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§3 接近と混乱 チューブ・トレイン幹線21号はクラカタウの艦軸に直交して走る、両舷を結ぶ路線のうちの一つだった。他の路線と同様に、大直径のチューブの中を、円筒形のカプセルが磁気で支えられ、加速される。そういったカプセルのうちのひとつ、カプセル711が区間2177に入ったとたん、照明が消え赤い非常灯が点灯した。速度ががくんと落ち、急停車した。 「なにごとだ?」 居眠りをしていたルフィーは慌てて顔を上げた。周囲を見回すと同乗したソルノイドたちが状態を知ろうと天井に取りつけられている情報パネルを見上げている。 “動力部に異常発生。通常運行は中止。最寄りのステーションに向かい、本カプセルはそこで運行を打ち切る。” 「故障か、それとも事故なのかも知れませんね。どうします?」 隣のシートからクリスが尋ねてくる。 「どうするも、こうするも」 ルフィーは思い切り背筋を伸ばし、大きなあくびをした。 「降りるしかあるまい」 言葉をかわしているうちにカプセルは再び暖やかに動き始めた。 ついてないぜまったく…。 立ち止まったルフィーは辺りを見回しながら頭をかいた。 「第二戦隊司令部までまだ15ブロックもありますよ」 後に続いていたクリスもどうしたらいいのかと途方にくれている。 移動用のチューブを降りた二人の目の前に広がっているのは、だだっぴろいホールと、同じチューブ・トレインから吐き出された制服姿のソルノイドたちだった。彼女たちも、ルフィーやクリスと同様に、本来の目的地までどうやって移動するか、考えあぐねているものが大半だった。幸運にも、移動先が近距離だったものはさっさと歩き始めている。しかし、クラカタウは小型コロニー級のサイズを持つ要塞艦だ。たとえ可能でも徒歩で行く気になる範囲は限られている。そして、ルフィーたちの目的地は、歩いていける範囲には含まれていない。だからこそ、クラカタウの艦内の各ブロックを結んでいる長距離移動用のチューブ・トレインを利用したのだが、二人を乗せたポッドは先行するポッドの故障というアナウンスで突然、運行を中止してしまった。 「なまじ図体がでかいとこういうことになる。前の母艦ならひとっ走りでも良かったんだが…」 「故障っていうのは変だと思いませんか」 傍らからルフィーを見上げるクリスの表情は、彼女にふとある人物のことを思い出させた。 いちいちうるさいやつだった。 クリスのは濃いブラウンだが、あいつは明るい栗色の髪をしていた。違いはそれくらいなもので、肩まで伸ばした髪や派手なイヤリング、思い詰めたような瞳で、じっと相手の目を見つめながら話すくせなどはそっくりそのままだ。おせっかいなヤツだったよな。 ルフィーは思った。 あれから何年経ったのか、オレもいつのまにか中佐様。出会ったときのライアン隊長よりも階級が上がっちまったなんて、はっきりいって、冗談だぜ。もっとも、総隊長なんてのもなくなっちまったが…。 青緑色の瞳をしたクリスは、少尉。ルフィーの率いる飛行中隊のパイロット、アタッカーズの一人だ。 「なんで、故障じゃいけないんだ。それより移動手段を確保しないとな」 「それはそうですけれど…」 何に疑問を感じているのか、クリスはまだ不服そうだった。ルフィーはその肩をぽんとたたく。 「オレだって気は進まんさ、だがほっときゃ、もっと騒ぎがでかくなる。カートか何かを見つけて移動しよう。下らんことはさっさと片づけるに限る」 「そうですね、わかりました。少し、その辺をあたってきます」 気持ちの切り替えは早いようだ、くるりと表情が変わった。 「頼む、オレは連絡をいれておくから」 クリスは黙って頷くと早足でその場を離れる。 素直なやつなんだがな。 ルフィーはまたクリスの後ろ姿にラビィを重ねていた。 いつもなら、こんなことはない。あのときにばらばらに別れて以来、彼女たちの誰一人とも顔を合わせたことはない。だが、このクラカタウに到着する直前に目にしたものが、ルフィーに遠い過去の出来事を思い出させる。 きっとしぶとく生き延びているはずさ。悪運の強いやつらだから。 ルフィーは思った。 それにしても、また、今度も何かが起こるのだろうか。単なる偶然だろうが、滑り出しは幸先よくないぜ。 目撃の一件で司令部への呼び出し、そこへきて乗っていたチューブ・トレインの故障。 これ以上なにもなければ…、な。 「っと、さっさと事故の報告をいれとかねぇと…」 とりとめのないもの想いを振り切ると、ルフィーはターミナル・ボックスを探した。艦内通話装置を設置してある、簡易通信室とでもいうものだ。通常の巡恒艦なら、操作パネルにセットされているインターカムで済むところなのだが、クラカタウは艦というよりは一つの都市ともいうべき存在だ。だから、シャフトに加えてチューブ・トレインが必要なように、インターカムとその機能拡張版であるターミナル・ボックスが使われている。 ルフィーのいる場所は、チューブ・トレインのステーション、円滑な運用と利用には通信機能は不可欠だ。したがって、ボックスはすぐに見つかった。だが、すでに幾人ものソルノイドたちが、ずらりと並ぶ透明円筒のブースでディスプレイに向かっていた。空きブースは一つもなく、どの円筒の後ろにも数人の列ができている。 待つしかないか。 ため息をついて、順番待ちが一番少ない壁際のブースヘと向かう。 余計なことを思い出したせいだぜ…。これで、不運が三つ。 ルフィーはラミネート・コーティングされた内壁にもたれて、浅く腕を組んだ。ブース上のディスプレイに表示されている時間は、出頭予定の時刻になろうとしていた。 到着が遅れると巡恒艦ミステールの管理部へ連絡し終わったアミィは、通話スイッチを切る。くるりと振り向いて、ブースのシャッターを開いた。 「お待たせしました」 列の先頭で待っていたひとに声をかけて、駆け出そうとする。そのとき、一瞬目が合い、アミィの脚が止まった。じっと目の前の顔を見つめた。 メッシュを入れたプラチナブロンド、アタッカーズの制服、そして、中佐の階級章…。 これって、この人…、まさか…。 「ん、どうかしたかい?」 「ああ、あ、何でもないです、どうぞ!」 アミィは一礼し、慌ててその場を離れた。ちらちらと肩ごしにブースを振り返りながら、そのまままっすぐにホールの反対端にいる仲間のもとへと走った。 「連絡はとれた?」 「どうしたんだよ、息なんか切らして」 待っていたシルディーとスピアが声をかける。スピアは手にしていた清涼飲料のパックを手近なダストボックスに放り込んだ。 「あそこにいるの、有名な」 早口でまくしたてかけたアミィの顔の前にさっとシルディーの手が上がった。 「ストップ、その前に、連絡は終わったのか教えてくれない?」 「う、うん。ちゃんと伝えた。会議は無事に終えたけれど、チューブの故障でドックに戻れる時間はわからない、追って連絡入れるって伝えたわ」 「そう、それならいいわ」 厳しい表情か緩み、シルディーはにこりと笑みを浮かべた。 「にしても、災難だわよね、なんの事故だか知らないけれど。いきなり降ろされたってどうしようもないじゃない」 スピアが肩をすくめ、両手のひらを天井に向けて開いてみせる。 「歩くって手もあるわよ。たった2ブロックですもの」 シルディーの言葉に、スピアはさも嫌そうに顔をしかめた。 「不毛な伝達会議に2時間も付き合わされたのよ、そんな元気残ってないってば…」 「ミステールきっての白兵戦技術の持ち主が、あんな程度でへばってちゃだめよ。じきに、私みたいにグループを率いてもらわなくっちゃいけないのに」 「う、会議とデータ処理だけは願い下げ。そうなったら、サブにやってもらわなきゃ」 「ねえ、ねえ」 アミィは会話に割り込もうとスピアの手を引っ張った。 「…アミィか、そういえば、何か言いたそうだったっけ」 「うん、そう、それなんだけど」 アミィは自分を見おろしているスピアの手を握ったままブースの方を指さした。 「あそこで、ターミナルでブースに入ってるの、“ショットダウン・エンジェル” のルフィー・ランバートだよ」 「えっ…!!」 声を上げ、スピアはアミィの指のさす先を見る。が、透明円筒の向こう側に見える背中だけでは、そこで通話している人物の制服と髪の色くらいしかわからない。それにそもそも、こちらを向いていたとしても大差はなかったのだ。 スピアは二、三度、目をしばたたかせてからアミィに尋ねた。 「…アタッカーズの制服よね、あれは。で、アミィ、それっていったい誰のこと?」 「なにって、スピア、知らないの」 目を丸くするアミィに、スピアはあっさりと頷いてみせた。 迷わず果敢に行動する、黒白ははっきりつける、そういった性格のスピアだ。分からないものは分からないと、言い切ることにためらいはない。 「アタッカーズ第774飛行中隊、中隊長。共同撃破を含めての個人レコードは、戦闘母艦2、大型巡恒艦7、小型ドローン1,021。その他未確認撃墜機多数、現在もなお更新中」 「シルディー…」 スピアは顔を上げた。二人の脇に進み出たシルディーはアミィの両肩に手を置いてブースの方を見やった。 「今度の逆進攻作戦のために呼び集められた…ってとこかしら」 「知ってるの?」 「ファイルに入っていただけのことはね」 聞き返すスピアに、シルディーはかすかに首をかしげ、意味有りげな視線を向ける。 「ってことは、」 「そう、次の作戦では、私たちのミステールと774飛行中隊は同じ目標に投入される予定よ」 打てば響く。 シルディーは、スピアに微笑んだ。 あなたがいてくれて良かった…。 ミステールがクラカタウに到着する少し前、巡恒艦ミュールで起きたある事件にシルディーのグループが派遣された。そこで、彼女たちはメンバーの大半を失った。生き延びたのは、ここにいるシルディー、スピア、アミィの3名と、もう一人。それだけだった。人員は補充されたが、まだグループの力は元のメンバーたちのレベルまでは戻ってはいない。 今はスピアの力が絶対に必要なときだ。 シルディーは思った。 「で、どうするの、シルディー。やっぱり歩く?」 アミィがシルディーの腕の間から、振り仰ぐようにして尋ねた。ずれかけたメガネをひとさしゆびで、ちょんと押さえる。 「…あれこれ考えるより、その方が早そうね」 ホールには、まだかなりの人数が残っている。ここで移動手段を見つけるよりも、とりあえずはドックに向かって、その途中でカートでも利用できるようならそうする、というのがベスト。 そう判断したシルディーは頷いた。 「行きましょう。“ショットダウン・エンジェル” とは、またあう機会があるわ」 「仕方ないか」 「うん」 スピアとアミィの声が重なって、そのまま3人は歩き出した。ターミナルのブースからは、連絡を終えたルフィーがちょうど出てくるところだった。 ルビーは振り返らないように注意した。足を運ぶ速度も決して変えない。 まだあの足音は変わらない…。 「ねえ…」 「しっ、黙って。こっちも見ないようにして」 「う、うん」 視界の隅に淡いグリーンをした彼女の頭が見えている。彼女の脇を遅れがちになりながらも、パールは一生懸命ついてくる。 ごめん。 辛いのは分かっている。熱がずっと下がっていないのだ。不安が抑えられないのも分かる。ここにはこれだけ大勢のソルノイドかいるし、クラカタウ全体でいったらそれこそ何万にもなるソルノイドかいる。しかし、パールが頼れるのは彼女、ルビーだけしかいない。そのことはルビーが十分承知している。だが、ここであの足音に迫いつかれるわけにはいかない。思い違いならいい。だが、もし、そうでなかったら、すべてがここで終わってしまうのだ。 ルビーはパールの手を引いて走り出したくなるのをこらえながら歩き続けた。できるだけ平静を装い、行き交う兵士や将校、コンバット・アシスタントたちの間をすり抜けるようにしてチューブ・トレインのステーションを目指す。 あそこで、まいてしまえば、振りきれる。まだ距離はあるんだから。 クラカタウまでたどり着いたんだ、絶対に捕まるわけにはいかないんだ。 ルビーは唇をかみしめた。 出きるだけ自然に、不審に思われないように…。 ルビーは心の中で繰り返した。 だが、ラミネートコーティングした通路のフロアを踏み締めるルビーの歩調は、知らず知らずのうちに早くなっていた。 「どうしても、ダメかな?」 マイアロイがそういってじっと見つめると、相手の頬にぽっと赤みがさす。 「あ、あの、でも、まっすぐに補給所へ向かわないと…」 「私一人、同乗させて、ちょっとコースを変更するだけだから。ね?」 ぱちりとウィンクを放つと、カートの運転席でセミロングのコンバット・アシスタントは、頬だけではなく耳の先まで真っ赤になってしまった。 「いいんだね」 マイアロイが彼女の顔を下からのぞき込むようにして首をかしげると、ショートカットにしたライトブラウンの前髪がさらりと揺れる。 「頼むよ」 ちらりと横目でマイアロイの表情を伺うアシスタント。その視線を捉えてマイアロイはにっこりと微笑んだ。自然で飾り気のない笑顔に、彼女はつりこまれるように頷き返していた。 「ありがとう、助かるよ」 輝くような笑みを向けながら、マイアロイはサイドシートに滑り込んだ。 ほんと、こんなところで立ち往生してたらことだからな。 マイアロイは脳裏でつぶやいた。 「それじゃ、出します」 声と同時に構内輸送用のバッテリカートは動き出した。通常の通廊に張り出すように設けられていた駐機スペースを離れて、カート専用通路へ入り、辺りは急に暗くなる。カートの小型ライトが点灯し、計器盤の光が、下から二人の顔を照らし出す。兵士やコンバットアシスタント達が徒歩で行き来す通路は天井全面が発光材料で覆われている。それに対して、カートなどの車両が利用する通路は、ポイントのみの照明しかない。バッテリカートは構内照明の作る白と黒のトンネル内を軽快に速度を上げていった。 間に合えばいいんだが。 マイアロイは思った。 多分、事故じゃない。事故じゃなくて、警務隊が動いているんだ。 居ても立ってもいられないというのが正直なところなのだが、そんな内心は少しも表情にはでない。マイアロイはクールで魅力にあふれた上官というガードを崩さなかった。 「次のステーションまででいいんでしたよね」 「ああ。ところで私はマイアロイだけど、キミ、名前は?」 頭の上にはすに載せた軍帽を軽く右手で押さえながら、マイアロイはドライバーに尋ねた。無蓋のバッテリ・カートは小型軽量だがなかなかのパワーを持っている。カートは風を切りながら通路を走った。 「ラッフルです」 「すまないな、野暮用でね」 「秘密のお仕事なんですか」 「そんなとこだな、だから遅れるとまずいのさ」 ちらりと視線を投げかけるラッフルに、制服の袖にあるエンブレムを指さしてみせた。 「なんか怖そうですね…」 「話せないってだけだよ、私なんかただの使い走りだから」 「中佐殿でも?」 ラッフルの眉がぴくりと動いた。前方で分岐を知らせる発光サインが瞬いている。カートは速度を落とし、右の通路へ進んだ。 あと少し…。 ポイント表示を、頭の中で距離と時間に置き換える。 「そうなのさ。ハードな仕事もあるにはあるけれどね。知りたいかい?」 「…いいえ、やめときます。でも、そんなにお若くて中佐なんてすごいですね。わたしなんか全然」 ラッフルは小さく頭を振った。 「ありがとう、賛辞はありがたくちょうだいしておくよ」 準備は抜かりはないが、向こうの状況か読めないからな。 マイアロイはホルスターに収まっているブラスターのグリップをそっと確認した。ずっと以前、彼女はスタンナー、つまり麻痺銃しか使わない主義だった。しかし、あることがあってからは代わりにブラスターを持ち歩くようになった。 どっちにしろ使いたくないけれどね。 そのきっかけになった出来事を思い出し、マイアロイは苦笑した。 さて、そろそろかな。 「でも、損な役回りだなぁ。せっかく、キミみたいなかわいいコと知り合えたのに敬遠されちゃうんだから…」 シートの背にもたれかかって頭上を通りすぎていく照明の列を見上げる。頬に当たる風がここちよい。 「中佐、からかうのは、」 「からかってなんかない」 遮るような言葉に、ラッフルは驚いてサイドシートのマイアロイを見つめた。 「私はまじめだよ」 「よ、よしてください」 真っ赤になりながら、顔を背けるようにして視線を前方に戻す。計器の淡い明かりを受けて浮かび上がるマイアロイの表情。ラッフルの視線を正面から受け止めたその目。ラッフルは、マイアロイの深く濃い瞳の色に吸い込まれてしまいそうな気がした。だから慌てて目をそらしたのだ。 「ほんとはもっとキミのことをしりたいさ。けれど、今は任務の最中だからね」 マイアロイはドライバーズシート寄りに座り直し、ラッフルの耳もとに唇を近づけた。 「向こうに着いたら、ちょっとだけ待っててくれないか」 「え…」 「すまないが、もう一つだけお願いだよ」 「…こ、困ります」 肩に触れるマイアロイの手を感じながら、ラッフルはカーブを曲がった。次のチューブ・トレインのステーションはすぐそこだ。 「迷惑はかけない、約束する」 「ほんとですよ、もう」 ふくれっつらでラッフルは睨む。しかし、本気で怒っているのではない。マイアロイには分かっていた。 「…逃げられないみたいですから、引き受けますけれど」 きらりと二人の瞳にいたずらっぽい光が宿る。 「埋め合わせはするよ」 前方にステーションヘの出口を示す警告サインが瞬いている。カートの専用通路は明るくなり始めていた。 |
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