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会場あれこれ 2 次の東京流通センターは、モノレール駅から近いというのは便利なのだけれど周囲の余裕がないという立地で、あまり好ましい感じではなった。だから、晴海の国際見本市会場でコミケが開催されるようになったのは大歓迎だった。晴海では新館二階の酷暑が凄かったり、丸い南館、通称 “ガメラ館” で全サークル回遊しようとしていたから順路が分からなくなったりとか、それなりのハプニングも体験した。けれど、中央に広場というかワンクッション置くためのスペースがあって、馴染みやすく使いやすい会場だったと思う。今ならばとんでもないことだけれども、そこでラジカセ鳴らして輪になって踊ってるグループもあっちこっちにあたりして…。回遊に疲れた一休みしているときにぼけーっとそれを眺めているのも、コミケならではのワンシーン。 既に徹夜組やら大手サークルへの大行列などの問題も巨大化していたけれども、いまほど企業ブースや飲食店などが出張って商業化しているわけではなく、まだまだ “超巨大アマチュアの同人誌祭り” の色が濃い時代だったと思う。それでまた、この頃に “コミケの晴れ伝説” が出来てきたのだ。“晴れ伝説” は今となっては完全に “神話” と化してしまったけれども、当時はある程度、効力のあるものだった。友人の一人に言わせれば 「祭り、まさしくハレの場、どこかにいる神様から “好天” というささやかな祝福を贈られるにふさわしいイベントとしてのコミケが当時はあった。しかし、いまではハレの場としてのコミケの色合いははるかに薄くなり、巨大な商業イベントの亜種になってしまった。これでは、神様からの祝福を受けられなくなって当然。だから、もうコミケ開催日の天候はあたりまえの気象条件にのみ左右されるのさ」 ということになる。ちょっと信じたくなる言葉ではないか。 メッセを挟んで晴海に復帰はしたが、肥大化に追いつけずにビッグサイトへ。今では、ビッグサイトの威容がコミケのシンボル。その逆ピラミッドの中に収まっているのが “企業ブース” というのはまさしく今のコミケを象徴しているということなのだろう。 |
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