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§ 8 ◆巡恒艦ミュール:サブブリッジ アミィは必死にブリッジとの回線を復帰させる方法を捜した。コンソールに指を走らせた。それに応えて目の前の大型モニターは次々に表示を変化させる。様々なグラフィックシンボルと画像が浮かんでは消える。 「だめです。何度やっても異常なしって…」 アミィが首を左右に振るとポニーテールが揺れた。 「システムの内部がいじられてるわね」 隣のシートで同じモニター画面を確認していたリンディーは、幾つかのコマンドを入力した。システムからステータス・メッセージが数行返ってくる。 「どうやったかは分からないけれど、完全に通信手段を封じられたってところか」 呟きながら、さらに幾つかのキーを弾く。モニタースクリーンは一度暗転し、今度は艦内略図を映し出した。 ブリッジとの交信が突然途切れて、リンディーとアミィは直ちにサブブリッジに向かった。そこならばメインブリッジと何重にも連絡手段が確保されているはずだった。また、受け持ち区画の終点でもあった。 だが、ロティとの連絡は取れなかった。インターカムに異常はなかった。少なくとも表面上は。それどころか各コンソール、全てのシステムに異常は無い。セルフチェックをかけた結果はオールグリーンだ。ヘッドカムの無線通信が妨害を受け、インターカムが不通だというのに艦自体は正常だと答えてくる。 「…これから、どうするんですか?」 アミィはリンディーの横顔に向かって尋ねた。ずりおちそうになったメガネのフレームを指で押さえる。 「このまま他のみんなと離れ離れになってるのはまずいわ。すぐにブリッジに引き返しましょう」 「通信手段を封じられたっていうのは…」 「聞こえちゃったわよね」 リンディーが小さくため息をつき、シートを回してアミィの方を向いた。 「私たちが捜していた相手は、私たちがブリッジを出て艦内に散らばるのを待っていたのよ。そして、タイミングを見計らって通信を遮断したの」 「それじゃあ!」 アミィは驚いて口元に手をやった。 「そう。ミュールのクルーを殺した犯人が今度は私たちを狙っている。だから、一刻も早くみんなと合流しないといけない」 「その犯人って…」 「わからない。まだね」 リンディーは立ち上がって、正面の大型モニターを指差した。 「既に捜索済みのブロックの間を、4号通廊で真っ直ぐにブリッジに戻りましょう。ここを通れば脇からの合流路は2ヵ所だけ」 コンソールのキーを弾くと、説明された通廊の色がグリーンに変わる。 「十分注意していれば、不意を突かれる心配はないわ」 アミィはコンソールパネルの上に置いたハンドガンを見やった。 これを使わなきゃいけない…。 ミュールに乗り込んだ時に見た死体の様子が脳裏に甦った。 辺り一面に血が飛び散っていて…。 体が今にも震え出しそうだった。すぐにもこの場から逃げ出したかった。 唾を呑み下そうとしたが、口の中はからからに乾いていた。リンディーは彼女の視線に気づいてアミィの肩にそっと手を置いた。 「私を信じて。シルディー准尉に頼まれた大事なクルーだもの」 「…はい」 アミィは小麦色をしたリンディーの顔を見上げて頷いた。 ◆巡恒艦ミュール:第1デッキAブロック ハンは監視モニターの画面でヴィクの動きを見守っていた。さんざん文句を言ったあげく、ヴィクは作業用の船外服を着込んで機械室に入った。そして、マシンガンを抱えて発振素子の列の間を歩いていた。 “第12列は異常なしだ” 雑音混じりの声がコンソールのスピーカーに流れた。 「オーケー。あと8列分、頑張ってくれ」 画面の中でヴィクが立ち止まった。ヘルメットの頭がこちらを見上げる。 “あと8列もあるのかよ、おい。このメット、とっちまってもいいだろ。暑苦しくてかなわない” ハンはパネルのダイアルを左右に調整してみたが雑音は相変わらずだ。 「だーめだめ。我慢しろ、お前のためだ」 “ちぇっ。妙なところに堅いんだからな、ハンは” 「ミステールで何か奢ってやるよ」 まあ、しょうがないか。レーダーアレイのど真ん中だからな。 ヴィクに答えながらハンは思った。 “今の言葉、憶えてるからな” 「りょーかい」 笑いながらハンはスイッチを切り替え、ジョイスティックを倒した。ヴィクの姿が消え、モニター画面が移動する。次のディッシュの列が映し出された。音声と違って画像の方には何の異常もない。 こっちは座って手首を動かしてりゃすむんだから楽だわ。 シートの背にぐっと体重を預けて室内を見回した。 他の連中は何か見つけたかな。 ハンは考えた。 こっちには厄介事は起きそうもないし、この分なら案外早くミステールに戻れそうだ。親衛隊が何かを捜しているにしろこの艦ごと渡してしまえば、それでおしまいだし…。そう言えばあの時現れたパラノイド艦はミュール自体を狙ってたのかも。 思い当たってから、ハンは急に心配になった。シートの上で背筋を正す。 まさか、ミステールがやられちまったなんてことは…。 死体だらけの艦でマーサスに戻ることだけは無しにしてもらいたい。 ハンは本気でそう思った。吐いてしまったアミィほどやわではないつもりだが、やはり気分がいいとは言い難い。 長居するところじゃないよ、ここは。 「ヴィクもあーだこーだ言わずに、早く済ませりゃいいのに」 首を小さく左右に振りながらハンは呟いた。 「なら、そうしてあげる」 突然、背後に声がした。 振り向くハン。驚きに見開かれた彼女の瞳を紫色の視線が見つめていた。 いつの間に入ってきたんだ?! 「おまえ、」 ハンは身体を捻るようにして立ち上がりかける。その胴を銃弾が薙いだ。固体弾マシンガンの弾はあっさりとハンの胸を貫通した。弾はさらにコンソールを破壊し、モニターが火を吹く。ハンはモニターの真上に叩きつけられた。がっくりと首を垂れると彼女は動かなくなった。 紫の瞳の持ち主はそれを確認するとコンソールに歩み寄った。マシンガンの先でハンの身体をフロアに払い落とす。そして、ゆっくりとパネルを調べた。 探していたキースイッチはすぐに見つかった。 血しぶきがかったスイッチを指先が撫でる。 瞳が点のようにふっと縮まった。 両手でマシンガンを持ち上げ、ストックをその上に振り下ろした。 「おい、ハン、今の音何だ?」 どこかで何かがはじけるような音がした。 ヴィクはディッシュの列の中で顔を上げると口元のマイクに尋ねた。 「おい」 再度呼びかけたが返答はなかった。ヘルメットのスピーカーから聞こえるのは雑音ばかりだ。しかも、さっきよりもかなり大きな気がした。 しかし気になるのはハンのことだ。 ちっ。 居眠りでもしてるんじゃないのか。ひどいやつだな。 ヴィクは考えた。 はるか頭上から自分を見下ろしている監視カメラを睨んでみたが、ハンが何か言ってくるはずもない。受発振素子の積み重なったディッシュの列の間にいるヴィクには、監視室の様子は全く見えない。 あー、面倒だ。 気にしないでいろってのは無理だよ。 ヴィクは灰色の円柱の間でくるりと踵を返した。 その途端だった。 周囲にオレンジの光が一斉にともった。壁面、天井、機械室に設置してある全ての回転灯が警報とともに回り出した。 「な、なんだ…?」 ヴィクはオレンジ色の光の洪水の中で立往生していた。 辺りを見回すが何が起こっているのかさっぱり分からなかった。 「何の警報だ?」 本能的に危険を感じて、ヴィクは走り出した。列の外れに出る。 何歩目かを踏み出したところでぐっと横ざまに引っ張られた。よろけたヴィクは、発振素子ディッシュにつかまり身体を支える。 いったい? 「おい、ハン、何やってんだよ。返事しろ!」 事態が理解できないまま、ヴィクはヘルメットの中で怒鳴った。 その間にも身体を引っ張る力はますます強くなっていく。船外作業服のグラブが滑らかなディッシュ上ですべった。ヴィクはそのままフロアに倒れた。ヘルメットが激突する。さらにヴィクの身体はフロアを引きずられていく。 動きを止めようとヴィクは腕を振り回した。 だが、手がかりがない。ディッシュの列から離れ、コンポジット樹脂のフロアをすべり続けた。 何かを掴もうと必死になったヴィクは見た。 闇がすぐそこに口を開けていた。 馬鹿な…!! 何が起こったのか、警報が何だったのかヴィクはやっと理解した。 受発振素子のアレイをカバーし、艦内と真空の宇宙を隔てていたコンフォーマルハッチが開け放たれている。素子群の総点検や、ブロックごと交換する時以外は使用されないはずのハッチだ。 「ハン!」 精一杯の声を喉から絞りだす。 「やめろ!」 だが、やはり返事は無かった。 両腕のグラヴが空しく宙を掻く。 ヴィクの手の下をフロアのコーティングパターンがすり抜けていく。 そして、途切れた。 船外作業服に包まれたヴィクの身体は、真空の空に投げ出されていた。 ◆巡恒艦ミュール:第2デッキDブロック 「まただわ」 シルディーが吐き捨てるように言った。 前方にブロック境界のシャッターが立ちはだかっている。 「すぐ開けます」 息を乱しながらキャティが操作パネルに取りついた。素早く解除コードを打ち込む。シルディーはじりじりする気持ちを抑えつけながら待つ。 妨害は徹底していた。 シルディーたちが再集合するのを少しでも遅らせようというのだろう。 捜索に入る前に一度全て開けたはずのブロック境界のシャッターが、全て閉じられていた、シルディーたちは一々そのロックを解除しながらブリッジへ急いでいた。 シャッターが左右に動き出した。 広がりかけた隙き間に身体をねじこむシルディー。キャティもシャッターが開ききらないうちに駆け抜ける。 「データってなんなの?」 走りながら、突然シルディーが尋ねた。 「え…」 「教えてちょうだい」 キャティが口ごもったところへ、さらにたたみかけるシルディー。振り返らず前方を見据えたままだ。キャティの目の前の背中で黒髪が揺れていた。 この子はまだ隠している。 きっと、それこそがミステールの艦長が探り出せと言った、事件の真相なのだろう。 シルディーは思った。 今、知ったからといって事態が変わるとも思えない。 しかし、知りたかった。 納得したかった。 「こんな小型の巡恒艦に、ダミーの伝書使まで乗せてマーサスまで運ぼうとしているのは何」 コンポジット樹脂の壁面パネルの合わせ目が幾つも二人の横を流れ過ぎる。 「わざわざパトロール中のミステールを利用して、密かに受け渡そうとしたデータってなんなの」 キャティは黙ってシルディーの背を追いかけた。 迷った。 本来なら、絶対に明かしてはならない。 それは最優先の指令だ。 でも…。 それは一人で抱えるには重過ぎる秘密でもあった。 キャティは迷った。 シルディーの脚が止まった。キャティも立ち止まる。 デッキ間を連絡するシャフトの前だった。 「ミュールのほとんどのクルーを殺し、今、また私たちに迫っている脅威の原因は何」 シルディーは息を整えながら操作パネルでシャフトを呼ぶ。 唇を噛み締めてキャティは沈黙を守った。シャフトが第1デッキから降りてきてシャッタードアを開く。二人は同時に滑り込んだ。 シルディーはキャティの言葉を待った。 ミステールのような大型巡恒艦とは違い、1デッキを上がるのはあっという間だ。すぐにシャッタードアが開き、二人を第1デッキのDブロックに吐き出した。 「…座標データです」 ドアが二人の背後で閉じようとしたその時だった。 シルディーは踏み出そうとした脚を止めた。 「恒星破壊兵器の配置データです」 キャティは続けた。 「恒星破壊兵器…?」 それはシルディーが初めて聞く単語だった。 「軍上層部もほとんど知らない機密、親衛隊の切り札です…」 ◆巡恒艦:ミュール第2デッキEブロック それは、目の前に振って湧いたように突然現れた。 とっさにアミィはハンドガンを構える。 「だめよ!」 リンディーがその手を押さえた。 あ! 通路の合流点にいきなり飛び出してきた二つの陰が、仲間の姿に変わった。 「スピア…、それに」 「リンディー曹長、アミィ!」 駆け寄ってくるスピア。すぐ後ろにカーがぴったりくっついている。 「こっち来て良かったね、スピア」 「何が起きてるんです?」 安堵の表情を浮かべるカーを無視してスピアは尋ねた。 「分からないわ。あなたたち、こっちへ来る途中で何か気付いた?」 「開けてあったはずのシャッターまで、ブロック境界が全部閉じていた以外は…」 スピアはリンディーに首を振った。息が荒い。 「サブブリッジの方で閉鎖したんですか」 「違うわ。他の誰か、おそらく、ヘッドカムの通信を妨害しているのと同じヤツの仕業だと思う」 情報を交換し次の手を考えるリンディーとスピアの傍らでは、アミィとカーが言葉を交わしている。 「大丈夫?」 「へーいき、何ともないって」 ついさっきまでスピアに見せていた半べそは何処へいったのか、カーは胸を張って見せる。その様子を見てアミィの膨らみかけた不安も鎮まろうとしていた。 「そうよね、平気よね」 本当に安心したくて、アミィはわざわざ声に出して尋ねた。 「もちろん」 カーは人差し指で、ずり落ちそうになっていたアミィのメガネをちょんと押した。カーの肩から下げたマシンガンが小さく揺れた。 あとはシルディーたちと合流してしまえば、おしまい。リンディー曹長が噂通りの人なら…。ううん、きっと本当のはずだもの。 カーはそんな気でいた。 「二人とも」 リンディーの声にカーとアミィは振り向いた。 「このままブリッジに戻るわ。全員の無事を確認することが先決だから」 「はい」 「分かりました」 二人に異存があるわけがない。 「このまま第2デッキの右舷を進んでCブロックのシャフトから上がりましょう。カーとスピアは、このまま前をお願い」 艦内ブーツに固定しなおしたナイフを調べていたスピアが立ち上がる。 「十分に警戒して。まだ、何が起こっているのか本当のことは分からないのだから」 3人の顔を順に見渡し、リンディーは念を押した。 ◆巡恒艦ミュール:第1デッキAブロック 監視室の入り口は開いていた。 ロティはハンドブラスターを握り直した。 様子がおかしいわ。 今まではドア、シャッターの類は全部閉ざされていた。 通廊の壁面にぴたりと背中をつけるようにして入口の脇に立つ。すぐにセインが並んだ。手にはやはりブラスターがある。 素早く手のサインで意図を伝える。 先に入るから、援護を頼む。 セインは黙って頷いた。 顔をドアぎりぎりの位置にまで進めて室内をうかがう。物音はない。かすかなハム音が響いてくるだけだ。ロティは腰をやや落とした。指先でブラスターのセイフティが外れていることを確かめる。ブリッジを離れる前に簡単に確認しておいた室内配置を思い出す。 背後でセインが息を呑む気配がした。中の動きは感じられない。 入口左右に障害はなし。正面にコンソールボード。監視窓。 よし。 後ろに回した左手で、とんとセインの脚に触れた。 合図だ。 ダッシュした。 姿勢低く斜めによぎるようにドアの中へ突っ込む。視線と銃口が同時に室内を走査した。視界に入ったのはコンソール。その前に並んだ空っぽのシート。 そして、対爆ガラスの監視窓一面に飛び散った血痕だった。 コンソールパネルの上に死体があった。引っ掛かっていた。 流れるようなロティの動きが、断ち切られたように止まった。 背を伸ばす。 死体は胸を撃ち抜かれていた。 ロティは銃口を下ろし歩み寄った。 「ハン…」 「他には何もありません」 監視室内を見渡しながら、後に続いたセインが言った。僅かに声が震えている。 「一緒だったヴィクの姿がないわ」 抑揚のない声で応えるロティ。 敵だわ。 もうただの正体不明の存在なんかじゃない。 はっきりと分かった。 「どうします? 早くキャティを探し出さないと」 セインはコンソールの状態を調べながら、ロティの表情をうかがう。 どうしてこの人はこんなに落ち着いていられるのだろう。 仲間が殺されているというのに…。 セインは答えを待つ。 ブラスターを左手に持ち替え、ロティは死体へ右手を伸ばした。見開かれたままのハンの瞳を閉じてやった。 「第2デッキへ降りて、艦尾へ回りましょう。ここは閉鎖するわ」 「でも。あら…?」 反論しかけたセインはコンソールの表示に気付き、前を見た。 「何か」 セインの視線にロティは監視窓の向こうを見やった。 受発振素子の列が延びている。天井にずらりと並んだライトが照らしている。 だが何か妙だ。 何が? 「メンテナンス用のサイドハッチが開いてます、全部」 ロティはパネルに両手を突いて身を乗り出した。 誰もいない。 全てのエアを失った機械室は宇宙に繋がる淡い闇に沈んでいた。 そう…か。 ヴィクも、多分だめだ。 ロティには分かった。 「何のためでしょう」 「詮索はあとよ。行くわ」 ロティはコンソールに背を向けた。先に立ち通廊に出た。黙ってセインが続く。 セインはそのまま操作パネルに向かった。 「閉鎖します」 指がテンキーの上を走った。 いったい…。 セインの指の動きを目で追いながらロティは唇を噛み締めた。 打つ手がないなんて。 セインが最後のキーを押し込んだ。 その瞬間、閃光が二人を包んだ。 |
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