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§ sunrise 夜半過ぎから消え去った雲のせいで、みるみる気温は下がった。 まだ午前5時前、一番冷え込む時間帯だ。 雪が降り出さなかっただけでも儲けもんだな。 プリスはバイクを降りると、リアシートにくくり付けてあった円筒形のバッグをはずす。無雑作に肩にひっかけて、まっすぐにエレベータへ向かった。 無論、エンジンはかけたままだ。 専用エレベータがすぐにプリスを633ビルのペントハウスヘ運んだ。 いきなり現れたライダースーツ姿のプリスを見て、マッキーは大きな欠伸をしながら何事か口の中で呟いた。 まだ真っ暗なのに、ベッドから出てきてみれば…。 そういった類の言葉だ。 「なんですかぁ、こんな時間に…」 「いい天気になるぜ、今日は」 寝ぼけ眼をこすっているマッキーを押し退けるようにして、中へ入る。 「わっ! ま、待って下さいってば!」 パジャマにスタジャンを羽織ったマッキーが慌てて追いかけてくるが、プリスは構わず奥へ進んだ。 「こっちだよな?」 ようやく追い付いてきたマッキーをプリスは振り返った。 「こっちって、そっちの部屋はナムさんと、メグさんが」 「サンキュ」 にやりと笑って廊下を先へ進むプリス。 ばたばたとスリッパの音をたててマッキーがプリスの肩を掴んだときには、プリスはもう二人の部屋のドアを開けていた。 「プリスさんっ!」 「お早よう、朝っぱらから騒がして悪い」 プリスは、マッキーを完全に無視して中に声をかけた。 ナムとメグはもうベッドから出ている、プリスとマッキーの騒ぎは当然、中まで聞こえていたのだ。トレーナー姿の二人は、いきなりドアを開けて現れたプリスとマッキーをじっと見つめていた。 ナムの前に、彼女を庇うようにメグが立っている。 「いったいなんなんだ?」 メグの鋭い視線がプリスとマッキーを捉えた。 「すいません、プリスさんがいきなり、」 「ちょっとした早朝ドライブのお誘いさ、どうだ、行かないか?」 部屋から引きずりだそうとするマッキーの腕を振り解きながら、プリスはじっとメグの瞳を見つめた。 「早朝ドライブ…?」 訝しげに繰り返すメグは、警戒のポーズを緩めようとはしない。ナムは背後から彼女の腕を掴んで黙り込んでいる。 「かなり冷え込んでるが、それだけのことはあるぜ。シルヴィーも行ったことがある」 「シルヴィーが…?」 メグが訊き返す。 何をしようとしているんだ、こいつ。 急にシルヴィーのことなんか言い出して。 最初は、いきなり部屋に踏みこんできたプリスに腹を立てていたが、その言葉にメグは戸感った。 「どうする?」 口元に浮かんでいた笑みは消え、プリスはメグの返事を待っている。 そのときナムはプリスの意図に気付いた。声を上げそうになって慌てて口を押さえた。 プリスさん、いえ、プリスは、あのことを、これから告げるつもりなんだ。 「ナム?」 「い、いえ、なんでもない」 かぶりを振るナムに、メグは再びプリスに向き直る。 「…そんなにお薦めなら、行ってもいい」 メグは考えていた。 何かやろうというなら、つきあう。 それがシルヴィーに関わるというなら、尚更だ。 ナムが言っていた通り、全てを拒絶していたのでは何も始まらない。 「ああ、行くよ」 プリスの瞳を真正面から見つめながら答えた。 「上等、だな。そっちはどうする」 にやりと笑うとプリスはナムに声をかけた。 「私は、やめておきます…」 「それは、残念。けど、ちょうどよかった。持ってきたのは一人分なんだ」 プリスは意味ありげなウィンクを放つと、肩に引っ掛けていたばかでかいバッグをどさりと床に落とした。 「用意ができたら来てくれ、下で待ってる」 「ま、待ってるって、プリスさんてば!」 あっけにとられていたマッキーがようやく我に返った。もう、プリスの背中がドアの向こうに消えかけている。 「騒がせてごめんなさい!」 マッキーは、ぴょこんと二人に頭を下げると、プリスの後を追って廊下へ出て行った。 「ずいぶん早いのね」 廊下を引き返す途中にシリアが居た。ナイトガウンをまとって、浅く腕を組んで壁にもたれるように立っている。凛とした横顔がプリスの前にある。 「起こしちまったかな」 「ええ」 シリアは目を閉じてゆっくりと頷いた。 「大丈夫?」 そのまま、シリアは尋ねる。 もちろんメグと二人だけで平気なのかという質問だった。質問と言うよりは確認に近いのかもしれない。 プリスが決めたことなのだから、シリアは口を挟むつもりはない。 「…ああ。午後には戻る」 目を開いて、シリアはプリスの方へ顔を向けた。 プリスはじっと立ってシリアの言葉を待っていた。 「彼女たちは狙われているわ。それだけは、気をつけて」 「分かった」 片手を上げて応えると、シリアの前を通り過ぎる。 それだけでプリスの姿は廊下の向こうに消えた。 「いいの、姉さん…」 二人のやりとりを黙って聞いていたマッキーがぽつりと言った。 「そうよ。ここからはプリスの役割だもの」 メグは地下駐車場まで降りた。 エレベータを出て真っ直ぐにすすむ。黒いライダースーツに赤い髪が映える。 プリスの姿はすぐに見つかった。 バイクに跨がってぼんやりとたたずんでいるようだった。 メグの姿に気付くと、やってきた彼女にヘルメットを差し出した。 「ちょっと寄り道するけど、いいよな」 「寄り追って、どこに」 「オレの寝ぐらさ。もう1台バイクが要るだろ、一人じゃ持って来れないからな」 そう言ってフルフェイスのヘルメットを被り、リアシートをぽんと叩いた。 「さっさと乗ってくれ。それともバイクはだめか?」 フェイスシールドの奥でプリスの目が笑った。 「馬鹿にしないで、ジェットファイターだって飛ばしてみせるわ」 つんとして言い返すと、メグもヘルメットを着けてリアシートに跨がった。 「とばすからな、遠慮しないでしがみついてな!」 バイクのエンジンの咆吼の下から、プリスの怒鳴る声が聞こえる。 不意にバイクが発進した。慌ててプリスの身体に掴まるメグ。 そのまま二人は633ビルを後にした。 ADP本部。 デスクの後ろでレオンは思いきり伸びをした。 「あつっ」 まだ堪える。 「ご愁傷さまってとこね」 向かい側からデーリーがとろんとした目つきで彼を見ていた。 レオンと同様の徹夜である。煩わしい吊り包帯は外しているが、左腕は固定用のテーピングでぐるぐる巻きのままだ。 「取り敢えず、邪魔者は片付けたぜ。この通り…」 デスクの上にぽんとディスクカートリッジを放った。 「あとはプリントアウトを添えて、部長に押しつけるだけだ」 「で、今日のご予定は?」 「ゲノムに殴り込みといきたいとこだが、手順としてはアサド大尉のところだ。アラクネ捜索の進展を聞かなきゃならない。ちょいと仮眠してから行くとしようぜ。9時になったら起こしてくれよな」 そういうと腕を組んで、レオンは座ったまま目を閉じる。 「わたしはどーするのよ!」 言ってはみたものの、反応がないのは分かりきっている。 デーリーは不自由な肩をひょいとすくめるとデスクを離れた。 ドアを開けて、ふと天井に目をやるとデジタル表示が「0600」に変わっていた。 風は冷たかったが穏やかだった。 水平線がオレンジ色に滲んでいる。 白い空がしだいに上へ上へと伸びて行く。濃い紫の夜はもう遠く背後に追いやられていた。 すっかり白んだ空の下で、水面からしみ出すようにぽっかりと赤い半円が姿を見せた。 メグはガードレールに寄り掛かり、ずっと海を見つめていた。 寂しい…。 そう思った。 風になぶられ、揺れる赤い髪を片手で押さえ、昇ってくる冬の太陽を見つめた。 弱々しいのね。 夜の街の灯りはあんなににぎやかなのに、太陽の光は冷たい…。 「待たせた」 声を聞いて振り向くとプリスが居た。 彼女が放った缶飲料を片手で受け止める。 プリスはメグの隣に両手を置き、体を支えた。黙って目を細める。 水面を離れた太陽は少し歪んだ円形をして、かすかに揺らめいている。 「シルヴィーは、ここが気に入ってたんだ…」 彼方の水面に視線を据えて、プリスが呟く。 二人はハイウェイ12bに乗ってここにたどりついた。 到着したのは、冬の遅い日の出に間に合うかどうかというころだった。 「どうして話したの」 メグは海を見つめたまま尋ねた。 「もっと早くに言わなきゃいけなかったのさ…。お前たちの仲間のことだ」 かじかんだ両手で暖かな缶コーヒーを支えるようにして持ちながら、メグは考えていた。グラブの合成皮革を通して少しずつ温もりが伝わってくる。凪いでいた風が強くなり始めていた。 「ナムはもう知っているのね」 「ああ」 それでも、受け入れたんだ、あの子は。 上では見たことがなかった。 あんな、はしゃいだ様子は。 “もう誰もいないところにとじ込められるのは嫌なの” ナムはそう言った。 わたしだって…。 自分たちだけで逃げ回るためにここに降りてきたんじゃない。 自由を掴むために空を渡ったのだ。 そして…。 メグはすぐそばで海を見つめているプリスという女性を見やった。 自分とシルヴィー、アンリとの出会いから二人の最後までを語ったときのプリスの表情を思い出した。 ひとことシルヴィーやアンリのことを喋るたびに、揺れる瞳の色を思った。 メグにはプリスの心の動きが手に取るように分かった。 不思議だわ。 そう思った。 今まで、自分たち以外の、人間の想いなど想像してみることさえなかったのに。 プリスの悲しみがメグには分かった。 「だったら…」 メグは片手でよりかかっていたガードレールを突き放すように立った。 まっすぐプリスに向き直る。 プリスもガードレールに突いていた両手を離して、メグに向かい合った。 「受け入れるしかないじゃない。あなたたちを」 メグはプリスの瞳を見つめていた。 プリスは黙っている。二人の間を風が通り抜ける。 「信じるというのとは違うわよ。わたしは、ナムみたいにはなれないから。でも、」 そこで、メグはふと視線をそらした。海と背後の山と、それを縫って続くハイウェイを見やった。 再びプリスと視線を合わせる。 そして、にこりと笑った。 プリスが初めて見た、晴ればれとした笑顔だった。 「努力する。あなたとは、友達になりたいもの。あなたが話してくれた、シルヴィーとあなたのように」 「オレもそう思う」 プリスは応えた。 心の中のしこりが一つ溶けるように消え去っていく。そんな気がした。 プルリングを引き起こし、暖かいコーヒーを喉の奥に流し込む。 これからだ、本番は。 気を引き締めなきゃな。 そう思っても一つ難題が片付いたという嬉しさには変わりない。 メグも缶コーヒーを飲んで一息ついている。 「なんか、照れ臭いこと言っちゃった…」 肩をすくめるメグ。 「言えないな、オレには。助かった」 プリスはにやりと笑った。 「いい加減冷えてきた。行こうか」 「うん」 メグはヘルメットを手に取った。 頭上には雲一つ無い空が広がり、辺りはすっかり明るくなっていた。 |
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