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§ 侵入


 中に入るとサンディたちは慎重に周囲を確認しながら進んだ。
 分岐点では壁にマーキングを施し、少しずつ小グループに分かれた。
 分散するのは危険だが、この際やむを得ない。
 照明の消えた通路にコンバットブーツの足音が反響する。
 ぼんやりと光る蛍光照明と暗視ゴーグルが頼りだ。
 基本的には人間サイズなので行動には支障はない。
 ただ内部には何の動きも見られない。
 もうブーツの表面が乾き始めていた。
 手で合図を出しサンディは立ち止まった。
 スコアと数名の兵士が周囲を調査に離れた。
 サンディは、ヘッドセットから口元にマイクを引き出しクリックする。
「こちらサンディ、ノートンどうぞ」
“ノートンだ”
 ノイズの中にノートンの声が混ざる。
 かなり入り口から離れた証拠だ。
「こちらはまだ何も無し、内部にはMMEの活動は見られないわ」
“聞こえにくいな。こっちはヤードとビッグフットが入り口に数体。だが、しのいでいる”
「多分これからは無線も駄目になると思うわ。すまないけれど、そっちはお願いね」
“了解した。繰り返すようだが、無茶はするな。我々の後には火星軍がそっくり居るんだからな”
「気をつけるわ。以上」
“オーバー”
 何もなかったという印に首を左右に振って見せ、スコアが戻ってきた。
「あっちはどうだって?」
「MMEが戻ってきているらしいけれど、なんとか防いでるって言ってるわ。無茶はするなって」
「…それはいいが、どうも妙じゃないか?」
 スコアは不安気に通路の先を見やった。
「いくらなんでもやつらの根拠地なんだ、これだけ中に侵入しても全くMMEに出くわさないなんてのは変だ」
「静か過ぎるってわけね」
「この辺のマシンも動いていたことはあるようだけど、今は全く…」
「スコア、ちょっと!」
 サンディがスコアの言葉を遮った。
 スコアがサンディの指差す方向を見ると、すぐ次の分岐点の手前で一人の兵士が、手を上げて二人を呼んでいる。
 サンディとスコアが駆け寄る。
 兵士は静かにしろというように指を唇に当てると、コーナーの向こうをそっとうかがい、目顔で示した。
 人影があった。
「向こう側にはビッグフットも居ます」

 「G.O.R.N.」 にとっては誤算だった。
 人類が彼のネットワークを攪乱し、その間に施設内部に侵入されるとは予想外の出来事だ。最大の目的を達成するために警戒体勢を変更していた時間と、たまたま地球軍の侵攻が重なったのが失敗であった。
 しかし、傷は修復されつつある。
 「G.O.R.N.」 は新たな、そして最後の統合を目前にしていた。

 キャティの行く手を遮っていたMMEの様子に変化が生じた。
 信号を受けている。
 「G.O.R.N.」 がやっと私を受け入れるように指令したのだわ。
 キャティは思った。
 ずっと私の通り道を監視し、ここまで導いてきた存在。
 過ちから人類が敵として育ててしまったもの。
 これから私は彼と対決しなければならない。
 それが記憶を受け継いだ者の使命なのだ。
 キャティの手にあるのは…。
 長いマントの中に手を入れ、胸のポケットをそっと押さえる。
 そのデータプレート。
 あとはキャティ自身の記憶。
 チャンスはあるわ。
 ここで、この戦いを終わらせることは不可能じゃないはず。
 もう一度自分自身に言い聞かせ、キャティは待った。
 音も立てず2体のビッグフットがキャティに向かって進み出た。
 そのまま彼女のわきを通り過ぎる。
 どうして…?
 キャティが振り返った瞬間、通路の照明が点灯した。

 周囲は真昼の明るさに塗り潰された。
 サンディは咄嗟に目をかばって腕を上げる。
 腕を降ろして辺りを見回した時には、既にビッグフットに囲まれていた。
「やっぱり罠だったってわけだな…」
 スコアが吐き出すように言った。
「罠…? そうかしら」
 ビッグフットは彼女たちを取り囲んだまま動かない。
 撃ってこようとしないのだ。
 何故?
 これは罠なんかじゃないわ。
 サンディはMMEたちの向こうを見やった。
 黒いマントをまとったキャティが、こちらを見つめたまま立ち尽くしている。
「キャティ、説明して。いったいこれは何なの? あなたは何をしようとしているの?」
 サンディは声を張り上げた。
 前へ出ようとしたスコアに、威嚇するように目の前のMMEが腕を持ち上げた。内蔵したレーザーの銃口がぴたりとスコアの胸に向けられる。
 スコアは舌打ちして下がった。
 キャティは黙ったままだった。
「キャティ!」
“質問には私が答える、サンディ・ニューマン”
 いきなりヘッドセットから合成音声が響いた。
 これは…。
 サンディはその声を憶えていた。
 この嘲るような響きは…。
 抱えたマシンガンから手を放し、ヘッドセットの上から両耳を押さえる。
「どうした、サンディ!」
 スコアはサンディの肩を揺さぶった。
 あの時の声!
“私は 「G.O.R.N.」 だ”
 それははっきりと名乗った。

 「G.O.R.N.」 は3人を選んだ。
 キャティ、サンディ、そしてスコア。
「彼らはどうなるの?」
 サンディはその場に残される部下たちを指して、MMEに尋ねた。
“この施設の中にいる間は攻撃しない”
「上等な条件だな」
 自分のヘッドセットを耳に押し当ててスコアがつぶやいた。
 選択の余地はなかった。
 サンディたちはビッグフットに護衛されるようにして通路を先に進んだ。
 誰も何も喋らず沈黙が続いた。
 長い通路を3人は歩いた。
 じっとりと濡れた服が体に張り付き気持ちが悪かった。
 髪や顔に跳ねた泥は半分乾いている。
 照明は再び落とされ、薄暗がりの中を通路は伸びていた。
 耐えきれなくなったようにスコアが口を開いた。
「何をしようってんだ、こいつら!」
「何も…」
 ぽつりとキャティが応える。
「ああ、お前は全部分かってるんだろうから、平気なんだろうさ」
「やめて、スコア」
「サンディさん、構いません。本当にそうなんですから…。すぐにすべてをお話しします」
 そう言ってすぐに視線をそらすキャティ。
 不意にビッグフットが止まったので、スコアは危うくその背にぶつかりそうになる。スコアは悪態をつこうとして、目の前のゲートに気付いた。
「…なんだよ、このでかさは」
 いつの間にか通路は大きく広がって、広間のようになっている。
 ゲートはその通路の幅半分を占めている。
「ヤードが3体そのまま並んで入っていけるわね…」
「この向こうに 「G.O.R.N.」 の中枢があるんです」
 キャティが言った。
 彼女たちの前に立っていた4体のビッグフットが、道を譲るように左右に移動した。キャティはそのままゲートを塞ぐシャッターの前へ進み出る。
 金属製のシャッターが中央で二つに割れた。
 線のような隙き間からグリーンの光が溢れ出す。
 線はすぐに細長い長方形になり、ゆっくりシャッターはスライドしていく。
 キャティは黙って緑の光の中に脚を踏み入れる。
「行きましょう」
 呆然とした表情でその場に根が生えたように突っ立っているスコア。
 サンディは彼女に声をかけ、キャティの後に続いた。
「あ、ああ」
 我に返ったスコアもあわてて光の中へ飛び込む。
 サンディたちを囲んでいたビッグフットはその場から動かなかった。
 スコアが中へ入ると、シャッターの動きは止まり、今度は逆方向に動き出した。
 十数秒で、MMEたちに投げかけられていた緑の光が音もなく断ち切られる。
 ゲート前の広間は再び薄明の中に還った。
 3人の背後でゲートは閉じられた。



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