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§5 脱走者と指揮官 「一体何が起こってるんだクラカタウでは。反乱騒ぎでもあるってのか?」 ハッチを元通りに閉鎖しおわって戻ってきたシルディーに向かって、ルフィーは尋ねた。7人が入り込んだ薄暗いメンテナンス・スペースには、かすかにベンチレータのモーター音が響くほかはひっそりとしている。壁の向こう側の銃撃の音は三層構造の内壁パネルがほとんど遮ってしまっているのだ。壁の反対側に向かって、小型のカートが走れるほどの通路が延びており、それがこのユーティリティー・スペースからメンテナンス通路にぬけられるようになっている。行き先を表示する情報パネルの向こうに通路のオレンジの照明が続いていた。 「…そんなことあるはずはないんですけれど」 シルディーは自分もさっぱりだという顔をして肩をすくめた。脇ではフロアに寝かせたアシスタントの子の汗を拭ってやっていた。 「それより、この子の熱、早く医療ステーションヘ運ばないと」 「ああ、こっちの方もどうやら、熱がありそう。おんなじ、なんじゃないの…、こら!」 アミィに同意しながら、スピアは腕の中でもがいているもう一人のコンバット・アシスタントを押さえつけようと苦心していた。 「もう放してあげなさい」 シルディーはスピアに歩み寄り、腕に手を置いた。そして、フロアに片ひざを突くとその子の瞳を見つめる。その位置だと、シルディーが相手の顔をやや見上げる感じになる。 「理由があるのでしょう。まず、それを話してみて。このままじゃどうしようもないわ」 黒髪をショートカットにしたその子は、暴れるのを止めてじっとシルディー見つめた。その様子に、スピアも押さえ込んでいた両手を放す。 「…パールは大丈夫?」 「すぐに処置すれば、良くなるわ」 「でも…!」 連れの容体を心配しているはずなのに、治療を受けさせるのを躊躇する。 なぜか。考えられるとしたら…。 シルディーはホールヘと通じていたハッチを見やった。 「理由はその辺にありそうですね」 後ろに立っていたクリスが口を開く。 「その子たち、まるで誰かに追いかけられているみたいに目の前を横切っていきましたから…」 「…警務隊に追いかけられていた…」 「ち、違いますっ!!」 ぽつりともらしたスピアの言葉に、その場の視線がシルディーの前に立つグレーのコンビネーション・スーツに集まった。 「お前らが騒ぎの元凶だ…なんてことはないよな」 両腕を浅く組んで壁にもたれていたルフィーが、ため息をついた。 「物騒なものは持っていなかったようだし」 「私たち、追いかけられてなんかいない、ただ急いでいただけで、」 「じゃあ、何処へ?」 ルフィーの質問に言葉を遮られて、その子は黙り込んでしまった。 「…とにかく、話してもらわないことにはらちがあかないんだが」 ルフィーは壁から離れて、すくんでいるコンバット・アシスタントに向かってゆっくりと歩いていく。片膝を突いていたシルディーも立ち上がり、脇にどく。 「壁の向こうで起こったことを見たはずだぜ」 うつむいている子の正面に立って、ルフィーは静かに続けた。 「たまたま居合わせたのかも知れないが、あっちのちっこいのを医療スタッフにみせられないような事情を抱えているとなると、説明なしには納得できないな」 伏せていた顔を上げ、黒い髪の子はルフィーの目を見た。 「名前は」 「ルビー…」 「上等だ」 そこで初めてルフィーは笑みを浮かべた。 「…パールはたすかるよね」 「ああ。話してくれるな?」 「悪いけれど、それはちょっと待ってくれないか」 突然の声に、全員が振り返った。 メンテナンス通路への出口に二つの影が立っていた。片方はグレーの制服のメンテナンス・クルーだ。そして、もう一人は黒と緋、親衛隊のしかも情報局員だった。逆光気味に浮かび上がった姿でも、それははっきりと分かった。 クリスの右手が腰のホルスターへ伸び、スピアの手にはセラミックコーティングされた鋭いナイフがいつのまにか現れている。だが、二人の動きをシルディーが腕で制した。 「怪しいものじゃない、って言っても信じてもらえないだろうけれど、今はここを離れた方がいい」 落ち着いた口調でしゃべりながら、近づいてくる情報局員。後ろにはメンテナンス・クルーがぴたりとついている。 「そろそろホールを制圧した警務隊が周囲にも注意を向けるころだから」 「そうか…」 「やばいわよ、それって」 クリスとスピアが顔を見合わせる。シルディーはルフィーに頷いた。全員がすぐに了解した。 「逃げることが先決だよね」 キャップを額の上に押し上げ、情報局員が微笑んだ。 「しゃあない、解説は後回しだ」 ルビーの肩を押すようにして、ルフィーは前に出た。クリスはフロアに寝かされていたパールを素早く抱え上げると、スピアと並ぶようにして通路に向かう。アミィ、シルディーも続いた。後ろにいたメンテナンス・クルーが先に立って誘導する。情報局員の方は、それを確認するかのようにじっと立っている。 「搬送用カートがあるから、それに乗って」 「誰だか知らないが、手回しのいい、」 脇を通りすぎようとしたルフィーは、相手の顔を見てぱたりと脚を止めた。幽霊でも見たような気分で、まばたいた。 「…おまえ」 「どこかで会ったことがある、かな」 ウインクを放ってルビーの手をとる。 「正直いって、私も驚いたけれどね、ルフィー中佐殿」 ちらりと笑みをのぞかせたかと思うと、そのまま通路へと走っていく。そのまま数瞬、ぼうぜんと立っていたルフィーだったが、ぎくしゃくとした動きで二人のあとを追った。 またかよ。 ルフィーは思った。 これで、今回の作戦は最悪、ってパターンだ。決まっちまったぜ。 しかし…。 前方で、小型のカートに詰め込まれたクリスやシルディーたちが待っているのが見える。 …どうして、マイアロイのやつがここに。 ルフィーたちを乗せた搬送カートがチューブ・トレインのホールから遠ざかり、警務隊の手が直接届かなくなったころ、小規模な艦隊がクラカタウに接近していた。艦隊を構成するのは、1隻の大型巡恒艦と、3隻の小型巡恒艦、それに1隻の支援艦だけだ。 大型巡恒艦、すなわち第37護衛艦隊旗艦であるエルブルーズのブリッジを出て、短い通路を歩く。通路はブリッジと指揮官私室を直接つないでいる。コンタクトパネルに暗証番号を入力、シャッター・ドアはかすかな作動音をたてて開き、部屋の主をその中へ招き入れた。 緋色に光る大型バイザーのついたヘルメットを頭から抜き取ると、ため息をつく。あらわれた素顔は、艦隊指揮官という地位にはそぐわない感じがするくらい若かった。 「何か問題でもあったんですか」 室内で待っていたさらに年若い大尉が出迎える。指揮官のサポートとして前回の任務から加わった新人だった。上官の方は年齢よりも成熟した表情と知的な容貌で、出会った相手に感銘を与えるのだが、大尉の方はくるくるとよく動く瞳がまだ子供っぽさを残している。 「すべて順調、もうじきクラカタウの第2ドックに入れるそうよ」 大尉にヘルメットを渡し、部屋中央におかれたテーブルを囲むソファに腰を下ろす。 「それから、…ここではそういうしゃべり方はやめてほしいわ、パティ」 上官と部下というにはやけに気のおけない感じで、ルビーレッドの髪を短めに整えた指揮官は相手の名を呼ぶ。 「ごめん、エルザ。けっこう真剣な顔してたから、ついそれにあわせちゃった」 肩ごしにエルザを見て、ちろりと舌を出して笑う。こちらも、上官を遠慮なく名前で呼ぶ。パティはヘルメットを壁に作りつけのロッカーに片づけた。そして、飲み物の支度にかかる。 二人は、この艦で出会うずっと以前にすでに互いをよく知る仲だった。周囲の目がないときは、出会ったころのままの二人に戻れる。標準時間で何年が過ぎようとも、それは変わらないだろう。かって二人が一緒に体験した出来事が、その場にいた全員を分かち難い絆で結びつけてしまうほどに大きな事件だったからだ。それ以来、変化があったとすれば、二人の年齢と、そして以前はエルザの肩よりわずかに高いぐらいだったパティの背が、今ではほとんどエルザと並ぶほどにまで伸びたということくらいだった。 「でも、画面見てると、形式ばって話した方がいい気がしちゃうっていうのも、理由だけど」 「…見てたの。いい加減にしてよ」 エルザは弱り顔で、ヘルメットのバイザーと同じ緋色のケープを解く。艦隊指揮官の正装の一部だ。立ち上がって隣室へつながるドアの操作パネルに手をかけた。 「かっこいいじゃない、ああいうのって」 「儀式なんて、窮屈で面倒なだけよ、当人にとっては」 隣室に入ったエルザの声が、開位置で固定したドアの向こうから聞こえる。 「総統みずから作戦意義の伝達、新任指揮官、艦長への訓示…。確かに堅苦しいけれど、見てる分にはけっこう面白かった」 パティはポットとカップをトレーに載せ、低いガラス・テーブルヘ置く。略装に着替え終わったエルザがちょうど戻ってくるところだった。 「総統のリアルタイム中継画像なんて初めてだったし」 「それだけ大規模な作戦ってことよ。第9星系遠征作戦なんかよりずっとね」 二人ともソファに腰を下ろして一息つく。カップから飲み物に加えた香料のほのかな香りが部屋の中に広がった。しばらく無言で、飲み物の味と温かさを楽しんだ。 「エルザ、知ってる?」 パティは大ぶりのカップをテーブルに置くと、さっきまでとはうってかわったまじめな表情で尋ねた。 「今度の新規配属のアシスタントたち、ほとんど養成学校出たてのほやほやの連中ばかりよ。あの頃のラミィよりひどいくらいだわ。補充で回されてきた一般乗員も似たり寄ったり…。艦長たちの苦労が目に見える」 「ラミィよりひどい、は、本当にひどいわね。気を悪くするわよ、きっと」 両手でカップを包むようにしながらエルザは小さく頷く。かすかに笑みを浮かべたが、目は笑っていない。 練習艦で初めて出会ったころ、泣いていたラミィを私室に連れて行ってやったことを思い出した。 あのときも、こうしてカップを手にしていたわ。 心配事といったら、受け持ちの練習生たちのことだけ。もちろん、それだけで精いっぱいで、他のことなんて考える余裕もなかった。泣いたり、喚いたり、トラブルを起こしたり…。そんなことばかりだった気がする。 できるなら、ずっとあのままでいたかった。 でも、不可能なのは判っている。 迷いを消そうとするかのようにかぶりを振るとエルザは口を開いた。 「あの第9星系遠征計画以来、ただ生き延びてきただけの理由で、私たちが部隊の指揮をとらざるを得なくなっている。そのうえ戦闘にあたる人員は、ろくに訓練も受けていない」 「上の連中、それを分かってて今回の作戦をやろうっていうの?」 エルザのもらした呟きに、パティは眉をひそめた。 「艦隊指揮官でも、下っぱだから、大した情報は渡されていないけれど、それだからこそ、この作戦が必要だって考えてるみたいね」 「でも、また三つも恒星系をつぶしたっていうじゃない。戦況はこちらに有利なんでしょ。だったら、なにも焦ることは」 「…ここにきて恒星破壊兵器を多用するのは、実質的な戦力低下が始まっているせいだと思うわ。事態がはっきりと悪化する前に、総統は無理やり決着をつけようとしているっていう見方もある」 「…」 カップをとろうとしたパティの手が止まった。空になったカップを見つめて考え込む。 「あまりに急ぎすぎていると思うのよ今度は。このクラカタウ艦隊と、もう一つ、同規模のキラウエア艦隊まで投入するらしいわ」 「キラウエアも!?」 キラウエアはクラカタウと同形の要塞規模巡恒艦だ。どちらも、かっての第9星系遠征艦隊旗艦、アコンカグヤを上回るサイズと破壊力を持っている。随伴する支援艦隊も巨大な戦力だ。 「それでも簡単ではないわよ、作戦目標は、今までよりもずっとパラノイド勢力圏の内側だもの。あわよくば、次のステップでパラノイド母星を一挙にせん滅しようって構想だけれどね。パラノイドはそんなに甘くはないわ」 「そうだったの」 パティは大きなため息をついてどさりとソファの背に体重を預ける。 「わかったわ、難しい顔をしていたわけが」 「副官に内心の動揺まで見せてしまうんじゃ、指揮官失格だけれどね」 薄く笑うエルザ。自嘲の笑みだが、ついさっきみせた表情ほどは寂しそうではない。 「実は、もう一つ気がかりなこともあるのよ」 「もう、一つって?」 「私たちの艦隊に、突撃隊が組み込まれるわ。エルブルーズに2個中隊。ストロンボリに1個中隊」 「…そういうことか」 パティは今度こそ納得がいった。 「第2計画がもう私たちの足元まで来ちゃったのか…」 突撃隊は、常に最前線で戦う特殊な部隊だ。すべての戦闘員がサイボーグ化された兵士で編成されている。サイボーグ化とはいっても、欠損した身体の一部を機器で置き換えるといった程度のなまやさしいものではない。中枢神経系以外のすべてを機械化した、戦闘ドローンやアンドロイドに脳を移し換えた、99%がマシンといった方がいい存在だ。 「ええ、今まで私たちの艦隊には突撃隊はいなかったから、艦長たちが苦労するかもしれないわ」 「すんなり、うけいれてくれればいいけれど」 パティの危惧もエルザと同じだった。 あえて言葉にはしなかった。パティ、エルザともに、作戦直前に新たな部隊を艦に受け入れるということ自体は、それほど気にしてはいない。本当の問題は、名目上は志願者と、治療困難な負傷者の延命処置だけで編成されている突撃隊が、そのかなりの部分を強制によって補充していることだった。軍上層部と親衛隊幹部しか知らないはずのこの情報を彼女たちは知っていた。 また、強制処置が増えてるんだ。 パティは思った。 無意識のうちに握り締めた拳が白くなる。 第37護衛艦隊は長い旅を終え、クラカタウの艦隊ドックヘの最終アプローチに入っていた。 |
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