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§ 現場


「朝っぱらから呼び出しやがって、見せたいものはこれだけか」
 欠伸を噛み締めながらレオンは辺りを見回した。
 廃棄された準工業地区の一角。廃倉庫と無人ビル。スクラップの山しかないところだ。今朝は、その寂れたブロックも真っ白な雪にカバーされて新品の街のように見えた。数台の装甲車とパトカーが白を背景に青いボディを光らせている。戦闘班員たちが大口径マシンガンを肩に周囲を固め、鑑識班のオレンジのつなぎが現場のあちこちを動き回っていた。
 レオンは不機嫌そうに革ジャンに両手を突っ込んだまま、足元の雪を蹴った。ごろりと大きな塊が裏返る。青く太いコードが複雑に絡んだパターンが朝の光に晒される。ブーマの腹部らしい。
「…全部で幾つだ?」
「正確には破片を組み立ててみなければ分からないってことですが、10はあるんじゃないかってことです」
 近くに控えていた青いボディアーマーの戦闘班員が答えた。
「それだけか?」
「外観は、ボディガードなんかに使われる特AA級なんだけれど、中身が全然違うのよ」
 反対側から、男にしては妙に甲高い声が口を挟む。そちらを見ると同僚のデーリーだった。片ピアスは雪の煌めきを反射してやけに目立つ。
「遅いぜ」
「1時間前から来てたわ」
「そーか、そーか。勤勉だな」
「無駄口はいいから。知りたくないの? わざわざ一番に乗り込んで調べた結果。こいつら、みんな、ビーム砲内蔵タイプだったのよ」
「ゲノム・スペシャル?」
 レオンの眉がぴくりと動いた。
 “ゲノム・スペシャル”、そのような型式のブーマが製造されているわけではない。ADP内部だけで通用する呼称だ。署長や上級職員たちは使うのを嫌うが、大抵の隊員はそれだけで分かる。
 完全な人の偽装を持ち、装甲兵並みの武器を、より正確に言えばビーム兵器を備えたブーマをそう呼ぶ。軍事用のC系列、D系列のブーマとも異なる、公式にはどこのブーマ・メーカーも製造していないはずのタイプだ。彼らが追うブーマ犯罪でも滅多に使われることのない、特殊なブーマだった。
「その通り。どう、眠気は覚めた?」
「まあな」
 今一度、周囲に視線を走らせる。確かに建物に開いた破口の縁、雪の間にのぞくコンクリートのただれは普通の火器にはできないものだ。屈んだレオンは、ポケットから手を出してコンクリートの上をなぞった。
 滑らかな表面は完全にガラス化している。
「パルスレーザ、なんてちゃっちいもんじゃないでしょ」
「また、動き出しやがったか」
 レオンは立ち上がり、背後の高層建築の向こうを見上げた。
 彼方に巨大な円錐台形の構造物が辺りを圧して聳えている。
「ブーマの出所はあとで追っかけるとして。どう思う?」
「何が」
 デーリーの問いにレオンは振り返った。
「これが、例のナイトセイバーズの仕事かってことよ」
「ああ…」
 レオンはパトカーに向かって歩き出す。デーリーがすぐ脇に追い付いてきた。
 ここんところ数カ月、ナイトセイバーズの噂の方は相変わらずだ。イエローメディアやニュースネットにもあのおなじみのサインが現れたのは1度や2度ではない。
 レオンは考えた。
 これがナイトセイバーズの仕業であったとしても不思議はない。
 しかし、引っ掛かった。
 こんなのが連中のやり方だったか?
 パトカーの前で立ち止まると呟いた。
「…違うな」
「どうして」
 レオンは訊き返すデーリーを無視して、肩越しに背後に向かって怒鳴る。
「鑑識の報告、昼一番で俺んところに持って来いよ!」
「わかってまーす、レオンさん」
 スクラップの向こうから手を振る鑑識班のリーダーに、手を上げて応じるとパトカーの助手席のドアを開けた。デーリーも運転席へ滑り込む。
 2台のADPの装甲車の間からパトカーを車道に出し、速度を上げる。路面は凍りついていてハンドルを取られやすくなっている。しかし、デーリーは苦もなく狭い道路を飛ばした。
「で、理由は」
 ハンドルを握りながら再びデーリーが尋ねた。レオンは助手席を一杯に倒して空を眺めていた。
「わからん」
「何言ってんのよ」
 デーリーは呆れた。
「勘だ」
「いい加減ねぇ」
「どうだっていいだろ、ナイトセイバーズは。これは俺たちの担当の事件なんだから」
「はい、はい」
「納得がいったところで、朝飯にしようぜ」
「ご要望は?」
 デーリーは横目でレオンを見ながらにやりと笑った。
「安月給の友、ファーストフード」
「…最悪」
 デーリーは大きくハンドルを切った。パトカーは、昨夜とはうってかわってがらがらに空いた交差点を曲がり、ティンセル・シティの中心街へと向かう。
 運転をデーリーに任せたレオンは、フロントガラスの向こうにのぞく青い空を眺めながら考えていた。
 あれだけのブーマ、何をしようとしていたんだ。
 やっかいなことになりそうだぜ…。

 エレベータが4階に止まった。
 ドアが開きかけたところへ身体を押し込む。
 開き切った時には、もう3メートル先をダッシュしていた。
 遅刻、遅刻!
 バッグを押さえながら、ネネは廊下を駆ける。
 すれちがう同僚の呆れ顔を無視して更衣室に滑り込んだ。ロッカーの制服と格闘の数十秒、IDカードをスキャナーの下にくぐらせる。
 席に着いた時には息が切れて、そのままデスクに突っ伏していた。
 天井に取り付けられたデジタル時計の表示が0900に変わった。
「ネネ・ロマノーヴァ!」
「は、はいっっ!!」
 耳元で急に名前を呼ばれて飛び上がる。キンと耳に突き刺さる甲高い声は口うるさい上司のものだ。
 やば、女史だっ。
「だめじゃないのぉ、またぎっりぎり」
 ネネがお説教の10分間を覚悟した途端、相手の声ががくんとトーンダウンした。
 振り返ると同僚のナオコがにやにや笑いながら立っている。
「ナオコ?! 脅かさないでよぉ。心臓が止まるかと思った」
「何言ってんの。このままだと、いつかはホンモノに心臓止められちゃうわよ」
「で、ホンモノは?」
 ネネは恐る恐る辺りをうかがいながら尋ねる。
「へっへー。休暇よ、休暇」
「休暇ぁ?」
「そ」
 ナオコが頭の後ろで腕を組みながら頷いた。ネネは一気に力が抜けるのを感じ、またデスクに突っ伏した。
「そんなら、最初から教えてよぉ。意地悪なんだから」
 そう言ってから、顎をデスクに載せたままナオコを見上げる。
「でも、休むなんて言ってたっけ。あの仕事の鬼」
「昨日の事故のせいだってさ。すぐ近くにヘリが墜ちたらしいよ」
「ふーん」
 だとしたら、私と同じようなものよね。
 昨日のミーティングがリンナが遅れちゃって、延びて、そのせいで寝坊しちゃったんだから…。ああ、まだ眠いや。4時間も寝られなかった。
 そこへ、デスクの隅に置かれたインターコムの呼び出しランプが点灯した。手を伸ばして応答ボタンを押さえた。
「はい、ネネです」
“私だ”
 聞こえてきたのは部長の声だった。ネネは慌てて身体を起こす。見ていたナオコが後ろで吹き出した。
“すまんが、すぐ私の部屋へ来てくれ”
「分かりました」
 怪訝そうな表情で、椅子を引いて立ち上がる。
「…というわけ。何だろ、こんな朝早くから?」
「いいから、いいから。ほれ、さっさと行って来い」
 相変わらずにやにやしているナオコにぽんと背中を叩かれて、ネネは廊下へ急いだ。

 皆なんで私を振り返るんだろう。
 ネネはすれ違う署員たちの視線を気にしながら部長室にたどり着いた。
「ネネ・ロマノーヴァ、入ります」
 部長室のドアを開けると、中には4人の姿があった。
 部長、レオン、デーリーともう一人はネネの知らない男だった。黒い髪に顎髭をたくわえ、背が高い。瞳の色は茶色。年齢はレオンたちと同じくらいといったところだろうか。
「待ってたよ。さっそくだが、紹介しよう。こちらにいるのは、USSDのアサド大尉だ」
 ネネの使っているものの4倍はある巨大なデスクの向こうで部長が立ち上がった。アサドと言われた男は、ネネを見ながら軽く会釈した。
「USSD、ですか?」
 小さく頭を下げながら、ネネは訊き返した。
 これって…。
 昨夜のミーティングでのシリアの指示をネネは思い出した。プリスが出て行ってしまった後、それぞれの当面の役割を決めたのだ。その中、ネネの役割の一つに、ADP職員の立場を生かしてUSSDの動向をさぐるという指示があった。
 シリアに言われた通りになりそうってことじゃない…。
 ネネは思った。
「そうだ。大尉はある事件で我々に協力を求めてきた。君は、レオン、デーリー両刑事とともに彼を助けてくれ」
「宇宙軍のエリートさんは、ブーマが手に負えないんだとさ」
「レオン、余計な口を挟むんじゃない!」
 分厚い両掌で部長はデスクを叩いた。デーリーが片目を瞑って大げさに肩をすくめる。アサド大尉は何事が始まるのかとレオンと部長の顔を見比べた。
「へいへい」
 レオンはいつもとは違いあっさりと引き下がった。部長は不審そうに彼を睨んでいたが、そのままレオンが大人しくしているのを見て腰を下ろした。
「ブーマ犯罪にかけては我々が専門だということだ」
 黒い顔をさらに赤黒くしながら、デスクに肱をつき掌を合わせた。
「アサド大尉と私は、細部について打ち合わせがある。具体的には今日の午後から働いて貰うから、そのつもりでいてくれ。以上だ」

「何だったの?」
 部長室を出た所で、ネネはレオンとデーリーに尋ねた。
「顔見せだよ、ただの」
「つまんねえことで、仕事が増えちまったぜ」
「?」
「半年くらい前に、私が “上” へ行ったじゃない」
 デーリーが歩きながら、廊下の天井を指差した。“上” とは宇宙のことだ。
「“バンパイア” 事件の時だっけ」
 その言葉を口にしてからネネは気付いた。
 どんぴしゃ、シルヴィーのこと、だ!
「あの時、表に出たのは武器密造と横流しだったんだけどな」
 レオンが革ジャンの背中を見せながら、デーリーとネネの前を歩く。両手は部長室にいた時からポケットに突っ込んだままだ。
「ジェナロスでの違法行為がもう一つあったんだ」
「“33S” の隠匿…よ。その隠匿されてた “33S” がMEGA・TOKYOに持ち込まれたらしいっていうの。それで、ヒゲの大尉さん、ご登場」
「す、“33S” って、セクサロイド…」
「へー。ネネちゃん、そんな言い方知ってるんだ」
 レオンは肩越しにちらりと後ろを覗いた。
「え、えへへへ、まあね…」
 ネネは取り敢えず笑って誤魔化すことにした。デーリーが呆れたような顔で彼女を見ている。
「けど、今回はその線は関係なしだ。いくらなんでもセクサロイド探しに、USSDは乗り出してこない。あくまでも “33S” ってとこでこだわっている」
 エレベーターホールに出て、レオンが振り返った。
 “33S” でこだわるってことは、“33S” タイプの性能か…。
 特性の頭脳、なんだっけ。その辺のことかな。
 ネネは考えた。
「だから、やっかいごとなの」
 デーリーが大げさに頷いた。ドアが開き3人はエレベータに乗り込む。
「朝っぱらからブーマの大群は出てくるしな」
「ブーマの大群?」
 ネネは脇に立つレオンの顔を見上げた。
 こっちも何か関係ありかな?
 しばらく大きなブーマ騒動がなかっただけに、ネネは気になった。
「そうさ。しかも、“スペシャル” のやつがごっそりだ。こっちの件でも、調査してもらいたいことがあるんだ。昼過ぎたら俺のとこ、来て貰えないか」
「うん。分かったわ」
 体重が何十分の一か増える感じが加わって、エレベータが停止した。
「じゃ、よろしくな」
 レオンはネネの肩に手を置き、にやりと笑った。
「当てにしてるわよ、ネネちゃん」
 そう言いながらデーリーは、ひょいとネネの背中に右手を伸ばした。
「ハイ、これ貼りついてたわ」
 紙片を一枚手渡ししてウインク、レオンに続いてエレベータを降りた。
 ドアが閉じる。
 一人残されたネネはきょとんとして、手の中にあるA4サイズの紙を見た。署内で使っている事務用紙だ。
 読むと同時に、ネネは両手で紙をくしゃくしゃに丸めた。
「ナオコのやつっ…!」
 すれ違う署員がみんな私を振り返ってたのは、このせいだったんだ。
 こんなのつけて9階の部長のところまで行ってたわけ?
 ネネは頭にきた。顔が真っ赤になっていた。
 4階に到着すると、ネネはドアが開き切るのを待たずにナオコの姿を探してエレベータを飛び出した。
 『わたしは今日も遅刻ぎりぎりでした』
 握り潰した紙片には、油性マーカーの大きな文字が黒々と書かれていた。
「ごめん! 悪かった! 許して!」
 数分後、フロアに逃げ回るナオコの悲鳴が響いた。



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