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§7 演習と権限


 攻撃機はさらに速度を上げた。
 ヘッドアップディスプレイの中央、白く投影された正方形のゲージに囲まれていた艦影が、ゲージの線に重なるように膨れ上がったかと思うと、もうディスプレイの投影面を覆うほどの大きさになっている。すっぽりとかぶったヘルメットのスピーカーは、パイロットの両耳に甲高い連続音を送り続けている。バイザーディスプレイとコンパネの垂直ゲージが生き物のように震えていた。
 こわれものでも扱うように両側のサイドスティックに添えていた両手に思わず力が入る。
 パイロットは歯を食いしばった。
 さあて…。
 かわいそうだが、沈めさせてもらうよ。
 パイロットは、標的になっている艦のブリッジを想像してにやりと笑った。

「次、来ます。針路変わりません、現在の距離 1.5マール」
 ホロタンクの前に陣取ったオペレーターの声がブリッジに響いた。それを受けてクルーたちの間にざわめきが起こる。
「やるじゃない、さすがアタッカーズね」
「そんなこと言ってる場合ですか、艦長、いい加減にさせないと!」
「とはいってもね」
 ラビィは顔を真っ赤にして声を張り上げている副長のリスカムにちらりと視線を向けた。栗色のセミロングの髪、耳もとで大きめのイアリングが揺れていた。
「待機中の巡恒艦を仮想標的に攻撃訓練をするっていうのは、そんなに変わったことじゃないわ」
「しかし、なんでアララトだけが、標的にならなきゃ」
 リスカムが言い終わらないうちに、正面、ホロタンクの真上に何かが見えた。ブリッジの幅いっぱいに大きく開かれた天測窓の外を青い影がかすめた。あっというまだったが確かにアタッカーズの攻撃機だ。手を伸ばせばとどきそうな距離を飛び去った機体の姿に、リスカムは思わず腰をかがめ伏せそうになる。周囲のどこかから噛み殺した笑い声が聞こえる。が、リスカムは気づかないふりをして、背筋を伸ばした。
「あら、うちだけじゃないわよ、隣のユイのほうも標的になってるみたいじゃない」
 ホロタンクについているオペレーターが、ラビィの言葉に黙って頷いた。
 別にこの艦に恨みがあるわけでもなんでもない。どの艦でもよかったのだ。
 ラビィには分かっていた。
 だって、そういう人だったもの。変わってないのね、あのときから…。
「わ、笑ってる場合ですか!!」
「ごめんなさい、あなたのことじゃないのよ」
 ラビィは口元に笑みを浮かべなから、機首を上げて飛び去っていく青い機体の消えていく先を見やった。
「荒れてるわね」
 独り言のように呟いた。隣でいきりたっているリスカムの様子など気づいていないような感じさえある。
「荒れてるなんてもんじゃないですよ、こんな衝突寸前の訓練なんて、即刻抗議して中止させないと…」
「抗議っていっても、聞き入れるかどうか」
「いくらアタッカーズでも限度というモノが」
「彼女の場合は特別だから…。あ、ごめんなさい」
 自分をじっと見つめている副官の表情を読み取って、ラビィは慌てて向き直った。
 勝手に思い出にひたっちゃってたみたいね。
「また、来ます。最後の1機、距離 1.5マール」
 オペレータの声に、二人は顔を上げて正面の天測窓を見た。そこへ、星空の一角からミッドナイトブルーに塗られたアタッカーズの攻撃機が現れる。みるみるうちにその姿は膨れ上がったかと思うと、天測窓いっぱいに広がった。ぶつかる、と誰もがそう思う寸前で青白い炎が機体下面に閃く。とたんに、ぐいっと機首を転じ、攻撃機は弾かれたように飛び去る。2基のメインエンジンの噴射が瞬かない星空の中に紛れるのに数瞬もかからなかった。
「確かに、腕がいいことは認めますけれども、ぞっとしませんよ」
 今度は背筋をぴくりとも動かさずに立っていられたリスカムは、ほっと小さなため息を吐いた。短くまとめたブロンド。右頓にはうっすらと白く、線のような傷跡が斜めに走っている。整形処置を受ければ簡単に消せるのだが、その時間的余裕がないのでほったらかしになっている。どちらかというと慎重すぎるリスカムの性格とは正反対の印象を与える外見に、本人としては困っているところだ。
 でも、私にはちょうどいい副官だわ。
 すぐにカッときて突っ走っちゃうのを抑えてくれるんですものね。
 ラビィは思った。
「774だったわよね」
「はい、この空域で訓練をやっているアタッカーズは774攻撃飛行中隊です」
「だったら、私のいうことには耳を貸さないでしょうね」
 リスカムはきょとんとしてラビィを見た。
「いちおう、呼び出してみましょうか、無駄だとは思うけれど」
 ラビィはいたずらっぽく微笑む。
「後続、ありません。全機、クラカタウ方向に飛行中です」
 オペレーターの報告が割り込み、ブリッジにほっとした空気が流れる。アタッカーズの模擬攻撃に神経をいらだたせていたのはリスカムばかりではなかったということだ。頭上に開いている天測窓を見上げても、そこには星が輝いているだけで、延々と繰り返された攻撃機の進入、反転の姿はかけらもない。
「何かご存じなんですか、艦長は向こうの事情を」
「事情なんか分からないわ。ただ、ある人のことを知っているだけ」
「はあ…」
 笑みを浮かべたままそれ以上何も言おうとしないラビィに、リスカムは要領を得ない顔で仕方なく頷いた。
「連絡艇の用意はどうなっているかしら、そろそろクラカタウに向かう時間だと思うけれど」
「準備は完了しています」
 ちらりと手にした情報パネルを確認して、リスカムは応えた。アタッカーズの攻撃演習という予定外の事態に多少気が動転したりはしたが、自分の乗り込んでいる艦のことはきっちり掴んでいる。リスカムの顔にいつもの自信が戻る。同時に、年若い艦長が心に抱えている問題にも思い当たった。
 私の方もしっかりしておかないと。
「じゃあ、艦のこと、しばらくお願いするわね」
「了解しました」
 リスカムは胸の前に腕を掲げ、正式の礼をとる。ラビィも、同じ動作で応える。ブリッジの様子を一別して背を向けた。
 さて…。
 ラビィはブリッジから艦長公室へといったん引き返す。ブリッジ側のシャッタードアが開き、短い専用通廊が現れる。数歩いけば、それでお仕舞いの短い通廊。アララト・クラスの小型巡恒艦では当たり前のサイズだ。
 もし、会えるとしたなら、それからが問題よね。今は意外な再会を喜んでいる余裕などないのだから。
 公室側のドアが開き、知らず知らずのうちに腕を組み眉間にしわを寄せているラビィを中に迎え入れた。

 ユノーはひとわたり室内を見渡した。
 不必要なほどに高い天井の下に巨大な会議デスクがある。細く長いデスクの周囲には、ケープをまとった高官たちがずらりと席を占めていた。一つ二つの空席はあるが、全員が実体だ。映像ではない。艦隊指揮官以上の階級を示す緋色のバイザーが表情を隠している。ユノーは、長いデスクの出口側の一端に席を占めていた。そして、この部屋にいる中で、もっとも階級が低いのが末席でブリーフィングを続けているユノーだった。
 ご大層なことだな。
 感想は単純だった。
 艦隊指揮官以上で、これだけの人数とは。しかも全部じゃない。だが、今の報告に関わる必要があるのは、ずっと少ないはずだ。半分でもまだ多い。
 ユノーの正面にある大ディスプレイは、縦横に仕切られ、その一つ一つのブロックに、正面と横からのソルノイドのバストショットが映し出されていた。ディスプレイの映像は、ユノーの手もとの操作によって次々に切り替わる。そして、延々と幾つもの顔と認識コード、氏名の表示が続いた。同じ映像を映しているディスプレイが、ユノーの頭上、そして右と、左にもあった。
「…これらは表面に現れたごく一部に過ぎません。早期に強力な手段で対抗処置をとる必要があります」
 静かにユノーは報告を締めくくる。
「我々の方針に反対する分子をどう処理するかは我々が考えるべきことだ。それより、1206ステーションでの事件の処理だが…」
「疑問点でもありますでしょうか」
 テーブルの中ほどで口を開いた将官に、ユノーは黒いアイグラスを向けた。見えない視線どうしが空中で交錯した。相手は、気圧されたように口にしかけた言葉を呑み込む。が、軽く咳払いして続けた。
「…あまり手際が良かったとは言い難いようだが」
「現状では限界です」
「限界とはどういう意味だね」
「失礼ですが、今の報告を理解いただけなかったようですね」
「な、なんだと…!」
 ユノーの言葉に相手が気色ばんだ。他の高官たちの低いざわめきが会議室を満たす。
「私に与えられたスタッフと権限で、このクラカタウ内のすべての反対派を抑えるのは、あれが限界だとデータをお見せしました」
「ユノー中佐、君の指揮がまずかったと、」
「私の指揮はベストです。もし、あなたが現場にいたら、ホール中が死傷者でいっぱいになったでしょう」
「貴様、立場をわきまえろ!」
 緋色のヘルメットが拳を握り締め立ち上がった。すべての緋色のバイザーの正面がユノー一人に向けられている。しかし、彼女はみじろぎもせず、長い会議テーブルの端から、拳を振るわせている将官を見返している。
「事実は事実です」
「総艦長…!」
 動じないユノーの様子にしびれを切らしたように立ち上がった将官は最も上座、ちょうどユノーの正面に座る緋色のヘルメットを振り返った。その緋色は、他のどの高官たちよりも濃く深い輝きを見せていた。
 所詮はその程度か、自分の力でどうにかしたらどうだ。
 ユノーは思った。
「結論だけを繰り返しましょう。突撃隊要員の供給を確保するのは、警戒体制を強化する必要があります。今回は幸運にも未然に破壊活動を阻止できましたが、このままでは作戦開始前に移植施設が機能停止に陥るか、さらに重大な」
「黙れ!」
 激昂した将官が右腕を振った。控えていた兵士たちが壁際を離れる。
「待ちなさい」
「総艦長?」
 制止の言葉に、テーブル中央の緋色のバイザーが戸惑い、ユノーに近づこうとした警備兵の動きが止まった。テーブルの上に指を組みながら両肘を突き、総艦長がゆっくりと顔を上げ、ユノーを見つめた。
「必要な強化は、具体的にはどの程度なのですか」
「クラカタウの警務隊のうち半数を私の指揮下に編入し、さらに、この件にかかわるすべての権限をお任せください。それに加えて、本遠征艦隊に所属するすべての艦船に対する捜査権も必要です。それだけの強化があれば、第一次作戦終了までは問題なく反対分子をコントロールします」
 ユノーの言葉に、濃い緋色のバイザーの下からのぞく唇が薄く微笑んだ。向き合うユノーはまったく表情を変えない。
「自信があるのか、控え目なのか、どちらなのか迷うような答えですね」
 総艦長とユノーの直接の対決に、他の高官たちはじっと沈黙を守った。
「私には、予測不可能な将来まで保証するようなことはできません」
 ユノーの角ばったアイグラスの視線はまっすぐに総艦長に向けられていた。白い顔には汗一つ浮かぶでもなく、瞳のない視線はぴたりと相手の顔にすえられたまま動かない。
「確かに…」
 バイザーの下で酷薄な笑みがほんの少し広がる。
「…本作戦が成功するとは限りません。そして、わたしたちは、突撃隊員の増員強化の方法に対する、一般兵士の感情を過小評価する嫌いがありますね」
「しかし、総艦長、」
 呆然と立ちつくしていた高官が、慌てて口を挟もうとした。このままでは、ユノーの主張がそのまま通ってしまい、彼女が面目を失うことを見てとったのだ。しかし、それは無駄な行為だった。
「しかし…ですか? 今は黙っていてほしいものです」
 総艦長は視線を向けもせず、穏やかに、だが断固として遮った。
「標準時間で10年ほど前、起こった事件を思い出します。あのときも過小評価が原因で、大失態が起きてしまいました。恒星破壊砲一号艦が、反対分子の手におちてしまいました」
 それを聞いて会議室の中を声にならない声が走った。
 無大艦が中央艦隊の阻止を振り切って逃亡した、あの事件…。隣り合う高官たちのヘルメットが、かすかに動き、ひそひそと私語がかわされる。
「軍の最高機密がただの私的グループに渡ったのです。このクラカタウ艦隊にも同じことが起きないとは、わたしにも断言はできません。なにしろ、今度の逮捕者たちの動機は、あの事件の首謀者たちとつながりがあるようですからね」
 総艦長はそこで言葉を切ると、会議テーブルの反対側のユノーの反応を待つ。ユノーは相変わらず沈黙を守った。総艦長の口元から笑みが消えた。
 決まったな。
 ユノーは思った。
「ユノー中佐、対策部隊の増員と権限強化を認める。さきほどの発言に沿った具体案を標準時間で1時間以内に提出するように。受け取り次第、承認を出す。以上です」
 総艦長の言葉が終わると同時に、総艦長を除くテーブルに着いていた全員が起立する。ゆっくりと総艦長が立つと、高官たちは一斉に拳を握った右腕を胸の前に掲げた。礼をとる会議の参加者に背を向け、専用のシャッター・ドアから副官を従えた総艦長が退出していく。
 手続きとはいえ、面倒なことだ。
 他の将官たちと同じように敬礼の姿勢を続けながら、ユノーは総艦長の背の長い緋色のケープを見送る。具体案はすでに文書化されている。データは、今の指示で総艦長が執務室に到着するのと同時に情報パネルに転送されているはずだった。
 これで、まともに手が打てるようになる。
 自分の果たすべき任務を考える一方で、ユノーは無性にブースト・ドラッグが欲しくなっているのに気づいた。
 シュバルツか。あんな効かないものを…。

 ランディング・ベイに収用された攻撃機は、メインギアを自走クランパーに掴まれて専用エレベータに引き込まれ、整備デッキヘと移動する。パイロットは整備デッキでコクピットを離れる。このとき機付きの整備クルーに戦闘中の機体データを記録したプレートを渡す。あとは、デブリフィーングを終えれば一息つくことが出来る。クラカタウが要塞規模艦でもこの手順には大差なかった。攻撃演習を終えた774のパイロットたちも、同じ経路を通って装甲で守られたデッキヘ愛機とともに次々に上がってきていた。広大な整備デッキには今帰還したばかりの774の攻撃機以外にも、多数の戦闘ドローン、連絡艇などが、それぞれの専用スペースで整備・点検を受けていた。
 クリスはヘルメットを小わきに抱えて整備ポストヘ移動していくミッドナイトブルーの攻撃機を眺めていた。
 好調だった。反復突入を繰り返したが、ベストのコース、ポジション、タイミングをとれたと思う。正確なところは解析チャートを出してみなければ分からないけれど、手ごたえは十分。二度目の訓練でここまで戻っていれば合格点をつけてもいいんじゃないかな。
 自然に笑みが浮かぶ。
「ごくろうさん」
 ぽんと肩を叩かれて振り返った。清涼飲料のパックがひょいと突き出される。
「…ありがとう」
 誰だろうと思いながらクリスはパックを右手で受け取った。左にはヘルメットを抱えているので、これで両手が塞がってしまう。
「シールは切ってあるからね」
「気が利いて…」
 のどがからからだったクリスは、円筒形のパックから突き出ている飲み口をくわえて目を上げる。そこで初めて、目の前に立っている人物が誰か気づいた。
「マイアロイ中佐!」
 吹き出しそうになったのをどうにか堪えて、飲料パックを手にしたまま右手を胸の前に掲げて敬礼する。マイアロイはくすりと笑って典礼通りの隙のない礼を返す。
「こぼさないでくれよ、クリス少尉」
「す、すいません」
「驚かせてしまったかもしれないな、別に固くなる必要はないから」
「何かご用でしょうか」
 クリスはデッキを見回しているマイアロイに尋ねた。まだ、出会って2度目だというのに会話に違和感がない。すんなりとこちらの懐に入ってきてしまうような、不思議な雰囲気のある人物だった。
「うん、キミのボスに会いに来たんだけれど…」
「だったら、あそこです」
 飲料パックを持ったまま右手を伸ばしてクリスは指さした。二人が立っている位置はデッキの内壁寄りで、専用エレベータの搬入口に近い。ルフィーはそれよりも整備デッキの中央軸に近い、マーキングされた作業車走路のそばで向こう側を見ているようだった。
「…なるほどね」
 マイアロイはしばらくルフィーの視線の先を探そうとしていたが、ひとこと呟くとクリスを振り返った。
「ありがとう、キミにはまたあとで」
「え、私に…?」
 きょとんとしているクリスに手を振り、マイアロイはゆっくりとルフィーの方へ歩いていく。その場には清涼飲料のパックとヘルメットを手にしたクリスだけが取り残された。

 ルフィーの視線は向かい側の壁面にずらりと並んだ大型のラックに注がれていた。ラックのひとつひとつには人型をしたマシンがロックで固定され保管されている。
 頭部には二つのセンサー・アイ。胸部には外部機器と接続するための多目的コネクタ。やはり手首と指先の一部にコネクタを持った両腕。それらを支える一対の脚。そして、全身を覆うダーグレーの装甲。
 目をそむけたかった。
 ブロンディやフィリックスといった戦闘機兵には、そんな感情は抱かない。彼らが機体を休めている姿にはルフィーの想いをひきつける何かがある。信頼や感謝といった戦友たちに向けるのと同じまなざしを、整備を受けている機体に向けるのは彼女にとって自然なことだ。しかし、いま眼前のラックの列に押し込まれているのは、その機体とはまったく性格が異なる存在だった。
 っくしょう、これが正当なあつかいだってのか!
 ヘルメットを抱えていない左手のグラブをぎゅっと握り締めた。そのとき気配がした。
 誰だ、こんなときに来るのは…。
 近づく足音を耳にしてルフィーは唇を噛んだ。
「彼女たちは眠っている」
「これがか? こういうのを眠っているというのかよ」
 声に背を向けたまま、ルフィーは応えた。金属性のフロアを踏み締める船内ブーツの足音は彼女のななめ後ろでぴたりと止まった。
「…そういわれてしまっては返す言葉もないな」
「だったら場違いなところに出入りするのをやめればいい」
「キミも…ね」
 ルフィーは振り返ると鋭い視線を相手に向けた。思っていたのとは違い、マイアロイの顔にはいつものような笑みはなく、浅く両腕を組んでラックの中に整然と並ぶ突撃要員の金属ボディを見つめている。まるでブロンディやフィリックスといった戦闘機兵と同じように見えるが、実体はれっきとしたソルノイドだった。完全な移植手術をうけて中枢神経以外のすべてを人工物で置き換えたサイボーグ要員たちだ。ソルノイド本来の優秀なパターン認識力、学習・適応能力、判断力を、中枢神経系の移植という手段で光電子機器の高速・正確という二つの特徴と結びつけることに成功した、最強の兵士たちだった。
「用がないなら、オレは行くぜ」
 ヘルメットをひっかけた右手をそのまま肩の上へ載せルフィーは歩き出した。
「用はある。こないだの件について説明したい」
 マイアロイの言葉にルフィーの脚が止まる。
「時間をとってもらえないか」
「…いいぜ」
 ルフィーはゆっくりとマイアロイに向き直った。マイアロイはルフィーと視線を合わせない。ルフィーは小さく鼻をならした。意外だったのだ。
 いつも自信満々のこいつにしちゃ珍しい態度だぜ。けれど、企みがあるって顔つきだよな。
「訓練は終わったところだ。デブリィーフィングはカノンに任せよう。船内服に着替えるまで待っていてくれ」
「助かるよ」
 厳しい表情を崩さずにマイアロイは頷いた。ルフィーは固く唇を結ぶとカート用のマーキングをまたいで待機ポストヘと大股で急ぐ。
 気取りがとれないところは変わらないか。
 肩にひっかけた手首の先でヘルメットを揺らしながら考えた。
 まずいところを見られた上に、気づかれちまったんだ。こうなったら、何を企んでいるかは知らんが、のってやるよ、誘いに。
 こちらに走ってくるクリスの姿に、必要な指示を脳裏で組み立てる。今はクリスやカノン、ハイフィルたちには関係がない。自分の胸の内にだけしまっておく段階のはずだ。そう思いながらも、ルフィーには確信があった。
 転がりだした。
 オレの知らないところで、大きな力が動き出しやがった。

 マイアロイとルフィーが短い言葉を整備デッキでかわしていたのとほぼ同じ時刻、第2ドックに係留中の巡恒艦ミステールを一人の訪問者が訪れていた。そこは居住区の一角、士官用のコンパートメントの一つだった。
「…知らなかったわ、あなたもクラカタウに乗っていたなんて」
 テーブルにカップとポットを並べるとシルディーもソファに腰を下ろした。
「もっとも、知っていたとしてもこんなに大きい艦じゃ、出会える可能性はほとんどないけれど」
「え、ええ」
 キャティは思わずどきりとした。どうして急にミステールにやってきたのかと指摘されたような気がしたからだ。隠している心の内を探られたように感じたのだ。しかし、シルディーにそんなつもりがないことは明らかだった。
「で、今はどうしているの」
 その証拠のように、ごく当たり前の質問が続いた。
「もとの所属で、連絡部関連の業務を手伝っています」
「…ほっとするわね」
 湯気のたつカップをキャティに勧めながら、シルディーは呟いた。クラカタウの中で、しかも間接部門に配属されているならば、戦闘に直接参加することも巡恒艦ミュールであったような事件に巻き込まれる気遣いもない。
「忙しくても、またあんな辛いことに出会わないで済むでしょう。少しは落ち着けたの?」
「はい、よく知った仲間ばかりですし、」
 キャティの瞳に明るい色を見てシルディーも安心する。
「良かったわ。私たちも再編成を終えて、チームワークを仕上げている最中といったところかしら。アミィもスピアも元気よ」
「会えたらいいんですけれど、その前に…」
 テーブルのカップには手を出さず、キャティはシルディーの目を見つめた。
「やっぱり、なにかあるのね」
 小さなため息をつくシルディー。キャティがそれを言い出すのを待っていたかのように、表情はおだやかなままだった。
「すみません」
 シルディーの視線をかわしてうつむいてしまうキャティ。
 変わってないわね…。
 こんなキャティのことを血相を変えて問い詰めたことがあるのを思い出した。小さく微笑んだ。
 キャティ、あなたは隠し事をするには素直すぎるもの。
 シルディーがキャティの来訪を特別なことと感じたのには、もうひとつ別の理由もあった。
 たまたま知ることが出来たから、訪ねてきた。そう思い込んでしまえるほどシルディーは未経験ではない。チューブ・トレインのステーション、あの事件がまだ鮮明な印象を残しているうちのキャティの訪問を、まったく偶然として受け入れることはできなかった。当然のようにシルディーの警戒心はトリガーを引かれ、目を覚ましていた。
「…でも、見当がつかないわ。あなたが私のところに来る理由なんて…」
「来ていただければ、その理由もわかります」
「来て、って…。いったい?」
「これが、指示です」
 顔を上げたキャティは制服の胸ポケットから一枚の情報プレートを取り出した。普通は簡単なデータの受け渡しに使用するもので、計器データの記録からメッセージ伝達まで用途は多岐にわたる。差し出されたプレートを受け取り、シルディーは透明なプレートの隅を指で軽く触れた。
 透明だったプレートの表面が白く変わり、そこにグラフィック・シンボルが流れる。
「すぐに、ですって」
 文面を読んだシルディーの顔色が変わった。
「はい、必要な手続きは終わっています」
「でも、そんな命令をどうしてあの中佐が、」
 そこでシルディーは口にしかけた言葉を呑み込んだ。
 理由は、行けばわかるっていうこと…。ステーションで騒動に巻き込まれたときに、決まっていたのかもしれない。
 メッセージの最後に付け加えられた名前に、今一度視線を走らせ、シルディーは思った。心の中でゆっくりと三つ数える。
「わかったわ、行きましょう」
 カップをテーブルに置くとシルディーは立ち上がった。



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