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§ 悪夢 ブラスターの火線が軽快な破裂音とともに、凍てついた大気を貫く。 二人が構えた銃ロから、光球が吐き出され、ほとばしる。 どぎつい赤に彩られた胴体に扱い込まれる。 だが、林の中の揚陸艇の残骸に隠れていたそいつは、びくともしない。 パラノイド戦闘ドローン。 巡回パトロールに出ていたエルザとソニアの前に、いきなりとびだして来たのだ。 浴びせかけられるブレットを弾き飛ばしながら前進してくる。飛行機能をやられているのか、2本の後肢で雪を蹴たててくる。 ブンッと唸りをあげて二人の頭上高く、左腕が持ち上がった。 吹きだまりに脚をとられ、後退しかけたソニアの動きが止まった。迫るドローンをつられるように見上げたブラウンの髪が揺れた。 エルザは叫んだ。 「ソニア、走って!」 エルザが浴びせかける火線をうるさそうに払って、パラノイド・ドローンはエルザの方へ向きをかえた。 射撃を止めると同時に、エルザは右後方へ跳ぶ。 次の瞬間、今までエルザの立って居た場所に、雪煙があがった。 甲殻類の腕の様なドローンのマニュピレーターが振り下ろされた。 図体からは予想出来ない素早い動きだ。 今度は援護にまわったソニアの銃撃を無視して、さらに第2撃がエルザを追う。 地面に身を投げるエルザ。 唸りをあげて頭の上を巨大な腕がかすめた。エルザは積雪の中に突っ込む。 グイッと巨大な身体ごと振り向くドローン。 正面、至近距離から瞬かないうつろな目がエルザを見据えた。 チャンス!! 体勢を崩しながらも、エルザはそのセンサーアイにブラスターのブレットを叩き込ん だ。一瞬遅れて、ソニアが戦闘ドローンの背中に向けてグレネードを放つ。 ドローンのセンサーアイが火を吹いた。 背中の装甲が砕け、破片が飛び散った。 腕をふり上げたままの姿で、2本の前腕を地面に突き立てるようにのめると、雪煙を上げて崩れるように倒れた。 左右のマニピュレータをスッポリ雪の中に埋めて、ピクリとも動かない。 かげろうのような空気の揺らぎが、くすぶる機体から立ち昇っている。 「やったァ!」 ソニアが喚声をあげた。 エルザに左の親指をたてウインクして見せる。 倒れたまま手をあげて応えると、エルザはスーツについた泥と雪を払いながら立ち上がった。やたら元気のいいソニアに苦笑する。 これは、防寒具の代わりにはなっているけれど、艦内スーツで野戦服じゃないんだから。一面の雪景色なのに、こんな色じゃ目立ってしょうがない。 周囲を一瞥し、ふっとため息をつくと、顔の周りが真っ白にくもった。 寒いのは苦手だ。 エルザは顔をしかめた。 頬にはりついた雪片が冷たいというより、痛いぐらいだ。 グラヴをはずし、息をはきかけた掌でそっと擦った。 「撃破第一号ってとこかしら。キルマーク半分ずつね」 ソニアの吐く息も真っ白だ。 あまり物事を深刻に取らないたちのせいか、ソニアは気楽に言ってくれる。 でも、苦労症だの何だのと言われても、エルザはそう楽観的にはなれなかった。 艦が動力系をやられたばかりに、緊急着陸。 そのおかげで、任官早々の自分たちが陸戦隊まがいのことをするはめになっている。 しかもこんな最前線で。 きっちりパラノイドの戦闘ドローンの襲撃はあるし。 早くジェネレータ・ユニットの補修を終えて、飛び立てないものだろうか。 エルザは戦闘ドローンの全体が見えるように数メートル離れた。 出来の悪い彫像かなにかの様に突っ立っているドローンは、エルザたちの2倍はあろうかという体長だ。 重量なら10倍、いやかるく20倍はありそうだ。 いきなり出くわして、よく倒せたものだ。 そう思う。 「ふーん…」 銃を下ろして、ソニアが近付いていく。 危険だ…。 エルザの脳裏で何かが警告した。 近寄らない方がいい、そう声をかけようとして思いとどまった。 しようがないか。 実戦も初めてなら、敵を間近にするのも初めてだ。 案外あっさりと片付いてくれたものだから、恐れよりも好奇心の方がどうしても勝ってしまう。 しげしげと仕とめた戦闘ドローンを眺めているソニアを横目に、エルザはヘッドセットのマイクを口もとに引き出した。 交信スイッチをオン。 同時にガリガリという凄いノイズが飛込んで来た。 思わず顔をしかめながら、マイクと一体化しているノッチを調整してみる。 だめだ。 ノイズしか出て来ない。 チェックしてみる。が、故障しているわけでもない。さっきの一騒動で壊れてしまうほどやわな装置ではない。 明らかに妨害を受けている。 近くにまだ敵がいる。 知らず知らずのうちに、エルザは周囲の雪で覆われたブッシュに視線を走らせていた。 今のドローンほどの大きさの物でも、隠れていられる場所はまだいくらでもあった。 「戦闘ドローンは放っておいて急ぎましよう。無線が通じないのよ、危険だわ」 エルザの声に、ソニアは顔だけエルザの方を向いた。 ブラスターを握り直し、エルザは反対の手でソニアをさし招いた。 「…パラノイドがこんなに近くまで来ていることも、早く艦に報告しなければいけないし」 「さっき、エルザが転がった時にどうかなったんじゃないの?」 まだ名残惜しいかのようにドローンに目をやりながら、ソニアはエルザの方へ脚を踏み出した。 違う、と言いかけて、エルザはその場に凍りついた。 「後ろッ!」 とっさにソニアに向かって叫ぶのがやっとだった。 けげんそうな表情で振り向こうとする、ソニア。 そこへ横殴りに、真っ赤なドローンの腕が襲い掛かった。 マニピュレーターはソニアの背を直撃した。 鈍い、いやな音がして、のけぞるような姿勢でソニアは宙に放り出された。 もぎ放されたブラスターと一緒に、地面に叩きつけられる。 ほんの何秒か、実際には1、2秒も無かったのではないだろうか、エルザは動けなかった。 破壊したはずだ。あのドローンが生きているなんて! でも、確認はしなかった。 まさか…。そうだ、パラノイド特有の体液が一滴も流れていなかった! 我に返った時、戦闘ドローンが向きを変え、よろめきながら迫ってきた。 ソニアは倒れたままだ。 今度はエルザめがけてユラリと振り上げられた腕をかいくぐる様にして、彼女は走った。駆けより、ソニアを抱き起こす。 顔を覗きこむと、うっすらと目を開き、ソニアはエルザを見た。 額にブラウンの細い髪が乱れていた。 「…アハ、不注意…しちやった、」 「喋らないで!」 低く言って、ソニアを抱いたままエルザは振り向いた。 視覚を失っている筈なのに、傷ついた戦闘ドローンはまっすぐこちらを向き、雪の上を巨体を引きずりながら進んでくる。 まだ生きている環境センサーがあるのだ。 動作は鈍くなってはいる。 けど、今のソニアの状態で、動かすのは…。 雪が多少はショックを和らげてくれただろうけれど、ソニアは背骨に相当のダメージがあるはず。 いったい、どうしたらいいの? 「何やってるんだよ、早くどうにかしろよ」 声に驚いて、エルザは抱いているソニアを見た。 さっき確かに、この腕でソニアを抱き起こしたはずだった。 しかし…。 「ルフィー?!」 パートカラーに染めたプラチナブロンドの髪。 黒の、艦載機要員用のコンビネーション・スーツ。 アタッカーズの、勇名轟く “ショットダウン・エンジェル”。 腕の中にいるのは間違いなくルフィーだ。 どうして? ルフィーは、呆然としているエルザの手を払いのけ、立ち上がった。 「こういうことが在ったとはね。エリートさんの知られざる、過去ってわけだ。警戒を怠ったせいで、戦友を傷つけてしまいましたってね。それで、これからどうなるんだ?」 エルザを見下ろすようにして、ルフィーは尋ねる。 自分の目が信じられず、一言も発することの出来ないエルザ。 「スターリーフの攻撃機のパイロットたちと同じに、見捨てちまったのか? このまま逃げちまったんじゃないだろうな?」 「そんなことしてないわ!!」 エルザは反射的に言い返していた。そして、ルフィーに向き合うように立ち上がった。ルフィーはエルザの抗議の声を無視し、疑いのまなざしで彼女を見据えた。 左手を腰におき、右手の握ったこぶしの親指を立て、自分の背後を指し示す。 「あいつを、ソニアだっけか、放っとくのかよ。」 エルザがその指差す先を見ると、いつの間にか、そこにソニアが倒れていた。 真っ白な雪に赤いものが飛び散っていた。 赤い染みが見る間に拡がっていく。 「嘘よ、こんなこと、無かったわ! それにルフィー、あなたどうしてここに…」 視線を戻すとルフィーはいなかった。 頬に触れ続けていた寒気の強張った感触もない。 足もとの雪ににおおわれた大地も消え失せている。 滑らかな光沢を持った壁があった 通路があった。 まっすぐな、巡恒艦の艦内連絡通路。 ただのコンポジットプレートの樹脂面が、茂みや雪に取って代わっている。 慌てて、もう一度ぐるりと見回す。 前と、そして後ろに向かって一本の通路が延びている。 その中央にエルザは立っていた。 エルザは、ブラスターでなく、ショットガンを手にしていた。 着ている船内スーツだけが同じだった。だが雪と泥にまみれた跡は全く無かった。 ルフィーも、ソニアもいない。 一人、非常灯の照らす通路に立っていた。 エルザの周囲、ほんの数メートル四方だけが明るく、あとはぼやけた人工の暗闇の中に隠れてしまっている。 何が起こっているの?! エルザは叫びだしたい衝動に駆られた。 こんなこと、在リえない。艦が不時着したアスールの地表にいたはずが、急に巡恒艦の内部になってしまう、ソニアがルフィーになって、同時に二人とも消えてしまうなんて!! 「何か見つかりましたか?」 後ろで声がした。 はっとして振り向いた。 「きゃっ!」 悲鳴があがった。 驚きに大きく目を見ひらいて、キャティが立っていた。 慌てて、キャティに向けたショットガンを下ろした。 声を掛けられて振り向いたとき、反射的に彼女に銃口を向けていたのだ。 「ご、ごめんなさい」 何処から現れたのだろう、キャティは。誰もいなかったのに…。 いなかった…? 本当にそうなのだろうか? 胸に閉じ込めていた空気を全て追い出すように、一度、大きく息を吐いた。 落ち着かなければ。 額に手をやると汗がじっとりとにじんでいた。 寒気の中から、空調された船内に移ったせいだろうか。まさか、それでは現実に移動したことになる。 ここに、そう、私は最初からスターリーフの艦内にいたのだ。 そうに決まっている。 「ちょっと、ぼんやりしていたみたい。ここには何もないわ」 「大丈夫ですか?」 キャティは心配そうにエルザの顔を見上げた。 「ええ」 全く、侵入者の捜索中だったのに、どうしてあんな幻覚を見たのだろう。 ルフィーのことを気にし過ぎているのだろうか。ラビィたちと一緒にスターリーフに乗り組む以前の、あんな昔のことまで出て来るなんて、本当にどうかしている。 ここはスターリーフの艦内じゃないの。 エルザはもう一度自分に言い聞かせた。 でも、本当にそうなのかしら? 何かが違っているような気がしてならない。 重要なことを忘れているような…。 「どうします?」 「行きましょう」 じっとエルザを待っていたキャティに答えると、エルザは先にたって歩きだした。 こんな事で迷ったりしている場合じゃなかったわ。早く侵入者をとらえなくてはいけないのだ。 右舷Eパート第4ブロックに異物を発見した。それはパラノイドの強襲用ポッドだった。中身は空っぽ、侵入した何者かは既に艦内の他の場所に移動したらしかった。ポニー、ラミィ、キャティ、ラビィ、パティ、全員でEブロックの捜索に散った。 エルザは通路を進みながら思い出していた。 振り返る。 キャティが両腕でブラスターを抱えるようにして、ついて来ている。 良かった、いなくなったりしてはいない。 全身に緊張感をみなぎらせている彼女を見て、何故か安心した。 けれど一緒だったのはラビィ…。 そのような気がするのだ。 確か、ラビィと組んでいた。 それは一回目だったか。キャティとは二回目…。 何で回数なんか覚えているのだろう。 考えているうちに、通路の分岐点にたどりついた。 まっすぐ行けば今は閉鎖してある機関部へ通じるシャッター、右へ行けば中央の環境制御室。どちらにしても行き止まりだ。 「二手に分かれましょう。あなたはそっちを…」 「はい」 途端に、頭の中に閃光のようひらめいたものがあった。 同じだ! キャティに機関部へ向かう通路をを指差し、自分は右へ歩きだそうとして、エルザは気付いた。 これと全く同じことがあった。 絶対、間違いじゃない、私は覚えている。 既にあったことをそっくりそのまま繰り返している。 「キャティ!!」 エルザは呼び止めようと、振り向いた。 「あーあ、もう終わりかよ。もう少し続けたかったのに」 そこにまた、ルフィーがいた。 悲しげな表情のキャティのとなりに。 両手を腰に置いて、ついさっき消えた時とそっくりそのままの姿でルフィーは立っていた。 「ルフィー、どういうことなの? 続けたかったって何のこと?」 エルザの言葉に、ルフィーは意外そうな顔をした。 すぐに、しまったという表情に変わる。 「ちっ、そこまで分かってないんなら、まだ出て来るんじゃなかったな」 ルフィーは舌打ちをすると頭をかいた。 「しょうがない、説明してやるか。ちょっと待っててくれよ、すぐ済むからな」 傍らのキャティに向かって言うと、一歩エルザの方へ進みでた。 ルフィーの周りにただよう空気、その迫力に押される様に、エルザは一歩後ろヘ下がった。 「続けるっていうのは、ちょっと、お前が右往左往する様子を楽しみたかったってだけさ。実際のところはエルザにも、俺たちが味わった思いを、不安と、恐怖を、実体験してもらおうということ。判る?」 エルザは木偶の様に左右に首を振った。 「ただ死んでもらうんじゃ、もったいないだろ」 「死ぬ? 何を馬鹿な…」 エルザは思った。 何故、ルフィーが私を殺そうというの…。 それにキャテイまで、そんな風に私を見て…。 ルフィーと、そしてキャティは、彼女の要領を得ない反応に、困ったという感じで顔を見合わせた。 「死ぬ、のじゃないな、正確には」 「エルザ少尉、あなたはもう死んでいるんです」 キャティがルフィーを補足して言った。 「キャテイ、あなたまで、」 だがキャティは悲しげに、目を閉じ顔をふせた。 「いえ、少尉はスターリーフ艦内でモンスターに襲われたのが原因となって、死にました。ポニーの必死の手当ての甲斐もなく、我々の目の前で呼吸、脈拍とも停止したんです」 「俺は見てないけれど」 キャティの言葉に合わせて頷いていたルフィーが、付け加えた。 「そして俺たちも死んでいる」 言いながらニヤリと笑ったルフィーの表情に、エルザはゾッとした。 「ふざけないで、こんな事している場合じゃないでしょ! 一刻も早く侵入したパラノイドを見つけなければ、」 「ふざけてなんかいないさ」 ルフィーは真顔になると、人差し指を突きつけるように、エルザの背後を指差した。 「証拠が要るなら、見てみろ!」 「…!!」 振り返ったエルザの手からショットガンが滑り落ちた。 ラミィがいた。 パティも、ポニーも、そしてラビィも。 ラミィは通路の内壁に小さな背をもたせかけて、脚を投げ出し、座り込んでいるように見えた。 だが、壊れた人形のように、がっくりと首を前に垂れている。 その向うに、折り重なって倒れているパティとポニー。二人とも自分ののどを掴もうとするように両手が首にかかっていた。顔には、苦悶のあとがはっきりと残っている。傍らにはハンドガンが転がっていた。 そして、エルザの目の前に、船外スーツを身につけたラビィが横たわっていた。 ラビィの手には、真ん中からまるで針金細工のようにひしゃげたプラズマガンがあった。ヘルメットのフードが割れていた。そして、むき出しになった顔が赤くぬれていた。 スーツの前面が、もとの色ではない赤に染まり、その色はフロアにまで広がっていた。 エルザはその場に、崩れるように両膝をついた。 「俺は確かに俺自身の先走りのし過ぎ、自信過剰のせいでこうなっちまったのかも知れない。俺のバルサムがやられちまったのは、俺の責任さ。けれどそこにいるやつらは違う」 ルフィーはエルザの様子にはお構い無しに、しかし先程までとはうって変わった静かな口調で、淡々としゃべった。 「直接的には、やつら一人一人の責任さ。けどな、エルザ、お前の責任が無かったとは言わせない」 エルザは膝の上に、ラビィの上半身を抱え起こし、そっと載せた。 ◆ のろのろとした緩慢な動作だった。 ルフィーの言葉は聞こえてはいたが、その半分もエルザの意識には届いていなかった。 ルフィーは軽くため息をついた。 「今になってショックを感じてもらっても困るんだよな。こうなる前にどうにかして欲しかったんだから。最初の判断が間違っていたとは思わないか。正体も判らない敵に、たったあれだけの装備で捜索に入った事。仮にも強襲用ポッドで乗込んできたパラノイドに対してだぜ。何が出来ると言うんだ、あれでさ」 エルザは手袋をはずし、ラビィの顔を拭った。 エルザの手が血糊で真っ赤に染まった。 ほつれた栗色の長い髪を整えてやる。 「出だしでつまずいちまったのが、最後まで響いた。俺だから、今だから、こんな事が言えるけどね。そこに倒れているラミィ、パティ、ポニー、どんなに苦しみ、どれほどの恐怖を味わったか…。本来、お前が守ってやらなけりゃならない連中なんだぜ。お前がいなくなってから、その分まで引き受けて、ラビィは最後まで頑張った。けれど、だめだった」 ルフィーは、そう言いながら声をおとした。 エルザの目の前にラビィの顔があった。 傷ひとつない穏やかな表情で、まるで眠っているようだった。 声をかければ、すぐにも目覚めて、あの朗らかな笑顔を見せてくれる。 そうだ、そうに違いない。 エルザは思いたかった。 けれど、エルザの指に触れるラビィの頬は、記憶の中のアスールの雪よりもずっとつめたく、冷えきっていた。 ラビィは固く目を閉じたままだった。 もう、血も着いていないのに、髪も乱れていないのに…。 「エルザ、」 「もうやめて!!」 エルザは叫んでいた。 「幻覚でもなんでも構わないわ、私が死んでいるって言うのなら、それでもいい。でも、こんな酷いこと、もうしないで! お願いだから、やめて!!」 その声に共振するように風景の全てが揺らいだ。 真っ白な光が視界の中を塗りつぶした。 気づくと、エルザはベッドの上にいた。 上半身を起こして、大きく喘いでいた。 全身が油汗でぬれていた。 悪寒がした。 顔をあげたエルザの視界に入ってきたのは、壁、テーブル、載せられた何かの機器、接続されたコード。 淡い無機的なグリーンのカラーリングで統一された部屋。 ベッドに視線をおとすと自分自身が着ているのは、シンプルでゆったりとしたパジャマだった。 部屋には誰もいなかった。 今のは、夢?現実? まだこれは悪夢の続きなの!? エルザは自分の掌を見つめた。 そしてそのまま頬に触れてみる。 私だ。 確かに、私はここに居る。 では、いったい 『ここ』 は何処? かすかに圧搾空気の流れる音、ドアの作動音がした。 顔をあげると、ドアの間からのぞいた顔と、目が会った。 「お目覚めのようね」 エルザの疑問に答えるかのように、タイミングを合わせて現れたその人物を、エルザは知らなかった。 エルザは思った。これは夢の中じゃない。 彼女のまとっている制服、それは明らかに軍の物ではなかった。 一般的な物ではない。 医療関係、ではあるが親衛隊でしか使用されていないタイプとカラー。 悪夢の残滓を脳裏から追いやりながら、エルザはベッドの上で姿勢を正す。 「ここは何処ですか?」 まだ残る悪寒に耐えながら、意識を集中しようと努力した。 「その質問にはお答えできないの」 その人物は残念そうに微笑みながら言った。 「そうですか…」 否定的な答えなのに、それが何故かエルザの気持ちを落ち着かせる。 エルザは目を閉じるとベッドにゆっくりと横になった。 よかった…。 エルザの偽らざる気持ちだった。 たとえ、今、目の前にいる人物が敵であったとしても構わない。 現実となら、幻ではなく現実となら戦うことが出来るのだ。 生きているのだ、私は。 生きている? じゃあラビィたちは? 安心した途端に悪夢は現実に反転した。 エルザはベッドの上にはね起きた。 スターリーフで起こった事件を、エルザは思いだした。 なんとかしなければならない。 「あ、あの」 もう一度、いまの人物を呼ぼうとした。 しかし、人影はすでになかった。再び、部屋の中にはエルザだけになっていた。 |
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