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§ 2 ◆巡恒艦ミステール:レクチャールーム 演壇に上がり大型パネルを背に立つシルディー。 シルディーは並んだ顔を見渡す。 カー、ヴィク、アミィ、スピア、ハン。 グレイルが居るのは珍しい。 そしてエナ、ロティ。 全員いるわね。 シルディーが軽く頷く。それを合図にアミィたちは再び席に腰を降ろした。 「新しい任務について説明するわ」 シルディーは前置き抜きに喋りだした。 彼女が連れてきた2人は、シルディーから一歩さがった位置、壇上の奥に据えられていたシートに着く。 「みんなも知っている通り、本艦はマーサスへの帰港を中止し、第22星系の惑星周回軌道で待機状態にあるわ。これを見てちょうだい」 シルディーは背後の大型パネルを振り返った。 長い黒髪がその動きに合わせて緩やかな弧を描く。 演壇のコンソールにシルディーが指を走らせると、白かったパネルが暗転して1隻の巡恒艦の姿が現れた。ほっそりとしたシングル・ボディの小型艦。クーリエと呼ばれている軽武装の高速連絡艦だ。 「これは巡恒艦ミュール。今回の休暇取り消しの原因だわ。10時間前、救助要請の超光速通信を発信して連絡を断っていたの。最も近い位置にあったミステールに調査命令が出たというわけ。 ミステールは現在、このミュールに接近して交信を試みている。ところが、全く応答がないまま標準時間で1時間が過ぎているわ。そこで、私たち第12分隊に与えられた任務が巡恒艦ミュールへ乗り込んでの直接捜査。ただし、現時点でミュールの事を知っているのは、艦長、副長とブリッジ・クルーの一部。そして、ここに居る私たちだけだわ」 「准尉、なぜです?」 急にシートから一人が立ち上がった。 いきなり口を挟んできたのはヴィクだ。 「突然、与えられるはずの休暇が取り消されて、予定外の目的地に艦が向かっているんですよ。そういった情報はクルー全員に公開されるべきじゃないんですか? それに、救助、調査なんてことをどうして隠さなければならないんです」 ヴィクは真っ直ぐにシルディーの瞳を見つめながら言葉を投げつけてくる。 相変わらずね。 でも筋書通り。これで予定通りブリーフィングを進められるわ。 シルディーは思った。 「命令だから、としか答えるしかないわね」 内心にやりとしながら、シルディーはぴしゃりと言い返した。 ヴィクの視線を真正面から捉えて少しも動じるようなところはない。 普段のシルディーからすれば冷たいと言ってもいいくらいだ。 少しキツイように見えるが、これくらいの態度で示さないとヴィクは引き下がらない。 「もっと正確に言えば、ミュールが親衛隊情報局に所属しているから。親衛隊からの要請で、今回の件に関しては最小限のクルーにしか明かせないことになっている、と」 シルディーの言葉に、無言のざわめきがアミィたちの間に波紋のように広がった。 「そういうわけ。これで納得がいったかしら?」 厳しい表情を崩さずにシルディーは訊き返した。 ヴィクはシルディーの後ろへちらりと視線を投げかけると、大げさに肩をすくめて見せた。そのまま無言でシートに着くと、両肩でシートの背にもたれかかる。アミィは視線だけ動かして壇上のシルディーと隣に座っているヴィクの表情を見比べた。 あーあ、これじゃ絶望的だ。 休暇の取り消しだけじゃなくて、貧乏くじまで回って来ちゃった…。 ケイの言ったとおりになっちゃうなんて…。 アミィの落胆をよそにシルディーは続けた。 「では、任務の詳細を今回の依頼主、情報局のメンバーから説明してもらいます。大尉、お願いします」 シルディーの声に応じて、部屋に入ってきた時からミステールのクルーの関心を集めていた2人が立ち上がった。 目の前に背の高い情報局員に並ばれて、アミィは2人の顔を見上げなければならない。 ちょうど正面の大尉だけが視界をふさぐような形になった。 きょろきょろするわけにもいかず、アミィにはもう一人の顔はよく分からない。 「ラトル大尉だ。今回は諸君の協力で遭難艦の調査をすることになった。ミステールの艦長の話では、諸君らシルディー准尉の分隊は最も優秀なグループだということなので、期待している」 シルディーのすぐ脇で、赤毛の情報局員が口を開いた。 固い、かすれるような声。 生気のない無表情な顔。細くて釣り上がった眼がきつい。 なんか厳しそう…。 アミィは思った。 その時、大尉の顔を見上げていたアミィとラトルの視線がぶつかった。 わ、! 睨まれたような気がして、アミィは慌ててうつむいた。 怖いなぁ…。 苦手だ、こういう人。 アミィは、大尉の足元のフロアを見つめた。曲線が組み合わさったコーティング・パターンが、今のアミィの気持ちのような複雑な模様を描いている。 ラトルはアミィを気にする素振りも見せずに続ける。 「あらためて強調するまでもないとは思うが、今後、これから話すこと、さらにミュール内部で見聞きすることは一切他言無用だから、そのつもりでいて貰いたい」 言わずもがなの一言を聞いて、情報局の大尉の印象はさらに悪化した。 「私の横にいるのが、リンディー曹長だ。任務の詳細は彼女から説明する」 大尉は隣に立つ部下に小さく頷く。 下を向いているアミィの前で大尉はもとのシートへ戻り、シルディーはカーの後ろへ回って、シートに腰を降ろす。リンディーと呼ばれた中央の人物は、大尉に会釈するとシルディーに代わってコントロールボードの前に立った。 視界の隅にその動きを感じて、アミィは膝の上に置いた手を握り締める。 いよいよ、か。 調査なんて、コンバット・アシスタントの私にできることなんてあるのかな。 「リンディー・クレイボーンです」 柔らかなアルトの声がアミィの耳に響いた。 アミィは、響きに釣られるように伏せていた顔を上げた。 そして、見つけた。 そこには、明るい藁色の髪に縁どられた小麦色の笑顔があった。 淡いブルーの瞳、小さなえくぼと、肩よりやや上で真っ直ぐに切り揃えられた金の髪。 目尻によったかすかな皺が優しそうに見える。 陽の光の暖かさをそのまま写し取ったみたい…。 アミィは思った。 不思議な肌の色だった。 今のいままで胸の内に膨らんでいた不安が急に溶けていくような気がする。 ついさっきラトル大尉と視線を合わせてすくみあがったことなど、アミィはすっかり忘れてしまっていた。 「異なる組織が一つの任務を遂行するのは難しいことです。特に軍と親衛隊の場合は。しかし、」 リンディー曹長は室内にあつまった全員の顔を見渡す。 「私たちは、協力してミュール調査の仕事を達成できる、そう信じています」 順々にメンバーの表情を追っていた視線がアミィのところで止まった。 「あなたはどうです? 出来の悪いイメージソフトみたいに、親衛隊と軍は反発しあわなければいけないと思いますか?」 突然質問されたアミィは、ぽかんと口をあけたままリンディーの顔を見つめ返す。 リンディーは穏やかに微笑んでいた。 自分のことだと気付いてアミィは反射的に立ち上がる。 「い、いえ。わ、わたしは、そんなことないと思います!」 思い切り大きな声だった。 すぐ横で、なにやってんだよというようにスピアが顔を片手で蔽った。のっぽのハンが肩をすくめて天井を仰いだ。 アミィは耳の付け根まで真っ赤になる。 大失敗…!! わたし、バカみたい。 レクチャー・ルームを逃げ出したい。 棒のように立ち尽くしながら、腰の脇でアミィは拳をぎゅっと握り締めた。 それでもアミィはリンディーから視線をそらすことができない。 「ありがとう。そう思ってもらえると、とても嬉しいわ」 曹長はアミィに向かってにっこりと笑った。 明るくて、心の中まで覗けるような笑顔だった。 心から思っているんだ。 けしてその場をとりつくろうための笑みではない。ましてや、決してアミィを嘲っているのではない。 アミィにはわかった。 「あ、あの…」 それでも彼女の言葉にどう応えていいのか分からず、アミィは口ごもる。 そのアミィに、座っていいのよ、というようにリンディーは頷いてみせた。 隣のシートのスピアに腕を引っ張られ、アミィは頬を真っ赤に染めて席に着いた。 「では、巡恒艦ミュールの調査について説明します…」 笑みを絶やさずにリンディーは概況説明を始めた。 曹長の説明が続いている間中、アミィは彼女を見つめていた。 アミィの “ドジ” のおかげでその場の空気が和らいだせいもあり、リンディーはてきぱきと説明を進め、ブリーフィングは 1/2 時間程で終了した。 ◆巡恒艦ミステール:ランディング・ベイ ブリーフィングが終わればすぐに出発だった。 シルディーたち第12分隊とラトル大尉らは、他のクルーの目をひかないようにランディング・ベイに移動し、即座に装備と一緒に内火艇の中に詰め込まれていた。 接舷調査用の装備といってもたいしたものではない。大型トランクほどのコンテナが4つ、そして通常の携帯火器。装着したのはこれはまた、普通の船外作業用ハードスーツ、それだけだ。ハードスーツはミステールの内火艇がミュールの移乗チューブに接続できない場合に備えてということで、ヘルメットは被らず各自が抱いている。 「リンディー軍曹だっけ、ありゃ、怪しいわよ」 内壁から引き出した簡易シートにもたれて、スピアはアミィに向かって断言した。 「怪しい、って?」 隣からアミィが訊き返す。 ハードスーツのヘルメットを膝の上におき、その上に両手を重ねて置いている。 「いかにも打ち解けているように見せて、いいようにこっちをこき使おうっていうの。そんな感じじゃない」 最終打ち合わせということで、シルディー、ロティとラトル大尉、リンディー曹長が操船室に入っている。聞かれる心配はないから、というのではないがスピアはきっぱりと言い切る。 アミィがまだ半分ぽーっとなっているのが何となく気にくわないのだ。 しっかりしてよね! あんなことであたふたしちゃってさ。 本当は直接そう言いたいのだが…。 「そうかなぁ。いい人だと思うけどな、わたしは」 グラブの指先をいじりながら、アミィは呟く。 「ま、いいじゃないの。どっちにしたって、これからすぐに分かることなんだから」 正面、向かいのシートに座っていたカーが身を乗り出してきた。 「でも、人あたりは柔らかいんだけれど相当できるヤツって噂よ。あだ名が “ゴースト” なんだって…」 小声で付け加え、わざとらしくウィンクを放つ。活発な栗色のショートカットの顔がいたずらっぽく笑った。 「へぇ、情報が早いわね」 スピアは素直に感心した。 「ま、ブリッジ情報の受け売りだけどさ」 そして、カーは自分の唇に人差し指を当ててみせる。 なるほどね。 おいしい話はあとでか…。噂好きのカーらしいよ。 他のメンバーは膝の上にヘルメットを抱え、黙ってシートに着いている。 グレイルやハンは居眠りを決め込んでいた。 スピアも今は口をつぐむことにする。 ハードスーツの右脚に固定し直したホルスターの具合を確かめる。収まっているのはハンドガンではない。P-CVD処理を施したセラミックナイフだ。 座ったままさっと右手を下へ伸ばし、そのまま弧を描くように前へ突き出す。そして再び脚のホルスターへと手を下ろす。スピアはこの動作を繰り返した。そのたびごとに、ナイフはホルスターからスピアの手の中へ、スピアの手からホルスターへとまるで手品のように現れ、消えた。 カーがまたかというような顔をして自分のシートに引っ込んだ。 艦艇、戦闘機を主に使う彼女たちだ。特に今回は調査任務なのだから、格闘戦などありえないと言っていい。しかし、スピアは常にナイフを手放さなかった。ナイフが掌に収まる感覚がなんとなく気に入っている。理由といえば、それだけのことなのだが。 スピアは、納得がいくとナイフをホルスターに仕舞い、上から軽くぽんと叩いた。 あの曹長のことは、放っておいてもカーが話してくれるだろう。 それよりも、問題なのはこれから向かうミュールという情報局の艦の方だ。 結局、リンディーの説明も形式を踏んだだけで、大したことは分からなかった。 持たされた装備と同じ、調査をする、それだけのことを多少具体的に言っただけだ。 本当にそうならば、私たちにまかせればいいじゃない…。それとも親衛隊が直接やればいいんだわ。なんで、わざわざ親衛隊は自分たちのところの人間を送り込んできたのかしら。 スピアは思った。 あの曹長、いい人かも知れないけれど、楽な任務だとはとても言えそうもない。 スピアはおさまりの悪い赤毛をかき回した。 本当の貧乏くじにならなきゃいいけど…。 その時、ガクンと横からの力がスピアの体にかかった。 調査班11名を乗せた内火艇はミステールのランディング・ベイを離れた。 |
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