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§ 9


◆巡恒艦ミュール:ブリッジ

 艦内配置図で真っ赤なサインが明滅している。
「レーダー機械室です。規模はまだ不明ですが…」
「至急確認してくれ」
「やってます」
 フィッツはCRTに現れては消える画像とグラフィックを睨む。半分透けたラトル大尉の姿が大型CRTの隅に小さく反射している。
 負傷者なのに人使い荒いぞ。
 でも、ま、仕方ない。んなこと言ってる場合じゃない。
 ああ、うっとおしいや。
 操作パネルに右手を走らせながら、左手で頭の包帯を解いてしまう。
「レーダーアレイのおよそ半分が使用不能です。探査距離、探査視界とも30%以下に低下。Aブロックの監視カメラは使用不能、内部の状況は確認できません。その他は異常ありません」
 フィッツは画面の表示を順番に読み上げた。
「レーダーのダメージが酷いですけど、現状では航行への影響はないです」
 それは当然だ。今、ミュールは星系外を自由落下しているだけなのだから。
「交信は?」
「だめです。あの二人、大丈夫でしょうか」
 キャプテンシートを振り返った。ラトルは応えない。黙って艦内図を見つめている。
「いいんですか、このままで」
 フィッツが重ねて尋ねる。
「マーサスとの回線を開いて」
「え?」
「こっちへ来てくれ」
 首を傾げながら立ち上がると、フィッツはメインコンソールを離れラトルのもとに歩み寄った。彼女の目の前でラトルは制服の胸ポケットから何かを取り出した。
「これで情報局の通信センターと直接交信できる」
 差し出されたのは1枚のソフトカードだった。フィッツの視線が見比べるようにカードとラトルの顔の間を往復する。
「スロットに差し込んで起動するだけでいいんですね」
「ああ。向こうが出たら私が代わる」
 傷に響くのかラトルの顔は真っ青で、脂汗が額に浮かんでいる。
「もう一つ」
 戻りかけたフィッツを呼び止める。
「機関系の制御を全てキャプテンシートのコンソールに回して欲しい」
「は、はい…」
 何をするつもり…?
 フィッツは疑問を抱いたが反対する理由はない。
「それより、大丈夫ですか」
「私のことはいい」
 ラトルが行動を促すように手を振ったところへ、コール音が鳴った。
 まさか!
 二人の視線がメインコンソールのインターカムに走った。フィッツが飛びつくようにして応答キーを叩く。
「こちらブリッジ!」
“シルディーです、ブリッジのロックを解除して下さい”
 シルディーって…?
 フィッツはコンマ何秒か言われたことが理解できなかった。
 誰だろ。インターカムは不通のはずでしょ。ロックを解除ってことは。
 そんな言葉が切れ切れに脳裏に浮かんだ。
 そっか!
 やっと分かったフィッツはパネル上の操作ボタンを幾つか叩く。ほとんど同時に入口のシャッタードアが開いた。二つの人影が室内に滑り込んでくる。シルディーとキャティだ。
 シルディーはブリッジ内を見て、ラトルとフィッツしかいないことに気付いた。
「大尉、ロティはどうしたんです?」
 ラトルの言葉を遮ったのは船体をびりびりと震わす激しい震動だった。ワンテンポ遅れてくぐもった爆発音がブリッジ内のエアに響いた。
「今のは?!」
 シルディーとラトルの声が重なった。フィッツが、数瞬おいてキャティがメインコンソールに取りついた。
「第2デッキDブロックで火災発生、右舷です!」
 フィッツが声を張り上げる。キャティの指がパネルの上で踊るとコンソール正面の大型ディスプレイの艦内図が変化した。
「全艦ダメージ・コントロール・モードに移行します。サブブリッジの制御、切り離します」
 艦首に続いて、赤いダメージマークの円が後部右舷にぽっかりと浮かんだ。
「原因は不明。Dブロックの艦内温度は上昇中。非常消化システム作動しています」
 状況を報告するフィッツ。キャティはパネル上の小型モニターを見つめながら必死にキーを叩き続けていた。


◆巡恒艦ミュール:第2デッキDブロック

 身体を起こすと頭がずきんと痛んだ。
 ちっ。何の爆発…?
 ふらふらと立ち上がり、数度左右に首を振った。
 スピアが目を開けると通廊いっぱいに炎が見えた。
「アミィ、カー、曹長!」
 他の3人の姿を求めて声を張り上げる。
 Dブロックに入ろうとしたところだった。ブロック境界のシャッターを開けよと、カーがロック解除コードを打ち込んだ。ちょうど入力が終わった時、突然目の前に閃光が走ったかと思うとシャッターがぐっと膨れ上がった。次の瞬間、弾き飛ばされたスピアの身体は通廊の内壁に叩きつけられていた。
 どれぐらい気を失っていたのだろう。
 いつの間にか手元から銃が消えている。
 天井からの消化ガスは既に止まっていた。
「スピア、そこにいるの!?」
 オレンジ色の炎の陰から返ってきたのはアミィの声だった。その方向に数歩進むとアミィが火災を避けながら回り込んできた。
「怪我はない、大丈夫?」
「ああ。ちょっと頭を打っただけ。平気。アミィこそ何ともないの」
「リンディーがかばってくれたから」
 アミィが頭を振るとポニーテールが揺れた。煤で汚れた頬に涙がふたすじの跡をつけている。
「で、でも、カーが! こっち来て!」
「えっ」
 スピアはアミィに手を引かれながら急いだ。通廊は飛び散ったコンポジットパネルがあちこちで小さな炎を出してくすぶっている。大きな炎を上げているのは仕掛けられた爆発物だと思われた。火勢はだいぶ弱まっているようだった。
 アミィはスピアを通廊の各所に設置してあるエマジェンシー・ボックスの一つへ連れて行った。ボックスには非常用の工具・薬品・火器が備えてある。
 そこにはカーが横たわっていた。
 傍らに膝をついたリンディーが彼女の手をとって付き添っている。
「どうなんです?」
 駆け寄るスピア。リンディーは顔を上げた。
「腹部と股に破片を受けているわ。止血処理はしたんだけど」
「…へいきですよ、リンディー曹長。少しばかり痛む、だけ…薬が効け…ば、おさまり…ますって。だから、スピアも心配し…ないで」
 カーの途切れ途切れの声が、彼女が耐えているはずの痛みをスピアに伝える。
「しゃべらないで!」
「スピアの言う通りよ。じっと黙ってらっしゃい」
「アハ、…それって辛いですよ…」
 カーは僅かに笑みを浮かべてから、ゆっくりと目を閉じた。リンディーはカーの手を掴んだまま、自分の手を彼女の胸にそっと重ねる。
「あなたたち、すぐにブリッジへ行って」
「はい、誰か応援を呼んで来ます。で、曹長は」
 スピアは頷く。二人の視線が合った。
 リンディーは微笑んだ。
「ここに残って、この子を見なくちゃ。それに私も」
 言いながらリンディーは自分の脇腹へ片手を当てた。
「リンディー!」
 驚いて声を上げたのはアミィだ。制服が大きく裂けていた。その下に自分でやったのだろう、大ざっぱに止血テープが当てられている。白いはずの止血テープには鮮血が滲んで赤黒く変わってしまっていた。
「これじゃ、走るってわけにはいかないわ。だから、スピア、アミィをお願い」
「分かりました」
 スピアは立ち上がるが、アミィはその場を動こうとしない。
「わたしのせいで…」
「おい」
 スピアはアミィの肩を掴んだ。
「アミィのせいじゃないわ。あなたを守るのは私の役目だもの。私のいた位置が悪かったから負傷してしまったのよ」
 今にも泣き出しそうなアミィに向かってリンディーは優しく否定した。
「でも、」
「いいえ」
 リンディーは繰り返した。
「あなたが今やらなければならないのは、ブリッジに行って助けを呼んでくること。そうでしょう。カーには私が居てあげるから」
 やっとアミィはこくりと頷いた。
「行こう」
 アミィはスピアに肩を抱かれるようにして歩き出した。その途中で何度も何度もアミィはリンディーを振り返る。リンディーはカーの隣からじっと彼女を見つめていた。
「走るわよ」
「うん」
 アミィはもう振り返らなかった。

 二人の姿と足音が通廊の向こうに消える。
 爆発で起こった火災はほとんど消えかけていた。燃えるような材料は艦の内装材には使われていなかったし、仕掛けられていた爆発物も延燃性を高めるような薬剤は含んでいなかったのだろう。自動消化システムで炎は簡単に押さえ込めたようだった。
 けれど、爆発の衝撃は…。
 リンディーはカーの胸の上で彼女の手を握った。
 カーが弱々しく握り返してくる。
 もう片方の手で彼女の額の汗をそっと拭った。顔についた煤と埃を落としてやる。焦げて、乱れている栗色の短い髪を整える。
 呼吸は落ち着いている。薬は効いているようだ。
 しかし、…。
 分かっていた。リンディーには。
 もう、彼女にしてやれることはこれだけ、痛みを無くしてやることしか出来ない。
 ごめんなさい。こんなことに巻き込んでしまって。
 今一度、カーの手を握り締めた。
 ふとフロアに置いた固体弾マシンガンに目をやった。銃身が曲がっている。もう使い物にはならない。あとは腰のホルスターにあるブラスターだけが頼りだ。
 一緒にいてあげるわ。
 それから。
 脇腹にじわじわ広がる痛みを堪えながら、リンディーは考えた。
 必ず。
 その時だった。
 ことりと音がした。そう思った。
 リンディーの手を握っていたカーの指がほどけていた。胸の上に置かれていた彼女の腕が身体の脇、フロアに伸びている。
 慌ててその手をつかまえた。両手で包み込んだ。
 だらりと力を無くしたカーの腕は二度と握り返してこなかった。
「カー…」
 彼女の頭はフロアに頬を付けるように傾いていた。微かに開いた口元には笑みがあった。


◆巡恒艦ミュール:ブリッジ

「この艦は破壊する」
 キャプテンシートに身体を預けたままラトルは告げた。
「現状では当初の目的を達成するのは不可能だと判断した。従って、このミュールを破壊する」
「私たちはどうなるんです。乗船に使った内火艇は光速圏に入る際に切り離してしまったんですよ!」
 シルディーは詰め寄った。
「ミュールの搭載艇が使えれば、それで脱出を試みても構わない」
「そんなもん、ありません」
 コンタクトシートからフィッツの声が割り込む。
「今回の出港の時に、余分な装備だっていうんで全て降ろしたんです」
「ならば、諦めてもらうしかない」
 ラトルは眉ひとつ動かさない。最初から計算のうちに入ってない、どうでもいい、そんな口調だった。その中に当然自分も含まれているというのに。
「納得できません」
「ひとかけらの数値データのために、これ以上犠牲を出すわけにはいきません」
「…話したのか、リンディーが」
 無表情だったラトルの顔に驚きの色が現れた。
「ええ。それに、そこにいるキャティも真相を話してくれました」
 真相…?
 フィッツはメインコンソールについているキャティを見た。
 真相なんて何故、キャティが知っているの。
 彼女はブリッジ中央のシルディー、ラトルに背を向けてシートに座ったままだ。
 シルディーはフィッツやキャティのことは目に入らない様子で、ラトルに食い下がった。
「ブリッジに戻る途中で、エナとグレイルを見つけました。二人ともマシンガンで撃たれて…、頭を吹き飛ばされ、死んでいました」
 腰の脇で握り締めた拳が小さく震えている。
「艦首と右舷で爆発が起こって、ハンたちや、ロティ、スピアやリンディー曹長たちも戻ってきていません。みんな手遅れかもしれません。最初から、目的を明らかにして行動していればこんな事態にはならなかった。何を探さなければならないのか、何が待ち受けているのか分かっていれば、私の部下たちには対処できました。それだけのチームでした。そうじゃありませんか。恒星破壊兵器のデータ、それは、これほどの犠牲を出しても守らなければならない秘密なんですか」
 ラトルは刺すようなシルディーの視線を避けようともせず、真っ直ぐに見返した。
「説明などしている場合ではない」
「なんですって!」
 シルディーはキャプテンシートの前に置かれたコンソールパネルに手のひらを叩きつけた。ラトルはそれを見て、ふと微笑んだ。
 シルディーは、予想外の反応に次の言葉が出てこない。
 思いもかけぬ大尉の笑顔だった。嘲笑とか冷笑とか、そういった類の笑いではない。あきらめと、そして暖かさが入り混じった不思議な表情だった。
「君は部下にとっては最高のリーダーだろうな」
 そういってラトルは瞳を閉じた。
「手短に話そう。恒星破壊兵器は、その名の通り、恒星自体を粉砕する究極の破壊兵器だ」
 記憶の底に隠していた事実を語るかのように、ラトルは目を閉じたまま続けた。
「ソルノイドも、敵パラノイドもほぼ同じ頃、開発に成功した。そして、必死で量産と配備を続けている。しかし、あまりに巨大な兵器だ、生産は非常に時間がかかり、移動も大変だ。なにしろ自力で光速圏に入ることが出来ない」
「光速航行が出来ない…」
 シルディーはラトルの言葉を繰り返した。
「そうだ。だから、目標となる敵星系へ運んでおいてから発射しなければならない。そのための専用トランスポーダー、輸送艦も開発された。作戦開始と同時に、待機ポイントから敵星系に短距離遷移で侵入、即座に発射する。それが恒星破壊兵器の使い方だ」
「そんな兵器があるなら、何故、今まで使われていないんです。軍はその存在を知らされていないんですか?」
「言っただろう。敵パラノイドも恒星破壊兵器を持っていると」
 ラトルは目を開け、シルディーの顔を見上げた。
「我々が使えば、敵パラノイドも我々の星系を破壊してくる。我々が報復すれば、また向こうも…。この繰り返しでは、双方の種族の絶滅以前に、双方が住むべき星が無くなってしまう。だから、使う時は、それが最初で最後でなければいけない。一挙に敵を殲滅できる、それだけの数が揃うまでは恒星破壊兵器は使えない。それまでは、敵にその位置を悟られないように隠し続ける。そして、敵の恒星破壊兵器の発見に全力を尽くす」

「そう…か」
 シルディーは理解した。ラトルは頷いた。
「君たちのミステールが行っているの定期パトロールの本当の目的はそれだ。そしてミュールが運んでいたのは、我々の恒星破壊兵器が現在待機している全てのポイントの座標データだ。説明はこれだけだ」
 ラトルが口を閉ざすとブリッジは沈黙に包まれた。メインコンソールやサブコンソールがたてるかすかな電子音のざわめきだけが室内を満たす。
「データを敵パラノイドに渡すわけにはいかない。本艦はレプリション炉を暴走させて破壊する」
「しかし、まだデータがパラノイドの手に渡ったわけではありません」
「だめだ」
 シルディーの抗議をラトルは遮った。
「危険は犯せない。もし座標データが敵パラノイドの手に落ちたら、ソルノイドは終わりだ」
 ブリッジには、ラトル大尉、キャティ、フィッツ、そして私の4人。他のメンバーの生死は不明だ。それに正体不明の潜入者、おそらくはパラノイド、が何処にいるのかも分からない。
 シルディーは考えた。
 そんなに急ぐことはない。まだ、手はあるはず。キャティが本物のデータを知っていると言った…。
「同意してもらえないのは残念だが、マーサスとの連絡がつきしだい実行する。フィッツ、まだ交信できないのか」
「は、はい、まだです」
「考え直して下さい!」
 シルディーはラトルに蔽いかぶさるように、キャプテンシートのコンソールの上に身を乗り出した。

 言い争う二人のすぐそばで、フィッツはコンタクトパネルのディスプレイをじっと見つめていた。
 そんなの嫌だ。自爆なんて、絶対嫌だ。
 大尉も、シルディーという准尉もなんでもないことのように言うけど。
 そんなことのためにミュールに乗っているんじゃないもの。
 我慢できずにフィッツがシートを蹴って立ち上がった。
 嫌だ!
 フィッツがラトルに向き直ろうとした時、それまで黙っていたキャティが口を開いた。
「待って下さい」
 キャティはメインコンソールを離れて、ブリッジの中央に進み出た。
「座標データは私が持っています。ミュールを破壊する必要はありません」
「キャティ…」
 振り向いたシルディーにキャティはわずかに頷いて見せた。
「君が?」
「私が正式の伝書使です」
 キャティはシルディーの隣に並んだ。
「データは私に託されました。今もここにあります」
 自分の心臓の上に手のひらを当てた。
「そして、この事件を引き起こした敵の正体も分かっています。だから、この艦を破壊する必要はありません」



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