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§ リアクション


「何なんです、全然っ聞こえないんですって!」
 レオンはハンディトーキーを耳に押し付けながら声を張り上げた。
“…!!”
 向こうも怒鳴っているらしいのだが、さっぱり内容が聞き取れない。
 ま、その方が都合いいかもな。
 そう考えながら、目の前を上昇し始めたヘリコプターを見上げた。辺りからひどい砂埃を舞い上げている。ローターが冷たい早朝の大気を切り裂き、周囲に散らばるADPの署員たちに吹きつける。レオンは空いている左手を目の前にかざした。重量物運搬用の角張った機体の背景には、昨夜の戦闘で無残に焼けただれたUSSD本部ビルが聳えている。
“こら、お前、今なんて言った!!”
 頭上から降りそそぐタービンローターの回転音。その下から微かに部長の声が届く。
 やべぇ、呟いたのが聞こえたか。
「え? 証拠品は鑑識班が回収してます。徹底的にね。一番でかい本体を今吊り上げてる最中ですから、30分後には署に着きますよ」
 聞こえないふりを決め込んでレオンは報告を続ける。
 数本の高張力鋼製ワイヤでしっかりと固定された巨大な戦闘ブーマの残骸を腹に抱えて、ヘリコプターはいったん宙に静止した。
 ゆっくりと機首を回す。コクピットがちょうどレオンの正面にきた。
 下にいる彼の姿に気付いたのだろうか、パイロットが片手をピッチコントローラから離して拳から親指を突き出して見せる。それに応えてレオンは左手を大きく振った。
 危なっかしいことしやがって。
 レオンは苦笑する。
 ふらつきかけた機体を安定させる間、数秒その場にとどまったかと思うと、輸送ヘリは心持ち機首を上げながら再び上昇を始めた。
“…。そんなことは訊いとらん。いいからとっとと帰ってこい!”
 ADPブルーに塗られた輸送ヘリが離れるにつれて、部長の声がはっきりと聞こえてきた。
「現場の引き継ぎが済み次第、戻リますって。…ん?」
 仕方なく調子を合わせたところへ誰かが肩を叩いた。
“いい加減なこと言っとらんで…”
 喚き続ける部長を無視して振り返れば、デーリーが無表情に立っている。どちらかといえば不機嫌というほうが正確だろうか。レオンが気付いたのを確認すると、自分の背後を指差してくるりと背を向け、そちらへ歩き出した。
“…レオン、聞いとるんなら返事くらいしたら、”
「部長、なんか見つかったようですんで、報告はまた入れます。以上!」
“おい、こ”
 罵声が届き終わる前に交信を切る。レオンはハンディトーキーを二つ折りに閉じて、胸のポケットに押し込み、急いでデーリーの後を追った。
「見つかったか?」
 デーリーの横に並びながら尋ねる。
「まあね。探してたやつとは違うんだけど」
 横顔を見せたままデーリーは頷いた。
「だいぶ頭にきてたみたいね」
「だろうな。USSDやアーミーからもねじこまれてるだろうし…な」
「そんな程度じゃないのよ。こんなもん持ってっても血圧下げる足しにはならないでしようね」
 デーリーは立ち止まると、目の前の地面を顎で示した。
 “そんな程度” とは何のことか、そう訊き返そうとしたレオンは黙ってその先を見た。
 人型の残骸が転がっていた。C系列の戦闘ブーマだった。頭を吹き飛ばされたうえに、真っ黒に焼け焦げている。その残骸にかがみ込んでいたオレンジのパーカー姿が立ち上がった。鑑識課の主任、ヨシザワだ。
「おはようございます、レオンさん」
「朝っぱらからわりぃな。で、具合は」
 レオンの質問にヨシザワは丸メガネをかけた童顔をしかめて見せた。
「外にあるのはだめですね。ごく当たり前のC系列です。正真正銘のゲノム謹製なんですが…。ざっと見ましたけれど、どれもチベット、ブラジル、スーダン、その辺の内戦で普通に使われている戦闘ブーマです。メーカーは国内、国外ばらばらです。ここまでは分かっても、シティヘ持ち込まれた時期やルートを確認するのは…」
 そこでお手上げというように肩のすぐわきで両の手のひらを天に向けた。
「でも、あの大型ブーマが2機、手に入リましたから、突き止めてみせます。明らかに量産機じゃないですから、すぐに分かりますよ」
「手間かけるが頼むぜ」
「らしくないですね」
 ヨシザワはレオンの顔を見上げてにこりと笑った。
「え?」
「いつも、うちの報告書持って怒鳴り込んでくるだけなのに。“こんなんで使い物になるか。書いたのはどこのどいつだ!” って」
「…だわね」
 横でまさしくその通りとデーリーが頷く。
「役立たずども! とかよくボヤいてる」
「俺、そんなこと言ったかぁ?」
 慌てるレオン。ヨシザワはパーカーのポケットに両手を入れて数歩進み、振り返った。
「いいですって。いつも命を張ってる皆さんだから、うちみたいなのは慎重過ぎていらつくんでしょう。でも、今回ばかりはお望みの結果が出せますよ。うちのやつらも張り切ってますしね。久々ですよこんなヤマは」
「すまんな」
 レオンは苦笑いしながら頭を掻いた。
「じゃ、これで失礼します。証拠品が待ってますから。本部へ戻ったら顔出して下さい」
 ヨシザワはポケットから右手を抜くと敬礼する。そしてくるりと背を向けると、駐車しているADPの装甲車へと小走りに姿を消した。
「参ったな、こりゃ」
「期待されちゃってるわけなのよね」
 見送りながらデーリーが呟いた。
「どうした、さっきから冴えないぜ」
 怪訝そうに尋ねるレオン。二人もADPのパトカーヘと歩き出した。
「部長が怒鳴ってたわけ、知ってる?」
「いや。何しろ真上でヘリのローターが唸ってたからな」
「さっき、オペレーター課のロビンから連絡があったんだけど…」
「あのオバサンか。なんでまた」
 ネネたちを取りしきっている、愛想のない女史の顔がちらりと脳裏に浮かんだ。
「今朝、ゲノムから、署の方に被害届けがあったそうよ」
「何だって!?」
 それを聞いてレオンの足が止まった。
「ゲノムがか?」
「そう」
 歩き続けながらデーリーは大きく頷いてみせた。
「技術開発研究所が何者かに襲撃された、ってね。軍用試作ブーマを奪われたんですって」
 レオンに背を向けたまま肩をすくめる。
「馬鹿な…!」
「先手を打ってきたみたい。下手するとヨシザワが頑張っても全く無駄に、」
 振り返りかけたデーリーをレオンが大股で追い抜いた。
「どこいくの!」
「署に戻る」
 ひとこと応えるとデーリーを置いてどんどん先に行くレオン。デーリーは早足で黒い革ジャンの背中を追う。
「ここはどうするのよ!」
 返事はない。
 まだ保全の必要がある現場をほったらかしにしておくわけにはいかない。デーリーは小さくため息をつく。手近に立っていた機動班の小隊長に、取り敢えずの指示を与えてから、青いADPの装甲車両が群れているUSSD本部の駐車場へ急いだ。駐車場は、ADPやレスキューの緊急車両、あわててかけつけた職員やマスコミの車で溢れている。USSDの兵士が固める臨時バリケードの向こうには、官庁街だというのに早くもヤジウマが集まっていた。
 何とかマイクを突き付けようとするリポーターたちをボディアーマーを着けた署員が抑えている間に、レオンは黙って運転台側のドアを開けパトカーに乗り込む。発進寸前、デーリーもどうにか助手席に身体を滑り込ませドアを閉めた。
「うまいやリ方よね」
 窓の外に集まっている報道陣やヤジウマに呆れながら、デーリーはレオンの表情をうかがった。
「ああ」
 ステアリングを切り、レオンはぶすりとこたえた。
 なめられたもんだぜ!
 憤然としながら、アクセルを床まで踏み込む。
 ブルーのパトカーは警告灯をフラッシュさせながらメインストリートを突っ走った。

 白いスキャニング・リングが動くに連れて、ディスプレイに映像が現れた。
 頭、胸、腹、脚…。
 リングの中心軸に置かれた金属製のベッド。そこに寝かされたメグの身体を、全周から2重のリングが走査していく。表示されている映像はその解析結果だ。
 なんてことなの…。
 シリアには自分が目にしているものが信じられなかった。
 アンダーウェア姿のメグがいる部屋とは分厚い遮蔽ガラスを隔てた隣室で、白衣を身に着けたシリアはコントロールパネルを前にして座っていた。パネルの上にずらりと並ぶマルチディスプレイに目を凝らした。
 超音波、核磁気共鳴、X線による複合的な解析像が、鮮やかなカラーでメグの体内の様子を表している。
 数値とアルファベットの列が次々にサブモニターの液晶画面に流れていく。
 こんなものが10年以上も前に作られていたなんて。
 ディスプレイに映し出されているのは、人間の内部構造そのものだった。
 むろん、いささか作リが整然としすぎてはいる。また、粗雑というのではないが細部が大まかな感じはある。しかし、素人目には人間の身体だと言っても十分通用してしまうだろう。
 人間の身近で最も使われているAAクラスのブーマとは全くの別物だった。
 これが、すべて人工物。
 人が作ったものなのだ。
 私の父が生み出した…。いったい何のために…。
「メグ、どうですか…?」
 背後からかけられた心配そうな声に、シリアの心に浮かんだ疑問は断ち切られた。
 シリアはくるりと椅子ごと振り返った。
 不安げな色を瞳に浮かべて、シルバーブロンドの髪をした少女が立っていた。
 ナムだ。その少し後ろに、寄り添うようにしてマッキーがいる。
 ナム。 この子も、“33S” 。
 シリアは思った。
 彼女の言葉を緊張しながら待っている少女の表情。
 かすかに揺れる長い睫。
 潤んだグレーの瞳。
 なぜ、この子がブーマなのだろう。
 彼女の仲間、メグの身体の全てが画面に表示されているのが分かっていても、そう思わずにはいられない。
「外傷は腕だけのようね」
 シリアは微笑みながら、わずかに視線をマッキーに振った。
「レーヴィン博士には連絡したよ。データを集めてからになるけど、今夜にはこっちに来られるって」
 マッキーの右手はナムの肩にそっと添えられている。
「大丈夫なんでしょうか?」
 重ねて尋ねるナム。シリアは再び椅子を回転させ、コンソールに向き直った。
「表面的に分かる傷の手当てはしたわ。彼女の自己修復機能の補助程度でしかないけれど。今、ここで出来ることはこれだけ。それ以上は、はっきり言って分からない」
 シリアは腕を伸ばしてマルチディスプレイのスイッチを切った。カラー画像が一斉に消える。コンソールの表示でデータが記録されていることを確認すると、ハンドセットを手に取る。
「プリス、もういいわ」
“了解”
 プリスの声がスピーカーから響いた。彼女は、マルチスキャナの脇でサブコンソールに着いている。シリアはトラックボールに手を滑らせながら、計器をシャットダウンしていく。
「あの子の身体がこのままなのか、それとも回復するのか…。多分、大丈夫だ、としか言えないわ。あなたたちは、私の知っているどんなブーマとも違うのよ」
 言いながら立ち上がり、メグとプリスがいる検査室とは反対側、休養室へ繋がるドアヘ向かう。
「姉さん!」
 マッキーの声がシリアの背中を追いかける。
「しばらくは、このままこのジムにいて様子を見る。それでいいわね?」
 シリアは肩越しに振り返えり、マッキーを無視してナムに声をかけた。
「はい…」
 ナムは祈るように両腕を胸の前で合わせながら、小さく頷く。
「私たち、ここにいてもいいんですか…。また、あんなことが起きるかもしれないのに」
 震えるような声の質問にシリアはふと表情を緩めた。
 昨夜、あんな激しい戦闘に出会ったのだから、当然の心配かしら。
 高性能のハードスーツが保護してくれなかったら、シリア自身もどうなっていたか分からない。たとえ、ADP援護があったとしても、今のような軽度の火傷では済まなかっただろう。
 戦術指揮用D系列ブーマと10機のC系列ブーマ…、か。きっとこれからもさらに強力な敵が現れるだろう。
 それに加えて、あの男が喋ったOMSが問題ね。
 考えながらシリアは答える。
「それは保証できるわ。少なくとも、あなたの仲間が3人とも揃うまではね。それがわたしたち、ナイトセイバーズの仕事よ」
 ノブに手をかけてコントロールルームのドアを押した。
「マッキー、お茶でも淹れてくれないかしら。少し休んだ後で、これからのことを話しましょう」
 小首を傾げるようにして、並んでいる二人を見るシリア。
「う、うん」
 マッキーは慌ててナムの肩から手を離した。
「行こうか」
「はい」
 照れくさそうに声をかけると、マッキーはシリアの後に続いてコントロールルームを出た。ナムはちらりと遮蔽ガラスに視線を走らせてから部屋を離れた。
 薄暗い検査室には淡いグリーンに塗られたスキャナしか見えなかった。
 最後にモニターの電源を落として、プリスはサブコンソールを立った。
 メグが検査台から降り、おぼつかない足取りでやってくる。
 マッキーから渡されていた包みをデスクから取った。
「着替えだ」
 立ち止まったメグは黙って包みを受け取る。
 プリスの視線を避けるように顔をそむけ、また歩き出した。
 ここに連れてこられてからずっと、彼女は誰とも目を合わせようとしなかった。
 二言、三言、短くナムと言葉を交わすだけで、それ以上は決して口を開かない。
 仮面のような無表情が崩れたのは1回だけだ。
 検査台に上がろうとして、よろけた時だった。
 差し出したプリスの手を跳ねつけて、メグはじろりと睨んだ。
「触らないで!」
 プリスは思わず一歩後ろに下がる。
 突き刺すような視線はそれほど鋭かった。
 ただ、それはほんの一瞬だけで、すぐさま関心を無くしたかのように、ふいとメグは顔をそむけた。
 彼女のかたくなな態度をプリスにはどうすることもできない。
 出ていく彼女の背中をただ黙って見送るだけだ。



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