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§ 部品 「大丈夫なの?」 ネネが恐る恐る手を伸ばした。額に触れる。 「つっ!」 「あ、痛かった?」 治療テープを貼った顔をしかめるレオンに、ネネは慌てて手を引っ込めた。 「大したこたぁない。ちょっとした切り傷と打僕だけさ。ワスプのパイロットに比べりゃな…」 真向いのチェアにすとんと腰を下ろし、ネネは黙って頷く。 二人は捜査課の隅、レオンのデスクを挟んで座っていた。他の捜査課員たちはUSSD本部襲撃の件で駆り出されたせいか、一人も残っていない。 ああなっちゃ、うちの部長も本腰でかからにゃならんか…。 ぼろぼろになった革ジャンを脱ぎ、デスクの脇に放る。 レオンは背もたれにそっと体重をあずけながら、訊いた。 「結果がもう出たんだって?」 「うん」 ネネは持ってきたリストを差し出す。 「…一応ってところなんだけれど…」 「ってことは、吉報じゃないってわけだな」 ぱらぱらとページをめくりながら、レオンは視線を上げた。 「ごめん」 ネネは、すまなそうにひょこりと頭を下げた。 「早く相談したかったんだ。でも、もしケガが響くんなら後でこようか?」 ネネは、うわ目使いにレオンの表情をうかがう。 彼女が通信課の友達から聞いた話では、ハイウェイに現れたブーマの襲撃で少なくとも死者3人が出ている。レオンだって、本部から急行したヘリのなかで応急手当てを受けただけでここにいるのだ。 「サンキュー、気を使ってくれて。けど、この程度はなんでもない。それより調査結果を早く知りたい」 「じゃ、…リストの最後、見てくれる」 「これ、だな」 レオンがデスクにリストを広げた。ネネがチェアを引き寄せると身を乗り出した。 「例のビーム砲の部品ってやつなんだけど…。輸入品でメーカーは全然、ゲノムとは関係ないところよ。IRSってアメリカの大手。でもって、ちょっと不思議なのはこっち」 「…納入先がUSSD、か」 レオンがまた顔をしかめた。だが、今度は痛みのせいではない。 「そうなの。しかも現物、そのものだったんで驚いちゃった」 「現物っていうと、どういうことだ?」 「製造番号が残ってたでしょう。それで、USSDのメンテナンス・データをちょっと覗かせてもらって照らし合せたら、K-9装甲兵のオプション兵装で納入されたやつと―致しちゃったの。これって、どういうことだと思う?」 ネネはじっとレオンを見た。 「USSDとゲノムが繋がってる、っていうのか」 「単純すぎるかな。でも、拳銃とかマシンガン、ううん軍用の車両なんかならともかくビーム兵器の部品なんてそう簡単に手に入らないでしょ?」 「その通りね」 背後からの声にネネが振り返ると、左腕を包帯でつったデーリーがウィンクした。彼のスーツもあちこちに穴があいている。 「どうだった」 「なんとか納得させたわ。まだ湯気だしてたけど」 二人が話しているのは、どうやら部長のことらしい。 ロビン主任にかかってきたコールでも荒れてたもん。 察しをつけながらネネは立ち上がってデーリーにチェアをゆずる。 「ありがと、ネネちゃん」 腰を下ろして、デーリーはデスクの上のリストに目を通した。 「よく調べたわねここまで」 「まあね。ナオコにけしかけられちゃって…」 ネネは少し照れながらちょろっと舌を出した。 「で、部品のことだけど、デーリーさんはどう思う?」 デーリーの肩越しにリストを見ながらネネは尋ねた。 「…そうね。普通の武器商人なんかは扱わないわ。高くて、整備が大変で、とっても売れるようなものじゃないもの。よっぽどの物好きじゃなきゃ買わないでしょうね。で、この場合はシリアルナンバーが分かってて、USSDが買ったことまで分かってるわけよね」 デーリーが念を押すように訊く。ネネはこくりと頷いた。 「メンテナンスの記録は今年の9月、3ヵ月前のチェックデータだった」 壁にもたれながらネネは答える。 「USSDの整備係がきちんとお仕事してるとしたら、その後でゲノムか誰かさんが手に入れたってことになるけれど…」 「そうとは限らんよな、ジェナロスの一件がいい証拠だ」 「だわね」 ジェナロス…。 宇宙ステーションの事件、デーリーさんが行ったんだっけ。 ネネは思い出した。 …なんかずっと宇宙ステーションが絡んでるんだ、この事件。 あの子たちのことも、USSDからの仕事も…。 ネネは背筋に冷たいものを感じた。 なんか嫌だわ。 自分の身体を抱きしめるようにネネは両腕を組んだ。 確かな理由はない。 でも、変だもの。 USSDが攻撃をうけたのはOMSってやつの、つまり、あの子たち、ナムとメグの二人と関係があることで…。 ナムが空港から来る途中で掴まって、それからブーマの集団に襲われて、その中にあったのが、このビーム砲の部品で…。 それはUSSDのもの。 USSDはADPに協力を依頼してきている、ナイトセイバーズにも “33S” の捜索を頼んできた。 変よ絶対に…! 「頭が痛いこった」 レオンはそっくりかえって天井を睨んだ。頭の後ろで腕を組む。 「USSDの襲撃に、ゲノムから盗まれたブーマ、ブーマ野郎からの警告。それで終わりかと思ったら今度はUSSDも怪しいってんだから…」 「弱音吐いてる場合じゃないと思うけど」 デーリーが立ち上がった。 「残骸は、こっちでOK出すまで鑑識が預かるって線でまとまったんだから、次はUSSDと話つけちゃいましょう。大尉さんなら、なんとかしてくれそうじゃない」 「お前は大丈夫なのか」 革ジャンを掴んでレオンも立ち上がる。 「デリケートなわたしとしては、堪えてるわよ。当然でしょ」 デーリーはにやりと笑うとネネの肩に手を置いた。 ネネはびくりと身体を震わせ、顔を上げる。事件について考え込んでいたネネは、その時やっと、デーリーが目の前に立っているのに気付いた。 「寒いかしら、この部屋」 「いいかげんボロだからな、うちのビルも」 レオンが諦め顔で部屋の周囲を見回す。主のいない空っぽのデスクが並び、反対の隅には穴だらけのシューティングダミー、コーヒーと清涼飲料の古びたディスぺンサー。天井だけはやたら高い。コンクリート壁にコーティングパネルを1枚被せただけの安っぽい内装、それが捜査課の部屋だ。 「ううん、そんなことないけど」 ネネは首を左右に振った。 「これからどうする? まだ調べなきゃならないことある?」 「そうね…」 デーリーはネネの真剣な表情を見て考えた。 「…ここ2年分のUSSDのメンテナンス記録、K-9とK-10のでいいから手に人れてちょうだい。あと、もう一つはアサド大尉と、彼の人事記録経歴書ね」 「おい、何考えてるんだ、」 レオンがデーリーの顔を横目で睨む。 「ブーマと一緒にUSSDも洗ってみるのよ。USSDの人事データは、特にシュワルツ長官の辞任前後からのやつをお願いね」 ネネは黙って頷いた。 「じゃ、しっかり」 デーリーはウィンクを一つ放って、にこりと笑った。 ドアを開け廊下へと姿を消す。 「もったいぶりやがって…。行ってくる。後は頼んだぜ!」 レオンは、とんとネネの背中を叩いてデーリーに続いた。 がらんとした捜査課の部屋にはもう誰もいない。 一人残されたネネはまた寒気を感じた。 「…嫌だな。本当に…」 早く、話さなきゃ。 みんなに…。 冬の陽が不規則な地平の下に隠れる。 ほんの一時、MEGA・TOKYOの空は茜色に染まる。 暗く濃いブルーが見る間に広がり、辺りから昼のなごりを追い払ってしまう。 そして、街には色とりどり、さまざまな光が溢れた。 「どこにいるのかな…」 壁一面を占めているガラス窓、その前に立ってじっと市街を見下ろしていたメグは呟いた。 ナムは、はっとして読んでいた雑誌から顔を上げた。 「好きだったよね、こんな夜景が」 メグがこちらを振り向いた。 「…うん」 濃い紺色のミニスカートの上で雑誌を閉じ、ナムはぎこちなく頷いた。 広いリビングルームにはメグとナムの二人しかいない。“リム” と呼ばれている寂れた工場地区から、マッキーの運転するドライバンに乗って、ここ、633ビルのペントハウスに移った。それが昼前だった。 それから今まで、二人は殆ど言葉を交わしていなかった。 互いに声をかけるのをためらわせるような空気が、二人の間にあったのだ。 それが、やっとほぐれたのかもしれない。 ナムは思った。 でも…。 「アンリやシルヴィー、どこにいるんだろう」 分厚い窓のガラスにもたれながら、メグは肩越しにビルの群れに視線を投げた。 淡いパープルのセーターにメグの赤い髪。光る宝石を散りばめたような黒い空を背に、メグの姿が映える。 「…うん」 メグは知らないのだ。先に地上に、ティンセル・シティに降りた二人のことを。 まだ、誰も彼女に知らせていないのだ。 「なんとかしなくちゃ…。ここを抜け出して、ルウやみんなと早く会いたいもの」 「え…?」 「まさか、ナム、ずっとここに居るつもり?」 ナムのあいまいな反応に、メグは窓を離れてソファに腰掛けている彼女の元へやってくる。 「でも…」 「でも、なんて言っちゃだめ。私たち、ここまで来られたのよ。あのステーションをぬけ出して、ここに、こうしてMEGA・TOKYOに居るじゃない」 メグはナムの前に立ち、ガラスのコーヒー・テーブルに両手を突いた。 「私だって、もうダメだって思った。ステーションでドーベルマンに撃たれたときだって、研究所で戦闘ブーマに囲まれたときだって…。それを乗り越えて、あなたと会えたんじゃない。きっとできる。あと、一歩、それで自由が掴めるの」 ナムはメグを見上げて首を左右に振った。オフホワイトのブラウスの上で銀色の髪がさらりと揺れた。 「…私たちにはどこにも行く場所がないのよ」 「どうして?」 両腕を広げてメグは振り返った。窓の外に煌めくビルの灯りを指した。 「ここは宇宙じゃない、地球なのよ。どこにだって好きなところに行けるじゃない」 メグの顔に笑みが浮かんだ。 違う、その言葉をナムは危うく口にしそうになった。 シルヴィーとアンリは、この街を離れることさえできなかったのだもの…。 「それに、忘れたの、ナム。私たちには助けてくれる人がいる」 「助けてくれる人…?」 ナムはいぶかしげにメグの言葉を繰り返した。 「そう。ジェナロスに再び捕えられていた私たちが、地上に降りる手配をしてくれた人。私たちが再び会えるように、場所を準備してくれた人」 「でも、それは…」 「また、“でも” なのね」 しょうがない子、とでも言いたげにメグは微笑んだ。 「確かに、あなたは “彼” が誰だか知らないし、不安でしょう。けれど、私は知っている。大丈夫よ、“彼” は信頼できる」 再びナムに向き直ると、メグはソファに腰を下ろした。 「“彼” はすべて計画してくれていた。ゲノムや連中の邪魔さえ入らなければ、今度だってうまくいった筈だもの」 「ここの人たちは悪くないわ。プリスさん、いえ、プリスは私のことを守るって…」 ナムの言葉に、メグは目を細めた。 「何を言ったとしても、人間でしょ。ゲノムと同じ、ステーションにいたやつらと同じよ。“彼” は違う」 そこでメグの言葉が途切れた。 リビングのドアが開いたのだ。 ひょっこりとマッキーが顔をのぞかせる。 「何か必要なことありませんか」 メグは口をつぐんで視線をそらした。 「いいえ、大丈夫です」 代わりに答えながら、ナムは心のどこかでほっとしていた。 それは、まず、メグの話をそのまま聞き続けることの不安、もう一つ自分の知らない大きな力の存在を教えられる恐ろしさ、そういったことから逃れることができたという気持ちだ。 そして、このマッキーという男の子がもっている雰囲気、だろうか。 不思議…。 人間の、男のひとなのに。 ナムは思った。 「しばらく不自由な状態が続くかも知れませんけど、がまんして下さい。姉さんが戻ればはっきりしたことが言えるんですけれど」 マッキーは窓際へ歩いていくと、壁のスイッチに触れた。左右から厚いカーテンが閉じていく。 「向こうに二人の部屋、用意しました。見てみますか?」 マッキーは尋ねた。 ナムだけにではない。無愛想に、何もないカーテンの方へ視線をそらしているメグにも、彼は同じように問いかけていた。 このひとになら微笑むことができる。 ナムはそう感じ始めていた。 「はい」 立ち上がると、ナムはそっぽを向いているメグに手を差し伸べた。 「行ってみましよう、ね、メグ?」 「じゃあ」 淡々と腰を上げるメグ。 彼も、違うと思うわ。 メグに向かってナムは脳裏で呟いた。 |
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