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§ 1



マーサス:ソルノイド親衛隊中央艦隊司令部


巡恒艦ミュールより艦隊司令部へ緊急連絡。

異常事態発生のため本艦は操艦不能状態にあり。

予定会合ポイントへの到着不可能。

至急、救援艦を派遣されたし。

本艦の現在位置、第22星系第2惑星周回軌道上。

至急、救援を派遣されたし!

現在、状況は極めて…









◆緊急通信着信からマーサス標準時間にて10時間経過
 巡恒艦ミステール:第4デッキ通廊

 アミィは息を切らせて艦内通路を駆けていた。
 急の呼び出しだった。

「あーあ…3日でも欲しかったなあ。マーサスでなくてブルーダーでも文句言わないから」
 そう言って、ケイはぐったりとテーブルに伏せた。頬がテーブルクロスに直接触れている。彼女はCICルームのオペレータだ。シフト明けで引き上げてきたところにばったりとアミィに出くわし、これ幸いと談話室に引っ張り込んでグチをぶちまけている最中だった。
「ホント。星の海は、いい加減見飽きちゃった」
 アミィは相槌をうち、チューブからパックの “フレッシュ9” をすすった。ディスペンサーで選べる清涼飲料の一つだ。
 こっちの味にも飽きちゃったわよ。
 20のセレクト・メニュー、ぜーんぶ飲みきっちゃったわ。
 談話室の天井、淡い薔薇色の星雲を映すパネルスクリーンを見上げて、アミィは思った。ずり落ちそうになったメガネのフレームを人差し指で押し上げる。
 ちらりと周囲に視線を走らせる。
 いつもなら、対パラノイド哨戒を終えたこの時期、どのテーブルでも待ちに待った休暇をどうすごすかという話題にクルーたちが花を咲かせている。しかし、実際には集まっている人影もlまばらで室内は沈んだムードに包まれていた。
 前回の休暇から、既に標準時間で2カ月になろうとしていた。
 長期哨戒任務の後にはマーサスでの休息が約束されている。アミィたちを乗せた巡恒艦ミステールも、規定に従って母なる星マーサスを目指していた。だが、マーサス標準時間でつい4時間ほど前、突然、休暇の取消と準待機の指令がアミィたちミステールのクルーに伝えられたのだ。
 マーサス寄港と休暇が同時に中止になってしまった。
 彼女たちに本星上陸が許されるはずはなかったが、ラグランジュ・ポイントのリゾートコロニーでの自由行動、最低でも1週間の息抜きがパアになったのだ。上官のいない場所では不平が出るのも当然だった。
 アミィたちの耳に聞こえてくる限りでは、他のテーブルで交わされている会話も大抵は休暇取消に関するグチらしかった。
 今、艦はどこにいるのか。
 何の為に?
 それもまだ発表されていない。
 ケイはぺたりと倒した両腕の上に頭を載せてブツブツ文句を言い続けている。
「あの時乗り込んできた連中に関係あるんだわ…。どうせ、厄介事に決まってるけど」
「ほれって、なんのほと?」
 チューブをくわえたまま、もごもごと不明瞭な声でアミィは訊いた。
「補給を受けるためっていうんで、輸送艦とランデヴーしたじゃない、3時間くらい前。あの時物資以外に何人かミステールに移ったらしいんだ。どうやら、親衛隊の将校だって」
「ふーん」
「ふーんじゃないわよ」
 ケイはテーブルの上からぼそりと呟く。赤い前髪ごし、上目遣いにアミィを見た。
「あのランデヴー、すっごく怪しいんだから。相手は親衛隊の艦だったって言うし…。ランチには3号規格のコンテナが4基しかなかったって、ランディング・デッキのイリーナが言ってたもの。そんなの補給って言える? まるで将校を乗り移らせるためだけみたいだった、って」
「?」
「だからぁ…。危機感ないんだなぁ。とばっちりくらうのは、あんたたちの方が確率、高いんだよ」
 ケイはじれったそうに顔を上げた。
 その時、スピーカーからのコール音が、先を続けようとしたケイを遮った。
 聞き覚えのある声がアミィの耳に飛び込んでくる。
“第4戦闘グループ第12分隊は第4デッキ、レクチャールーム22に至急集合せよ”
 ぽかんと天井のスピーカーを見上げるアミィ。
 シルディーの…声?
“第4戦闘グループ第12分隊は第4デッキ、レクチャールーム22に至急集合せよ”
 スピーカーは同じフレーズを繰り返す。
 あっ…。
 気付くのとシートを立つのが同時だった。
「ケイ、ごめん、また後でね!!」
 そう言い残すと “フレッシュ9” のパックをテーブルの上に放り出し、アミィは集会室を飛び出した。

 連絡シャフトでデッキを二つ上がり、艦首方向へ走る。
 ぴたりと閉ざされているシャッタードアの前を10も通り過ぎただろうか、ようやく指定されたレクチャールーム22の前にたどり着いた。右手でどきどきと脈打つ胸を押さえながら、アミィは操作パネルのキースイッチを押した。
 ドアのパネルが音も無く左右に開く。
 誰もいない…。
 カー、スピア、ヴィク、ロティ…分隊の仲間の姿は一つもなかった。リーダーのシルディーもいない。ライティング・ボードを右側に着けたフレームチェアがずらりと並んでいるだけだ。壁面のブリーフィング用パネルも点いていないし、演壇の上も空っぽだ。
 なんだぁ、まだなのか。
 時間には厳しいシルディーだから全速力でやってきたのに…。
 アミィは安心するのと同時に気が抜けた。
 そして不安になった。
 何の呼び出しだろう…。
 休暇の中止と関係があるんだろうか。さっき、ランデヴーした輸送艦から何人か乗り込んできたってケイが言ってたっけ。そっちの方なんだろうか。
 何が怪しいんだか全部聞いとけばよかった…。
 部屋の中に入らないで、アミィはぼんやりと入り口に立っていた。
「あん、何するの!」
 不意にポニーテールを引っ張られ、アミィは驚いて振り返った。
「グレイル!」
 長い黒髪をした長身のクルーが、いつの間にか後ろに立って彼女を見下ろしていた。
「何ぼやっとしてるんだよ。他の連中は?」
 顔の右側に流した黒髪に指を突っ込んで、グレイルは室内を見回した。
「ひどい! どうしてひとの髪を引っ張ったりするの?!」
「いいじゃないか。親愛の情の表現さ。これなら、慌てるこたなかったな」
 アミィが見たのと同じ状態を確認してグレイルが呟く。すぐそばで頬を膨らませているアミィには何も感じないといった様子だ。
「何が “親愛の情” よ…、もう」
 いつまで膨れっ面をしても効果がないのは分かっているので、アミィはシートに着いてみんなを待つことにした。
 アミィは分隊で一番背が低い。必然的に定位置になってしまっている最前列中央のシートに座る。
 グレイルは嫌い。
 ずうずうしく彼女の後ろのシートに回ったグレイルを睨みながら、アミィは思った。
 強引で、自分勝手で…。
「早いのね、アミィ」
 声を掛けられて、グレイルから視線をそらすと入り口にエナがいた。
 ゆるくウェーブのかかったゴールドの髪を揺らしながら、グレイルの隣に座る。
「うん」
 アミィは仏頂面を素早く切り替えて、エナに微笑み返した。
 エナは気だてがよくて優しい娘だ。グレイルとは全く逆のタイプ。どちらかといえば、控え目で、普段は目立たないし、大人しい。その彼女がグレイルのペアなのだ。エナはいったいグレイルの何処がいいんだろ。アミィにはまったく理解できなかった。
 ちらりと横目でグレイルの表情をうかがっているエナ。
「なんだよ、用でもあるのかよ!」
「い、いいえ、なんでもない」
 すごまれてエナは慌てて首を振り俯いてしまう。
 グレイルは、ライティング・ボードに肱をついてそっぽを向く。
 組んだ指を膝に載せたまま下を向いているエナ。上気したように頬が赤い。
 どうしたんだろエナ。私みたいに走ってきたせいかな。
 アミィは不思議に思った。
 グレイルも、いつもはギリギリに飛び込んでくるくせに、もう来てるなんて。
 そう思った途端、入り口のシャッター・ドアが開いた。
「お、珍しい。誰かさんがもういるじゃないか」
「ほんと、ほんと」
「いいから、さっさと中へ入ってよね!」
 口々に勝手なことを言いながら、第12分隊のメンバーがレクチャールームに流れ込んでくる。
「よ! 不景気な顔してどうかしたの?」
 少しおさまりの悪い赤毛、スピアがアミィの肩を軽く叩く。
「ん、なんでもない」
 アミィが首を左右に振るとポニーテールが揺れた。
「ならいいんだけど」
 ニヤッと笑みを見せると、スピアはアミィの隣のシートに着く。スピアの笑顔は屈託がない。アミィはそれを見て、不安といらだちが少し鎮まったような気がした。
「…このミーティング、いやな予感がするってわけね」
「何言ってるの、いいことなんかあった試しがないじゃない」
 反対側ではどさっと腰を下ろしたヴィクが不機嫌そうな声でこぼしている。相手をしているカーは、いつものことだとばかりに、さらりと受け流す。他のクルーもめいめい空いているシートを占める。
 シルディー以外の第12分隊の全員が揃っている。分隊と言っても彼女たちの編制は特別だ。第4戦闘グループの全ての分隊は、特殊戦に対応して一種の “なんでも屋” として訓練されている。ミステールのように単独行を主任務とする巡恒艦には必ず乗り組んでいるチームだ。今までは、本格的に訓練の成果を発揮するような機会は無かったのだが、とうとう難題が彼女たちの身に降りかかってきた。呼び集められた誰もがそう感じているようだった。
 いつもと変わらぬ会話の声とは裏腹に、緊張が室内の空気を満たしていた。
 全員が座ったとき、シルディーが見知らぬ顔を連れてレクチャールームに入ってきた。
 一斉に室内の全員が立ち上がり、姿勢を正した。
 あれって…。
 シルディーに続く2人を見てアミィは思った。
 大尉と曹長…。でも見かけたことないなぁ。
 そう言えば、誰だか乗り込んできたってケイが言っていたっけ。
 その時、アミィは2人の襟元に小さな記章があるのに気付いた。
 親衛隊の情報局の、だよね。
 あれって、ケイが言っていたのって情報局のメンバーだったわけ…?
 何で、ミステールに情報局が関係してくるんだろ?
 親衛隊といえば、何かとアミィたち、軍を見下してかかる嫌な連中だった。
 そりゃ、総統府直轄かもしれないけどさ。
 中でも中央艦隊と情報局が特にあれこれと難癖をつけてくるうるさがただ。
 そう考えると、アミィも脇で口をへの字に結んでいるヴィクに同意したいような気がしてきた。



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