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§ プロローグ


 銀河に一組の対立する勢力があった。
 遥かな星々のあいだで、あまたの戦いを重ね続けていた。
 一方の種族をソルノイドと言い、他方の種族をパラノイドと言った。
 戦いの原因は単純だった。
 メンタリティの相違である。
 生命形態の違いである。
 かたや固定形態の、かたや不定形態の、そうした外面的な違いがもたらす思考、文化の差異は決定的だった。
 それは、あまりに単純であるが故に解消出来ない。
 出会ったこと自体が悲劇だった。
 戦いは不可避だった。
 幾度かの初期の接触の後、見る間に成長していった相手への嫌悪感と憎悪はとめどもなく拡がり、最初の接触の惑星を双方の血で染めあげた。

 さらなる悲劇は、両種族が同時にその最盛期を迎えようとしていたことだった。
 ひとつの銀河の中で、全く異なる文明が絶頂期を一にするということが、しかも接触するということが起こってしまったのである。
 母星系から遠く、幾つもの植民惑星を拓き、その星系から流入する資源が、植民星で生まれた人口が、さらに文明と文化を押し広げる技術とパワーを生産し続けていた。
 両種族は繁栄と、その繁栄に対する自信の頂点にあったのだ。
 小規模な衝突は次第に、隣接する星系へと拡がり、テリトリーを求めての小競り合いは相手の種族を滅ぼすための戦闘へと変わっていった。
 ソルノイドもパラノイドも全面的な闘争に突入するのになんのためらいも在りはしなかった。
 どちらも、自らが勝利を掴むという絶対の自信が在ったから。
 だが、その決断は安易だったというしかない。
 恒星間全面戦争はあまりにも莫大な犠牲を彼らに強いた。
 距離、時間、技術、エネルギー。
 全てが巨大だった。
 熾烈な戦闘だった。
 相手は叩かれても、叩かれても退かなかった。
 以前にも倍する勢力で巻き返しを図って来るのだ。
 文明の持つすべてのエネルギーが投入され続けた。
 最盛期にあるという種族の若さが、ソルノイドとパラノイドにそれを許した。
 その活力が、戦いが致命的であるという事実を見させなかった。
 盲目的な憎悪がそれを助けた。
 永い永い戦闘、その合間にある一瞬の休息。
 それが種族の常態に変わっていく。
 まだ、誰も気づかなかった。
 もう決して戻ることの出来ない下り坂を自分たちがたどっているという事実に。

 いつ、いかなるきっかけで戦いが始まったか、そんなことなど歴史学者か戦史の専門家でもなければ判らなくなっていた。
 ソルノイドたちは、誰も知ろうとはしなかった。
 社会は完全に準軍事組織に変貌しており、いわゆる民間人というのは単に軍務に就いていないというだけで、軍を支援する存在であることには違い無かった。科学、技術、生産に関わる部門は当然として、情報、サービス、娯楽、あらゆるものが軍のためだけに、言い換えればパラノイドとの戦いのために存在していた。
 豊かさを誇った文明も疲弊の色が濃かった。
 あらゆる方向へ自由に伸びようとする可能性が、断たれてしまってから既に久しい。
 確かに戦闘とそのための生産の技術は発達した。だが文化的にはどんな進歩が、どんな変化があっただろうか。今のソルノイド人をほんの少しばかり過去に、そう、100標準年か200標準年ほど昔に放り込んだと考えてみれば簡単に判る。そのソルノイド人はなんの違和感もなくその時代に適応してしまえるだろう。
 違いといえば、対パラノイド戦争の状況くらいしかないのだから
 社会が変化していないのだ。
 停滞している。
 活力を失っている。
 それは数字の上にも現われていた。
 一般には隠し続けられているが、明確な指標は人口増加率だ。
 自然出産はもとより、総統政府の叱咤、遺伝工学者、細胞技術者たちの懸命の努力にもかかわらず、体外発生工場での出生率もこの数百標準年というもの緩やかな低下の一途をたどっていた。
 どんな愚か者にも、先に何が待ち受けているかは明らかだ。
 種の自然死。
 硬直化した体制が、種そのものを蝕み始めている。

 対パラノイド戦争に最重点を置く総統政府も、この事実にはいち早く気付いていた。 総統官房局直属の極秘チームが結成され、対策が検討された。
 対パラノイド戦争を一挙に終結させる方法を見いだすこと。
 それが課題だった。
 戦争が終息すれば、再び社会を活性化することが可能になる筈だからだ。総統府から目標を提示された軍開発局は当初からひとつのゴールを設定し、突っ走り始めた。
 恒星破壊兵器の開発。
 アイデア自体は既に存在していた。ただ現実化するのに必要な人的、物的資源の余裕が無かっただけだった。総統政府からの最優先権を得て、構想は思いもよらないスピードで具体化していった。

 恒星破壊兵器。
 言葉だけを聞けば、あまりに誇大妄想的だ。
 しかし、考えてみよう。
 恒星と惑星、どちらを破壊するのが簡単か。
 サイズから考えれば惑星ということになろう。
 集結している質量からすれば、分解しなければならない質量は惑星の方が遥かに小さいし、振り切らなければならない重力も小さい。
 しかし、ここに忘れられている事実がある。
 恒星には自ら分解しようとする力があるが、惑星には無いということだ。
 超高温のガスが持つ圧力。
 恒星はこの超高圧と大重力が釣り合うことによって形を保っている。
 圧力が勝ってくれば、膨張し赤色巨星となる。
 重力が勝っていけば、収縮し白色矮星、中性子星、初期質量によっては縮壊してブラックホール化する。
 この変化の様相を決めるのは、恒星内部で生じている核融合反応である。
 非常に単純化して言えば、基本となる核融合反応によって幾つの粒子が幾つの粒子に変化するか、これによって恒星の収縮膨張は決定される。恒星を支えることの出来る圧力を担う粒子の種類は決まっており、その数が反応前よりも増えるなら圧力は上昇し、恒星は温度が下がって重力と均衡するまで膨張する。逆に反応前より減るならば、温度上昇に伴う圧力の上昇によって重力と釣り合いをとるところまで収縮することになる。
 ミクロの粒子バランスを操れば、核融合反応を制御できる。規模を拡大していけば、恒星表面活動も変えられる。巨大なフレア、太陽風を発生させ、そしてついには恒星自体を崩壊させることも十分に可能なのだ。
 必要なエネルギーも思いのほか小さなものだ。
 これに対して惑星は、もし完全に破壊するとすれば、固体系惑星なら分子結合を完全に解くだけのエネルギーをしゃにむに与えてやらねばならない。ガス惑星についても同じようなものだ。惑星に対してはとりあえず力押しの手しかない。
 恒星に対してもパワーだけでこれを粉砕するとしたら、対惑星用の、少なくとも三つか四つはオーダーが上のエネルギー量が必要だったろう。しかし、安定した系をつき崩すだけなら、きっかけを与えるだけでよい。
 それに要するエネルギーは遥かに少なくてすんだ。
 どちらが最終兵器たりうるかは議論するまでもなかった。
 かくして、恒星破壊兵器の開発は開始された。
 巨大な素粒子加速機と重力波共鳴システムのキメラ。
 しかし、この対恒星専用兵器の、馬鹿でかいだけで融通のきかない(恒星しか標的に出来ない)点に危惧を抱いた開発局の一部は、原理的に単純な惑星破壊兵器の同時開発を強硬に主張、軍上層部は二つの計画を平行して進めることを認めた。
 原理的には可能とはいえ、それを具体化するというのは、また別の問題である。何しろ対象物体が恒星というシステムを組上げるのだ。恒星の表面活動を制御する小規模なテスト機から、実用試験用プロトタイプの完成までに政府が全力をあげても25標準年の時間が経過していた。
 その間に幾つかの重大な問題点が見つかっていた。
 最大の問題は照準であった。
 目標としては通常では考えられないほど恒星は巨大であったが、恒星系全体としてとらえた場合、母星の星系全体に占める割合は非常に小さい。このため、恒星破壊兵器が星系外から母星をねらうことは実際問題として困難であった。標準的な恒星-惑星による連星系のサイズを想定した場合、恒星破壊兵器は星系内のかなり深くまで侵入し、攻撃しなければならないと考えられた。
 その場合、恒星破壊兵器が、破壊した恒星から飛来するプラズマの嵐を避けられない という厄介な問題が生じる。無論、恒星破壊兵器にGキャンセラーを搭載し、発射後即座に光速圏に脱出すれば良いのだが、通常の惑星周回軌道ステーションを遥かに上回る機体に、恒星破壊用のエネルギーと、それ自体の光速航行用のエネルギーの両方を同時にストックさせるとなると、ただでさえ高いコストがさらに跳ね上がる。
 これに対して、恒星破壊兵器を現実に使用する場面を考えると、全面同時攻撃の奇襲によるパラノイド壊滅策がもっとも妥当なケースだと考えられていた。従って、パラノイド勢力圏の主要星系をカバーするだけの数をそろえる必要性からも、コストの上昇は極力避けなければならない。
 検討の結果、恒星破壊兵器は単独では超光速機能を持たない、使い捨てタイプの戦略兵器として設計されることになった。そして、敵星系近傍に恒星破壊兵器を配置するための巨大な専用のトランスポーターが同時に造られることになった。トランスポーターには秘密裡に星系に接近、浸入するために遮蔽シールドと大型重力補償子の装備も決定された。

 プロトタイプの無人実験艦が、両種族の勢力圏を遠く外れた辺境星域で中規模の恒星系破壊に成功してまもなく、永い戦いの出口がやっと見えたことを喜ぶ総統政府首脳部を揺るがす情報がもたらされた。
 パラノイド勢力圏内でスーパーノヴァが観測されたのである。
 ノヴァ化した恒星はHR図ではまだ中間段階の若い恒星であり、自然現象とは考えられなかった。
 結論はただひとつしかなかった。
 パラノイドも恒星破壊兵器を開発していたのだ。
 ノヴァを観測した強行偵察任務の巡恒艦と当該恒星のポジションから、パラノイド側の実験は約2標準年前に行われたと推定された。
 総統は激怒した。
 パラノイドに先を越されたのだ。
 手にしたと思った優位は幻で、逆に敵が一歩先を歩んでいた。
 戦いを終結させるための切り札は永久に失われた。
 既に恒星破壊兵器は、使えない存在となってしまった。
 使うなら、自らの滅亡を覚悟しなければならない。
 25標準年の努力が水泡に帰したのだった。
 全戦線での攻勢、戦闘強化が指令された。
 以前にも増して、種族のエネルギーが対パラノイド戦に集中された。
 動員定数を満たすため、まだ少女でしかないソルノイドたちもが前線に投入されていった。
 ほんの添えものだった筈の惑星破壊兵器が、まだしも使える兵器として量産命令が下され、資源の不足を補うために無理な植民プランが強行された。
 戦闘は決着のつかない灰色の状態のまま、果てもなく続いた。

 星系破壊兵器の開発が進むうちに親衛隊内には別の動きが起こっていた。
 星系破壊兵器が使用された際の戦況を解析していた情報局が、独自の報告書を提出したことがきっかけだった。
 入念なシミュレーションを何度も繰り返した末に得られたその結果は、のちに総統府、親衛隊の上層部が直面することになる、ソルノイド、パラノイド両種族の滅亡の危機だった。
 我々が作りあげられるものなら、遅かれ早かれパラノイドもそれを持つだろう。そうなった時は、星系破壊兵器の使用は絶滅戦争への扉を開くことになる。
 従って、恒星破壊兵器の開発は無駄どころか、危険である。
 即刻、開発の中止を。
 しかし、親衛隊情報局からの総統府への反対意見は、総統が黙殺した。
 一方、ソルノイドの未来を案じた親衛隊は、この情報局の報告書を受けて、密かに幾つかのグループを編制し対策を練らせた。そして、報告書のシミュレーション通りパラノイドの星系破壊兵器の存在が判明したころ、各グル一プは具体的な目標に向かってようやく行動をとり始めていた。ひとつは 「種族融合計画」、そしてひとつは星系破壊兵器に代わる切り札を作ろうという 「第二計画」。
 「種族融合計画」 の指導グループは、計画のスピードアップに全力を注いだ。パラノイドとの非公式な接触を行いさえした。「星系破壊兵器計画」 の持つ危険をはっきりと見抜いていたからだ。破壊兵器プロジェクトは単なる堂々巡りに過ぎない。むしろ両種族の絶滅を速めることになる。戦いを止めることこそ、唯一の生存の道だと。しかし、はっきりと認識していたのは、彼女たちの中でもごく少数だった。それどころか 「種族融合計画」 の成果を対パラノイド戦の切り札としようと考えているものさえいた。
 「第二計画」 は 「種族融合計画」 よりもひっそりと進められていた。

 一向に進展しない戦況に業を煮やした総統は、遂に星系破壊兵器の量産を決定した。
 最低限必要な数をそろえ、こちらが全滅する前にパラノイドをこの宇宙から消してしまえばよい。ソルノイドをこの宇宙に存続させるためなら、ある程度の犠牲はやむを得ない。
 何億の同胞を失おうと、幾つの居住可能な惑星が消滅しようと。
 種族こそがすべてだと。

 総統は決断した。
 しかし、それでも、軍幹部も親衛隊も惑星破壊兵器の使用にさえ踏み切れずにいた。
 最上層部の焦りを知らない高官たち、軍部、一般兵士の士気はまだまだ盛んだったし、目にはっきりと判る衰退の傾向があるわけではなかった。
 首脳部の中にも、恒星破壊兵器以外にも道があるはずだと信じるものたちがいた。

 そんな中で第9星系を巡る戦いが起きた。
 そして 「種族融合計画」、「第二計画」、「恒星破壊兵器」 この三つのプロジェクトが交錯した。
 わずか7人のソルノイド・ソルジャーたちの上で…。



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