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§8 予感と不安


 厳しい声だった。
 また怒ってる。
 ラミィは思った。
 何も失敗したはずはない。そんな覚えはない。
 だいたい、あれからずっと会っていないのだ。怒られるようなことを私がするはずがないじゃない。この星にいるのは、わたしとあのこだけだもの。
 どうやらその非難するような口調はラミィに向けられたものではないようだった。
 雰囲気険悪だなぁ。
「手段はこれしかない」
 声はそんなラミィの思いをよそに続いていた。
「でも、どこに逃げればいいって言うの?」
 ラミィではない誰かが、最初の声に答えた。
 彼女が指して見せた窓の外には漆黒の星空が広がっている。
「それに、全員を脱出させなければならないんだ」
 追い打ちをかけるようにもう一人が口を開いた。
 その場にいる全員が赤い髪をしたリーダーの言葉を待った。
 ラミィ一人を除いて。
 何が起ころうとしているのか、ラミィにはまだ分からない。ただ、何か重要な決断が行われようとしていることだけが分かった。
「ある。たった一ヵ所だけれど、私たちが生きていけるところがある」
「まさか…」
「そう、その通りよ」
 リーダーは声に応えて穏やかに微笑んだ。
「無理よ!!」
「…、それは最初からそう決めつけてしまっているだけでしょう。試してもいないうちからどうしてダメだと言えるの」
 凛とした響きが、彼女を囲んでいる一人一人に向かって静かに問いかける。
 誰も口を開かなかった。
 また沈黙が続く。
 いったい何を決めようとしているの。そんなに重要なことなら、どうして私にも教えてくれないの。どこに、なんのために脱出しようっていうの…。
 重苦しい空気の中で、いくつもの質問がラミィの脳裏に生まれては消えた。
 そして、ラミィは突然、理解した。
 同時にリーダーが沈黙を破った。
「もう失うものは何もないのよ、たとえこの計画が失敗に終わったとしてもね。だから、やらなければならない。絶対に。…あの星に行くのよ」
 彼女は振り返った。全員の視線が、一点に集まった。
 そう、なぜかは知らないが、ラミィに向けられたのだ。
 え、いったい、なんで…。
 狼狽えるラミィをよそに声は続いた。
「…対に、…る……・ら」
「あ……、死…」
 確かに話し合いはラミィの存在を無視するかのように続けられただけでなく、聞き取りづらくなった。それは、誰かが彼女をその話題から排除しようと決意したかのような突然の変化だった。
 なぜ…?
 ラミィは繰り返した。
 視界が、望遠鏡を逆から覗くように急速に狭まっていく。
 弾き出される!!
 ラミィは思った。
 必死に伸ばした腕が、遠ざかっていく光景の向こう、隣に座っていたはずの人影に触れようとしたとき、小さな丸窓のようにちじまっていた視界が暗転した。
 最後に聞こえたのは微かな呟きだった。
「…」

 目覚めると暗闇の中だった。
 起き上がって見回しても何も見えない。まったく光がない。
 どうなってんのよ、いったい。
 ルビーは目をこすった。
 いや、こすろうとした。しかし、ルビーの手はその動作の途中で凍りついたように止まった。指が顔に触れたとたんに全身が硬直した。身体に電撃が走ったようだった。
 そんな…!
 金属と金属が触れ合う冷たい響きがエコーを引きながら脳裏に繰り返される。
 私は…、私は…。
 ルビーはおそるおそる指を伸ばす。
 しかし、同じだった。固く重い感触が自分の指を伝わる。頬に触ったのはパールの手をひいたあのときの自分の手ではなかった。
 …まさか!!
 顔の前に両手を開いた。見えた。
 手のひら。五本の指。すべてがダークグレーの金属に置き換わっていた。
 知った。
 自分の全身が失われ、無機質の塊になってしまっていることを。
 ルビーは絶叫した。

「どうしたの、しっかりして!」
 耳をうつ声、そして身体を揺すられてルビーは跳ね起きた。
 目を開くと眩しい。かざした指の透き間から、天井の化学照明が見えた。
「ひどい汗よ」
「…あ、夢…」
 ベッドに起き上がったルビーは白いシーツの自分の手のひらをじっと見つめた。変わっていなかった。
 あのときのままだ。パールの額にあてて熱をみたときと同じ。どこも変わっていない私自身の指、手のひら、肌だ。
 肩で大きく息をしながらルビーは両手を握り締めてみた。
 動く。
 やっぱり私の手だ。…よかった。
「さ、上着を脱いで」
「上着…?」
 ぽかんと顔を上げた目の前にタオルを手にシルバーブロンドの子が微笑んでいる。コバルトブルーのジャケットはルビーの知らないデザインだった。
「…キャティ」
「名前、覚えてくれたのね」
 タオルを傍らにおくと、キャティといったはずのソルノイドはルビーを手伝いながら、淡いクリーム色の上着を手際よく脱がせていく。それは逃げている間中身につけていたコンビネーション・スーツではない。
「うなされていたの?」
 訊かれてルビーは黙って頷いた。部屋を見回す。彼女が寝ているベッド以外には、部屋の隅に固定されたデスクとチェア、そしてごく普通の情報パネルが浮かんでいる。他にはこれといって特徴のない個室だった。
「パールはどこに…?」
「隣の部屋にいるわ、まだ眠っているけれどね。熱はひいたみたいよ」
 てきぱきとした動きでルビーの汗を拭き、また上着を着せる。
「お腹すいてるんじゃない、何か持ってきてあげる」
「あの、私、どれくらい眠っていたんですか」
「そうね」
 キャティは唇に小さな拳をあてながら首を傾げる。
「標準時間で30時間くらいかしら」
「そんなに…」
「もっと寝ててもいいのよ。隣の部屋の子も、あなたも、ここしばらくろくに睡眠も食事をとってなかったでしょう。それじゃあ倒れちゃって当然よ」
 ルビーの目を見つめ、顔の前で人挿し指をたてた手を振り回す。
「しばらくは体力回復にあてなきゃね、今は横になってること」
 ぴたりとルビーの鼻先に指を突きつけたかと思うと、くるりと背を向けて、出口へ歩いていく。
「…ほんとに、助かったんですか、私とパールは」
 おそるおそるルビーは尋ねる。キャティは脚を止めると肩ごしに振り返った。
「それは、これから、分かるわ」
「これから?」
「そう、これから。あなたや、みんなが何をするかで決まるの」
 ぱちりとウインクしたキャティはドアの向こうへと姿を消した。

「…また、本部へ行ってるって」
 ハイフィルは困惑の表情を浮かべて頭をかいた。
「はい。伝達事項があればうかがっておきますが」
 クリスはデータボードを抱えて、長身のハイフィルの顔を見上げる。
「いや、そういうわけじゃないんだけどな、なんていうか…」
 そこで言葉を途切れさせたまま、ハイフィルは執務室の入口で立ち往生してしまう。クリスは首を傾げて微笑んだ。この第2小隊長がけして言葉巧みな方ではないことはよく知っているからだ。
「時間をとっていただくようにしましょうか」
「…ああ、多分、その方がいい、とにかく、直接会って話したい」
「分かりました」
「じゃ、頼んだぜ、少尉」
 広い背中を見せシャッター・ドアの向こうへ一歩踏み出した。そこでふと思い出したようにハイフィルは振り返った。
「おまえ、気づいてないか」
「何でしょうか?」
 ハイフィルはじっとクリスの瞳を見つめていたが、やがて小さく頭を振った。
「いや、いい。また来るさ」
 ひとりごとのように呟いてハイフィルは部屋を出た。
 クリスには分かった。
 カノン少佐と同じ。心配なんだわ。
 確かに、ここ数日のルフィーの様子はクリスからみてもおかしかった。それは単にステーションでの事件や情報局の人間に会った、それだけが理由とは考えにくい。少なくとも、何かそれ以上のことがある、いや、あった。クリスもそう考えていた。
 でも…。
 中佐は、自分が振舞ってみせているよりも、ずっと繊細なひとだし…。
 どうやったらルフィーの心を傷つけずに、原因を調べることが出来るのか、クリスにもお手上げだった。

「ほんとうに構わないんですか」
「責任は、みんな私がとるよ」
「でも…」
 渋り続ける整備クルーの手に、カノンはデータシートを押しつけた。
「君がやったことは、すべて私のやったことになる。私が自分で告白するし、君の名前は絶対に出さない」
 普段は物腰は柔らかで、けして押しつけなどしないカノンだったが、今日はいつになく強引だった。ハンガーデッキの片隅で整備長のリンをつかまえて話し込んでいた。
「そりゃ、わたしだって自分の身がかわいいですから、そうしてもらわないと。でも、本当にいいんですか?」
「ああ。君の腕を見込んでのことだよ」
 リンは大きくため息をつく。
「…いままで、多少のこと、ひとにばらせないこともちょっとはやってきましたが」
 灰色のキャップのなかに結んだブラウンの髪を押し込み、キャップをかぶり直した。
「カノン少佐、あなたが言い出したんじゃなけりゃ、絶対断ってます」
「ありがとう、引き受けてくれて」
「礼なんかいいです」
 黒く汚れたグラブをはめた手を振った。
「でも、本当に、いいんですね」
 リンはしつこいくらいに確認した。そばかすの残る顔、いつも何かに驚いているような感じのちょっと大きめの灰色の瞳がカノンを見つめる。
「これっきり、今回だけだから、私だって頼むんだ」
「分かりました。引き受けます」
 とうとうその言葉を引き出したカノンはにっこりと笑った。リンは大げさに肩をすくめた。
「ものは、標準時間で3時間後にはできます」
「私がとりに来るよ」
 カノンが頷いた。
「本当にもうやりませんからね、ボスをスパイするのに手を貸すようなことは」
「誓うよ」
 彼女の顔から笑みが消えた。
 思った。
 必要じゃなきゃ、情報局や警務隊連中のまねなんかやるわけはないよ。こんな姑息なことを。けれど、今は仕方がないんだ。
 カノンは不安でならなかった。
 だからこそ、不安の原因、その実態をはっきりと掴みたいのだ。早く分かれば、それだけ早く有効な手が打てる。
 既にチューブ・トレインのステーションで事件は起こっている。
 これが何事も無しに終わるはずがないのだから。
 カノンは確信に近い予感を抱いていた。



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