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§ 7


◆巡恒艦ミュール:ブリッジ

“…次に回”
「アミィ、アミィどうしたの?」
 返答がない。
 耳障りなノイズがコンソールから溢れてくる。
 ロティはコンソールに並ぶキーに指を走らせた。
 スピーカーから流れるのはノイズだけだ。艦内に散っている5グループの誰とも連絡が取れない。コンタクトパネルの一斉コールをかける。
「だめか…」
 ヘッドカムと違い、通路やコンパートメントに取り付けられているコンタクトパネルを介するインターカムは有線方式だ。こちらもだめだとすると、無線も有線も妨害を受けていることになる。無論、コンタクトパネルは明滅するコールランプに気付いて、誰かが応答キーを押さなければ役に立たない。しかし、リンディーとアミィが応答してこないはずがない。たった今、交信中だったのだから。
 こっちもやられている。確実だ。
 ロティはメインパネルに艦内図を呼び出した。これまでに確認した捜索状況と各チームの位置が表示される。
 最新の報告からすれば一番近くにいるのはハンたちだ。
 しかし、他のクルーとは逆方向になる。
「待つだけか」
 うかつにここを空ければ、余計連絡が取れなくなる。
 誰か回復していればな。
 そう思ってロティは、ちらりと背後のドアを見やった。彼女が驚いたことにドアは開いていた。人の姿があった。
「…大尉…」
 ポーカーフェイスの彼女が驚いた証拠に、ロティは片方の眉をぴくりと跳ね上げた。
 シャッタードアの開口部にもたれかかるようにラトルが立っていた。背後には残りの二人の顔も見える。ラトルはセインに支えられながらブリッジ中央へと出てくる。その後ろで、まだ朦朧としているのか、しきりと包帯を巻いた頭を振っているのはフィッツだ。
「状況を教えてくれないか」
 キャプテンシートに倒れるように身を預け、苦しそうにラトルは尋ねた。
 息をするだけで身体に痛みが走るはずだ。まだ動くのは無理だというのに。
 ロティは考えた。
 セインがいてくれるのは好都合だ。艦内で迷う心配はないだろう。
 ハン、ヴィクと合流して艦尾に回る。ここは大尉とフィッツに任せればいい。
 決めた。
「艦内捜索に出たシルディーたちとの連絡が途絶えました」
「すると…またヤツが動き出したのか」
 ロティは黙って頷いた。
 セインが身体の脇にたらした両手の拳を握り締める。
「あいつ、キャティだわ…!」
「それはこれから確かめる。ラトル大尉、これから私は出ます。まず、艦首のグループと合流してから残りのグループの支援に回ります。その間、ブリッジをお願いします」
「分かった。十分、気をつけてくれ」
 ラトルは余計なことを尋ねるようなことはしなかった。
 結構まともなやつじゃないか。
 ロティは思った。
「通話が回復するまで、ブリッジから絶対に出ないで下さい」
 ラトルは表情を変えずに頷いた。
「セイン、来て。フィッツはここに残って」
 短く指示を出すと、ロティはフロアに残されたケースを引き寄せた。中からハンドガンを取り出し、セインに手渡した。自分用にも一丁、さらにマガジンを幾つか掴んだ。
 フィッツは事の成り行きを飲み込めないまま、他の3人の顔を見比べた。
「…あの、いったい何の…?」


◆巡恒艦ミュール:第1デッキCブロック

 急にグレイルが立ち止まった。
 エナは首を傾げた。緩くウェーブした金髪の髪が揺れた。
「何かあるの?」
 もう受け持ち区画の捜索は終わったのに。そう思いながら近寄っていく。
 グレイルの立っているのはシャッタードアの前だった。既に調べて封鎖済みの部屋、高級士官用コンパートメントだ。
「ちょっとな」
 振り返ったグレイルが意味ありげな笑みを浮かべた。まだ一回も撃っていないブラスターは腰のホルスターに収まっていた。
「まだ時間があるよな」
「ええ、標準時間で 1/2 時間くらいね。早くロティたちの所へ戻りましょう」
 時間なんか訊いて。グレイル、変だわ。
 死体も見つからず、何事もなく捜索が終わった。だから、エナはさっさと仲間たちと一緒になって安心したかった。
「あんな仏頂面のところに慌てて戻っても、何にも面白いことなんかないぜ。それより」
 グレイルは操作パネルのキーを叩いた。
 ロックを解除している。なぜ…?
 エナは思った。
「鈍いやつだな」
 グレイルの手が伸びてエナの顎を持ち上げる。
 ?!
「続きだ」
 低い声が耳元で囁いたかと思うとグレイルの唇が彼女の唇をふさいだ。数秒だろうか、なすがままになっていたエナは両手でグレイルを押し退けた。
「やっ、やめて!」
「どうしたよ、ミステールじゃそうじゃなかったぜ」
 グレイルは、いったん離れたエナの右腕を掴み、ぐいと引き寄せた。エナは振り解こうともがくが、力でかなうわけがない。自分の方へ倒れ込んでくるエナの体を、今度は壁に突き飛ばす。
 どん、と頭をぶつけてエナは、一瞬、気が遠くなった。だらりと両腕が下がる。グレイルはすかさず詰め寄ると、エナの両手首を掴み彼女の頭の上で押さえた。それだけでエナは壁に押し付けられたまま身動き出来なくなってしまった。
「ほら、しっかりしな」
 左手でエナの手首を押さえたまま、グレイルは右手で彼女の頬を叩いた。
「何考えてるの、今、こんなことしてる場合じゃないでしょ!」
 顔を上げたエナが喘ぎながら叫ぶ。
「…へえ。今じゃなければいいのか。確かにブリーフィングの前はそうだったよな」
「そ、そんな!」
 エナは真っ赤になって顔をそむけた。
 こうだからな。やめられないよな。
 グレイルは薄く笑った。
「やるべきことは済ませちまったんだ。ちょっとばかり息抜きしたって誰も文句は言わないさ」
 顔、首筋、胸と右手の指先がゆっくりとエナの体をなぞる、それに従って強ばっていた彼女の全身から力が抜けていく。
「やめて…」
「折角、いい部屋があるんだしな」
 柔らかな体の線を辿って戻ってきた指先が、エナのきゃしゃな顎を持ち上げる。もうエナは抵抗しなかった。グレイルは手首を押さえていた左手を放した。
「来いよ」
 グレイルは、黙って目を閉じ体を震わせているエナに唇を合わせた。

「そんなことしてていいの?」
 突然、二人の背後に声がした。
 嘲るような声だ。
 びくりと肩を震わせたグレイルはすぐさま振り向いた。
 エナが悲鳴を上げた。
 グレイルは一言も発しなかった。
 喋れる訳がなかった。一瞬のうちにグレイルの頭は弾けていた。鮮血を撒き散らしながらグレイルの身体がエナに倒れかかる。首のない死体を抱え込むようにして、エナはその場にひっくり返った。
「いやっ、やだ…」
 エナは自分の上に蔽いかぶさったグレイルを突きのけようとする。しかし、グレイルの身体は持ち上がったかと思うとまたエナの上に落ちかかってくる。
「ど、どいてよ!」
 歯ががちがちと鳴った。エナの腕が、色白の顔が、淡い金髪が噴き出し続けるグレイルの血で赤く染まっていく。エナは必死でもがいた。グレイルの身体の下から逃れようとした。
 は、早く…。
 エナは何も考えられなかった。
 手も足もまるで他人のもののように動きがばらばらだった。やっと絡み付くようなグレイルの腕から身体半分抜け出せたところで、エナはそのままの姿勢で硬直した。
 目の前にマシンガンの銃口があった。
 銃身を追って視線を上げる。
 ヴァイオレットの瞬かない瞳がエナを見下ろしていた。
 銃口がぐいとエナの顔に近づけられた。
「…撃たないで、お願い…!」
 エナの瞳から溢れた涙が頬をつたい、ぽつりとフロアに落ちる。
 相手はゆっくり首を左右に振った。じりじりと銃口がエナの鼻先へと迫る。エナは追い立てられるように、フロアを仰向けに後ずさった。
「い、嫌っ…」
 叫ぼうと大きく開かれた口に固体弾マシンガンの先端が突っ込まれた。エナの後頭部がフロアに叩きつけられて鈍い音が響く。口の中が裂けた。むせ返るエナの口から血が流れた。
 動けなかった。
 1本のピンで板の上に留められた昆虫のようにエナは身動きならなかった。がくがくと全身が震え、涙が止まらなかった。
 冷たい光をたたえていた瞳が、ふと点のように縮んだ。
 助けてっ!
 エナはもう一度叫ぼうとした。しかし、彼女の思考はその途中でぷっつりと断ち切られてしまった。
 トリガーが引かれたのだ。
 1連射で、フロアのコンポジット樹脂と一緒にエナの後頭部が粉々に砕け散った。
 ごとりと落ちたエナの口からマシンガンを引き抜くと、冷酷な瞳の持ち主はその場を立ち去った。後には目を見開いたまま血を流し続けるエナと、グレイルの頭の無い死体が残された。


◆巡恒艦ミュール:第2デッキGブロック

「なんですって?!」
 シルディーは思わず大声で問い返していた。
「“敵” は私たちをばらばらにしてから、叩くつもりなんです、早く全員に連絡して下さい!」
 シルディーはもう尋ねなかった。すぐさま口元にマイクを引き下ろすとコールボタンをクリックした。回線はチャンネル2だ。
「こちらシルディー。聞こえたら誰でもいいから返事をして」
 それに応えてイアスピーカーから飛び込んできたのは凄まじいノイズ。
「妨害されてる」
「えっ?」
 イアーカバーを押さえながら、マイクロスイッチをクリック、シルディーは回線を切り替える。
「ロティ、聞こえる」
 だが、
「だめ。こっちもノイズだけだわ」
 シルディーは、大きく目を見開き彼女を見つめているキャティに首を振った。
「そんな…」
「驚いている場合じゃないわ。キャティ、あなたの言ったことは本当なのね。信じていいのね」
 キャティの両肩に手を置き、シルディーは彼女のトパーズのような瞳を見つめた。
「はい。“敵” は最初の攻撃で目的を達することが出来なかったんです。そこへ、あなたたちが調査に乗り込んできた。だから、しばらく様子をうかがっていたのが、再び動き出したんです。データを手に入れるために」
「じゃあ殺された親衛隊員が持っていたケースにあったのは…」
 キャティは頷いた。
「ダミーです。本物は…。私が…」
 凝視するシルディーの視線に耐えられないように、キャティは顔をそむける。
 なんてことなの。
 シルディーは唇を噛んだ。
 ラトル大尉たちが捜しに来たデータは目の前にあった。それに気がつかなかっただけでなく、敵の思う壺にはまって、今、私たちはばらばらだ。キャティの言う通り、ブリッジに引き返すか。他のグループを捜しながら合流を図るか。
 腕のクロノグラフを確認した。既に標準時間で 1.5時間が過ぎている。どのグループもブリッジから最も離れた位置にいるはずだ。
 みんな武装はしている。そう易々とはやられない。
 シルディーは信じた。
 結論は単純だった。
「引き返しましょう。まず、ロティやラトル大尉と連絡をとるわ」
「それから?」
 キャティが不安そうに顔を上げた。
「質問はあと。さ、ブリッジへ!」
 言うが早いか、シルディーは先に立って走り出した。


◆巡恒艦ミュール:第1デッキAブロック

 艦首にはレーダーユニットを収めた機械室がある。Aブロックのほとんどが発振素子、受信素子の巨大なアレイとその動力ユニットに占められていた。第1、第2デッキを貫いて配置されている機械群の片隅に、ぽつんと小さく付属しているのがローカルコントロール用の監視室だ。
「こんなところに隠れていたらどうしようもないぜ」
 ヴィクは監視盤の一つに両手を突きながら壁面一杯に開かれたガラス窓の向こうを見やった。そこには皿を重ねたような発振素子の列が延々と続いていた。ヴィクの肩には固体弾マシンガンのスリングが揺れている。
「ぐちを言うのはグレイルだけかと思ったら…」
「あいつと一緒にするなよっ!」
「なら、さっさと行こうぜ」
 ハンが片目を瞑ってにやりと笑った。手に簡易スーツを下げている。それを見て怪訝そうな顔つきのヴィクにハンが説明した。
「あっちは船殻ひとつ隔ててすぐ真空だ。操作ボタン一つで宇宙に吹きっさらしになっちまう。入るにはこいつを着なきゃな」
「私にやれっていうのか」
「そういうこと。俺はこっちで待ってる」
 口を開きかけたヴィクは途中で思い止まり、舌打ちした。
「はめられたか」
「おおげさなこと言うなよ。ここが終われば受け持ち部分、ほとんど終わるんだ。文句言わずに着替えた、着替えた」
 ハンはマシンガンを受け取り、渋るヴィクに簡易スーツとヘルメットを押し付けた。


◆巡恒艦ミュール:第1デッキGブロック

「ちょっと想像つかないわ」
 カーの話が終わるとスピアは小さくため息をついた。操作パネルが並んでいるだけの機関制御室に二人はいた。どのデジタルゲージも、レプリション炉を含めた全ての動力系が安定して作動していることを示している。しかし、スピアも、カーもそんな表示には興味も見せず、パネル前のシートに腰かけて話していた。
「…そんな植民計画があったなんて」
「うん、ソルノイドやパラノイドのテリトリーからずっと離れたところに新しい足がかりを作ろうってことだったんでしょうね。でも母船の管制AIが狂ってしまって、殺し合いさせられた。結局生き残ったのはリンディー曹長一人だけだったってこと」
 締めくくりに要約してみせるカーも深妙な顔つきだった。
「まるで、ミュールみたいね」
 スピアがぽつりと呟く。
「え?」
「クルーが何者かに次々と殺されて、最後に一人きりっていうの。この船みたいでしょう。私たちがミステールからやってきたら、キャティっていうあの子だけがブリッジに居て、あとはみんな…」
「死んでた」
 カーはそう言って身震いした。
「でも、こっちの方がましだよ。仲間同士で殺し合いさせられるなんて酷過ぎるもん。それっきゃ生き残る方法がなかったとしたってさ…」
「らしくないじゃない」
 スピアは茶化すような口調で言った。お調子者のカーがこんなしおらしい態度を見せるなんてこと知らなかった。
「…ちょっとね」
 照れたような笑いを浮かべてカーは立ち上がった。
「だから、リンディー曹長って大したやつだと思うんだ。そんなのに耐えて今までやってこれたんだから」
「信じてるんだ」
「じゃなきゃ、やってられないよ、今回は」
 私が思ったよりもずっとあの死体の様子がこたえてる…。
 スピアは考えた。
 いつものペースに戻すつもりが、逆に落ち込ませちゃったかな。
 誘ったの失敗だったか。
「さ、次、行こ。ぐずぐずしてるとロティが怒るよ」
「あ、やばい」
 クロノグラフを見てスピアは頭を掻き、テーブルに置いたブラスターを手に取った。ちょっとした噂話のはずが話し込んでしまい、思わぬ時間をとっていた。
「じゃ、移動の連絡入れるから、ロックの方確認してね」
「ん」
 スピアとカーの二人は一緒に機関制御室を出た。カーがシャッタードアの脇で操作パネルのキーを叩いているのを見ながら、スピアは口元にマイクのアームを引き下ろした。
 スイッチをクリックする。
「こちらスピア、ロティ、どうぞ」
 返ってきたのはロティの声ではなくザーっというホワイトノイズだった。
「もしもし、ロティ、ブリッジ! 応答して!」
「なんかあったの?」
「ブリッジと連絡が取れない…」
「ええっ?」
 カーは慌てて操作パネルに付属するインターカムに飛びついた。コードナンバーを入力し、コールキーを押す。
「ロティ、ロティ、聞こえたら返事して!」
 こちらのスピーカーから洩れてくるのもノイズだけだ。カーは真っ青な顔で振り向いた。彼女は安心させてくれる言葉を期待するかのように、じっとスピアの顔を見つめた。
 しかし、スピアはカーに言ってやるべき言葉を知らなかった。



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