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§ 4


◆第22星系外
 巡恒艦ミュール:艦長公室

「…どうかしてたんです。だから、だから、確かめもせずブラスターを」
 ようやく口を開いた少女は理解を求めるようにシルディーを見上げた。
 澄んだトパーズのような瞳は涙に潤んでいる。右手の指には白い止血テープが巻かれている。スピアのナイフが残した傷だ。
「撃ってしまった…」
 シルディーは途切れてしまった言葉を補った。
 少女の頭がこくりと小さく振れた。
 そしてシルディーから視線をそらしテーブルを見つめる。
 ハードスーツを脱ぎ捨て、艦内服姿に戻ったシルディーは意識を回復したばかりの生存者の前に立っていた。キャティ・キャラウェイ、電子戦担当技術士官。ミュールの生き残りのクルーはそう名乗っていた。
 部屋の中央に置かれた応接用チェアに腰掛けている。
 テーブルを挟んでシルディーが彼女を見据えていた。その後ろで、ボーディング・ルームから駆けつけたリンディーが腕を組んで壁にもたれている。彼女は壁面に一杯に開かれた観測窓から、暗い宇宙にばらまかれた星の光を見やっていた。
 何も置かれていないテーブルの表面に視線を落としたまま、キャティは小声で尋ねた。
「あのひとは…?」
「命に別状はないって、ロティが言っていたわ。ハードスーツごしだったのが幸いしたみたいね」
「良かった…」
 ためいきのような言葉が小さな唇からこぼれた。
 そのまま沈黙が3人のいるコンパートメントを埋めた。
 リンディーは自分の考えの中に閉じこもってしまっているかのように、二人の方さえ見ない。キャティという少女は虚ろな目をしたまま、じっと押し黙っていた。
 誰もが黙ったまま、このまますべて終わってしまう。
 シルディーはそんな恐れを感じた。
 焦りを憶えながらシルディーは口を開いた。
「…。この艦で起こったことを話してくれない。キャティ?」
 キャティは、膝の上で小さな指を組み、おぼつかなげな表情でチェアからシルディーを見上げた。顔色が透けるように白かった。制服の赤と黒と鮮やかな対比を見せている。
 頭を左右に振る。
「分かりません…」
「分からない、ですって。じゃあ、あなたいったい何をやっていたというの!?」
 シルディーはキャティに蔽いかぶさるように身を乗り出すと、テーブルに両掌を叩きつけた。キャティはびくりと肩を震わせ身体を引いた。
「そ、それは…」
「あなたはこの艦にずっと居たのよ、見ていたんでしょう。分からないはずが、」
「待って下さい」
 リンディーが静かにシルディーの腕を押さえた。いつの間にか壁際を離れて、シルディーと並んで立っていた。
「しかし、リンディー曹長、」
「少しだけ、私に任せてくれませんか」
 二人の視線がコンマ何秒か絡み合った。
 微妙な瞬間だった。
 階級的にはシルディーの方が上だ。しかし、シルディーは情報局の指示に従わなければならない。ラトル大尉が倒れてしまったために状況が複雑になっているのだ。リンディーはレクチャールームの時とはうって変わって、緊張した表情でシルディーの瞳を見つめている。
 シルディーの脳裏に、調査に協力せよという命令と、情報局の目的をさぐれという艦長の言葉が同時に甦った。
 でも…。
 いや、冷静になろう。
 心の中で三つ数える。
 シルディーは黙って一歩下がり、その場を譲った。
 リンディーは入れ替わるように進み出ると、キャティの脇に片膝をついた。
 目の位置がキャティと同じ高さになる。
「私の質問に答えて下さい。それだけでいいですから」
「え、ええ」
 キャティはぎくしゃくと頷いた。
「出港時の乗員数は何名でしたか」
「10人です…」
 たった10人。
 いくら小型の連絡艦だとはいえ、少な過ぎる…。それではブリッジ要員だけでミュールを運航してきたようなものだ。
 確かにこの艦には何かが隠されている。
 シルディーは思った。
 そして10人の中で起こったのは…。
 今まで目にした死体は事故ではなく、明らかに何者かによって意図的に生命を奪われたものだ。
 それに、あの血で書かれたメッセージ。
 殺人。
 シルディーはその言葉を脳裏に刻み込みながら、キャティの語る言葉にじっと耳を傾ける。
「…最初の犠牲者は誰だったんです…?」
 リンディーはいきなり核心に切り込む。
「本当に分からないんです」
 キャティは今一度大きく首を振ると、両手で頭を挟み込むようにしてうなだれた。
「私はブリッジにいました…。いきなり警報が鳴って、環境制御室にシステム異常があったらしくて、レインと私が調べに行きました。彼女が監視盤を見ているあいだ、私がフィルター系のチェックをしようとパイプスペースの裏へ回って…。声を掛けたら、返事がなかったんです」
 ぽつりぽつりと語るキャティの肩が震えている。
「…。戻ったら姿がありませんでした。インターコムでブリッジを呼び出そうとしたのに、通じません。制御室を出たら、そこに…レインが…」
「あなたが見たのはその子が最初だったのね」
 キャティは黙って頷いた。
「傷は全くないのに…、もうだめだったんです…。首を締められていたみたいでした。…急いでブリッジに走りました。シャッターも閉じていて、操作パネルが壊されていて、迂回しました。何カ所もシャッターが閉じていてロックされていました。普通じゃありません、あんなこと…。何とかロックを解除してブリッジに駆け込んだら、誰もいなかったんです。今度はフィッツが…。…頭から血を流して通信コンソールの下に倒れていました」
「どれくらいの時間が経ったの。環境制御室を出てからブリッジに辿りつくまで」
「標準時間で1時間、いえ、2時間…。いいえ、分かりません。本当に分からないんです! …時間なんて…」
「それから一歩もブリッジを離れなかったのね」
「ええ」
「救援を要請したのはあなたなの」
 キャティは不意に顔を上げてリンディーを見つめた。
「だから、あなたがたが来てくれたんでしょう。違うんですか? こんなこと訊いて何になるんです。早く、みんなの」
 それまでと違ってキャティの声には怒りが込められていた。
「あと一つだけ…」
 リンディーはキャティを遮って質問を重ねた。
「データは無事なの?」
 唐突な質問だった。
 さっとキャティの表情が強ばった。
 シルディーはハッとしてリンディーの横顔を見た。
 リンディーはじっとキャティの答えを待っていた。


◆巡恒艦ミュール:ボーディング・ルーム=待機ピット

 アミィたちは、相変わらずハードスーツを着込んだまま、ボーディング・ルームに付属している待機ピットに居た。一方の壁際には船外スーツやバックパックを収納してある備品ロッカーが並んでいる。反対側の壁には休息用の簡易シートが幾つかと清涼飲料のディスペンサーが取り付けられていた。エアロックの内側ドアはシャッタードアを一枚隔てた向こうだった。
 ここならば、あの死体を目にしないでいることが出来た。
 ディスペンサーと非常ボックスを調べていたエナが戻ってくる。
 アミィに飲料チューブを差し出した。
「はい」
「あ、ありがとう。でも…」
 簡易シートにぐったりと身を預けていたアミィは、エナの手にチューブを押し戻し、首を左右に振った。まだ真っ青な顔をしている。
「口をゆすいで、これを含むと気分が楽になるわ」
 グラブをはずしたもう片方の手のひらに淡いグリーンの錠剤をのせ、エナはもう一度チューブを手渡した。カーは立ったまま二人の様子を退屈そうに眺めていた。肩から中型のブラスターをぶら下げている。
「十分警戒しろなんて言ってさっさと行っちゃったけど…」
 重たいブラスターを両手で弄びながら辺りを見回した。幸いにも待機ピットには死体も血痕も無い。磨き上げられたコンポジット樹脂の壁面を見ていると、数歩先に無残な姿をさらしているミュールのクルーが転がっているとはとても考えられなかった。ロティもリンディーもいないので何をしたらいいのか、さっぱり分からない。進んで死体を調べてみようなどという気持ちは到底起こらない。かといって、この場を離れてブリッジに向かうわけにはいかない。
 3人は待機しているしかなかった。
「連絡、遅いわね」
 エナがカーに同意するようにコンタクト・パネルを振り返った。
 二人を呼びだしてから何も言ってこない。
「…まるで私たちしかいないみたい」
 エナは自分の自身を抱きしめるように、ぎこちなくハードスーツの腕を組んだ。
「幽霊船かもね」
「え…?」
 エナとアミィはぎくりとしてカーを見た。
「この艦、幽霊船かもしれない。もう、クルーは全員死亡、殺されちゃっててさ。犯人は次の犠牲者を呼び寄せるために救難信号を打ったのよ。あの文字見たでしょう。で、いま、そいつは私たちを狙って艦内を、」
「バカなこと言わないで!」
 エナが悲鳴のような声を上げた。
「たち悪いよ、やめなよ」
 気分が最悪の時に聞きたいような言葉ではない。
 アミィはカーに向かって口を尖らせた。
「アハ、冗談だってば。本気にしないでよ。その方が話が面白いと思ったんだ」
 カーは慌てて顔の前で手を振る。
「ちっとも面白くない!」
「それこそ、冗談、だわ」
 アミィとエナに睨まれたカーは作り笑いをして見せた。2対1で、圧倒的な不評だ。ここは引き下がった方が利口だろう。
「わるい、わるかったって。じゃ、ま、ロッカーの点検でもしてるわ」
 カーは二人にくるりと背を向ける。
 軽いんだか、図太いんだか、どっちなんだろう、一体。
 あんな凄いもの見ても平気だなんてさ。
 アミィは思った。
 あたしの方がダメすぎるのかなぁ。
 ずりおちかけたメガネのフレームを人差し指で押し上げ、ため息をついた。
 その時だった。
「うぇっ…!!」
 カーの悲鳴とも呻きともつかない声と重い物が床に落ちるどさりという音が続いた。アミィとエナは同時にロッカーの方を見やった。
 カーがブラスターを取り落とし、二人に背を向けながらその場に立ち尽くしている。
「今度は、何?」
「また冗談だったら許さないから…」
 その声にカーが振り返る。疑いの目を向けるアミィとエナに、腕を大きく振ってロッカーを指した。
「ちがうってば!」
「?!」
 血相を変えているカーに気付いてアミィは彼女の指差す先を見やった。
「人…」
 備品ロッカーの下、船外作業服の隙間に誰かが倒れていた。
 いや、押し込められていたと言うべきだろうか。オレンジに白のストライプの作業服の間から、緋色の艦内クルーの制服が覗いている。顔をロッカーの奥へ向けているので表情は分からない。白いうなじがみえるだけだ。
「し、死んでるの…」
 エナがカーに尋ねる。語尾がかすかに震えていた。
「わかんない! そんなこと、見ただけじゃ」
「じゃ、早く確かめて!!」
 アミィの言葉に、カーは手の平を返して自分の指を自分の鼻の頭に向けた。私がやるの?というポーズだ。
 そうだ、というようにアミィは頷いた。
 カーは渋々ロッカーへ向き直ると、その場にかがみ込んだ。顔をそむけるようにしながら、恐る恐る手を伸ばす。倒れているクルーの首筋に手を触れた。
 また血まみれで、べっとりなんてなったら…。
 そう思ったとき指先が僅かな動きを捉えた。
 カーは悲鳴を上げながら尻もちをついた。アミィとエナは弾かれるように立ち上がった。
「う…、動いたぁ…」
「な、なによ、おどかさないでっ」
「でも!」
 カーはのけぞりながらアミィに言い返す。天地逆になってアミィの顔が見える。
 同時にガサッという音がロッカーから響いた。


◆巡恒艦ミュール:ブリッジ

 ラトルはリクライニングさせたキャプテンシートで眠っていた。手当をしたロティが鎮静剤を与えたのだ。前後に長い楕円形のブリッジの後方中央にキャプテンシートがあり、その前にメインコンソールがある。前席2シートがパイロット、戦闘管制。後席の二つが航法、機関管制シートだ。そしてメインコンソールの両側に一つずつ1シートのサブコンソールがある。ブリッジというにはささやかなものだが、ここから艦の全てがコントロールできる。ミステールのそれをそのまま縮小したレイアウトだ。
 ブリッジの片隅には彼女たちが脱いだハードスーツと運び込んだケースがまとめて置かれている。スピアたちはいつもの赤と黒の制服姿に戻り、互いを警戒しあってでもいるかのようにコンソールパネルの前のシートに散っていた。ロティだけがブリッジの中央にかがみ込んでいる。ロティの目の前には白い防護カバーがフロアに広げられていた。彼女たちが神経を尖らせているのはその下にあるものが原因だった。
 シルディーはいなかった。ブリッジに駆けつけたリンディーと共にキャプテンシート後方、シャッタードアの向こうの艦長公室に入っていた。今のところただ一人無傷の生存者から事情を訊き出すためだ。
「どうなるだろうな」
 サブコンソールの前に座ったままハンが背後のドアハッチをうかがう。
「待つだけだよ」
 ロティが死体に白いカバーシートをかけて立ち上がった。
 額にかかったブラウンの前髪をうるさそうにはらいのける。
 目の前に横たわっているのは、この巡恒艦ミュールの艦長だ。いや、艦長の骸だ。隣接する艦長公室への通路で額の真ん中を固体弾で打ち抜かれていたのだ。
「これで4人だわ。生存者が2名…」
 死体はボーディング・ルームに一つ。ブリッジの通路に二つ。そしてここに一つ。艦内の全体ではいったい幾つになるのか想像もつかない。一方、生存者はブリッジにいた2名だけ。一人はスピアが殴り倒した小柄な娘だ。今、隣室でシルディーとリンディーが事情を訊き出そうとしている。もう一人はコンタクトシートの陰に隠れていたクルー。頭部に包帯が巻かれていた。フロアに延びた血痕はそこからの出血によってできたものらしい。意識不明のまま、とりあえずラトルと同じように一杯にリクライニングさせた補助シートに寝かされている。
「このままマーサスまで跳んじまえばいいのさ。死体だらけの船ごと親衛隊に引き渡せば済むじゃない」
 メインシートを回転させ、グレイルがブリッジ中央に置かれた保護カバーを見やる。
「そんな簡単に終わればいいけれど…」
 ハンがつぶやくように応え、肩をすくめた。
 隣のシートで監視カメラで各通路の状況をチェックしていたヴィクは、苛立たしげな視線をグレイルに投げかける。気付いているのかいないのか、グレイルはヴィクを見ようとしない。
 鼻を鳴らすとモニターに視線を戻すヴィク。
 いちいち勘に障るヤツだ、まったく…。
 異常なし、か。
 艦内カメラがある場所なんてそんなに多くないからな。
 ヴィクは頭の後ろで腕を組んでシートに身体を沈めた。
 そして、沈黙がブリッジの空白を満たした。

 誰もあのことを言わない。
 スピアは思った。
 ボーディング・ルームの壁に書かれた文字のこと…。
 もし、血文字の言っていることが本当なら、こんな風に待っている場合じゃないわ。
 すぐにでもあれを書いた張本人を見つけ出して、捕まえなければならないのに。
 スピアはパイロットシートから艦長室へつながるドアを見やった。
 シルディーはあの子から何か訊き出せたんだろうか。
 血で書かれたメッセージのこと、分かったんだろうか。
 スピアはふと思い出した。
 リンディー曹長が呟いたっけ。
 “これは挑戦だわ…”って。
 何だったんだろう。誰が挑戦しているっていうのだろうか。
 短いが妙に心にひっかかる言葉だ。
 艦内に足を踏み入れた、その瞬間の光景を思い出しているうちに、フロアに両手をついてへばっていたアミィの姿が脳裏に甦る。
「アミィは大丈夫だった?」
 スピアは尋ねた。
「もう落ち着いているわ。エナとカーが一緒だから大丈夫よ」
 微笑んだつもりだろうか、ロティは僅かに唇の端を歪めてみせた。
「ただ、もうこちらに呼んだ方がいいかもしれないわ。2ヶ所に別れているよりも、とりあえずかたまっていた方が」
「分かった」
 スピアは頷くとインターコムのキーに手を伸ばした。
 アミィのやつ、だらしないんだから。あんなの見ただけでへばるなんて。
 一瞬めちゃめちゃになっていた死体の映像が目の前に浮かんだ。
 確かに、ま、分からなくはないけれどさ。
 指がキースイッチを叩こうとしたとき、メインコンソールでチャイム音が響いた。
 コールだ。
 グレイルの前にあるインターコムに全員の視線が集中した。
 張り詰めた空気を二つに裂くようにロティがブリッジ中央を横切る。グレイルの脇から腕を伸ばし、応答キーに触れる。彼女が口を開く前に興奮した声が飛び込んで来た。
“ボーディング・ルーム、エナです。生存者を発見しました! 特に負傷はないようです!!”



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