TOP / CONTENTS BACK / 02 / NEXT


§ プロローグ


 それは、まるで黒いビロードの上に金の微粒子をばら撒いたように見えた。
 眼下に広がる市街は眩しく輝いている。
 夜空には僅かな星しか瞬かないのに、地上には無数の光がとりどりの色彩を放 っている。不規則な線でふちどられた地平まで真っ直ぐに続く幾すじもの灯りの列。聳えたつ光の塔。
 手を伸ばせば触れられる。
 とどく。
 そう思った。
 宇宙にいたときには憧れでしかなかった。
 遥かな高みから見下ろし、そこにあるはずの夢を想って、ため息を吐くしかなかった。
 あのときは厳重な監視と絶対の真空が行く手を阻んでいた。
 しかし、今は…。
 邪魔するものは、今、この手が触れている1枚のガラスの壁だけなのだ。

 意識が戻ったとき、彼女は一人だった。
 今と同じ、この部屋にいた。
 仲間たちの姿はなかった。
 3方を閉ざした灰色の壁、高い天井と厚い絨毯を敷き詰めたフロア。
 そして、残る一面すべてが1枚ガラスの窓だった。
 ふらりとベッドから立ち上がり外を眺めた。
 その時もやはり夜だった。
 あふれる光を目にして最初に脳裏に浮かんだ想いは、絶望でも怒りでもなかった。
 まだ、生きている。
 彼女が感じたのは、自分が生きていることについての奇妙な感慨だった。
 喜び、そう言ってしまってもいいだろうか。
 私は生きているんだ。
 “33S” であっても…。
 両の手のひらをガラスに押し当て、窓の外を見つめながら呟いた。

 今もその想いは変わらない。
 一緒に自由を掴もうとした仲間は、もう、ここにはいない。
 私、ひとり。
 いまだに囚われの身。
 でも…。
 彼女は考えていた。



TOP / CONTENTS BACK / 02 / NEXT