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§ 10


◆巡恒艦ミュール:ブリッジ

 そうだった。
 シルディーは忘れていた。
 キャティは言ったのだ。
“誰を捜せばいいのか分かっている” と。
 ラトルは傷ついた身体を横たえていたシートから身体を起こした。
「…そうか。最初から君に訊けばよかったのか…。それなのに…」
 情報局のメンバーでありながら、お互いに姿を偽っていたために目の前にいながらデータを受け渡すことが出来なかったのだ。
「情報を受け渡す同志が傷つけ合ってしまったとは」
 ラトルは薄く笑った。すとんと背中をシートに預ける。
「シルディー、君の言う通りだったな。ミュールの爆破は中止する。このままマーサスに回航する。フィッツ、艦の状態を頼む」
「はい。すぐに」
 ラトルたちに笑顔を見せるとブリッジ前部のメインコンソールに走った。
 やっと安心した。
 そんな感じの声だったが、ラトルもシルディーも、キャティ、そしてフィッツ自身もまだ何も終わっていないことを知っていた。
 敵が艦内に残っているのだ。
 だが、相手が何者であるにしろ、ここに残った4人で切り抜けるしかない。
 シルディーはちらりとキャティの表情を盗み見た。
 “知っている” と言いながら、彼女は敵の正体を告げようとしない。
 何故?
 キャティはシルディーに横顔を見せたまま、黙っている。
 まだ、隠している。
 親衛隊の機密を明かしたあとでも、まだ。
 いったい、何を…。
 ラトルも、シルディーもキャティが語るのを待った。
 キャティにもそれは分かった。
 しかし、言い出せないでいた。
 でも…。
 キャティはためらった。
 それはキャティにとって、任務や命令以上の重さを持った秘密だった。
「Dブロックの火災は鎮火しました。動力系に異常ありません。Aブロックは完全に閉鎖。エアの漏洩は止まっています。艦首の爆発でレーダー能力が30%以下に低下していますが、他は問題なしです」
 コンタクトシートからメインコンソールに移ったフィッツが艦のステータス・モニターを読み上げた。
「光速圏突入準備に入りますか?」
 フィッツがキャプテンシートを振り返った。

 操作パネルの開キーを叩くと、シャッタードアは簡単に開いた。その途端にスピアの耳に聞こえたのはフィッツの声だった。
 ブリッジ内の4人の視線が一斉にスピアとアミィに向けられる。
「無事だったんですね!」
 キャティが真っ先にシートを立ち、汚れ、傷ついた二人に駆け寄った。
「私たちは、大丈夫。それより、ロティは何処?」
 キャティの肩を両手で受け止め、スピアはシルディーに尋ねた。
「カーとリンディー曹長が爆発で負傷を、」
「すぐメディカルルームに運ばないと!」
 アミィがシルディーの前に走り出た。
 シルディーは無言で首を左右に振った。
「まさか?」
 スピアの瞳が驚きに見開かれる。
「艦首に向かったきり、連絡が取れないわ。ハンも、ヴィクも」
「そんな…」
 シルディーに言われてアミィはブリッジを見回した。確かにそこには、シルディーたち4人とアミィ、スピアしかいない。
「場所はどこ」
 訊くと同時にシルディーはちらりとラトルをうかがった。ラトルも心得ている。
「こっちには、私、アミィが残る。それでいいな」
「ええ。じゃ、スピア、案内して。フィッツはそこの輸送ケースから救急キットを」
 指示を出してから。シルディーはアミィに向き直った。
「アミィは大尉と光速圏突入の準備に入って。目標座標はマーサスよ」
「わたしも行きます!」
「いいえ。だめ」
「でも、カーが、リンディーが死んじゃう…!」
 アミィは涙声になっている。

 「まだ、生きているの?」
 神経を逆なでするような質問がアミィの背に投げつけられた。
「何てこと言うのよ!」
 スピアが声の主を捜して振り返る。
「あ、あなた…?!」
 怒鳴りつけようとしたスピアは、その姿を目にして言葉を失った。
 アミィもシルディーも、ブリッジにいる全員が呪いでもかけられたように硬直していた。刺すような視線の中を声の主はブリッジに脚を踏み入れた。
「やっと、会えましたね。ミステールの皆さん。正確には。“まだ、生きている” 皆さん、かしらね。死の艦、ミュールへようこそ」
 にこやかな笑みを浮かべながら、赤みがかったシルバーブロンドの頭をかすかに傾げてみせる。肩には、小柄な身体にそぐわない、大型の固体弾マシンガンのスリングがかかっていた。トリガーには白い指が伸び、銃口は水平にシルディーたちに向けられている。
「キャティ…?」
 驚きの表情を浮かべたまま、シルディーはスピアの隣を見た。
 そこにもキャティがいた。
 彼女も新たに現れたキャティの姿を呆然と見つめている。シルディーは二人を見比べた。寸分の違いもない。髪、顔、制服…二人は、どこからどこまでそっくりだ。
「いったい、これは…」
 スピアは彼女を避けるようにコンソールへと下がろうとした。
「動かないで。まだ、殺したくないの」
 後から現れたキャティが、前に出ようとしたスピアにマシンガンを向けた。2、3歩下がったところでスピアの脚は止まる。ちょうどフィッツの座るシートの脇だ。
「そうそう。言うことは聞いて欲しいですね」
 どうして、キャティが二人…。
 アミィは分からなかった。
 怖い。
 その想いが先にたった。二人から離れようとあとずさった。背中がとんとシルディーにぶつかる。アミィは顔を上げ、シルディーの表情を盗み見た。シルディーは彼女の背を抱き止めながら、何かを必死に考えているように見えた。
 二人のキャティをじっと見ていた。
 シルディーは気付いた。
 1カ所だけ、違いがある。
 後から現れたキャティの瞳は淡い紫。私と一緒に艦内捜索に出たキャティの瞳はトパーズのようなイエローだ。
 けれど、何故、キャティが二人いる。
 もしかしたら、キャティはソルノイドではないのだろうか。
「説明してあげたらどう、キャティ?」
 紫色の瞳をしたキャティが尋ねた。トパーズの瞳を持つキャティは両の拳を体の脇で握り締めたまま応えない。
 もう一人のキャティは小さく肩をすくめた。しょうがないといったポーズだ。
「ラトル大尉、“種族融合計画” は御存知ですね」
 今度はキャプテンシートのラトルに向かって訊く。

「ああ。親衛隊がすすめた極秘計画だ。だが、もうとっくの昔に中止された」
「大切なことを省いてはいけません、大尉。パラノイド親衛隊と協力して実行したんでしたよね」
「パラノイドと協力ですって?」
 スピアの声が大きくなる。
「あなたたちの知らないことって、多いのです。で、もうすぐ死んじゃうのに何も知らないっていうのはかわいそうでしょう。だから、私が教えてあげます」
 マシンガンを持ったキャティは、もう一人の自分を見た。二人のキャティはブリッジの脇、入口の前で黙って向き合った。
「私たちが作られたのは、“種族融合計画” の時でした」
 作られた…。
 スピアには一瞬、どちらのキャティが語りだしたのか分からなかった。口を開いたのは、それまで黙り続けていたキャティだった。
「ソルノイドとパラノイドの命を受け継いだ第3の種族を生みだし、永い戦いに終止符を打つこと、それが “種族融合計画” の目的でした。両種族が恒星破壊兵器の開発に成功し、絶滅戦争への可能性を開いてしまったことを危惧した、双方の一部の勢力が極秘に始めた計画です。
 “私たち” はその計画の進行を観察し、データを収集するとともに、計画の円滑な進行を助けるために各艦に送り込まれたんです。“私たち” は親衛隊情報局員、キャティ・キャラウェイをモデルとして作られたアンドロイドです」
「そういうことです」
 もう一人のキャティが先を続けた。
「計画は失敗し、パラノイド、ソルノイドともに手を引いた。アンドロイドたちは回収され、個別に新しい任務へと投入されていった。恒星破壊兵器は次々に作られ、絶滅戦争の可能性は現実のものへと高まっていった」
 紫の瞳は油断なくシルディー、スピアたちの動きを見つめている。
 隙がない。
 スピアは焦っていた。
 このままではいつ大口径のマシンガンで身体を撃ち抜かれるか分からない。
 相手はたった一人なのだ、マシンガンを持っていても、チャンスさえ掴めれば簡単に取り押さえられる。シルディーは、前にアミィがいる。ラトルは傷が重い。フィッツは当てにできそうもない。やれるのは自分だけ。
 だが、そのチャンスが掴めない。
 紫の瞳のキャティは、スピアの気持ちを見透かしているかのように薄笑いを浮かべている。
「しかし、回収されないアンドロイドもあった。戦闘で失われたり、事故があったり…。パラノイドの手に落ちたり、ね」
「…じゃあ、あなた、パラノイド…」
 アミィがぽつりと呟く。
「なかなか役に立ちます。この身体は」
 キャティが頷いた。いや、そうではなく、その中にいるパラノイドが頷いたというべきなのだろうか。
「ミュールに乗り込むのは簡単でした。“キャティ” が正式のクルーとして既にいたんですから。クルーは10人しかいないけれど、誰もが知っていて、誰もが知らない11人目になれたわけです。
 ただ、座標データも簡単に奪えると思っていたのは甘かったようです。送り込まれていたクーリエはダミーを持たされていた偽物だったし、ちょっとした騒動を起こして艦長から聞き出そうと思えば、予想外に強情な人で…。真相を知りもしなかったのに余計なことをしようとしたので黙ってもらいました」
 話している紫の瞳がしだいにすぼまり、口調が熱を帯びてくる。
「まごまごしているうちに、そっちのキャティが救援を呼んでしまった。それで、しばらくゲームを続けることにしたんです」
「ゲームですって…」
 問い返すシルディーの声がかすかに震えている。
 はっきり分かった。確かに、目の前にいるのはソルノイドではない。姿形は同じでも中身はまるっきり別なのだ。
「そうです。ゲームです」
 こともなげに、パラノイドは肯定した。
「わたしも、この身体を持つまでは、こんなゲームは知りませんでした。パラノイドは同朋同士が殺し合うということはありえませんから。
 でも、楽しかったでしょう?
 まず、血の予告があって、全員が艦内に適当に散らばったところでいよいよ開始です。最初はグレイルとエナでしたっけ。次がハンとヴィク、もう一組のロティとセインは爆薬が多過ぎて失敗でした。何もしないうちにあっさり終わってしまいましたから」
「みんな座標データのために殺したっていうのね」
「そうじゃありません」
 シルディーに向かって今度は首を振る。じわりと前に進みかけたスピアに、銃口が動いた。一番、彼女に近いのがスピアだがしっかり見張られていては手が出ない。
「ゲームだと言ったでしょう。データの在りかは偽物に気付いた時に見当がつきました。だって、私も “キャティ” なんです。その時点で本隊の応援を呼びました。後はゲーム、あくまでもゲームです」
「ど、どうして、そんなことが出来るの…。みんな仲間だったのに!」
 悲鳴のような声を上げたのはフィッツだった。
「みんな信じてたのよ。誰もあなたを傷つけようとしたわけじゃないでしょ。いくら敵だって、必要がないのに殺すなんて!」
「わたしにも分かりません。でも、これだけは言えるかも知れませんね。ソルノイドの、この身体がそうさせるのだって」
 パラノイドのスパイの答えに、フィッツは返す言葉に詰まった。
「…酷い!」
 吐き出すように言い返すのが精一杯だ。
「悪かったかも知れません。ソルノイド風の考え方では。でもしょうがなかったんです」
 その言葉に合わせて、マシンガンの銃口がフィッツに向けられる。
「…え」
 後ずさるフィッツ。だが、背後にはメインコンソールがあり、それ以上動けない。
「せめて、ミュールのクルーと同じところに送ってあげるしか…」
 その瞬間、紫の瞳の瞳孔が点のように小さくなった。

 頭から身体へ続けざまに固体弾が撃ち込まれる。
 アミィが悲鳴を上げてシルディーにしがみついた。
 フィッツは鮮血と肉片をまき散らして、コンソールの向こうに倒れた。
 スピアは動けなかった。何かあったらすぐに飛びかかるつもりだったのだが、身体がすくんでしまっていた。左半身をフィッツの血で濡らし立ち尽くしていた。
 前に飛び出したのはキャティだった。
「もう止めて! 私のデータを手に入れれば終わりなんでしょう。だったら私を連れて行けばいい。だから、もう殺すのは止めて!」
「そうですか。けれどね」
 もう一人のキャティは両手で抱えたマシンガンで、自分の前に立ちはだかった身体を薙いだ。小柄なキャティはそのまま内壁にしつらえられたサブコンソールまで弾き飛ばされる。外見からは想像がつかないパワーだ。フロアに固定されたシートに背中をぶつけてキャティは呻いた。
「キャティ、あなたはもちろん連れて行きます。恒星破壊兵器のポジション・データも必要ですし、その身体はわたしと同じようにパラノイドのために役立ちますから。もうすぐ迎えが来ますよ。
 でも、これ以上殺すのは止めて、ですって。それは出来ません。こんなに楽しいことを止めてしまうなんて…出来ませんよ」
 紫の瞳の持ち主は口元に不敵な笑いを浮かべブリッジを見渡した。



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