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§ 11


◆巡恒艦ミュール:ブリッジ

「止めてみせるさ」
「へえ…」
 パラノイドの手先となったアンドロイドが顔を上げると、キャプテンシートでラトルがハンドガンを構えていた。
「もう私の部下は殺させない。データも渡しはしない」
 もとから青白いラトルの肌は紙よりも白かった。右手に構えたハンドガンはぴたりとアンドロイドに向けられている。シルディーもアミィを自分の背中にかばうと、腰のホルスターからブラスターを抜いた。スピアの手にはもう銃はなかった。しかし、コンソールを半歩離れると身構えた。キャティはシートで身体を支えながら立ち上がろうとしていた。
「これで、どうやら最後のゲームらしくなりましたね」
 視線だけを動かしてスピア、シルディー、ラトルを順に見た。焦る様子はない。
 ブリッジ正面、メインコンソール前にスピア。中央のやや後方よりにキャプテンシートがあり、その脇にシルディーとアミィがいた。アンドロイドはブリッジ左にある入口から数歩入った位置に立っている。キャティはその左手後ろだった。
 互いの間隔は殆どない。その気になればあっという間につめられる距離だ。

 アンドロイドは、そのままキャプテンシートへと踏み出した。
 同時にラトルが撃った。
 コンマ何秒かのタイムラグでシルディーもトリガーを引き絞る。スピアの右手が艦内ブーツへと伸びた。アミィが頭を抱えてフロアにへたり込んだ。
 アンドロイドはふっと身体を沈めて前へ跳んでいた。
 ハンドガンの弾丸が肩を抉った。しかし、シルディーのブラスターは火線を外された。紫の瞳をしたアンドロイドは片手でマシンガンをつかみ、トリガーを引きながら振り回した。
 ブリッジの中を弾丸が嵐のように跳ね狂う。
 シートの上でラトルの身体が崩れ折れた。スピアの頭上をかすめた銃弾が正面の大型ディスプレイを粉々に砕く。フロアにシートに火花と樹脂片、金属が飛び散った。
 シルディーは転がりながら、アミィの手首をとらえた。
「こっち!」
 そのまま引きずって、キャプテンシートのコンソールの陰に滑り込む。アミィも必死に這った。逃げ込んだコンソールの背後に脚を引っ込めた途端、そこに大きな穴が開いた。
 アンドロイドはフロアを突き放すように反動をつけて立ち上がる。
 振り返ると正面にスピアが居た。同時にスピアの手からナイフが飛ぶ。
 固体弾マシンガンの銃口が炎を吐いた。
「危ない!!」
 サブコンソールで立ち上がったキャティが、スピアに体当たりした。二人の身体はもつれながらフロアに倒れる。ばらばらになったパネルの破片がスピアとキャティの上に降りそそいだ。キャティがくぐもった悲鳴をあげた。
 銃声がやんだ。
 破壊された電力線がショートし、あちこちで放電を起こしている低い唸り、それ以外は何も聞こえなかった。
 シルディーは気配をうかがった。
 アミィは眼を閉じて肩で大きく息をしている。シートの上に倒れたラトルはことりとも動かない。腰のホルスターから大口径のブラスターが半分はみ出している。
 スピアは、キャティは無事?
 コンソールボックスに遮られて二人の様子は分からない。少しでもコンソールの陰から身体を出せば、あっという間に蜂の巣にされるだろう。
 ブラスターのゲージを見た。
 1発しか残っていない。チャージは十分だ。親指でラッチを押して、バーストを連続に変えた。密度も最大に切り上げる。
 チャンスがあるとすれば…1度きりだわ。
 シルディーは思った。

「シルディー准尉、アミィ、出てきて下さい。もうお仕舞いです」
 ブーツが一歩踏み出す音がして、キャティの声が呼んだ。
 いや、キャティではない。アンドロイドだ。
 アンドロイドはフロアに倒れたキャティとスピアに銃口を突き付けていた。
 スピアは無傷だったが、キャティは跳弾を脚に受け立てなくなっていた。
 一方、アンドロイドは、ラトルの放った弾丸に抉られた側の腕がだらりと垂れ下がっている。首には深々とスピアが投げたセラミック・ナイフが刺さっている。しかし、平然と笑みを浮かべながら二人を見下ろしていた。
「出て来ないなら、今すぐ、スピアを撃ちます」
「だめよ、シルディー!」
 スピアが怒鳴った。途端に艦内ブーツのつま先が下腹に食い込んだ。
「出て来ないんなら、今くらいじゃ済みません。隠れている二人のために説明してあげましょう。固いブーツで、少しばかりスピアの身体を蹴ったんです。」
 スピアは激痛に喘ぎながら、紫の瞳を睨み返した。
「…な、何言ってるのよ。ど、うせ殺すつもり、じゃないの…!」
「そうです。でも素直に言うことを聞けば、あっさりと死なせてあげます。手間取らせるのならば、そうですね、まず、手を1本ずつ撃つ。それから、耳でも削ぎ落とします。銃を使わない方法も面白いかも知れませんね。せっかく、ここにナイフがあるんですから」
 アンドロイドはにこやかに微笑む。
「やめて、お願いだから!」
 キャティがスピアの身体に蔽いかぶさる。
「キャティ、あなたは動かないで下さい。これ以上損傷を増やすとあとで利用する時に困ります。正直な話、我々パラノイドでは、これほどのメカニズムを完全に作り上げることができないのです」
 片手で掴んだマシンガンをスピアに向けたまま、キャティの身体を蹴った。サブコンソールの方に彼女の身体が転がる。アンドロイドは、メインコンソールからキャプテンシートを振り返った。
「さあ、早くして下さい。あなたたちに勝ち目は無いのです。あっさり負けを認めて楽になった方が利口です」

 シルディーは傍らのアミィを見た。
 自分の両腕を抱えてがたがたと震えている。あふれる涙が頬をぐっしょりと濡らしていた。
 負けを認めれば終わりだ。
 チャンスは今しかない。私はだめでも、スピアとアミィ、いえせめてアミィだけでも…。
 シルディーは素早くプランを再検討した。
 これだけ、か。情けないものだわ。
 しかし、決断するしかない。
 アミィの腕に触れる。そして小声で話した。
「私の言う通りにして。質問はなしよ」
「え?」
「私が立ち上がって、コンソールの前に回るわ。アミィはそのブラスターを取って、シートの方へ移動して。多分、ヤツはあなたにも出てくるように言うでしょう。そうしたら、私はこれで」
 と手元のブラスターへ視線をやった。
「ヤツを阻むわ。アミィはシートの正面からヤツを撃って」
「で、でも」
 シルディーは小さく首を振った。
「ヤツはスピアやアミィより私を狙うわ。だから、大丈夫。これしかないのよ」
 アミィの細い手首を一度ぎゅっと握って、シルディーは立ち上がった。
「お願い」
 最後に呟くようにシルディーは付け加えた。
 シルディー、それじゃあ、シルディーが…。
 アミィは握った拳で涙を拭って、シートに横たわるラトルに這い寄った。

「やっと分かったようですね」
 アンドロイドはキャプテンシートの付属コンソールから現れたシルディーの姿に、にっこりと笑った。マシンガンはまだスピアに向けられている。
 コンソールの陰で、アミィはラトルのホルスターからブラスターを抜いた。両手でしっかりとグリップを握る。動かないラトルの足元、シートとコンソールの間に身体を入れて、息を殺した。
「じゃあ、まず…」
 紫色の瞳をした今一人のキャティはシルディーを見つめたまま、片脚を上げた。
 スピアが絶叫した。
 手のひらが、アンドロイドのブーツの下で踏み砕かれた。
「な、なにをするの!」
「何って、武器を持っていないとはいっても、放っておくのは危険です。まず、戦闘力を奪っておいて、それからあなたを、この銃で殺してあげます。アミィは一番最後にしましょう」
「約束が違う…」
 アンドロイドは唇の端を歪める。
「…卑怯もの…!」
 痛みと涙にかすんだ目でスピアは見上げた。今度は蹴りが胸元に入った。鈍い音がして、スピアはフロアの上をのたうちまわった。キャティは必死にスピアに這い寄る。
「もう、やめて!!」
 叫んだのはアミィだった。
 キャプテンシートでアミィは立ち上がった。
 アミィは両手で握ったブラスターを真っ直ぐにアンドロイドに向けた。
「ひどすぎるよ…。もう、もう絶対に許さない!」
 頬を涙がつたい、両腕が震えていた。
 カーも、エナも、みんなこんなヤツにやられちゃったなんて。
 恐怖と怒りとが入り混じって、アミィは自分の行動を抑え切れなくなっていた。
「それじゃあ、ゲームオーバーにします」
 銃口がアミィを狙って鎌首をもたげる。

「ゲームオーバーはそっちよ!」
 きっぱりとしたアルトの声がブリッジに響いた。
 後ろ? ブリッジの入口、誰が? 切れ切れの思考がアンドロイドの頭脳に走った。
 振り向くとマシンガンがアンドロイドに向けられていた。
「生きていた…?」
 それはリンディーだった。
 片手で支えた銃を振り向けようとする。しかし、予想外の事態にアンドロイドの動きは僅かに遅れた。そこへマシンガンの銃弾が襲いかかった。アンドロイドの頭がはじけた。
 リンディーだ!
 その姿に気付いたアミィは、パネルから頭を上げ飛び出そうとした。その瞬間、頭を失ったアンドロイドが猛然と撃ち始めた。
「アミィ、撃って!」
 シルディーはフロアに身を投げながら、トリガーを引き絞った。キャティは自分の身体の後ろにスピアをかばう。制御を失った操り人形のようにマシンガンを持った腕を振り回すアンドロイド。再度、ブリッジに銃弾の嵐が吹き荒れた。
 アミィは撃った。
 パネルの上に伏せながらトリガーを引き続けた。ブラスターの吐く2本の熱線がアンドロイドを押し包んだ。
 制服が焼け、表皮が溶け、髪が焦げた。
 金属の骨格がむき出しになり、グリーンの液体がどろりと流れ出す。
 あれが、取り付いていたパラノイド…?!
 アミィはフロアに流れ出た液体に向かって撃った。
 熱線を受けた液体は発火し、異様な臭気を辺りに広げた。液体がフロアの焼け焦げに変わるのとほとんど同時に、火球の中で金属の人形はゆっくりと倒れた。

 シルディーはブラスターを投げ捨てるとブリッジの入口に走った。
 開かれているシャッタードアのすぐ外に人影が倒れている。傍らにマシンガンが投げ出されている。
 駆け寄り、抱き起こす。藁色の髪がはらりと額にかかった。
「リンディー曹長!」
 耳元での呼びかけにリンディーはうっすらと目を開けた。シルディーの声を聞いてアミィもかけつけて来る。
 その姿に気付いてリンディーの小麦色の肌に笑みが現れた。
「…良かった。間に合ったのね」
「ええ。アミィは無事です。それにポジション・データも守られました」
「そう」
 シルディーの言葉を聞いて、リンディーの笑みがほんの少し大きくなった。
「これで私の任務も終わりだわ…」
 リンディーの呟きを聞きながらシルディーはそっと彼女を横たえる。そして、場所をアミィに譲った。
「リンディー…大丈夫?」
 アミィは彼女の身体の上にぐいと身を乗り出した。リンディーは顔を傾けてアミィを見た。手を伸ばしアミィの髪に触れる。
「…私のことはいいのよ。アミィ、怪我はない?」
「う、うん。私は平気」
 アミィは両手でリンディーの指を包み込んだ。
「これで…少なくともあなたとの約束は守れたわね」
「喋らないで下さい。すぐに手当てしますから」
「いいわ。もういいの、シルディー」
 救急キットから止血テープを取り出しかけたシルディーを呼び止める。
「いいって…」
 シルディーは反駁しかけて、言葉を失った。脇腹の止血テープに滲んだ血。それよりも、今、マシンガンを食らったのだろう。太ももと肩に大きな傷が口を開けていた。フロアが赤く染まっていた。
 これでは…。
 自分には手の施しようがないのがシルディーにも分かった。
「私はもうダメ。分かるの。誰にでも分かるわ、こんなじゃね」
「そんなこと言わないで、リンディー! 手当てすれば、助けを呼ぶから、きっとすぐ直る…!」
「ありがとう、アミィ。こんなひどい思いをさせてしまったのに」
「そんなことない、リンディーに会えて嬉しかった。だから、死なないで!」
 アミィは叫んだ。
「私も、あなたに会えて良かったわ。ありがとう…」
 ゆっくり瞳を閉じた。アミィの手の中でリンディーの指から力が消える。
「…死なないで!」
 アミィはリンディーにすがりついた。しかし、二度とその瞳が開かれることは無かった。

 シルディーとアミィはブリッジの中に戻った。
 アミィはうつむき、じっと沈黙を守っていた。
 応急手当てを終えたスピアとキャティが二人を待っていた。脚を傷つけたキャティはサブコンソールのシートに腰掛け、スピアは無理をしているだろうに、立ったままコンソールの被害を調べていた。
「大尉とフィッツは?」
 シルディーの質問にキャティは黙って首を左右に振った。
 やはり…。
 すると生き残りは、この4人だけか。
 シルディーはめちゃめちゃになったブリッジを見回す。
 結局、目的は全て達成された。でも、ミュールのクルーは9人、ミステールから乗り込んだ調査班は8人、それだけの命が失われた。
 艦隊戦に比べたら遙かに少ない損失かも知れない。
 恒星破壊兵器のポジション・データはそれほど重要なのかも知れない。
 でも。
 シルディーは考えた。
 それほどまでにして、親しい仲間の命を踏みにじられても、戦うべきなのか。
 傷つき倒れる姿を直接目にするまでは疑念はなかった。
 パラノイドは憎むべき敵であり、敵を倒すためには全てを捧げなければならないと。
 だが、今は…。
 この永い戦争の目的を、どこか信じられなくなっている。
 シルディーは自分の変化に気付いていた。

 スピアに尋ねる。
「具合はどう?」
「最っ低。あいつ、思い切り蹴飛ばしてくれたわ」
 声を上げたとたん胸に響いたのか、スピアは顔をしかめた。
 明るく振る舞ってみせている。無理をしているのがはっきり分かる。手と胸、それに危うくなぶり殺しになるところだったのだ、スピアは。
 けれど、シルディーにはそれが有り難かった。
「で、あっちは?」
「出血がひどくて、手の施しようが無かったの」
「アミィ…」
 ひとり、ぽつんと俯いてアミィは立っていた。
 スピアは言葉を捜した。アミィにかけてやるべき慰めの言葉を。
 しかし、何も見つからない。
 あんなに慕っていたのに…。
 アミィはスピアの顔を見上げた。泣き腫らした目に、また大粒の涙が浮かんだ。
 焼けただれたフロアをアミィの涙が、ぽつりと濡らした。
 スピアは声を殺して泣くアミィを、そっと抱いてやる事しか出来なかった。

「どうしたらいいんでしょう」
 キャティの声に、シルディーは振り向いた。
「私は、作られた時から仲間の死を見続けてきました。いつも、いつも、一人残されました。私はただのアンドロイドです。戦いが永く永く続いているのも分かっています。任務や命令も理解しているつもりです。でも、私はこれからも、こんなむごい死を見続けなければならないのですか?」
 キャティの瞳にも涙があった。
 アンドロイドも泣くのだろうか。
 ふと、シルディーは考えた。
「分からないわ、私にも」
 シルディーはキャティに歩み寄った。
「今は戦うことしかできない」
 自分に言い聞かせるように言った。
「でも、何処かに今日とは違う未来があるはずよ。だから、あきらめてはだめだと思うわ。何が出来るかは分からない。でも、行きましょう、私たちと」
 シルディーはそっとキャティの手を握った。
 トパーズのような瞳に涙を浮かべていたキャティは、その手を握り返した。









緊急通信着信からマーサス標準時間にて16時間経過
マーサス:ソルノイド親衛隊情報局通信センター


巡恒艦ミュールより緊急連絡。

調査班によるデータ回収は成功。

ただし、戦闘により艦および人員の損耗甚だしく自力航行不可能。

至急、救援艦を派遣されたし。

本艦の現在位置、第22星系外縁。









 緊急通信がマーサスに到着してから標準時間で1時間後、付近でパラノイド艦3隻と交戦、これを撃沈した巡恒艦ミステールがミュールにランデヴーし、生存者の救出を行った。


(〜DEFIANCE〜 END)



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