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§ 結末 「シリア!」 だめだ。 思った瞬間、リーンバイオレットのハードスーツの背から猛烈な白光が弾けた。 爆発か…。 しかし、それは違った。 自動的に光量調整がかかったプリスのバイザーモニターの中で、すべてはコマ落としのように見えた。 一瞬、シリアとブーマの脚は同じ方向へ動く。 両者の間隔が開く。 そこへ、いきなり青いハードスーツ、いや装甲兵が視界に突っ込んできた。 ADPか?! 2機のK-11が斜め上から推力全開で大型ブーマの脚にショルダーアタックをかける、ナイトセイバーズのハードスーツのような優美さはないが、装甲厚さと重量なら数倍はある。圧倒的な打撃力が、ブーマの脚を食い止め、跳ね返す。 軽量級のプリスたちには出来ない技だ。 その背後から触手を切り払ったシリアのスーツが急上昇する。 “プリス、サポートして!” 「分かった!」 慌てて角度を変え、舞い上がるプリス。 脇から寄り添って身体を捕まえる。 「シリア?」 “スラスターがもうだめ。他のところはぎりぎりだけどね…” プリスはシリアのスーツの外観を調べた。腕は触手が巻きついていた箇所が黒く変色している程度だ。しかし、両脚、膝から下がどろどろになっている。 「んなこと言ってる場合かよ!」 “見かけほど酷くはないはずよ、少なくとも…” プリスは無視した。 「おい、ネネ、リンナ、誰でもいいから応えてくれ!」 “何?” バイザーモニターにウインドウが開く。ネネだ。 “こっちは上首尾よ。黒幕奪取、おまけに、” 「間の抜けたこと言ってんじゃねえよ。シリアがやられた。すぐ誘導してくれ!」 “ほ、ほんとうなのぉ” 画面のネネの顔からさっと血の気が引く。 “おおげさよ” シリアが割り込んだ。 “でもハードスーツがだめだわ。ネネ、すぐ収容してくれる” “おどかさないでよ、プリスっ” おおげさに胸を撫で下ろすネネ。 プリスはシリアを支えて上昇を続ける。 “じゃ、キャリーで拾うわね。2ブロック先、建設中の法務省ビル屋上へ来られる?” “大丈夫、それくらいは” シリアはウインドウのネネに向かって微笑んだ。 “マッキーもお手柄よ。シルヴィーの仲間、もう一人見つけたわ” 「ほんとうか?!」 “間違いなし、例の短針銃の子。リンナがビーム抱えてそっちに行ったけど、まだ?” “まだね。でも、その必要はなさそうよ” シリアは下方、USSD本部を見降ろしながら呟いた。外壁に沿って、さらに2機のK-11が上がってくるのが見えた。 「行くぜ」 プリスはネネの知らせを聞いて一刻も早く戻りたかった。 “そうしましょう、プリス” シリアの呟きがかすかに耳にとどいた。 2体のハードスーツは寄り添いながら夜空の中に溶け込んでいった。 1本脚になったアラクネの始末は簡単だった。 先行した2機のK-11が牽制している間に120ミリでとどめを刺したのだ。結局ここでも120ミリ対戦車砲が決め手になった。後から来た2機が直接、120ミリを運び上げ、照準もせずに撃った。連射でパワーパックを粉砕してしまえば、融合機能など脅威でもなんでもない。あっけない最後だった。 「ごくろうさん」 突っ立ってるK-11の1台に階段を上がってきたデーリーが歩み寄る。 開いたバイザーガードの中に覗く顔はレオンだ。 「ああ。一仕事って感じだな」 デーリーが差し出した紙巻きをくわえ、火を点けてもらう。 「ナイトセイバーズに助けられたことはあっても、助けたのは初めてじゃない?」 「だったか?」 レオンはゆっくりと紫煙を吐き出した。 「多分ね」 デーリーは不思議そうに首を捻った。 「あんまりうれしそうじゃないのねぇ」 「やっかいだからな。例えばだ、あの、」 レオンはK-11の腕で倒れている大型ブーマを指した。 「でかいの。倒せたのはいいさ。けれど120ミリなんか使っちまったから鑑識がえらい苦労するぜ。それから、USSDも。これでまたひと悶着だ。うちの部長様は 『手を引け』 っつーに決まってるしな」 「でも、やる?」 「あったりまえだ。こんだけでかい物的証拠が手に入ったんだ。こいつ使って、ゲノムのやつらをぎたぎたにしてやる」 デーリーはにやりと笑った。 「お手並み拝見といきましょうか」 リクライニングさせた後部シートでメグは短針銃を握り締めていた。 「ほんとうに大丈夫?」 肩に手をかけて尋ねるナム。 「ええ」 シートにぐったりと身をあずけ、目を閉じたまま荒い息をしている。それでもメグは短針銃を放さなかった。 「完全に…」 メグは肩で息をしながら身体を起こそうとした。だが、ナムが押しとどめる。 「完全に信じたわけじゃないわよ…!」 再びシートに横たわったメグはうっすらと目を開いた。 フロントシートから振り向いていたマッキーはぴくりと肩を震わせた。戸惑ったように視線を上げて、ナムの表情をうかがう。 ナムは小さく頷いた。 「いいわ。けれど、今だけはお願い、私を信じて…」 マッキーを睨んでいたメグは顔を横に倒してナムを見つめた。 「仕方ないか…。…あんたにまた会えただけで我慢しなきゃ…」 瞳の片隅にぽつりと一粒の涙が浮かぶ。こぼれた涙が頬をつたい、ひとすじの白い跡を残した。 「ええ」 ナムは手を伸ばして、その涙をそっと拭った。 マッキーは正面を向いて座りなおすとため息をついた。 法務省ビルは、1区にあった旧庁舎を移転する予定で建設が進められていた。やっと最上階のフレーム材が組み上がり、仮設ヘリポートが置かれたところだ。 スカイキャリーはそのヘリポートに翼を休めていた。 キャリーの下ろされた搬出・入用ランプ兼カーゴハッチの前に、後ろ手にハンドカフをかけられた男が座らされている。 ランドールだった。 その前には4機のハードスーツが並んでいる。1機だけシルエットが大きかった。 ネネ、シリア、プリス、リンナ。ネネは脚をやられて不安定なシリアのスーツを支えている。リンナはモトロイドとカノンを装備したままだった。 無言でミッドナイトブルーのスーツが進み出た。 思わずあとずさるランドールの襟元をさっと伸びた腕が掴んだ。 そのまま片手で大男の身体を釣り上げる。 “ネネにしちゃ手際がよかったじゃないか” “そんな言い方ないでしょ。外に出ないうちにECMかましちゃって、ブーマは1機だけだもん。簡単よ。それより、そいつゲノムの試作部門の部長だって” ネネがデータベースへの照会結果をバイザーモニターから読んだ。 「や、やめ、やめてくれ…!」 スーツの間で交わされる会話はランドールには聞こえない。ハードスーツの無言の威圧に、男は喉の奥から情けない悲鳴を絞り出す。 「目的は何だ?」 プリスは男の身体を片手で支えたまま、外部スピーカーに切り換えた。 「何のために、あんなデカブツでUSSDを襲ったんだよ」 「い、言うから降ろしてくれ。息が出来ないんだ…。息が詰まる」 ちらりとバイザーモニターの子画面に視線をやる。シリアは僅かに頷いて見せた。 プリスはいきなり手を放した。 鋼板の上にどさりと身体が落ちた。ランドールは呻き声を上げた。 「早くしな」 真正面から足元にへたり込んでいる男を見降ろす。 あとは知るだけなんだ。 なんのためにこの野郎が動き、それにナムたちがどうかかわっているのかを…。 プリスは思った。 「データの回収が、目的だ…」 「何の」 「だめだ。それは…」 大きく首を振るランドール。 「こっから下へ落ちれば、即死だぜ」 再びプリスは襟元に腕を伸ばす。 「止めろ、話す、話すから守ってくれ。俺は死にたくないんだ!」 「いいでしょう。真実を私たちに教えてくれれば、安全は保証しましょう」 無線を使わないシリアの声にプリスは振り返った。 「いいのよ。それが仕事だもの」 プリスは黙って肩をすくめ、後ろに下がった。 「許しが出たぜ。さっさと喋れよ」 プリスと一緒にシリアの方を見ていたランドールは、慌てて顔を上げた。乾き切った唇を舐め、口を開いた。 「回収しようとしていたのはOMSだ。と、言っても分からんだろうがな」 「OMS? 何なのよ、それ?」 ネネが質問する。 「我がゲノムが開発したソフトウェアとでも言えば分かるか。あらゆる既存のシステムに入り込みコントロールを可能にするソフトウェア、その本体、核心をなすのがOMSだ」 OMSについて喋りだしたとたん、ランドールの口調はがらりと変わっていた。命ごいをした時のような情けなさは微塵もない。 「ゲノムが考えそうなもんだな」 吐き捨てるようにプリスが言った。 「そんなもんにしちゃ、やることが大げさ過ぎるんじゃないのか」 「ウイルスみたいなもんでしょ」 ネネが口を挟む。プリスよりは慎重な口調だった。 「ウイルスか。そんな、ちゃちなもんじゃない。仮にソフトウェアと言っただけで、実態はソフトウェアではない。しかも、あらゆる既存のシステムをコントロールすると言っただろうが。あらゆる、だ。対象が、デジタルコンピュータだろうと、ブーマの人工脳だろうと…」 視線が舐めるように4機のスーツの上を移動した。 「人間の意識も、と言いたいのね」 シリアの言葉に男は頷いた。 「さすがだな。あんたがナイトセイバーズのリーダーか?」 「余計なことは喋るな!」 プリスが怒鳴った。 何考えてやがる、この野郎は。 プリスは油断なく男の素振りを見張る。 ランドールは後ろ手にハンドカフをかけられたまま、肩をすくめてみせた。 「ようやく、その段階にまで来たところだったんだ。だが、ヤツは逃げ出した。ラルゴの攻撃でタワーの管理が混乱した隙を突いてな。だから回収しなくてはならなくなったんだ」 「逃げ出したって…?」 それまで黙っていたリンナが訊き返した。 ランドールは薄く笑った。 「生きているのさ、OMSは。ソフトウェアであってソフトウェアでない存在さ。ヤツは生きている。俺たちが生きているのと同じように。この例えが気に食わないなら…そうだな、」 男は一瞬考えた。 「“33S” が生きているようにな。どうだ、俺と取引しないか。俺はOMSの全貌を知っている。今のOMSさえあれば、世界を思いのままだ。クインシーも、リーもだから必死なのさ。だから、未確認ブーマの連中がOMSを狙ってきている」 「未確認ブーマ?」 シリアがいぶかしげに視線を上げた。リンナとプリスが顔を見合わせる。 「知らないのか、こ、」 「危険、離れてっ!」 突然、ネネの悲鳴がランドールの言葉を遮った。 光が4人の目の前をよぎった。 ランドールが前のめりに倒れるのと4人が飛びすさるのが同時だった。 ネネはシリアをかばってスカイキャリーの陰へ、リンナはモトロイドごと真上へ上昇する。プリスはそのままランドールの身体に駆け寄った。 「だめだ、頭をぶち抜かれてる!」 “ネネ、どっからなの?” リンナが上空から怒鳴る。 “こっちを探してる、見てるわ。300メートルくらい、27°方向。わ、わっ、また来るっ!” 悲鳴とともに光が走った。 狙われたのはプリスだ。 が、一瞬早く伏せた。プリスの頭上をビームがかすめた。 リンナは正面に光源を見た。 ネネに言われた向きに方向を変えたところへ、ぎらりと青い光が闇の中から吐き出されたのだ。 見つけたっ!! データ諸元をもらうまでもなく、反射的に撃ち返すリンナ。 充填済みだったビームカノンが白熱の炎を吐いた。 ビームは一直線に闇を貫いて伸びる。 コンマ数秒して火球が炸裂した。2ブロック先、高層ビルの屋上だ。 一瞬、周囲のビルのシルエットが浮かびそして再び夜の闇に沈んだ。 “やった、サーチ信号が消えたわ! 撃破、ね” ネネが歓声を上げた。 「他にはないのか」 プリスが鋭く尋ねた。 “た、たぶん…、もうない” “頼りないわねぇ” モトロイドのスラスターでゆっくりとリンナが降りてくる。 “仕方ないでしょ、こんな距離じゃ、撃ってこない限り” ネネとシリアがランプの陰から出てくる。 シリアが死体の脇に片膝を突くとフェイスプレートを開いた。 「多分、もう撃ってこないでしょう。この男を始末したのだから…」 「誰なんだ」 黒人の死体を見降ろして、プリスもフェイスプレートを開けた。 「あれ以上喋らせたくなかった誰か…。未確認ブーマのことを、かしら」 “ずっと見張っていたのね、私たちを” リンナが死体を見降ろして呟いた。 気味悪そうに周囲を見回すネネ。 シリアは立ち上がった。 嫌な感触だった。 ゲノムが 『未確認ブーマ』 と呼ぶ存在。 そんなものが、もしあるとしたら…。 シリアはゆっくりと頭を振った。 “姉さん、みんな?” 緊張感を欠いた声がいきなり4人のヘルメットに響いた。 瞬間、重苦しい緊張が解けた。 “マッキー、あんたはどこで油うってたのよ。シリアが大変だったんだから!” “ほ、ほんとう、大丈夫、姉さん?” ネネにおどかされ、声をうわずらせるマッキー。 「大丈夫だって、おまえの姉さんは殺したって死にゃしないさ。な、シリア」 プリスはシリアに向かって片目を瞑ってみせた。 “プリス、そんなこと言っちゃっていいの” リンナがおどけた口調で尋ねた。 が、リンナにも分かっていた。 心配はあとにしようぜ。 プリスはそう言っているだけだ。 「どういう意味なのかしら、プリス?」 シリアは微笑む。 「取り敢えず戻ろうってことかな。夜が明けちまう」 そう答えてプリスはフェイスプレートを閉じる。 「そうね。今夜の仕事はここまでだわ」 シリアもプリスにならった。 今は…ね。 でも…。 シリアは思った。 解決はしていない。 必ず、次の動きがあるはず。 シリアは彼方のUSSD本部を見やった。 燃え続ける炎と緊急車両のサーチライトが、くっきりとその姿を浮かび上がらせていた。 朝。 法務省新庁舎の建設現場で、朝一番に到着した人員輸送ヘリが一つの死体を発見した。 黒人男性の死体には首が無かった。 また、近くの路上からはケーブル回線点検用の作業車が乗り捨ててあるのが見つかった。後部のカーゴスペースが半分ひしゃげ、胸と胴を撃ち抜かれたブーマの残骸が転がっていた。 ラミネート舗装された路上には道幅いっぱいにサインが残されていた。 サインはこう読めた。 |
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『 KNIGHT SABERS 』 |
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( 『バブルガムクライシス 9 〜GHOST FILE〜』 END ) |
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