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§ 5 ◆巡恒艦ミュール:ブリッジ 「皆を殺したのはこいつよ!」 エナに肩を支えられながら、待機ピットから連れてこられた生存者は繰り返した。 「セイン、どうしてそんなこと…」 隣室から入ってきたばかりのキャティは、指を突き付けられて絶句する。 「どうしてですって、見たんだもの、私は!」 キャティと一緒にブリッジに戻ってきたシルディー、リンディーの二人も突然のことに事情が飲み込めず、顔を見合わせる。 「あれは、キャティ、あなただった」 セインと呼ばれたクルーはエナの手を払い除けると、ふらふらとキャティに向かって進んだ。ショートカットの黒髪がぐいと前に出る。 キャティは思わず一歩後ずさった。 スピアやヴィク、グレイルたちもシルディー、リンディーと同様、その場に立ったまま、巡恒艦ミュールの生き残りが言い合うさまをただ茫然と見ている。 「顔は見えなかった…。でもケルプの頭をブラスターで撃ったのは!」 肩が大きく上下している。息が荒い。 「違う…」 セインは倒れ込むように前に飛び出した。 「違わないわよっ!!」 キャティの首へ両手を伸ばす。 白い喉元に届く寸前、セインの手首を誰かが押さえる。 シルディーだった。 「離して!」 セインは振り解こうとしたが、シルディーは握った手を離さなかった。 大きく目を見開いているセインに黙って首を左右に振ってみせる。シルディーはそのまま手首を引っ張って自分の方へ向き直らせた。 「待ちなさい」 「こいつが、こいつが…」 シルディに向かって口をぱくぱくさせたかと思うと、顔から急に血の気が引く。 「ロティ!」 シルディは、その場に崩れ折れようとするセインの身体を抱き止めた。素早く前に出たロティが手を貸しながらセインをフロアに横たえる。制服の胸を開き、手を当てた。顔色を見る、じっとりと汗をかき、紙のように白かった。まぶたを返して瞳孔を確認する。 「大したことないわ、ちょっとショックを起こしているだけ」 ロティはベルトのポーチから浸透注射器を取り出し、手早くカートリッジを取り替えるとセインの胸に押し当てた。 「ハン、手を貸して。隣に運ぶから」 「あ、ああ」 ぼーっと立っていたハンは声を掛けられて我に返った。両脇のヴィクとグレイルを押し退けるようにして進み出た。 「…キャティが…」 焦点の合わない目で見上げるセインの唇から呻くように言葉がこぼれた。 「今はしゃべっちゃだめ」 ロティはセインの額にかかった前髪をやさしく撫でつける。そしてハンに場所を譲るように立ち上がる。 「そっとね」 「分かった」 大柄のハンはおっかなびっくりといった感じでかがみ込む。そして、壊れ物を扱うように慎重に抱え上げる。 二人がシャッターの向こうに消えるのを見送って、シルディーは大きくため息をついた。 キャティにはもう一度問い正したい。 けれど、それはまずい。 キャティは、自分に向けられる疑惑の視線から身を守ろうとするかのように、リンディーの後ろに立っている。 何が目的で情報局がここに乗り込んできたのかは、やっと分かった。 艦長室でリンディーが語ってくれた。 ミュールは極秘データを輸送していた。正確にはデータを持った伝書使を乗せていた。データを運んでいること自体が隠さねばならない秘密だった。情報局が直接関与していることを知られてはならない。だから、偽装した身分でラトルやリンディーが派遣されたのだと。 真相を知る正しい手順、か。 今はできることから順番にやっていくしかないわ。 静かに心の中で三つ数えた。 「みんな、こっちを」 シルディーの声に全員の注意が集まった。 「リンディー曹長と相談した結果、まず、艦内の生存者の確認をするのが先決ということになったわ」 ヴィクは、キャティのことはどうするのだと言いたげな目を向けたが、今回は口を開かなかった。 「正確には、生存者の確認と殺人者の捜索ね」 ◆巡恒艦ミュール:ブリッジ ミステールから運び込んだケースから、ヴィクがハンドガンを取り出す。 「ほら、ラストワン」 アミィは黙ってそれを受け取った。 両手で握り締めたグリップからずっしりと重さが伝わる。 どうなっちゃうんだろう、いったい…。 アミィは思った。 ちらりと辺りに視線を走らせれば、仲間たちの緊張した顔が並んでいる。それぞれ携帯火器を手にし、イアーカバーとプルダウン式のマイクを備えたヘッドセットを身に着けている。ヴィクがケースを閉じて立ち上がる。彼女の肩にはすでに固体弾用マシンガンのスリングが掛かっている。艦内通路の内壁パネルくらいなら軽く撃ち抜く凶悪な代物だ。アミィたちに向かい合うように、キャプテンシートの前にシルディーがいた。すぐ斜め後ろには、赤みがかったシルバーブロンドの少女が立っている。 艦長室から戻ったハンに訊いたら、キャティって言ってた。 あの人も生き残りのクルーだっていうけれど、私たちが連れてきた子はあの人を見ていきなりああなっちゃうし…。 わけが分からないうちに何もかも進んでいってしまう。 ブリッジに戻ってきたばかりのアミィは自分一人が事態から取り残されている気分だ。 しかし、あれこれと問い正している余裕はアミィにはなかった。 シルディーは “殺人者” って言ってたっけ。 まず、生存者を確認すること。 そして、ミュールのクルーを殺害した何者かを見つけ出すこと。 まず艦内の状態を把握しなければならない。 それは最初の目的と同じよね。 でも、情報局が何を調べたいと考えていたとしても、それは後回しになっちゃったのか。 アミィは赤毛の大尉のことを考えた。 ラトル大尉は容体は落ち着いているのだが、まだ薬の効果で眠ったままだった。彼女とミュールの生存者たちは艦長室に移されている。ブリッジにいるのは、キャティ以外、ミステールから乗り移った調査班のメンバーだけだった。 「全員に行き渡ったわね」 シルディーはブリッジのちょうど中央へ進み出て、口を開いた。 一人ひとりの手の中を確かめるように見て行く。 ロティ、ハン、カー、スピア…と左から順に確認する。一番右、アミィ、そしてキャティの手にもハンドガンがあった。 「捜索は2人に分かれて行うわ。ハン、ヴィク。あなたたちはブリッジの艦首側第1、第2デッキ」 「OK、シルディー」 メインコンソール前のハンが気楽な調子で銃を持った右手を上げる。大柄なハンが手にしている大口径ブラスターは、アミィの手の中のハンドガンより小さく見えた。ヴィクは黙ってハンの横に並ぶ。 「グレイルとエナ。ブリッジから艦尾側、右舷第1デッキ」 右手サブコンソールのシートでエナは微かに頷くだけ。 「わざわざ死体を確認して回るのはちょっとなぁ…」 そっぽを向きながらさも気が乗らないという態度で脇に立つグレイルが呟く。 顔を真っ赤にしてヴィクがグレイルに詰め寄った。 「こっちが黙ってるからって、その態度はなんだよ!」 「文句あるのか…」 グレイルは平然と睨み返す。 「よせよ、シルディーが説明中だぜ」 衝突寸前の二人の間にハンが割って入った。頭ひとつ分背が高いハンが壁になったので、事はそれ以上進まない。ハンは軽く二人を両側に押し分けた。 「下らない喧嘩はミステールに戻ってからにして」 シルディーは鋭い視線をヴィクとグレイルに向けた。 これ以上いざこざを増やされては、捜索任務に支障が出かねない。 「スピアとカーは、艦尾側の左舷第1デッキを捜索して」 「分かったわ」 「りょうかい」 パイロットシートとコンバットシートから二人の返事が戻ってくる。 スピアはカーの肩をぽんと叩く。カーは片目をつぶって、右手のこぶしから親指を立てて見せた。 「気楽な連中だぜ、おまえたちは」 ぼそりとヴィクが呟いた。グレイルはわざわざ大きなため息をついてみせる。 「そーかな」 「まあね」 カーとスピアが顔を見合わせ、笑った。 ぴりぴりと張り詰めていたブリッジの空気が、ふと和らぐ。 ありがとう、二人とも。 シルディーは思った。 ただでさえ異常事態に気がたっているのだ。これ以上のいざこざを背負い込むのは願い下げ。いつもの力を、いつもの調子で出して欲しい。 それがシルディーの願いだ。 艦内に潜んでいる何者かは、おそらく、殺人者というよりは、敵、なのだろうから。 険しかった表情をやや緩めて、シルディーは先を続ける。 「アミィはリンディー曹長と、艦尾側の右舷第2デッキ」 「はい」 アミィは小さく応えた。 「曹長、アミィのこと、お願いします」 「ええ」 隣に立つシルディーに頷くと、リンディーはアミィに向かって微笑んだ。 「よろしくね」 シルディーは呼吸を整えるように一拍間を置いた。 「私はキャティと、艦尾側の左舷第2デッキへ回るわ」 キャティはシルディーの後ろで俯いたままだった。一瞬、その場の視線が彼女に集中した。ミュールで何があったのか。キャティが知っているはずなのだ。しかし、キャティは何も分からないと言う。さらにセインの事があった。彼女がキャティに投げつけた言葉…。 セインというクルーの言ったことが正しいとしたら…。 キャティがラトル大尉を撃ったのは過失だったのだろうか。 シルディーの脳裏をそんな考えがかすめる。 「私はどうするの?」 ロティの静かな声が奇妙な沈黙を破る。シルディーは我に返った。 「ブリッジに残って連絡の中継、全体の監視と、負傷者の世話をお願い。面倒なことばかり任せてしまうけれど」 「平気よ。動き回らない分だけ楽だもの」 ブリッジ左のシャッタードアの前から応えながら、僅かに唇の端を歪めて見せる。それ以外は相変わらずのポーカーフェイスだ。この異常事態の中で、常に変わらぬ落ち着いた態度でいる。それが彼女に冷静さと事件に対処しようとする気力を与えてくれる。シルディーはロティに感謝したい気分だった。 シルディーはロティに微笑み返した。 今一度、シルディは全員の顔を見渡す。 「何か異常を見つけたらすぐにロティに連絡して。通話はチャンネル2だけを使うこと」 言葉を切り、コンマ何秒かシルディーは考えた。 あれを伝えるべきだろうか。 ラトル大尉やリンディー曹長が探しにきたものが何か…。 多分、それがこの事件を引き起こした原因なのだから。 リンディーがじっとシルディーを見つめている。 「絶対に単独行動はとらないこと。1ブロック終了ごとに必ずブリッジに連絡を入れること。待機ピットの件もあるから、コンパートメントのチェックは念入りにして。いいわね」 いや、よそう。 今、彼女たちに余分なことを考えさせるのは。 思い直し、シルディーは続けた。 「タイムリミットは標準時間で2時間にするわ。それ以上かかりそうな時はロティに連絡すること」 シルディーは重ねて念を押す。 「十分に注意してね。では、捜索開始!」 「了解」 「分かった」 「OK!」 幾つもの返事が重なった。 ヴィクとハン、グレイルにエナと、それぞれペアごとに受け持ちのブロックへ向けて素早く散って行く。ブリッジに残されたのはシルディーにロティ、そしてキャティの3人だけになった。 「何か気になることでも、シルディー?」 まだためらいがあった。 ロティにだけは話しておくべきかも知れない。 シルディーは思った。 そして自分をじっと見つめていたリンディーの瞳を思い出す。 ふっと軽いため息。 シルディーは左右に小さく首を振った。 「いえ、向こうの状態をもう一度確認したくて…」 シルディーは艦長公室へ繋がるドアを見やった。 「生死にかかわるって状態じゃないわ。大尉も、ブリッジに倒れていた、フィッツだっけ?」 ロティはキャティに尋ねた。 声を掛けられたキャティの肩がぴくりと震えた。 「は、はい」 「…そのフィッツって子の方も心配しないで平気よ。ただ、」 ふとロティの表情が陰った。 「最後の一人は、動ける分だけ問題ね。早く興奮状態を抜け出してくれればいいんだけど。大尉みたいに鎮静剤をちょっと増やして一時退場してもらいましょうか?」 ロティは真面目な顔でぶっそうなことを言う。 彼女流のユーモアだろう。シルディーは苦笑した。 「できるなら、薬なしでなだめておいて」 「分かったわ、任せて」 ロティは唇の端を少し歪めて見せる。シルディーは彼女の二の腕を軽く叩くとキャティを振り返った。 「行きましょう」 それに応えてぎこちなくキャティは頷いた。 |
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