターに向かってデータの解読作業に戻るのだ。
 青いボディのアイルは彼女に気付いているのかいないのか、最初の出会いの時以外はサリーを見ようともしない。そのままデータの処理を続けていた。
 サリーは小さくため息をついた。
「あなたたち、本当はキャティがどこに、何をしに行ったのか知っているのじゃないかと思うわ。だけど、キャティのために黙っているんだって」
 MME、いえロボットが隠し事するなんて変かも知れないけど…。
 “この子たち” は…そうかも知れない。
 サリーは思い出す。
 キャティが “この子たち” と言った時のことを。
 少し脅えたようにキャティの両側に寄り添ったトイルとアイルは、ただの機械のようには見えなかった。
 今も、この子たちはキャティの残した仕事を続けている。
 彼女の還ってくることを待ちながら…。
「待っているの、あなたたちも?」
 サリーはアイルに向かって尋ねる。
 アイルは何も答えなかった。
 だが、そのセンサーアイがちらりと彼女の方を見たような気がした。
 ドアでかすかな音がする。
「ミティ、」
 ドアを細く開けて、ミティのヘルメットが覗いていた。
「サリー、なにしてんの?」
 ミティはきょろきょろと辺りを見回しながら、サリーの足元に飛び込んでくる。
 すぐに、傍らのトイルとアイルに気付いた。
 興味津々といった表情で、トイルの頭に手を伸ばす。
「そっちがトイル、こっちがアイルっていうのよ」
「ふーん」
 ミティにマニピュレータを掴まれたトイルは、ちらちらとミティにセンサーアイを向け、次にサリーを見上げる。
 迷惑だから、助けてっていってるみたいね。
 思わず口もとに笑みが浮かんでしまう。
 ミティは脅えたりしない。
 誰も最初から敵意を抱いたりするわけないのに…。
 サリーはシートから立ち上がり、ミティの手をとった。
「トイルは仕事中なのよ、邪魔しちゃいけないわ。みんなのところへ行きましょう」
「はーい!」
 サリーに構ってもらえることで十分と思ったのか、ミティはあっさり手を放す。
 アイルとトイルを残して、二人は部屋を出た。
 キャティ、無事に戻ってきて…。
 あの子たちのためにも。
 サリーは思った。

 メロディは広いシートの上で膝を抱えて黙りこくっている。
 サンディは彼女を助手席に残して運転席から出た。
 APCは予想される突風、旋風を避けて浅い谷間に入っていた。
 スコアが双眼鏡を手に立っている。
 質量爆撃の余波が、地を這うような風となって砂を巻き上げている。
 サンデたちの部隊はMMEの抵抗をほとんど受けることなく予定地点に進出していた。小規模の戦闘を数度経験しただけだ。
 低く霧のように垂れ込めている鉄灰色の雲は間近に迫っている。
 兵士たちはAPCやMBTの中でじっと待っていた。
 その時が近づくにつれて、誰も口数が少なくなっていた。
「あいつ、どうだ」
 スコアは双眼鏡を下ろすと尋ねた。
「落ち着いてはきたけれど…」
 サンディは浮かない顔で首を振った。
「ここからは連れていけないはずだぜ」
「でも、残していくわけには」
「だから、あそこで無理矢理降ろせばよかったんだよ!」
 言ってはみたが、スコア自身も諦めている、そんな口調だ。
 メロディは弾薬輸送車の中に潜り込んでいた。
 兵士に発見された時は、もう送り返せないところまで来ていた。
 仕方なくサンディの部隊が身柄を預かることになったのだが、メロディは一緒に戦うと言うだけで、サンディたちの質問には何も答えようとしなかった。
「…ここまで来ちまえば同じかも知れないが」
「もしかしたら、ボーディーのことかも知れないわ。私、忘れていたけれど…」
「そんなこともあったかな」
 スコアは無造作に残酷なことを言う。
「乗せておくだけだな。で、データの方はどうするんだ」
 稜線の向こうを監視しながらスコアは続けた。
「キャティが、私たちと同じコースを先行しているらしいのは確かなんだけれど…」
 サンディにもキャティが何のためにデータプレートを持って姿を消したのか分からなかった。悲しそうな瞳をした、おとなしい娘に見えたのに。
 何か重要な目的があってデータプレートを持ち出した。
 そうとしか思えない。
 でも、あのデータプレートが戦いに何の役に立つのだろう?
「見つかるわきゃないよな。少佐の話では、活性化装置のデータは残されてたってことだし、しょうがないんじゃないか、いまさら…」
「何がしょうがないのよ!」
 突然の声にスコアとサンディは振り返った。
 肩を震わせ、メロディが立っていた。
「MMEのスパイじゃない、どうしてしょうがないっていえるの!? データプレートを盗んだんでしょう! 何故放っておけるの?」
「…メロディ、どうしてそれを…」
「聞いたんだもの…。出撃の前の日、サンディにお別れを言いに行って、ラミディア少佐がサンディと話しているのを。キャティは自分の助手だと言って、MMEを使っていた。私、知らなかった。火星では気付かなかった。知っていたら…。どうしてあんなやつのこと信じてたの、みんな!」
「メロディ、あれはただのサポートロボットだって…」
「いい加減なこと言わないでよ、スコア!」
 メロディはスコアをぐっと睨んだ。スコアは思わず口にしかけた言葉を飲み込んだ。メロディの瞳から涙がこぼれた。
「MMEに仲間を、みんなを殺されたのに、どうして、そんなこと言えるの! キャティが、キャティがやったのよ!!」
「お、おい…」
 困惑の表情を浮かべて、スコアは助けを求めるようにサンディを見た。
 サンディは何と答えていいか分からないままメロディに歩み寄った。
 メロディは泣いていた。
「ボーディーは死んだんだもの…」
「メロディ…」
 サンディはメロディの肩に手を回し、そっと抱き寄せた。
 メロディはサンディの胸に顔を埋めて泣いていた。
「まだ分からないわ。…だから、待って。すべてが終わるまで、待って。お願い、メロディ…」
 メロディの耳元でサンディはささやいた。
「サンディ、でも…!」
 抗議するような顔を上げたメロディの視線に、サンディは首を左右に振って見せた。
「…私には、キャティがそんな人だとは思えないの。MMEの手先なのかどうかはべ、別。…でも、彼女が私たちを苦しめるようなことをするとは思えないの」
「サンディ…」
「行こうぜ、そろそろ時間だ」
 タイミングを見ていたスコアが二人を背後から促した。
 次の攻撃が来る。
 そして火星軍が来る。
 その時は目前だった。
 質量爆撃の起こした風はまだおさまろうとはしていなかった。

 「G.O.R.N.」 はすべてを見ていた。
 3方向から接近する地上軍。
 上空から降下しつつある火星守備軍。
 大陸の各地にクレーターをぶち抜いた質量兵器攻撃。
 そして南から近づく小さな物体。
 予想の範囲内で進行している。
 ゼロ・ポイントめがけての質量爆弾は、低軌道を周回する東西両軍の “ビリヤード” 衛星が弾き飛ばしコースをそらせた。一発も 「G.O.R.N.」 に被害を与えることは出来なかった。“ビリヤード” 衛星の大部分は、もとはと言えば質量爆弾だった。資源衛星として月軌道にあった岩塊群から、東西の緊張が高まるとともにひそかに軌道を変更し、低軌道に持ち込まれていたのだ。
 「G.O.R.N.」 は人類の残したものを有効に利用しただけだ。
 地上で、集結した部隊で人類を阻み、軌道で降下部隊を妨害する。
 その間に彼が欲してやまない情報を入手する。
 南から近づくものが 「G.O.R.N.」 に約束している。
 「G.O.R.N.」 が待ち続けていたのはそれだった。
 すべては順調だった。
 そこまでは。
 しかし、人類は 「G.O.R.N.」 の予測より、僅かに狡猾だった。

 マス・ドライバー船 “ミルニョル” のブリッジ。
 セントラル・ベースの中央指令室。
 火星守備軍のカーゴ、キャリアー、クルーザー。
 地上、質量爆撃の余波で発生した砂塵の中。
 あらゆる場所のクロノメーターがHアワーを指した。
 その瞬間、「G.O.R.N.」 の視界が揺らいだ。
 プツリと無数の目からの連絡が途絶える。
 電離層とゼロ・ポイントに垂れ込める厚い雲の中で無数の爆発が起こった。
 膨大な熱と光をまき散らした。
 成層圏では、S.V.E.弾頭によって、強磁性エアロゾルの雲は文字通り燃え上がった。電離層で炸裂した複数のメガトンクラスの核爆弾は、瞬時にして電磁波の無秩序状態を地球の上空に広げる。
 鉄灰色だった空は真っ赤に燃えていた。
 赤い雲はぐんぐん上昇していく。
 大気の塊が一斉に大陸の中心部へ向かって流れ込み始める。
 巨大な嵐が生まれようとしていた。
 電光、雷鳴、炎。
 この時を狙い大気にとびこんでいた多数の小火球が、大陸上空の成層圏を突き進んでいた。
 目標はアリススプリングス、すなわちゼロ・ポイント。



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