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§ フュージョン


 水平にライトグリーンのハードスーツが突っ込む。
 屋上にとりついている大型ブーマの黒い胴体が迫る。
 ミサイル!?
 とっさにスラスターを吹かして加速するリンナ。が、ミサイルは発射されなかった。ぱっくりと開いた4カ所の射出口に次々に銀色の光が突き刺さった。直撃を受けたミサイルの推進剤がブーマの体内で火を吹いた。試作2号機はぐらりとよろめく。
 プリスだわ。
 ブーマの胴が白煙を上げ始めた。
 その隙にリンナは一気に間合いを詰める。
 USSD本部の屋上に飛び込んだ。
 そこへ下から迎え撃つように脚が振り上げられる。
 当たりますかって!
 危うく左腕をひっかけられそうなところを身体を捻って、サイドスラストで逃げる。
 屋上に滑り込み、一挙動で立ち上がった。
 そこが、アラクネの正面。
 8つの赤い複合センサーが数メートル先からリンナを凝視していた。
 おわっ!
 慌てるリンナ。
 右から1本、左から2本の脚が迫っていた。

 野郎!
 ミッドナイトブルーのハードスーツが空気を切り裂いていた。
 300メートルの高みからプリスは最大加速で突っ込んだ。
 ブーマの頭めがけて右腕を一直線に伸ばす。
 バイザーモニターにターゲットスコープの円が浮かぶ。
 中央に8つの赤い光。ややはずれてリンナのハードスーツ。
 視界の隅ではデジタル表示が猛烈な速さで距離のカウントを減らしている。
 くたばりやがれ!
 再び銀色の矢がプリスの腕から放たれた。
 モノカーボンファイバーの針がブーマの頭部に吸い込まれる。
「リンナ、どいてろ!」
 怒鳴りながらくるりと姿勢を入れ替える。
 プリスは加速せずに脚からブーマに突入した。
「言われなくたって!」
 リンナは左に跳んだ。
 2本の脚の上をかすめるようにすり抜ける。
 すれ違いざま、極薄の金属箔のリボンが閃いた。
 プリスのキックがリンナを狙った右脚の付け根にもろに決まった。
 左の2本の脚が根元からすっぱり切り落とされる。
 ブーマはたまらず前にのめった。
 頭が屋上に叩き付けられる。

 コンソールに並ぶ小型モニターの幾つかは切れたままで映像が入ってこない。
 アラクネ1号機用の8面、C系列ブーマ用の7面が既に用なしになっていた。残るはアラクネ2号機用の5面、3号機用の8面、そしてC系列用の1面が現場の光景を伝えてくる。その中でも、2号機のセンサーアイが送る画面だけをランドールは食い入るように睨んでいた。
 誤算だった。
 アラクネの護衛につけたはずのC系列ブーマが、ことごとくADPの装甲兵に叩かれてしまったのだ。
 アラクネも傷つき過ぎている。改造していない2号機では段取り通りにナイトセイバーズを迎えられるか…。
「これだけか、他にいないのかっ?」
「いません。戦闘スーツはこの2機だけです」
「ナイトセイバーズは4機の筈だぞ!」
 作戦指揮車の中でランドールは焦っていた。
 このままでは、アラクネの試作2号機まで無駄にやられてしまう。
 なんとしても4機、全部を引きつけたかったのだが…。
 分厚い唇を噛む。
「しょうがない、やれ! もう待てん。仲間がやられているところを見れば助けにくるだろうさ」
「了解、部長。アラクネ2、許可が出たぞ。そいつらを捕まえろ!」
 コンソールに着いていた口元のマイクに向かって命じた。
“了解しました”
 滑らかな声が試作2号機から返ってきた。
「3号の状況はどうか?」
 ランドールは、もう一人のオペレータの肩に触れた。
「OKです。受信、始めています。このままなら全ファイルをトラッピング可能です」
「よし、行け。このまま行けよ…」

「おい、ここだ、ストップ!」
 レオンがK-11の前に両手を広げて立ちはだかった。
“危ないじゃないですか、レオンさん!”
 非常階段シャフトをスラスターを吹かして上がってきた装甲兵は、巨体を踊り場に着地させる。自分が乗るから持ってこいというレオンの命令で上がってきたのだ。
 フロントハッチが真上に開く。
「ごちゃごちゃ言ってないでとっとと交代しろ!!」
「かなわないなぁ、もう」
 あきらめ顔がそこからのぞく。
 機体前面の乗降ハッチが左右に分かれる。戦闘班員は腕を引っ張られるようにしてK-11から降りた。
「無茶せんで下さいよ、俺の機体なんですから」
「わかってる。心配するな、残りは屋上のデカブツだけだ」
 レオンは後ろ向きになり乗降ハッチの中に頭を突っ込む。そうしておいてから、ハッチ上端に両腕をかけると、一気に戦闘室の中に自分の身体を引きずり込んだ。
 前面ハッチ、バイザーブロックが装着されているフロントハッチが閉じる。
“おまえはデーリーに連絡入れて、外の警備に回れよ”
「へいへい。頑張って下さい」
 レオンが乗ったK-11はあっというまに部下の前から姿を消し、さらに上へと非常階段シャフトを上昇していった。

 リンナとプリスのナックルクラッシュが続けざまに炸裂する。
 黒い装甲が砕け、黄色い伝動液体がどろどろした溜まりを屋上に広げる。
 既に4本の脚を失った大型ブーマは傷だらけの機体を晒していた。
 ミサイルを封じられ、傷だらけの4本の脚では反撃もままならないようだった。
「きりがないぜ」
“どうするの”
 プリスがブーマの頭側に、リンナがブーマを挟んで反対側に着地した。
 のろのろと身体を揺すっている黒い機体を前に二人は一瞬迷った。ネネがいれば、初顔合わせの相手でも急所を一挙に突いて終わりだ。が、ネネの手は借りられない。
 いつもと勝手の違う相手に二人は戸惑った。
 でかいだけにしぶといが、もう無害。問題は、どう処理したらいいかだけだ。
 そう考えたのが隙になった。
 どすんと黒い胴体が屋上に落ちた。残った4本の脚が、ぼろぼろの胴体を支えることを放棄したのだ。
 4本の脚が鎌首をもたげて二人に襲いかかった。
“来たわよ”
 ちっ、まだやる気か!
 前で2本、後ろで2本、プリスとリンナに猛烈な勢いで迫る。
 二人は前後別々の方向に跳び退った。
 それを待っていたかのように、黒い胴体が弾けた。
 真っ直ぐに、あるいは弧を描いて屋上に貫いたものと同じ触手が宙を走った。
「なっ!」
 しまった!
 まだ、こんなもんを…!
 気づいた時は、もう遅かった。
“なに、これっ?!”
 リンナの驚きの声が同時にヘルメットのスピーカーから響く。
 脚の攻撃をかわした二人のハードスーツは、一瞬のうちに触手に絡みとられていた。プリスもリンナも数本の触手で巻き取られ引き倒される。
「馬鹿にするなよっ!」
 プリスは両腕に力を込め、一気に引き千切ろうとした。
 しかし、予想以上に柔軟な触手はその力を受け流してしまう。かといって少しでも力を緩めると今度は締めつけてくるのだ。
 始末におえねぇな。
 数度試みて力まかせをあきらめるプリス。
「リンナ、早くぶったぎってくれよ!」

「せかさないでって…」
 背中のスラスターを全開にして無理やり起き上がる。
 リボンカッターで切り裂こうとした時、リンナは異常に気づいた。
「プ、プリス、見て!」
 リンナの声は悲鳴に近かった。
“何やってんだ早くしろ!!”
「いいから、腕でも、どこでもこの巻きついてるヤツが!」
“!”
 何も聞こえなかった。
 だが、リンナにはプリスが息を呑むのが分かった。
 触手が溶け始めていた。
 ハードスーツに触れたところから、二人を捉えた触手がまるでバターでできているかのように形を崩し始めている。
 溶けているのではなかった。
 プリスはバイザーモニターの表示を読んだ。
 装甲がおかしい。温度が異常だった。そして表面に分布しているセンサーが次々に死に始めている。
 これは…!
 癒着しようとしているのだ。
“この野郎、何しやがる…!”
「どうでもいいから、早く逃れないと私たちブーマに飲み込まれちゃう!」
 リンナは総毛だった。
 ブーマは残された最後の武器、融合能力で二人をハードスーツごと取り込もうとしているのだ。
 冗談じゃないわ!
 リボンカッターを振ろうと、必死でもがく。しかし、身体が自由にならないので狙いがつかない。カッターが振れない。そうしているうちにも、ずるずるとハードスーツごとブーマの本体へ引きずられる。
 バイザーモニターの隅に自分のスーツの一部を僅かに捉えた。
 触手の先端は、すでに元の形を失ってどす黒いゴム状の膜をスーツ表面に広げつつあった。もうスーツのコーティングを侵しているに違いない。
 こ、このままじゃ…!
「シリア、ネネ、早く来て!」
 リンナは叫んだ。

 融合機能はロボットの自律化に必要な能力、自己修復機能として開発された。
 支援整備の受けにくい宇宙開発用、そして戦闘用ブーマに向けた機能だった。
 初期の段階ではユニット間の接続回復や気密の修復など、ゴムを鋼板に挟み込んだ防弾燃料タンクに毛の生えた程度の能力でしかなかった。つぎはぎ機能でしかなかった。
 しかし、ナノテクノロジーの進歩がそれを変えた。
 簡単に言えば、融合ユニットの先端は非常に微細な電極の集合体だ。通常はこの電極を保護する物理的なカバー、ケースと無機高分子のコーティングに蔽われている。融合はこの保護カバーを排除することから始まる。ケースを分離、コーティングを熱によって排除する。正確には熱ではない。電極群にかかるフィールドが、調整された分子構造を予定通り取り除くのだ。
 次にこのフィールドが対象に食い込む。
 金属であろうと有機物質であろうと、電極が産み出すフィールドが相手の表面原子の外殻電子軌道を乱し、結合を解体していく。単なる分子間力も強固な金属結合もひとたまりもない。生物体内で複数の酸素を媒介して進められる反応を、無理やりパワーで推し進めるのだ。分離された原子群は、フィールドによって電極の周囲に整列し、そのコピーとも言える構造をつくり上げる。これを繰り返しながら融合ユニットは相手の材質を取り込んで成長していく。一方、先端部のわずかに後方では、いったん取り込んで電極構造に利用した材質が再度解体され、設定された構造へと再変換される。この機能によって模造できるのは単純な反復・多層構造だが、コントロール用ケーブル、人工筋組織なら十分に作り出せた。
 ナノメータ・オーダーの電極群が産み出す魔術が融合機能の正体だった。
 相手を取り込み、自らの一部に変える。
 まさに人工の生物たるブーマに相応しい機能だった。
 ただし、融合機能を働かせるには動力、パワーの供給が不可欠だ。
 融合中はパワーの殆ど全てをこちらに集中しなければならない。
 したがって、せいぜい人間大の戦闘ブーマの融合機能など、たかが知れていた。本体の機能を損ねないという前提での使用、すなわち待機時の自己修復か、せいぜい捕獲した兵器の融合コントロールである。しかし、D系列の大型ブーマはサイズに見合った大型のパワー源を備えている。いざとなれば、本体を稼働させながら修復を実行することも可能だ。
 さらに、この場合、融合機能は単なる防御能力ではない。
 周囲の全てを文字通り溶融する、おそるべき攻撃能力でもあった。

 プリスとリンナはその死の機能に捉えられていた。



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