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BLUE ANGEL バックミラーの中を光が流れていく。 サイドウィンドウの向こうを走り去っていく。 ブルー、イエロー、あるいはレッド。飛ぶように近付いてきたかと思うと、あっという間にすれちがう。 フロントウィンドウには、流れ去っていくものと同じように色とりどりの光をちりばめたオブジェが、ますます大きくなってきていた。 もう少し、もうすこしだから…。 傷だらけの作業スーツでハンドルを握りながら、シルヴィーは助手席を見た。 いっぱいにリクライニングさせたシートにアンリが横たわっていた。 からだをきつく固定しているハーネスの下で、コンビネーション・スーツの胸が大きく上下している。サイドウィンドウからちらちら射し込むナトリウム・オレンジの街路灯。その光に照らしだされるアンリの顔は、油煙に汚れ、セラミックス片のように灰色だった。 「次のランプを降りれば、もうティンセル・シティよ」 シルヴィーはささやくように言った。 そうすれば、自由を手に入れることができる。 シルヴィーはキッと唇を噛み締めた。 彼女の頬も、うすく血がにじみ、ナトリウム・オレンジの光で暗いグレーに染められていた。 イエローのパッシング・サインが、視界の隅で瞬いた。 そのせわしない点滅が、生々しい記憶を呼び起こす。 ポート内の非常灯が、一斉に点灯した。 赤い光がシャトルポートにあふれる。 気密破損のアラート・サイレンが静寂を破った。 サンドイッチしていた断熱材を撒き散らしながら、ゲートハッチがはじけた。 ローンチ・レールを中心に据えたシャトルポートの空洞に鋭い金属音が反響した。 アンリを肩で支えたシルヴィーの動きが、シャトルの入口で凍りついたように止まった。サブマシンガンを抱えたナムは、乗降ラッタルの途中で振り返る。ナムに続いてラッタルを駆け上がろうとしていたメグとルウは、とっさにフロアに置かれたコンテナの影に飛び込んだ。 ひしゃげたゲートハッチのすき間を押し広げながら、「狂犬」が咆哮を上げた。 「急いで、シャトルに乗って!!」 メグが鋭く叫んだ。同時に彼女のマシンガンが火を吐く。 間髪を置かず、ルウも装甲をまとった 「狂犬」、ドーベルマンの頭部に高速弾を浴びせかける。 無数の火花がドーベルマンのボディと周囲のFRMパネルの上におどった。 FRMパネルはぐずぐずに穴があき、破片を辺りにまきちらす。 だが、白いドーベルマンの表皮には傷ひとつ付かない。 もう一度、ドーベルマンは吼え、ハッチパネルの破れからポート内に上体をねじこもうとする。パネルはブリキ板でできているように簡単に曲がってしまう。 メグは覚悟を決めた。 「もうだめだわ!! 私たちが食い止めているあいだに、シルヴィー、アンリ、2人で脱出するのよ!」 コンテナにぴたりと背を押し付けながら、メグは声をはり上げた。 「そんな! みんな一緒に、」 アンリをシャトルに運び込んだシルヴィーは、メグの声にラッタルを駆け下りようとした。彼女の前にナムが立ちふさがった。 「はやく行って、シルヴィー」 「でも!!」 その瞬間、乗降ラッタルの下端から2人の足もとへ猛烈な衝撃が走り抜けた。 ハンドレールに火花が飛び散った。 ぎょっとなったシルヴィーとナムはゲートを見た。 ドーベルマンがゲートパネルの最後の一片をひきちぎり、ポート内に侵入したところだった。内蔵モーターカノンの銃弾を、彼女たち5人に向かってばらまき始めたのだ。 少しでもドーベルマンの動きを止めようと、ルウはマシンガンを抱えコンテナの影から頭を出した。その瞬間、銃がはじき飛ばされ、鮮血が宙に散った。 腕を抱え込むように背を丸め、その場にうずくまるルウ。メグは銃を投げ捨て、走り寄った。 「ルウ!!」 2人の姿を見て飛び出そうとするシルヴィーの肩を、ナムは必死に押さえた。 ドーベルマンは勝ち誇るように雄たけびをあげる。 カッと凶暴な金属製の犬歯を剥きだすと、喉の奥から銀色のビームを吐いた。 まるで狙いもなしに放たれたように、ビームの先端はルウ、メグの目の前からシャトルの胴体をよぎり、発進用ハッチの上に炸裂する。 ナムはビームの行方を追ってハッチを見上げた。 粉砕された内装パネルの破片、支柱パイプがラッタルの2人の頭上めがけて降ってくる。シルヴィーの視線はルウとメグにくぎ付けで、まったく気付かない。 とっさにナムはシルヴィーを突きとばした。 「何をするの、ナム!」 シャトルの中に倒れ込んだシルヴィーは、慌てて跳ね起きる。再び外へ出ようとした彼女の目の前で乗降ハッチが閉じられた。 「ナム! 今、開けるから、」 “だめよ、シルヴィー” ハッチに設けられた透明セラミックスの観測窓の向こうで、ナムはそっと首を左右に振った。弱々しい微笑みが口もとに浮かんでいる。 “もう、わたしたちはだめ…” コミュニケーターのスピーカーから、ナムの声が響く。 ドーベルマンの咆哮がそれにかぶさる。 シルヴィーは何も言えず、40センチ四方の窓の向こうのナムの姿にすがりつくだけだ。厚さ200ミリの鋼板とセラミックスが2人を隔てている。 “アンリと2人で、逃げて。お願い、私たちの分も、自由になって…。きっと、約束よ” ナムの言葉は急に力を失い、窓に頭をぶつけるように倒れ込んだ。腕を伸ばして、その身体を抱きとめようとする。しかし、ぶ厚い耐圧ハッチがシルヴィーの行動を阻む。そのまま、ナムの姿はずるずるとシルヴィーの視界の外に消えた。 最後の瞬間。観測窓の外部シャッターが閉じる寸前、ナムの背中に深々と突きたっている金属片が見えた。 「ナム!!」 シルヴィーの叫びは、誰にも届かなかった。 彼女のこぶしは、むなしくハッチの内壁を叩くだけだ。 スピーカーからは、ドーベルマンの雄たけびが返ってくる。 シルヴィーは歯を食いしばって、ハッチに背を向けフロアを蹴った。 頬にふたすじの涙が光っていた。 シャトルはシルヴィーとアンリ、2人だけを乗せてステーション 「ジェナロス」 を離れた。大気圏に突入した後、地表近くでシャトルから小さな光点が分離した。光点は飛び去り、シャトルは地表に激突して炎をあげた。 その夜、ティンセル・シティでは一つの火球が西へ飛ぶのが見られた。 ラミネート舗装の路面の凹みで、がくんと車体が揺れた。 ふと気付くと、低く地を這うようなボディが、流れるようにシルヴィーたちの車を抜いていった。夜空を不定形に切りとっている摩天楼の群れが、フロントウィンドウからの視界の大半を占めようとしていた。一群の高層建築の上に君臨するかのごとく聳える、巨大な円錐状の構造物。ハイウェイは、そこへ吸い込まれるように伸びている。 もう、誰も私たちを縛りつけることはできない。 シルヴィーは思った。 あとは、データディスクさえ手に入れれば…。 シルヴィーは気力をふるいおこし、ステアリングを握り、円錐のすそ野に広がる街へと車体を駆った。 MEGA・TOKYO、ティンセル・シティの住人ならば “タワー” と呼ぶメガストラクチャーが、いまも2人の運命の全てを支配していることをシルヴィーもアンリも知らなかった。 |
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