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§ 6 ◆巡恒艦ミュール:第1デッキBブロック 「いいのかな」 「何が?」 「キャティってやつ。もし、本当にあいつがやったんなら…」 ヴィクとハンは艦首レーダー室へ向かって第1デッキの通廊を歩いていた。 「考えがあるんだろ」 しばらく言葉が途切れる。 「俺にはあいつがそんなことをやるようには見えないな。…最初の死体を見ただろ。アミィが吐いちまったのも無理ないぜ。シャッターで真っ二つってのもあった」 「セインが錯乱してあんなことを口走った?」 「分からんよ」 ハンは前を見たまま肩の上で右手をひらひらと振ってみせた。 「ま、余計なことを気にしないで、俺たちは俺たちの分担をきっちりやる。それだけでいいんだって」 ブロック境界のシャッターにたどり着き、二人は立ち止まった。ここも閉じられている。ハンは操作パネルの数字キーを叩く。 「さっさと片付ければ、それだけ早くここからおさらばできるさ」 「ああ」 ヴィクの不服そうな返事とシャッタードアの開くアクチュエータの作動音が重なった。 「じゃ、行こうぜ」 ハンは前に延びる通廊を指差した。そこにはパールホワイトの内壁がひっそりと続いているだけだった。 ◆巡恒艦ミュール:第1デッキFブロック 「オーケー、ロックして」 スピアが後ずさりしながら部屋を出てきた。 「わかった」 カーはトリガーに掛けていた指を離した。右肩にかけたスリングをずらして中型ブラスターの銃口を上に向ける。操作パネルのキーに指を走らせ、部屋を封鎖した。 ここは一般クルーのコンパートメント。使われた形跡は無かった。 もちろん死体も何もない。 ヘッドカムのマイクを口元に引き下ろすスピア。 「ロティ、こちらスピア。第1デッキF2ブロック、異常なしよ。これからF3ブロックへ進むわ」 “了解” ブリッジから返ってくるのはたった一言、それで連絡は終わった。 「愛想ないなあ、はげましてくれたっていいのに」 ミュールに乗り込んでから、死体と生存者、続け様に驚かされて命が縮む思いをしたカーはブラスターを抱いて頬を膨らませた。 「ロティにそんなこと言ったって無駄よ」 スピアはそう言って、先に立ち、歩きだした。 慌てて追い付いてくるカー。 スピアの背後から、おっかなびっくり通廊の向こうへ視線を走らせる。 幸いなことに、艦内捜索に入ってからは何も心臓に悪いようなものには出くわしていなかった。正体不明の殺人者にも。 死体には、もうお目にかかりたくない。 スピアだってそう思う。 これが、パラノイド、そう、出てくるのがパラノイドのドローンだと分かっていればカーだって無暗に怖がりはしないだろう。 ブロック境界のシャッターを開ける。 何もない。シャッターの背後に続く通廊はF2ブロックで見せたのと同じ無機的な表情を変えていなかった。 カーが大きなため息をつく。 いちいち動作が大げさなんだから。 スピアは思わず笑みを浮かべた 「あー、笑ったなぁ。死体はともかく敵がいたらどうするのよ」 「そのでっかいブラスターで撃てばいいじゃない」 「もう!」 二人はF3ブロックに入った。 補助パワープラント、レプリション炉などの動力系の施設のブロックだ。最初にあるのはブロックの中枢に当たるローカル制御室だ。 入り口の前に立ったスピアが、操作パネルのキーを叩く。 敵か…。 その言葉にスピアは、また思い出した。 ボーディング・ルームで聞いたリンディーの呟きを。 “挑戦” だって。 いったい何のことだったんだろ。 アミィと組んでるけど、大丈夫かな。 「ところで、リンディー曹長だけど」 ドアが開いたところでスピアはくるりと振り返った。 きょとんとしてカーが顔を上げる。 「?」 「噂のこと」 「ああ、あのこと」 カーのけげんそうな表情がぱっと明るくなる。 「スピアにはまだだったっけ」 「うん」 制御室へ足を踏み入れながらスピアは応えた。 「話ながら行こう…」 そうすればカーも少しは落ち着くだろう。スピアは思った。 二人は手の中の銃を握り直して中へ入った。 ◆巡恒艦ミュール:第2デッキDブロック また一つ死体が見つかった。 制服がミュールのクルーとは異なっている。緋色一色で短いケープがついている。 そして、左の手首が無かった。 鮮やかな断面から赤と白が混ざり合った組織が見える。 すっぱりと鋭利な刃物で切断されたようだ。 血も一滴もない。 「まだそれほど時間は経ってないようだけど…」 フロアに膝をついたリンディーは周囲に鋭い視線を走らせる。脚を固定した長いテーブルと並んだシート。何種類かのディスペンサー。カウンター。 「こちらアミィ、集会室です」 アミィは入り口近くのコーナーですくみ上がりながらブリッジを呼び出していた。 左手でヘッドカムのマイクロマイク・アームを掴み、胸元にハンドガンを握った右手を引きつけて、しきりと辺りを警戒している。 “ブリッジよ” 「見つけました。この艦のクルーじゃないみたいです…」 “どういうこと、正確に教えて” アミィの視線にリンディーが無言で首を左右に振る。 「制服が違うんです…それと、手首がありません」 そう言いながらアミィはごくりと唾を飲み込んだ。 “手首が?” 「左手です」 “今まで、欠損がある死体は無かったわね” メチャメチャなのが 「欠損」 なしっていうならばね。 アミィは思った。 “多分、6人目だわ。それが” 「6人目…」 部屋の隅からアミィはこわごわ見やった。 リンディーがカッと見開かれたままの目を閉じてやる。立ち上がるとカウンターの背後へ回った。アミィはじっと死体を見つめている。 ここから見るとただ寝ころんでいるみたい…。 けれど、また一人殺されたんだ。 「こっちにも何もないわ、アミィ」 声が戻ってくる。 「はい」 フロアに転がっている死体から視線を上げ慌てて返事をして、ロティに伝える。 「厨房には異常なし、です」 “艦尾側に多いわ…” ロティの呟きがイアーカバーの中で響く。 「ねえ、それって…?」 “理由があるかどうかは分からないわ” “きっとそっちに殺人鬼がいるんだぜ” いきなりグレイルの声が割り込む。アミィはその声に飛び上がりそうになった。 もう、コールも無しで! ヘッドカムはチャンネル2、共用波長になっている。割り込むなとか盗み聞きするなとかは言えないのだ。いくらアミィがグレイルを嫌っていても、残念ながらどうしようもない。 “無駄口は結構、そっちはどうなの” アミィの気持ちを知ってか知らずか、ロティがぴしゃりと切り返した。 “こっちは異常なし。これからD2へ移る” “了解。アミィも変なこと気にしないで捜索を続けて” 「分かりました」 むすっとしたままアミィは通信を切った。 向こう側でグレイル、わたしのこと嗤ってるんだろうなぁ。 リンディーが隣に戻ってきている。アミィは慌てて膨れ面を止める。 死体の様子を調べて、彼女はどことなく疲れたように感じられた。が、アミィがじっと見ているのに気付くとすぐに表情の陰りは消え去った。 「どうしたの?」 「ロティが、死体が艦尾側に多いって。それだけなんですけど…」 口元に軽く握った拳を寄せてしばらく考えている様子だったが、リンディーは小さく頭を振った。 「理由があるかも知れないわね。でも、手がかりとしてはまだ不十分だわ」 リンディーはアミィの質問ににじむ不安を的確に読み取っていた。 アミィの肩にそっと手を置く。 「二人でしっかり協力すれば大丈夫よ」 空いた手で自分の肩から下げた固体弾マシンガンを軽く叩いてみせる。 「それに、私がいるかぎりあなたを傷つけさせたりしないわ」 「はい」 自然に笑みが浮かぶ。 この人と一緒でよかった。 あの大尉だったらきっと全然うまくいかなかったもの。 アミィは思った。 「しっかり頼むわよ。じゃあ、次に回るわ」 「あのぉ…」 アミィは言いだしにくそうに、今一度リンディーの顔を見上げた。 「まだ何か?」 リンディーはアミィの視線の先を追った。アミィが見ていたのはフロアの上に横たわっている死体だ。 「あの人、置いて行くんですか」 「今は仕方ないわ。かわいそうだけれど、このままにしておきましょう。捜索が終わったら他のみんなと一緒に必ず、ね」 アミィはこっくりと頷く。 リンディーはそんなアミィに微笑んだ。 「優しいのね、あなたは」 「そ、そうですか…」 顔を赤らめながらアミィはドアの操作パネルに駆け寄った。 リンディーは死体を振り返った。 その顔にはアミィには見せなかった厳しい表情が浮かんでいた。 ◆巡恒艦ミュール:第2デッキGブロック 「あと1人ということになるわね、行方不明なのは」 “一応はね。あのセインって子が言っていたケルプの死体を確認できれば全員だわ” シルディーとロティは専用周波数で会話していた。彼女とリンディーのヘッドカム、そしてブリッジのコミュニケータでしか受信できない。二人の言葉は他のクルーのヘッドカムには届かない。 「制服の違いと手首がないっていうのが気になるわね。犯人の手がかりは?」 “そっちの方は全然。死体が艦尾の方だっていうのが鍵だとは思うけれど” 「分かったわ。考えてみる。じゃあ」 “了解” 交信を終え、シルディーはカムのマイクロマイクを口元からずらす。 「キャティ」 「はい」 小声で答えながらキャティは顔を上げた。二人は機関ブロックの中を通り抜ける通廊に立っている。スピアとカーが探索している部分の 「下」 に当たる区画だ。ここには人工重力発生器やイナーシャアブソーバが設置されている。このミュールは高速巡航・高加速度を売り物にした連絡艦なので、特に大出力のイナーシャアブソーバを持っていた。軽いハム音が通廊を満たしている。 「お客さんは見つかったわ。ケース無しで」 シルディーは知っていた。 アミィとリンディーが見つけた死体の正体を。失われた手首にはハンドカフで耐爆ケースが繋がれていたはずなのだ。ケースの中身は、リンディーの言った “データ” だ。 「目的が彼女だったという証拠よね。クルーの誰かがやったとしか考えられないのだけれど…」 「でも、そんなことありえません!」 キャティは胸の前でハンドガンを両手で抱くようにしながらシルディーを見上げた。 「なぜ? あなたはなぜそう言えるの、キャティ」 「みんな知っていました。同じ艦の仲間です。誰も…」 力なく首を振るとキャティは俯いた。 この子がやったとは思えない。 でも、何かを隠している。 シルディーは大きなため息をついた。 その時、見えない糸で手操られるようにキャティは顔を上げた。シルディーの背後の壁にじっと目を凝らしている。シルディーは振り返った。 何もない。 「どうしたの」 「まさか…!」 キャティが声を上げる。 もう一度振り返ったシルディーは正面からキャティの顔を見据えた。 「…そんな。でも、そうとしか…」 彼女にはシルディーの存在が全く目に入っていないようだ。 殺人者がクルーの中にいるとして、セインが私を見たというなら…。 可能性は一つしかない。 シルディーの一言がきっかけだった。 “クルーの誰かがやったとしか考えられない” それまでは次々と起こる事件に混乱し、まともに考えることが出来なかった。 最初は、そんなはずはないと頭から決めてかかっていた。 その前提を外してしまえば簡単に分かることだったのだ。 可能性はそれしかない。 キャティは思った。 「キャティ、どうしたの? しっかりして!」 シルディーに両腕を揺さぶられて、キャティは我に返った。 「す、すみません」 キャティの瞳がようやくシルディーの顔の上に焦点を結ぶ。 「思い当たることでもあるの」 「…ええ。少なくとも誰を捜せばよいのかは、分かりました」 「誰をって、あなた、さっき…」 「はい。さっきは何も知らないと言いました。でも、一つだけお話ししなければならないことがあったんです。それを隠していました。」 「どうして…」 シルディーは発しかけた質問を途中で飲み込んだ。キャティの顔からそれまでの頼りなげな表情が消えていた。何かを決意したかのように真剣なまなざしがシルディーを見つめている。 シルディーは考えた。 問い正すことはいつでも出来る。今は動くことが先決だ。 「それで、何を捜したらいいの」 「いえ、捜すのは後です。捜索を中止して、すぐ全員をブリッジに集めて下さい」 「?!」 「危険なんです。このままではまた犠牲者が増えます!」 |
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