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§ 3


◆緊急通信からマーサス標準時間にて12時間経過
 高速連絡艦ミュール:エアロック前=ボーディング・ルーム

 全員がたった一つの死体を目にして、呪縛されたように動けないでいた。
 甲高いコール音がシルディーを現実に引き戻した。
 内火艇の通信機を中継してのブリッジから連絡だ。即座にハードスーツの左胸にあるマルチパネルのキーを叩く。逆さまに抱えたヘルメットを口元に持ち上げた。
「シルディー准尉です。今、エアロックから艦内に入ったところです」
“こちらミステール・ブリッジ。副長だ”
シルディーは目の前の光景をどう伝えたらよいのか、一瞬、言葉に詰まった。
 だが、何も言う必要は無かった。シルディーに口を開く余裕を与えずにミステールの副長は続けた。
“非常事態だ。パラノイド艦が現れた”
「!?」
“複数の戦闘艦が我々に向かって急速接近中だ。ミステールは迎撃体勢に入る。君たちは、可能ならばミュールを動かして待避しろ”
「了解しました」
“そっちは、シルディー准尉、あなたに任せたから、頼むわ。援護している間に出来るだけ離れて”
 艦長の声が割り込んできた。
「はい」
“すまないが、そういうことだ。以上!”
 通信は始まったときと同様、唐突に打ち切られた。
 顔を上げるとラトルがシルディーを見つめている。
 無表情を装っているが、わずかに顔が青ざめていた。
「この艦のブリッジはあっちだ」
 顎で通路の先を示す。
 シルディーはくるりと背後を振り向いた。
「スピア、ヴィク、ハン、グレイルは私と一緒にブリッジへ。すぐにこの艦を移動させるわ」
 フロアに両手をついて喘いでいるアミィにちらりと視線をやる。エナがすぐ脇にかがみ込んで介抱している。
「ロティ。カー、エナ、アミィとボーディング・ルームに残って、死体とこの場の状況確認をお願い」
「了解」
 ロティがシルディーの目を見て頷いた。彼女はいつもの平静さを崩さない。シルディー自身も、彼女のようにショックが顔色に現れていないことを祈った。
「リンディー、君はここに残れ。行くぞ、准尉」
 ラトルは自分の部下に命じると、先頭に立った。シルディーたちもその後に続いて艦内通路を走った。

 最後部に近いボーディング・ルームから、ブリッジへシルディーは急いだ。
 ブロック隔壁のシャッターはどれも閉ざされていた。その度ごとにロックを解除してシルディーたちは進んだ。途中までまた新たに2つの死体に出くわした。一つは腹を切り裂かれ、一つはブロック隔壁のシャッターに胴を押し潰されていた。ラトルはそれらを無視し、迂回した。シルディーたちもそのままラトルの後について進んだ。
 誰か生き残っているのだろうか。
 シルディーは思った。
 何が起こったのか。
 そして何故起こったのか。
 この艦の中にそれを解く鍵があるのだろうか。
 次々に目の前に示された死体のイメージに圧倒され、シルディーは混乱していた。体の奥底から湧いてくる恐怖を押さえつけようと、ラトル大尉の背中を追いながらシルディーは考えた。ミステールで受けた命令を。それはミュールに乗り込んだ調査班の中でシルディーしか知らないことだった。

 ミステールでブリーフィングに先立ってシルディーは艦長に呼び出された。
“親衛隊に協力するとともに、その目的も探ってもらいたいの”
 艦長のコンパートメントで二人きりになって艦長は口を開いた。
“我々には極秘でことを運ぶのが得意な親衛隊がこちらの協力を要請してきた。普通ではありえないことだわ。だから…”
 そう言って言葉を切ると艦長はじっとシルディーの瞳を見つめた。
“彼らの本当の意図を知りたい。これは我々が、対パラノイド戦を遂行する上で重要なことだわ”

 親衛隊の行動の理由が、この死体だらけのミュールで分かるのだろうか。
 そして、その死体が存在する理由も…。
 シルディーは思った。
 けれど、と。
 また一つ別の思いが彼女の脳裏をよぎる。
 パラノイドと戦わねばならないときに、いったい何をしているのだろう。
 今、この瞬間に幾つもの艦隊がパラノイドと砲火を交えているというのに。艦長の言うように、本当にこれが対パラノイド戦に重要なことなのだろうか。


◆巡恒艦ミュール:ブリッジ

 疑念が恐怖を薄れさせ始めたとき、彼女はブリッジのシャッタードアの前に到着した。
 ラトルが操作パネルのキーを弾く。
 だがシャッターは開かなかった。ロックされている。中からだ。
「替わります」
 ラトルを押し退けるようにして、のっぽのハンが進み出た。運んできたケースからハンディ・ターミナルを取り出しパネルに押しつける。長く細い指がダイヤルを左右に調整し、いくつかのキーを叩いた。
 足元の床下からかすかにため息のような音がした。
 ハンは目をつぶって拳を突き出し、親指を立てて見せる。
 ワンテンポ遅れてドアがシルディーたちの前に道を開いた。真っ先にラトル大尉が中に飛び込んだ。スピアがそれに続いた。

 中に入った途端、鋭い視線を感じてスピアは振り向いた。
 誰かいる!
 ブリッジ左舷側の通信コンソールのシートからだった。
 すべてがコマ送りされる映像のようにスピアの目に映った。
 人影。
 脅えた顔。
 手元にブラスターの銃口。
 大尉の背中。
 スピアの右手が脚のホルスターへ走った。
 銀の光がスピアの手を離れる。
 もうひとつの閃光が同時に放たれた。
 大尉が脇腹を押さえて倒れた。
 コンマ数秒のタイムラグでナイフがブラスターを弾き飛ばす。
 一瞬遅くスピアは人影に飛びつきフロアに殴り倒した。
「大丈夫ですかっ、大尉!」
 スピアは相手の頭をぐっと押さえつけ、上半身をひねるようにして背後を見やった。

 シルディーは素早くラトルに駆け寄った。
「ヴィクは火器管制パネル、グレイル、メインコンソールへ。ハンはサブ・コントロール。ただちにレプリション炉を転移臨界へ上げて戦闘準備! ミステールを援護するわ」
 ラトルの上半身を抱え起こしながら指示を出す。
「冗談、たった3人でやれったって!」
 グレイルが足を止め、シルディーを振り返った。
「無駄口はやめてよね!!」
「お守り役を起動すりゃ、一発だよ。パラノイドにやられたくなきゃ、さっさとかかんな!」
 ヴィクとハンがグレイルに言い返す。長身の二人はガランとしたブリッジのシートに滑り込んだ。渋々ながらグレイルもメインパネルの前に座る。顔の右側に流した髪を肩の後ろに跳ね上げ、オートモードを立ち上げる。文句を言いはしたが、真剣な目でパネルの表示を追い始めた。ハンは動力系のバランスを監視する。メインパネル中央、点灯した大型ホロ・タンクにレーダー像が投影される。透明な円柱の中にゆらりと陰が浮かび上がった。中心から離れていく白い光点が一つ。それに接近していく赤い光点が三つ映っていた。
 ヴィクはミュールの数少ない自動砲塔を起動していく。
「各砲塔準備よし。光子弾ランチャー準備よし。索敵レーダー、」
 くぐもった声が戦闘モードを確認するヴィクを遮った。
「…止めろ。シルディー准尉、すぐに待避するんだ」
 信じられないと言う表情でシルディーは腕の中のラトルの顔を見た。
「しかし、複数のパラノイド艦相手にミステール1隻では、」
「我々の任務はミュールの調査だ。…すぐにフリー遷移でここを脱出しろ」
 ラトルはシルディを押し退けるようにしながら、ゆらりと立ち上がる。
「ですが、このままでは!!」
 シルディーは食い下がった。二人の視線が真正面からぶつかる。
「命令だ! ミュールを守ることが…最優先なんだ」
 無言の対決が何秒か続いた。
 ラトルが先に視線をそらした。
 ハードスーツの右腹を押さえて大きく喘いでいる。
 そのままふらふらとキャプテンシートに歩み寄った。
「どうするんです?」
 ハンがサブコンソールから二人を振り返った。
 コンマ何秒かのタイムラグ。
 そして、シルディーは応えた。
「戦闘準備は中止。内火艇を切り離して、ミュールを光速圏へ入れて」
 シルディーは、キャプテンシートに手を突き身体を支えているラトルの背中を見つめる。
「で、座標設定はどうします?」
 追いかけるようにグレイルが訊く。
「まかせるわ。星系外のポイントへお願い。…。あと、すぐにロティを呼んで。ラトル大尉の手当が必要だわ」
「…私のことは後回しだ」
 ラトルは倒れ込むようにキャプテンシートに腰を下ろした。
 グレイルとハンは顔を見合わせ、ハンが大きく肩をすくめた。ヴィクはシルディーの背中を見つめながら、管制パネルをグラヴの拳で殴りつけた。

 スピアは事の成り行きを呆然と見ているしかなかった。
 我に返ったとき、まだ大尉を撃った相手の上に馬乗りになり、頭を押さえつけていた。
 手をどけると狙撃者は気を失っていた。
 整った顔だち。やや赤みがかったシルバーブロンドのショートボブ。乱れた細い前髪は白い額にかかっている。
 なんでこの娘がわたしたちを撃ったのだろう。
 アミィやカーとおんなじ…。どこも違っているようには見えないのに。
「この艦のクルーのようね」
 すぐ隣からシルディーが見下ろしていた。
「え、ええ」
 厳しい表情のシルディーにスピアは頷き返した。
「まず、この娘に事情を訊かなければね。それに、生存者の確認も急がなくては…」
 そう言ってシルディーはキャプテンシートを見やった。
「ミュールが安全圏に入ったら」
 応えがない。
 ラトルはその言葉を聞いていなかった。
 シートの上で意識を失っている。
「スピア、手を貸して!」
「あ、はい」
 倒れていたクルーの上からスピアは慌てて立ち上がろうとした。
 フロアに突いた手がぬるりと滑った。
 なに…?
 目の前に広げた自分のグラヴが赤く染まっている。
 血だ。
 ブリッジにも…?!
 慌てて周囲を見回すと、二人の足元に細く血痕が延びている。
 視線が自然に血の流れを追った。
 壁面に向かって並ぶコンタクトシートの陰にもう一人のクルーが倒れていた。
「シルディー、もう一人!」
 立ち上がったスピアがシルディーの腕を掴んだとき、グレイルの声ががらんとしたミュールのブリッジに響いた。

「内火艇分離完了。フリー遷移準備完了。艦内Aフォーメーション、各員、光速圏突入に備えて下さい。第22星系から緊急待避します」
 グレイルの隣で、ハンがコンタクトパネルに向かって呼び出していた。スピアとシルディーの方に目をやりながら、治療すべき人間が一人増えたことを付け加えていた。



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