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§ 戦闘 稲妻に雷鳴、強風と砂を巻き上げている。 兵士たちは整列した各車両の前に立ち、待つ。 トラックやAPCのダイナモがアイドリングの低い音を響かせている。 私語を交わすものなど一人もなく、風が鳴る音がやけに耳に響く。 さして待つこともなく、戦闘指揮車から指揮官が降りてきた。 特務曹長の号令で全員が指揮官に注目する。 ざわめきが起こった。 かすかな驚きが彼らの間に広がる。 少尉になったんだろ…? そんな表情で互いに顔を見合わせ、目くばせを交わす。 そこに立っているのはフォルティンだ。 しかし、士官の制服はどこかに消えてしまっている。 軍曹の時のマント、そして顔のカムフラージュ・パターン。 腰には携帯用のガトリングガンを下げている。 以前の姿のままのフォルティン。 陳腐だろうがなんだろうが、多少の演出は必要だ、 フォルティンは服装の効果を確かめるように、部下たちの顔を一渡り見渡した。 ざわめきはすぐにおさまった。 ぐっと下顎をひくと真正面を見据える。 「いまさら言うべき言葉は何もない。戦い、MMEを倒し、生き残れ。それだけだ」 ゆっくりと、だが、きっぱりとフォルティンは告げた。 にやりと笑みを浮かべた。 兵士たちのそれぞれの顔にも小さな笑みが生まれた。 戦え、そして生き残れよ! フォルティンはもう一度脳裏に繰り返した。 「全員乗車。突入作戦開始!」 全員の歓声がフォルティンの声にかぶさった。 フォルティンの声を受け、曹長の合図で一斉に車両に乗り込む。 行くぞ、サンディ…。 フォルティンは隊列を確認して、指揮車に乗り込んだ。 部隊は目前のゼロ・ポイントを指して動き出した。 風はさらに強まり、雨が降り出していた。 黒く重い雨だった。 電離層破壊と磁性体雲への攻撃でMMEの通信能力は、一時的に通常の5%以下にまで低下した。 この隙を狙って、火星守備軍の上陸部隊は大気圏に突入した。1000以上の地上カプセル、ドロップシップが同時に降下を開始、地表を目指す。 地上では強風と駲雨、砂塵の中でMME部隊との激戦が始まっていた。 これまでとは違い、MMEはけして退こうとはしない。 頑強に拠点に止まり、まだ相互に連携がとれない。 ありったけの多弾頭ロケット弾の集中使用と、MBTの強行突入が、ビッグフットやヤード、大型戦闘車を排除して道を切り開く。 進めるだけ進め。MMEが体勢を建て直すまでに。 それが彼らに与えられた指令だ。 極力、抵抗の強い地点を回避しながらゼロ・ポイントを目指す。 破壊された車両をMMEの残骸の中に残して、彼らは進んだ。 既に損失は全体の15%を超えようとしていた。 「ジーン、次、右だ!」 バウアーの声に合わせてジーンのゴーグルに三角形のシンボルが明滅した。 「了解!」 W-85は左右のホイールを逆回転させ急旋回、針路を修正し終わった途端にダッシュした。真っ正面の起伏の向こうにビッグフットの集団が頭を見せ出している。 コンデンサのチャージ量と残弾数を確認する。 G弾は僅か、あとはAP弾ばかりだ。チャージは当分保つ。 車体が大きくバウンド。着地と同時に二人はシートに押さえ付けられる。 ぐっと歯を食いしばる。 「こいつらにかましたら、大物狙いでいく!」 「分かってますぜ!!」 前と右側面はMMEだらけだ。 こいつらを潰さなければ、進路は拓けない。 前面の装甲をレーザーの光条が舐めた。 バウアーはスコープを覗きながらトリガーを絞った。 発射、装填。 W-85は砲撃しながら突進を続けた。 大気圏突入は無事果たしたものの、地表近くで降下部隊を待ち受けていたのはすさまじい対空レーザーの弾幕だった。しかし、S.V.E.弾頭の集中使用が引き起こした嵐が、レーザーの威力を半減させる。豪雨に守られながら部隊は地表に降りた。 爆破、破壊されるものこそなかったものの、機体のあちこちに損傷を受けて予定以外の地点に不時着するドロップシップは少なくなかった。 幾つかのカプセルは着陸システムを破壊され、貴重な補給物資を砂漠に叩きつけて終わった。 予定着陸セクターの三日月型、地球軍が前進したあとの空白、降下を終えたカプセルとドロップシップは次々に戦闘車両を吐き出し、小編制の隊列を組み上げるとすぐに前進を始めた。 だが、「G.O.R.N.」 の予想済みの地区に降り立っていた火星守備軍の降下部隊は、たちまちMMEの阻止線に行く手を阻まれた。彼らは待ち構えていたMMEの正面に降りてしまったのだ。 あとからあとから溢れるように出現するMMEに対して、火星軍は優秀な火力でなんとか対抗する。彼らは互角以上の戦闘を繰り広げたが、少しも前進できない状態に陥っていた。 「少尉、状況はどう?」 指揮車後部のコマンド・ルームでバージィ、アン、フォルティンたちは作戦図を囲んでいた。指揮車は走り続けている。揺れが激しい。 「手に入る情報では、火星軍の上陸は成功したようです」 フォルティンの指が図面の上に素早く弧を描いた。 「この一帯に展開しているMMEとぶつかっています」 「足踏み状態…ね」 バージィは即座に事態を読み取った。 「われわれの部隊が属しているWグループは既にここまで進出していますから、30キロ近く離れてしまっています」 「前方のMMEの様子はどうなんです?」 アンが尋ねる。 フォルティンは首を左右に振った。 「分からない、というのが現状ですね。今までのように手薄ならいいんですが…」 「ここで、MMEの施設に突き当たるわけね」 バージィが指差した。フォルティンが頷く。 「生産施設と推定されています。以前は精密機械プラントがあった地区です」 フォルティンは背後のコンソールに控えている軍曹を振り返った。 「うちの損失と消耗はどのくらいだ?」 「概算でMBT、車両で7%、弾薬、燃料の消費は30%です」 確認しておいてフォルティンはバージィとアンの顔を交互に見た。 車体が跳ねた。全員が手がかりを掴み、体を支えた。 「これまでは遊びみたいなもんでしたが、今度は本番が来ます。いいんですか」 フォルティンはバージィたちに地上戦に参加する義務はないということを言いたかったのだ。彼女たちはあくまでもオブザーバーなのだ。それに、耐G訓練を通過していないバージィやアンでは1G下の長時間戦闘は体力的に無理がある。 「お願いするわ」 バージィはきっぱりと応えた。 「最後まで、ね」 アンが続けた。 「ついて行くことしかできないのだから、単なる足手まといかも知れないけれど、お願いするわ」 “薬” は効いたようだわ。 それとも、地球樹のおかげ? ちらりとそんなことをフォルティンは考える。 「分かりました。大佐とアン准尉には情報分析をやってもらいましょう」 フォルティンは笑みを浮かべた。 「お二人が居てくれると部下の連中の気も引き締まります。『火星育ちのへなへな野郎が頑張ってるのにへこたれてられるか』 って。おっと失礼、野郎じゃありませんでしたね」 「そんなに、火星軍って評判悪いんですか?」 アンは思わず真顔で尋ねた。 「悪いです。大佐やあなたみたいな美人をみんなかっさらったってね」 声を上げて笑うフォルティン。 「そ、そうですか」 アンはバージィと同列に美人といわれて顔を赤らめた。 バージィはくすりと笑った。 「少尉!」 後ろから軍曹がメモを手渡した。 「ぶつかったようです」 メモから目を上げたフォルティンに、二人は頷き返した。 フォルティンはハッチをくぐって運転室へ入る。 指揮車は速度を緩め、左へステアリングを切った。 フォルティンたちの部隊はWグループの一方の先頭に位置している。 ゼロ・ポイントのタワーは目前に近づいていた。 降下開始から数時間後、人類側は完全にゼロ・ポイントを包囲し、その包囲の輪を狭めつつあった。しかし、予想外の抵抗に悩む火星軍は外周部に張り付いた状態であるのに対して、地球軍はMMEの予想を超えた速度で侵攻し、人類側の戦力は二分されつつあった。混乱を大きくしたのは、この状態を人類側もMME側も把握しきっていないことだった。 「G.O.R.N.」 のネットワークはようやく回復しつつあったが、まだ完全ではなかった。地区毎の補助処理システムが戦闘を担当していた。 地球軍と火星軍との距離はさらに開いていた。 特にWグループは突出し、最もゼロ・ポイントに接近している。 何故なら、彼らの前面に対する攻撃は異様に思える程少なかったのだ。 罠ではないかと誰もが考えた。 しかし、そのWグループの快進撃もアリススプリングスの外郭で止まった。 激しい雨の中、擱挫したAPCが炎を上げている。 数十メートル先に脚を数本失ったヤードが立ちはだかっていた。 さらに頭上にはのしかかるように巨大な塔がそびえている。 「スコア、教えてくれない」 「何を」 サンディとスコア、二人は地表のわずかな凹みにうつ伏せに身を隠しながら前方をうかがっていた。地面に溜まった泥水と降りそそぐ雨が全身を濡らす。 彼女たちはWグループの一方の先頭にいた。 「“ヤード” ってなんのこと?」 MMEの戦闘兵器の向こうにACVロケット弾攻撃で崩れた建物が見える。 目の前の塔の基部に直接つながっている。 そこから中へ入れるはずだ。 「ロシア語で “毒茸” って意味さ」 「そう。茸っていうよりは蜘蛛に見えるわ」 言った途端に頭上を対人レーザーの掃射がかすめる。 降り続ける雨のせいでやけにはっきりとその軌跡が見える。 二人は地面に張りついた。 「…“茸” だって言ってるぜ」 「準備はできてる」 スコアの声に重なって背後からノートンの声が響いた。 サンディは仰向けになりながら振り返った。身をかがめたノートンがすぐそこにいた。後ろにぴったりと寄り添うようにメロディが雨に体を濡らしていた。 「分かったわ。残りの対戦車ミサイルでヤードを吹き飛ばして、それを合図にあの内部へ侵入するわ。入ったら、ノートンたちは入り口の確保をお願い。私たちは、中枢部への手がかりを探すわ」 「無茶はするな」 「ありがとう、ノートン。ここまできたら何としてでも生き延びなきゃね。メロディ、心配しないで。必ず帰ってくるわ」 メロディは何かを言わなければならないと思うのだが、何をどう言っていいのか分からなかった。 メロディはサンディに抱きつき、その胸に顔を埋めた。 ノートンは黙って頷く。 サンディはスコアの顔を覗くと、彼女はウインクを返す。 メロディが顔を上げる。 彼女の肩を両側から支えるように手を置くとサンディは微笑んだ。 「バカね、顔が泥だらけよ。待っていて、必ず戻るから」 泥と雨、そして涙をぬぐいながら、メロディはそっと後ろへ下がる。 「戦闘開始よ!」 サンディは唇を一文字に閉じ、再び前方に向き直った。 左右でランチャーを肩に乗せた兵士が前へ出る。 頭上を赤い光条が薙ぐ。 ノートンもサンディたちの背後で対戦車ミサイルの照準をのぞく。 「あいつは、東側の多脚タイプMMEを原型にしている…」 クロスしたラインの中央にヤードの胴体が重なった。 濡れた胴体が鈍く光っている。 「原型が “ヤード” だった。それが “ヤード” という名前の由来だ。構造も弱点もそのまま受け継いでいる」 セイフティを解除する。 「指令を与えているのが、MME自身というのが最大の違いだ」 言い終わると同時に、ノートンは赤く塗られたトリガーを引き絞った。 ランチャーから弾体が飛び出す。 タイミングをシンクロさせて、コンマ数秒のタイムラグで左右からもミサイルが放たれた。高温の噴射ガスの尾を引いてミサイルは突進する。 ヤードは向かって来るミサイルにレーザーを集中した。 しかし、距離がなかった。 直前、1基が空中で爆発したが、残りの全弾がヤードの胴体に命中し、炸裂した。閃光と爆煙が本体を包み込む。 炎の中、黒い陰が地面に崩れ落ちる。 「行くわ!」 サンディが最初に泥を蹴って凹みから飛び出した。 「わかってらい!」 ガトリングガンを抱えてスコアが続く。 水滴を跳ね上げながら兵士たちは一斉に前進を始めた。 左右の敵は後ろに残る仲間たちに任せて、真っ直ぐ前方の入り口めがけて走る。 ぽっかりと開いた爆破口。 サンディは素早く内部に視線を走らせる。 そして、追い付いてきた兵士、スコアたちと建物の中へ突入した。 ノートンは、サンディたちの援護を指揮し、彼女たちが建物に達したのを確認すると前進に移った。 |
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