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§ 「G.O.R.N.」


 そこは巨大なアトリウムだった。
 直径は百メートル以上、そしてその数倍もの空間が垂直方向に伸びている。
 アトリウムの中央には、ほとんどその中間に達する程の高さの巨大な尖塔がそびえ立っていた。そのわきには中央の塔を縮小コピーしたような3基の塔が、等間隔で中央の塔を取り囲んでいる。ゴシック建築のような塔の表面にはさまざまなケーブルが微細なパターンを描いている。
 サンディはゆっくりとそれに向かって近づいて行く。
 前方、塔の前に立っているキャティがけし粒のように小さく見える。
 スコアはゲートを入ったところで立ち止まったまま、巨大な構造物を見つめた。
 なんてこった…。
 こいつがMMEの親玉だっていうのかよ。
 これを人間が作っちまったっていうのか…。
 サンディとキャティが自分をおいて先へ行ってしまうのにも気付かず、圧倒されたスコアはその場から動けなかった。

 キャティは4基の塔を囲む低い障壁の前に立った。
 ゲートと中央の塔のちょうど中間だった。
 重く濡れたマントをその場に脱ぎ捨てる。
 キャティは待った。
 彼女の横にサンディが並ぶ。
 胸のポケットに手を入れ何かを取り出すと、キャティはそれをサンディに示した。金色の光を放って輝くデータプレートだった。
「これから、すべてをお話しします。
 キャティはサンディに横顔を向けたまま語り始めた。
「私は人間ではありません…」
「…では、メロディの、」
「いいえ、MMEでもありません」
 キャティは首を振った。
「別の世界、別の時代から来た、と言っても信じてもらえますか。このデータプレート、そして月遺跡。その両方から私は再生されたんです。
 キャティは掌に載せたプレートに視線を落とすと、ぎゅっと握り締めた。
 再生…。
 それはサンディが予想もしなかった言葉だ。
「私たちは永い永い戦いを続けていました。宇宙を二つに分けた大きな戦いです。そして、戦いの中で滅びてしまいました。その世界の記憶とメッセージがこのプレートなんです。」
 一瞬、彼女が叫び出すかとサンディは思った。
 しかし、キャティはうつむいたまま、腰のわきに添えるようにした拳をじっと握っているだけだった。何に耐えているのか、小さな拳はかすかに震えていた。
 サンディはキャティにそっと尋ねた。
「キャティ、あなたは何のためにやって来たの?」
 そう言われて初めてキャティはサンディの顔を見上げた。
「過ちを繰り返さないためです」
 大きく見開かれたキャティの瞳にはうっすらと涙が滲んでいる。
「私たちの犯した過ちを繰り返して貰いたくなかったからです…。伝えたかったのは技術や文明だけではありませんでした。本当に伝えたかったのは、」
“説明はそのくらいで終わりにして貰おう”
 頭上から声は降りそそいだ。
 ヘッドセットを通してではなく、その振動はサンディ、キャティの全身を震わせた。

 突然の声に体を揺さぶられ、スコアはびくりと背中を震わせた。
 塔を見上げ、そして視線を戻す。
「あいつら!」
 遠くに立つ二人。
 自分一人が置き去りにされていることにやっと気付き、スコアは走り出す。
 「G.O.R.N.」 の声は続いた。
“お前には私に伝えるものがあるはずだ”
 何を言ってるんだ?
 いつの間にかサンディもキャティのやつもあんなところに。
 息を切らせてスコアは走った。
“私こそが正統な後継者なのだ”
 「G.O.R.N.」 は繰り返す。
“お前たち人間に代わって、MMEが宇宙を支配するのだ”
 何をバカなこと言ってやがる!
 サンディもキャティも何を話してるんだ?!
“サンディ・ニューマン。私の創造者たちのひとり、グレイ・ニューマンの代理として、お前はそれに立ち合うのだ”

「やめろ!!」
 二人のもとに辿りついたスコアはいきなりキャティの肩を掴んだ。
 スコアはそのまま強引にキャティを振り向かせる。
「何をしようとしてるか知らないが、やめるんだ! MMEの言いなりになるんじゃねぇ!」
 荒い息をしながらスコアはキャティを睨んだ。
 キャティはスコアの瞳を見つめながらゆっくりと首を振った。
「私は伝えなければならないんです。過去の記憶のすべてを。断片ではなく、全体の姿を伝えなければならないんです」
 するりとキャティはスコアの手をすり抜けた。
「おい!!」
 キャティを捉えようと伸ばしたスコアの腕をサンディが押さえる。
「スコア、キャティを行かせてあげて」
「バカか、サンディ、」
「それが彼女の、キャティの戦いなのよ」
 キャティは二人から少し離れて待っていた」。
“始めるんだ。キャティ”
 再び 「G.O.R.N.」 の声がアトリウムを揺るがした。
「待って!」
 サンディが中央の塔を見上げて叫んだ。
「その前に聞いて欲しいことがあるの」
 キャティとスコアは驚いたような表情でサンディの顔を見た。
 「G.O.R.N.」 は何も応えない。
 サンディはスコアの腕を放すと一歩前に出る。
「あなたたちMMEは人類が作りだしたものだわ。これまでの戦いの中で、私はずっとMMEは、私たちの天敵のようなものだと思っていた。全く異質のものだと考えていたわ。
 でも、この前、気付いたの。あなたたちに破壊と殺戮、人類を憎むことを教えたのは人類なんだって…。私たちはそれしか、あなたたちに与えなかった。だから、この戦いは人類の憎悪同士がぶつかっているのだって……」
 サンディは考えをまとめるように、一度言葉を切った。
 塔自体に向かって説得するようにサンディは続けた。
「だから、私たちだけが生き延びようとするのは本当は不当なんだわ。あなたたちにも生き延びる権利がある」
「サンディ!」
 サンディは薄く笑った。
「でも、みんながそう考えているわけじゃないわ。もうこの戦いは止められない…。
 けれど…。一つだけ可能性があるかも知れない」
 緊張をほぐすように、サンディはひとつため息をついた。
「もし、あなたたちが、MMEが本当に人類を超えたというのなら、人類と同じ憎悪に縛られるのはやめて。私たちはお互いを信頼しきれずに争い合う愚かな生き物だわ。この戦いの中でさえ、東側か西側か、地球だ火星だといっていがみあっているのですもの。
 でも、もしあなたたちが人類の愚かさを乗り超えたというのなら、この戦いをやめて。お願い」
 サンディは思い出していた。
「何故、あの時、あなたたちは、あの宇宙船を、“ヘカトンケイル” を直接攻撃しないで私に撃たせたの? 何故あなたたちは、脱出するシャトルを攻撃しなかったの? 簡単だったはずよ。…確かめたかったのでしょう? まだ、私たちに可能性があるかどうか…。お願い、戦いをやめて」
 サンディは塔を見上げたまま待った。しかし、「G.O.R.N.」 からは何の反応もなかった。
「いまさら、虫の良すぎる言い種だわ。…でも、もう一度だけお願いするわ。これ以上、未来のためという言い分けのために命が失われるのは嫌なの。だから、戦いをやめて…」

 気付くと隣にスコアが立っていた。
 「G.O.R.N.」 の反応はない。
 サンディは塔から視線を戻し、キャティを見やった。
 キャティはサンディにかすかに頭を下げる。
 サンディとスコアに背を向け、障壁へと歩きだした。
「何が起こるんだ」
 スコアが尋ねた。
「過去のすべてを伝えるのよ。キャティたちの世界で起こったすべてのを…」
「キャティたちの世界…」
 スコアはそのままサンディの言葉を繰り返した。

 キャティはデータプレートを両手で持ち、障壁のすぐ前に立った。
 顎を引き、目を閉じる。
 キャティは思った。
 ありがとう、サンディ。
 私と同じ想いの人がいてくれて嬉しかった。
 祈って下さい。
 あなたと、私の想いが、
 過去の仲間たちとの想い
 そして、記憶の本当の意味が伝わることを…。
 キャティは目を閉じたまま 「G.O.R.N.」 に呼びかけた。
「始めます」
“分かった”
 「G.O.R.N.」 の声がキャティの脳裏に響いた。
 キャティの体から過去のあらゆるデータが、一斉に 「G.O.R.N.」 に向かって流れ出した。



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