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§ 漂流


 目の前には、どこまでもすいこまれていきそうな星の海。
 パラノイド・ドローンの残骸の中に、ふっとブロンディが浮かびあがった。
 ブロンディを見て、初めてルフィーの表情に変化が生じた。それまでは、ただ、うつろな瞳を星々のあいだに向けているだけだった。
「お前か…。格好よかったろう、オレ…」
 ブロンディに抱きかかえられて、ストラグルスーツの中でつぶやくルフィー。
「ああ、なんかいい気分だ…」
 表情のないブロンディにむけるルフィーの笑顔は弱々しかった。
 やられちまったな。
 不思議なことに、そう考えても怒りは湧いて来なかった。
 口惜しさもなかった。
 それどころか、穏やかな充足感がルフィーの心を満たしていた。
 もう悲しむこともない。
 ひとり耐えることもない。
 確かに、そうだよな。でも、それだけじゃない。

 ラビィのやつ、好き勝手なこと言いやがって。
 少なくとも、俺は “死神” じゃないからな。
 “死神” の方が先にいっちまうなんて様にならねえだろ。
 エルザには、威張らせっばなしになっちまった。
 パティ、あいつはよくポニーのことで俺にくってかかった。
 何故だか分からんが苦手だな、パティは。
 それに、キャティ…か。
 みんなを避けてるみたいで、何となく気にくわなかった。
 お前ら、カオスに無事にたどリ着けよ。
 そうじゃなきゃ、こんなところで死んでなんかいられないもんな。

 ブロンディの生命維持装置は、ストラグルスーツのリンクを通じてパイロットの生体機能を監視し続けていた。
 パイロットの活性状態は緩やかにではあるが確実に低下している。
 最低限の生命活動を維持する、スーツ本体のエアや電力のサプライは既に限界ぎりぎり。ブロンディ側が持っているバックアップの量も限られたものだ。
 母艦は既にこの空域を去リ、他の友軍艦艇の接触の可能性もない。
 搭載されたAIの判断は明確だった。
 ブロンディは緊急モードを起動した。
 意識が混濁しはじめたルフィーの体を、ブロンディはスーツごと体内に収容する。外装ロック。非常バルブが開放され、スーツとブロンディはダイレクトに接続された。
 低温睡眠システムが起動した。
 眠りの中で時を稼ぎ、待つ、ひたすら待つ。救いの手が訪れるまで。
 “黄金の眠り”、技術者たちは自信を持って命名していた。
 だが、兵士たちの間では、素っけなく “冷凍食品” で通っている。
 ただ救難信号をソルノイド船がとらえてくれるのを待つなど、ないよりはましといった程度の機能。気休めにもならない。そんな物を開発するよりも、そうならないように備える方が先ではないか。
 より強力な攻撃力と防御力。
 それが兵士達の要求だ。
 どちらにしても、ブロンディは、技師達の自信も兵士達の想いも知りはしない。
 パイロットの身体に低速代謝剤、続いて抗凝結剤が投与された。
 緩衝溶液の充填。
 急速冷却により体温は一気に氷点下にさがる。
 過冷却の疑似安定状態へ更に緩降下していく。
 パイロットヘの生体処置を終了した後、ブロンディは残存エネルギーの再配分を行なった。
 ストラグルスーツの生命維持システム、間欠信号発信機…。
 貴重なエネルギーをパイロットを守るため、必要な機能にのみ割り当てる。
 そして、ごくわずかの間に、ブロンディとストラグルスーツはパイロットの “眠り” を守る繭に変貌していた。
 頭部のマーカーの明滅がとまった。
 ブロンディの活動を示すのは、もう発信し続けられる間欠信号だけだ。
 正確に特定のパターンを繰り返し、救助を求める。
 内部では各種のセンサーが最後のチェックを終えていた。
 細胞凍結徴候なし。体温基準点にてほぼ安定。緩衝、気密系調整良好。
 もし、今、ブロンディがルフィーの顔を見ることが出来たなら、自分のなし遂げた仕事に満足し、安心してメインAIを停止させていけただろう。
 ブロンディのボディの中では、淡い赤い明りが、安らかなルフィーの寝顔をてらしていた。
 外には静かな星の光に満たされた宇宙があるだけだった。

 数パーセクと、いくらかの標準時間を隔てたところ、残骸と破片の中にあったブロンディとはまた別の空間にそれは漂っていた。

 視界のすみで、ぼんやりとした赤い光がおどっていた。
 なんの光だろう。ここは…?
 よく見ようとして首をひねると、鈍いいたみが背中を走った。
 どこかにひどくぶつけたようだ。
 いったい何が起こったのだ。
 目が周囲の暗さに慣れたのか、やっと光景がはっきりしてきた。
 赤い光はコンソールパネルだ。意識も次第に焦点を結びだす。
 そう、ここはスターリーフのメインモニター室。チカチカと瞬いているのはディスプレイの灯だ。
 ポニーは立ち上がろうとした。
「あれ?」
 なんか変だ。脚に何も触れない。
 いったい今私は立っているの、それとも横になっているの?
 気がつくと、すぐわきにモニターシートが逆さまになって浮かんでいた。
 いや、浮かんでいるのはポニーのほうだ。
 人工重力がない?
 そうだ、キャティが逃げて、発火点安定素子が供給出来なくなって、レプリション炉が暴走始めて、そして…。
「しっかりするのよ、ポニー!」
 自らを励ますように声をかけた。
 恐る恐る周囲を見る。
 ともかく状況を確認しなきゃ。
 いきなり目にとびこんできたのは、壁に突き刺さった点検ハッチのカバーだった。
 ふき飛んだ…?
 ポニーはぞっとした。
 もし私にぶつかっていたら。
 怖々両手で自分のからだを探ってみる。頭、肩、腕…。背中の痛み以外これといった怪我はないようだ。
 コンソールはカバーがぶつかったらしく、メインのモニタースクリーンなど数ケ所がひどくやられていた。その様子からみればポニーは非常に幸運だったと言うしかない。他の部分はどうにか動力が生きているらしく、緊急表示の赤色灯がズラリともっている。これがさっきの赤い光の正体だ。振り返ると入口のシャッターは半開きの状態だった。
 ポニーは手を伸ばしてシートの背を掴んだ。
 グッと引きよせる。
 同時に身体をうまくひねって本来の床に両足で着地。視界がグルリと一回転した。
 船内ブーツの足底がピタリと吸着して反動を押える。
 その時ほんのわずかだが右のほうへ引っ張られた。どうやら船体は回転しているらしい。
 ホッと一息つくポニー。
 でもどうしてしまったのだろう。
 スターリーフの爆発は避けられないはずだったのに。私は生きている。
 レプリション炉の制御を取り戻せたのかしら。
 まだかすかに頭の中にもやがかかった感じで、ポニーはコンソールに向かった。
「ウッ、」
 ズキリと背中が痛んだ。
 点検ハッチが外れて、壁に突き刺さるほどの衝撃がかかって、私もはねとばされ叩きつけられたとしたら…。スターリーフはやっぱり爆発して…。
 ブルッと頭をふる。
 いけない、ぼんやりしてちゃ駄目でしょ。しっかりしなきゃ。
 ここはモニター室だから状況のチェックが出来るはず。データを取って正しい判断をするのよ。
 薄暗い中でボードに手を伸ばす。
 非常灯のみではっきりは見えないが、レイアウトは全て指と身体が覚えている。目をつぶっていたって操作は出来るのだ。
 素早くキーの列に指を走らせた。
 船外・船内モニターカメラネット使用不能。
 船内通信回線使用不能。
 OX-11の音声モニター系破損。
 動力は非常バッテリー使用中。
 ローカルメモリー系OK。…
 指の動きにつれて意識がはっきりして来る。

 幸いにも破損を免れたプラズマディスプレイに描き出される現状は、驚くべきものだった。
 ローカルセンサーで確認できる限り、残存するのはスターリーフのこのAIブロック、しかもメインモニター室を含むサブブロックの一角のみだというのだ。
「まさか、どうして…?」
 OX-11!
 ポニーはあわててキーを叩いた。
 OX-11に訊けば、キーボードからならOX-11と話せる。
 彼ならきっと判るはずだわ。
 しかし、ポニーの目の前に並んだ文字は無情なものだった。
 『メインコア・ブロック消失。コンタクト不能。』
 OX-11の全ての記憶、全ての能力、そしてそのパーソナリティの中心であるマトリクスを形成するメインコアが、存在しないのだ。
 もう跡形もないのだ。
 ポニーの指がグッとキーボードに押し付けられた。
 無意味なグラフィック・シンボルがディスプレイに流れる。
「OX-11が、死んでしまった…」
 レプリション炉の暴走で、スターリーフとともに粉々に吹き飛んでしまった。
 じゃあなんで私は生きてるの。
 私一人!
 ポニーは両手をコンソールパネルに叩きつけた。
 表示の幾つかが切れ、警告灯が消えた。ささくれだった樹脂片がポニーの手を傷つけた。
「そんなの嫌よ…」
 私だけ生き残ったってしょうがないでしょう。
 もうカオスにもいけない。
 パラノイドでさえやってこない。
 何をすればいいの? 教えて、OX-11。
 あなたはキャティのことだって話してくれたわ。お願い、OX-11!!
 しかし、見つめていてもディスプレイに答えがあるはずもなかった。

 無意識のうちにキーをたたいていたのだろうか。
 何をどう入力したのかはわからない。
 ふと顔をあげるとディスプレイの表示が変化していた。
 それをみてポニーは大きく目を見開いた。
「…OX-11!」
 ディスプレイに映っているのは、彼からの最期のメッセージだった。

『ポニー、あなたがこれを読んでくれるように祈っています。あなたがブロッサムハのデータ転送を行なっているあいだに、私は独断で緊急処置をとりました。ハンガーベイ、武器庫の自爆セットとブロック結合ボルトの解除です。前者は自動でセッティング可能ですが、後者はメンテナンス・ドローンを介さなければなりませんので、タイミングが間に合わないかも知れません』
 ポニーは一心にディスプレイの文字を追った。
『うまくいけば、あなたのいるブロックはスターリーフの爆発の破壊力によって本体から分離し、放り出されるだけで済むはずです。その際に、ポニー、あなたに大きな負傷がなければ、生存のチャンスがあります。しかし、そこまで全てがうまくいっても、救出される可能性は5%もありません』
 5パーセントもありません…。
 OX-11、あなたにしてはずいぶん大ざっぱで控え目な言い方ね。
 ポニーは思った。
 涙が瞳を濡らすのを感じた。
『私は、あなたをより困難な状況に追い込んでしまったのかも知れません。でも、ポニー、私はあなたに生きてほしいのです。艦の管制AIにすぎない私を、ポニー、あなたは自分の命を懸けてまで信頼してくれました。他の仲間に比べれば、十分な働きはできなかったかもしれません。でも、変な言い方かもしれませんが、私は幸運だったと思います。あなたに会えて、私は本当に良かったと思います』
 私だって…。
 OX-11、あなたが大好きよ
 ディスプレイの文字が滲む。
『レプリション炉の爆発は、私のメインコアを確実に破壊するでしょう。メッセージはコンソールのローカルメモリーに記憶させました。計算ではローカル機能の70%以上は無事のはずです。エマジェンシー・キット、低速代謝剤はすぐ外のボックスにあります。落ち着いて処置を行なって下さい。生き延びるために』
 ポニーは次の画面を読むためにキーを押した。
 数行の空白があり、メッセージは続いていた。
『…計算上の確率は確かに低いものです。でも、希望を捨てないで下さい。絶望しないで下さい。どうか生きて下さい。……。残念ですが、時間がきたようです。ポニー、ありがとう。そして、さようなら』
 メッセージはそこで終っていた。
 OX-11の最後の言葉は、いつまでも、まるで凍リついたようにディスプレイに輝いていた。
「OX-11…」
 ポニーの瞳からこぼれた涙が、ポツリとディスプレイを濡らした。
 涙は点滅する赤い光を反射して輝いた。
 スターリーフの残骸は緩やかな回転をつづけながら光速圏を漂っていた。

 そして、ルフィーやポニーが目指していた第9星系空域にも、1機の戦闘機が漂流していた。

 強力なGの束縛から解放されても、思考力をどこか遠くに置き忘れてきたような気分だった。体中から力が全て消えてしまったように思えた。
 もし戻れるのなら、ルフィーに言ってしまったあの一言、取り消してしまいたい。
 いや、もう一度ルフィーに会って謝るだけでもいい…。
 ぼんやりとラビィは考えていた。
 ひとり、ブレイカーのコクピットに残されて星空を漂っていた。
 モニターは下方、もう赤黒く冷却し始めているカオスの地表を映している。
 ほんの一瞬、それだけで親衛艦隊も、ディノサートも消威してしまった。膨大な資材と時間を費やして築きあげられた、緑のカオスとともに消えてしまった。
 仲間たちもいない。
 一緒に最後まで戦ったパティとも、活性化装置のエネルギー暴走のなかではぐれてしまったきり。通信機は空間にぶちまけられたエネルギーの残滓を拾って、時折、ガリガリと耳障りなノイズをたてる。が、それだけだ。
 ブレイカーの索敵レーダーは律儀に全天をスイープしている。でもエコーはない。
 パラノイドもいないのだ。
 私ひとりっきり。

 これから何をどうしたらいいのか。
 考えること、ないわよね。
 出来ることなんて何も無いもの。
 このままいても、ブレイカーのパワーは半日も持ちはしないし、プロペラントだってろくに残っていない。
 じっと侍っていればいい。時がすべてをやってくれる。
 ほっとけば、あのカオスみたいに、自然にソルノイドもパラノイドも滅びてしまうのだから。
 いま、私が何をしても無駄なんだわ。

“・・こちら巡恒艦・・、・近中の戦闘機は直ちに所属・・・らかにし・・”
 ノイズが多いわね。
 どこかで聞いたようなせりふ…。
 そうだわ、あの時、ラミィがコンタクトシートに着いていて、ルフィーが無理に突っ込んできて…。
“・繰り返します、・・・”
 忙しいのにうるさくつつくものだから、あまりラミィを相手にしてやれなかった。
 邪険にしてしまったかもしれない。
 少しはきちんと聞いてやれば、。
“…所属を明らかにして下さい”
 なんですって!
 ラビィは我に返った。
 気づくとバイザーモニターに呼び出しのアラームシンボルが点威している。
 あわててフェイスシールドをはねあげた。残ったフェイスプレートを通してメインモニターが目に飛込んでくる。
 すぐそこにブリップがある!
 急いでコンソールパネルを確認すると、IFFの表示は当然の様にグリーンだ。
 友軍艦艇じゃないの!!
 なんてこと、こんなに接近するまで気がつかないなんて。
 しっかり! 落ち込んでいる場合じゃないわ。
 ラビィはさっきまでの心身喪失状態をやっとぬけだした。
 素早く通信機をオン。
 いまの声がそのまま消えてしまいはしないかと恐れるように、急いでマイクを口もとにひき下ろした。
「こちらは第28艦隊、巡恒艦スターリーフ所属のブレイカー…」
 ラビィはすがるような思いで相手に呼びかける。
 相手の返事はすぐに戻ってきた。
“こちらは巡恒艦ダイナ。良かったわ、生存者がいてくれて…”
 それは標準時間で、10数時間ぶりにラビィが聞いた自分以外のソルノイドの声だった。



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