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§ 亜人計画


「見ての通りのものだがな」
 レーヴィンは、テーブルの中央にジュラルミン製の小型トランクを置いた。
 蓋は開いており、黒い緩衝材の真ん中に透明な円筒がはめ込まれているのが見える。
 直径が20センチ、長さは60センチほどだろうか。
「これって…」
 制服姿のネネが、喉に何かをひっかけたように詰まりながら、円筒の中身を指差した。
「腕だよ。正確には “33S” の、腕だ」
 ネネとはテーブルを挟んで反対側、レーヴィンは椅子に腰掛けると、低いかすれた声で答えた。見慣れた薄汚れたつなぎ姿ではなく、今日は焦げ茶色のタートルネックのセーターにパイプと、一見、引退し悠々自適の老人という雰囲気だ。
 円筒は、やはり透明な液体で充たされており、その中に人間の前腕そっくりの物体が静かに浮かんでいる。肱から先の女性の腕だ。何かを掴もうとするかのように指先が開かれている。
「なんで、こんなもの博士が持ってるわけ?」
 今度口を開いたのはネネの右手にいたリンナだった。
 “リム” の一画にある整備工場、そこに隠されたナイトセイバーズのジム。地下に続く各フロアには、スーツの改修システムや、トレーニング機器、分析装置などを収めた部屋が並ぶ。そうした部屋の一つに5人は集まっていた。
 シリア、プリス、リンナ、ネネの4人。そして、レーヴィンがテーブルを囲んでいた。
「亜人計画というのがあった。スタートが2005年、打ち切られたのが2020年。儂もそのメンバーだった。亜人計画で生み出されたのが、ブーマと “33S” だった。細かいことは、省かせてもらうが、理由といったらそういうことだな」
 レーヴィンは宙を見つめながら、ふっと煙を吐いた。
「ナムやメグを知ってるのか、じいさん」
 Tシャツにジーンズ姿のプリスが尋ねる。
 レーヴィンはゆっくりと、ネネの隣に座るプリスを見やった。
「残念だが、知らない。今とは違って、その他大勢、プロジェクト・メンバーの下っ端だったころだからな。直接たずさわっていた部門も違っていた」
「じゃあ、なんであいつらが “33S” だって分かるんだ」
「まあ、待て。そうせかせないで、年寄りに、まず話をさせろ」
 プリスを制しながら、レーヴィンは横目でシリアの表情を伺った。
 シリアが黙って頷く。白衣の胸元にのぞくパールのネックレスが鈍く光った。
 プリスはシリアの様子を見て開きかけた口を閉じた。
 レーヴィンは先を続けた。
「亜人計画は国家プロジェクトじゃった。人間と同じ環境で人間をサポートする次世代システムというテーマ、てっとリ早く言ってしまえば人型ロボットを作ろうという、野心的な計画だった。今じゃ、そんな計画のあったことさえほとんど誰もおぼえとらん。だが、その成果であるブーマのことは、誰でも知っておる」
「ろくでもないもんだからな」
 ぼそりとプリスが呟いた。
「確かに…。だが、まあ、国家プロジェクトとしては成功だったんじゃ。参加した企業には、技術成果と利益をもたらしたし、社会は大きく変わった。大成功、と言ってもよかろう。だが、失敗もあった。それが “33S” じゃよ」
「“33S” が失敗…?」
 ネネがちらりとテーブルの上に視線を走らす。
 人の腕そっくりのものが目の前にあるのだ。あまり気味がいいものではない。
「そう。失敗じゃったよ。コストが高すぎた、というのが表向きの理由だがな。亜人を生み出すためのアプローチが二つあった。片方は、メカニカルな、エレクトロニクス的なやり方。もう片方は、バイオロジカルな、生物工学的なやり方。5年のフィージビリティ・スタディ、5年の初期試作、5年の最終試作を経て、産業的にものになると分かったのは前者、つまり、ブーマだったというわけじゃ。生物工学的なアプローチで造られた “33S” は確かに人間そっくりだったさ。人間と同じように、人間を支援して働くことができた。ただし、あまりに高価過ぎたのさ。その時点で、“33S” の開発チームは報告書をまとめ、計画は打ち切られた」
「じゃあ、その後の “33S” は? 色々、それこそ禁止になるまで、作られてたんじゃないの、あのその、セクサロイドとして…?」
 そこまで言ってからネネは慌てて口を押さえた。隣のリンナが黙って、こつんとネネの頭にげんこつをくれる。
 いったんリンナを睨んでから、ネネはこわごわとプリスの様子をうかがった。
 プリスは、そんなネネを無視してじっとレーヴィンを見つめている。
「あれが、“33S” だって? 冗談じゃない」
 レーヴィンはネネの質問を鼻先で笑った。
「お前さん、ADPなのに何も知らんのか」
「そんなこと言ったってぇ、私、いっちばん若いんだもん。そんな昔のこと…」
「本当の “33S” は亜人計画の最終試作のときにしか作られていない。それも、たった7体だけだという話だ。その後の、世間が言うセクサロイドとやらは、偽物、紛い物じゃい。型式名を同じにとっただけのブーマに過ぎん。色ぼけの連中が、伝説と現実をごっちゃにするから、そういうことになるんじゃ。確かにセクサロイドとしての “33S” ブーマは存在した、ゲノムの連中が挑戦してやりそこなったものだ。だが、それと亜人計画が生み出した “33S” は別物だ」

「博士は、あの子たちが亜人計画の “33S” だというんですね」
 シリアが初めて口を挟んだ。
「見せてもらったデータからは、そうとしか思えん。あれは、今あるどんなブーマでもないよ。計画解散のとき、資料として研究所に持ち帰った、こいつ」
 レーヴィンはパイプでテーブルの上を指した。
「この腕しか、思い当るものは無かった」
「最初の “33S” 、その7体はどうなったの?」
 黙っているプリスを気にしながらリンナが尋ねる。
「分からん。資料や設備は、プロジェクトに加わった企業や団体が引き取った筈だが…」
「聞いてみればわかることさ」
 そう言ったのはプリスだった。
 ネネとリンナは驚いて彼女の顔を見つめた。
「じいさんの記憶なんかより、よっぽど確かだぜ」  
「でも」
「それでいいの?」
 ネネ、リンナの尋ねる声が重なる。
「ああ。あいつらにとっては、そんな昔のことよりも、これからの方が問題なんだ」
 プリスは自分に言い聞かせるような口調で喋リながら、シリアの視線を捉えた。
 シリアが小さく頷く。
「彼女たち、特に、メグという子が納得してくれれば、ね。私たちの仕事にとっても重要なことよ。できる、プリス?」
 シリアは濃い紫の瞳をプリスに向けた。
「やるさ。すぐにでも、な」
 プリスのはっきりした声が返ってくる。
 シリアはしばらく黙って考えていた。
 やがて、かすかに肩をすくめるようなしぐさとともに、ため息をついた。
「分かったわ。マッキーに手伝わせる、ということで、いいわね」
「…信用ないんだな。構わないぜ、オレは」
 プリスは唇の端を歪めるようにして微笑んだ。
 今一度、シリアはプリスに向かって頷く。

 後は決まった手順をなぞるようにすらすらと進んだ。
「ADPとUSSDの動きは、ネネ、お顔いよ」
「分かったわ、シリア」
「“33S” についての公式データは、博士?」
「仕方あるまい。じゃが、あんまり、年寄りを当てにするなよ」
「特に、7体の最終試作機の行方を、よろしくお願いしますわ」
 シリアはレーヴィンの言葉を聞かなかったかのように付け加え、微笑んだ。
「私は、中間報告をファーゴに渡して、反応を見るわ。それに、OMSの周辺を探ってみることにする」
「じゃあ?」
 最後に残ったリンナが、人差し指で自分の鼻先を示す。
 何をやれっていうの。
 嫌な予感、という顔つきだ。
 リンナに向かってシリアはにっこり笑った。
「そうね、リンナ、あなたには…」
 はおった白衣のポケットから何かを取り出しテーブルに置いた。
 鍵だ。
「簡単なことよ。マッキーが地下駐車場に置いてきた、トレーラー・コンテナを取ってきて欲しいの。それだけ」
「…。本当に、それだけならいいんだけれど」
 カッターシャツの腕がテーブルへ伸びた。
「やリ方はまかせるわ。けれど、精密機械だから気をつけてね」
「了っ、解!」
 リンナは右手で鍵を上に放り投げ、落ちてくるところを素早く拳の中に捕まえる。
 シリアが椅子から立ち上がった。
「次のミーティングは3日後。何か特別なことが起こったら、いつものアドレスにメールを入れて」
 その一言で残る4人も席を立った。
 部屋の壁に取り付けられたアナログ時計は11時を指していた。

 夜半を過ぎた頃。
 彼は目覚めた。
 ここはどこだ…?
 ぼんやりとした記憶が薄膜を剥ぐようにしだいに明確な形を取り始める。
 そうか…、これは保護容器…。
 失敗だったか。
 彼がここで目覚めた、それ自体が失敗の証拠だった。
 気付くのと同時に蓄えられていたメッセージが彼の脳に流れ込んで来た。
 部下たちは次の行動に移っていた。
 既に…。
 予備の計画は第2段階に入ろうとしているのか。
 多少のつまづきはあったが、ゲノムとUSSDに残したコマがうまく働いている。
 脅しをかける必要は無かったが、少しは自由にさせてやらないとやつらも荒れる。
 不必要な事件はそれだけで、あとは順調だった。
 邪魔者は相変わらず、ADPのでしゃばりとクインシー。
 だが、今回は私の勝ちだ。
 彼は考えた。
 今度こそ私がすべてを支配する。
 容器の中で、彼は目を開いた。
 赤く鋭い光が闇の中に浮び上がった。



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