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§ 覚醒


 殺風景な部屋だった。
「どう?」
「い・ら・ん。」
 ルフィーにあっさりと断られて、少尉は差し出した人差し指ほどの長さの細く白い円筒を、唇にくわえた。
 先端のシールを右手の親指と中指だけで器用に引き剥がすと、大きく息を吸い込んだ。
 スッとかすかな音がした。先端に仕込まれた反応剤が働きだしたのだ。ほのかな香りが漂いはじめるとともに、円筒がチリチリと、ごくわずかずつ短くなっていく。
 俗に言う、ブースト・ドラッグ。
 少尉が口にしているのは、正式名称をブランカという軍公認の精神賦活剤だ。気分を高揚させ、恐怖感を麻痺させる。酒の、アルコールのもつ効果のごく一部を、即物的に取りだした薬物だ。古来からの言い方をすれば、麻薬である。ブランカは、この類の物としてはもっとも弱い方に属する。一般に兵士がやるのは、ヴァイス、ヴランシェといったものだ。もちろん公認である。
 これが、ブースト・ドラッグの常習者ともなればシュヴァルツ、チェルノといった強力な物でないと効き目がなくなってくる。このあたりになると習慣性も強く、はっきりいって多用すれば精神にも、身体にもガタがくる。これらは当然、禁制品だが、パラノイドとの最前線で戦う突撃要員たちの間には既にかなりの率で広まっていた。最近では実戦の恐怖とは無縁のはずの民間人の間でさえ、簡単に手に入れられるほど広がっていることをルフィーは知っていた。
 ブーストは嫌いだった。
 何が “一般” で何が “常習者” だか、“公認” と禁制品” の差がどこにあるのかルフィーには理解出来なかった。
 ドラッグは酒の様な単る嗜好品じゃない。
 戦闘の恐怖から逃れるために、薬に頼る。
 習慣性のおかげで、ますます頼るようになる。
 また体に耐性が出来て、いままでのものでは効果が無くなる。
 どんどん強い薬を求めるようになる。強い薬にはそれ相当の副作用がある。
 ついには戦闘ではなく、薬のおかげであの世行きだ。
 薬のせいで死ぬのなぞ、馬鹿馬鹿しさの限りだ。薬としての効果が無いのなら、のむ必要が無い。頼る事が出来るのは自分しかない、ルフィーは思っていた。
 そういったブースト・ドラッグの中で、それこそ気休め程度の効果しかないブランカを、マイアロイと名乗った少尉はさもうまそうに吸っている。

 彼女は一目会った時から気にくわなかった。
 今も当然、気にくわない。
 黒と緋の、親衛隊の制服のせいもある。
 だが、それよりも、今の自分の状態が気に入らない。
 俺が、パジャマでベッドの上で人に会わねばならないというこの状態が、だ。
 しかも、二人も居やがる・・・。
 一人は、このベッドわきに据えた椅子に腰かけている少尉。
 もう一人は、入口ドアの操作パネルのすぐ前で、規定通りにかぶった軍帽の下から休めの姿勢のままじっとこっちを睨んでいる若い兵士。
 遠慮無しにジロジロと見やがって。
「こいつもやらないなんて、アタッカーズにしては堅いんだ」
 いらつく。
 テンポのずれた事言いやがる。
 無論、それはこの少尉の責任ではない。
 だが、ルフィーの神経に障ることには違いない。
 少尉はブランカを長い指の間にはさみ、もてあそぶ。
 軽く脚を組んで腰かけているその姿は、親衛隊機関誌のグラビアを、そんなものがあればの話だが、飾ってもおかしくない。一分の隙もなく、黒と緋の制服に身を包んでいる。短く整えた茶色の髪が、精悍なイメージをいっそう引き立てていた。茶色といっても、光線の具合によっては淡く輝いて見えたり、暗く落ち着いた雰囲気を滲ませたりする不思議な色だった。今は、何よりも、ガチガチの軍人タイプではなく、ちょっと崩れたアクセントを加えている。
 にくい演出だぜ。
 ルフィーは思った。
 それにひき代え、こっちはパジャマだけ。
 格好のつけようもない。
 差をつけてくれるよ、まったく。
 裸にされたようなって言うのはまさにこの感じだろうな。
「ドラッグは嫌いだ」
 起こしたヘッドレストにもたれて、ルフィーはぶすりと答えた。
「ま、理由はだいたい想像つくけれどね。でも、アルコールはだいぶ強そうじゃない」
 笑うと白い歯がこぼれた。
 普通なら “そうですね” と思わず頷き返したくなる笑顔だ。
 無愛想なルフィーに対し、少尉はいかにも会話を楽しんでいるといった様子だった。余裕たっぷりの構えで微笑みを浮かべている。つけ加えるなら、余裕があるのはこの部屋では彼女だけらしく、ドアの前に立っている兵士はルフィーと同じく仏頂面であった。
 ルフィーにしてみれば、会話を楽しむなんて気分ではない。
 ずっとベッドに押し込められているのだ。
 重い傷でも負っているのなら、まだ我慢も出来る。しょうがない。
 だが、実際はその逆、なんとも無い。
 目覚めてから、正確には意識を取り戻してから、検査潰けだった。
 それは良しとしよう。
 事実、多少は傷の治療も受けたのだから。
 だが、やっと解放されたと思ったら、この部屋に軟禁状態だ。
 健康体、何ら活動に支障無し。こんなに早く低速代謝剤の影響が抜けるなんてたいしたもんだよと、ほとんど何も喋らなかったあの医者でさえ感心していた。
 それなのにまるで重病人扱いだ。
 閉じ込められる理由の説明も、らしいものも無しと来ては、理不尽さも極まっている。
「スターリーフはどうなった?」
「それが君の艦かい」
「第9星系遠征隊は? 旗艦のアコンカグヤはカオスにたどりついたのか?」
 肩をすくめ、首をふる親衛隊員。
「なんて艦なんだ? 俺はどうしてここに?」
「すまないけれど、答えられない」
 ルフィーのあらゆる問いに対して答えはなかった。
『ラビィは無事なのか? こうるさいエルザは、他の連中は?』
 その質問はルフィーの口から発せられることは無かった。もう、いくら訊いても無駄だとわかってしまったからだ。
 たったひとつの情報はといえば、マイアロイというこの少尉の名前だけだ。
 親衛隊に知り合いが出来たって、なんの足しにもならん。
 結局、ルフィーは今も、自分がいま何処にいるのかさえ知らない。
 医師や兵士たちの制服、それに目の前の少尉の下らないお喋りから、この船が親衛隊のものだと判るだけだ。だいたい、彼女らはそんな一目瞭然のことでも、問いただしたりすれば、ノーコメントという態度をとるのだった。
 いらつく。
 今まで爆発してしまわなかったのは、自分でもたいしたものだと感心したいところだ。 しかし、彼女のまれな忍耐にも限度が来ようとしていた。
 ルフィーにそう思わせる元凶が、このマイアロイという将校だった。

 一方、マイアロイは確かにこの状況を楽しんでいた。
 陰鬱なお定まりの任務の中で、こんなに生きのいいソルジャーを拾い上げるとは予想外の幸運だと考えていた。「種族融合計画」 の重要性は理解していたし、その成功のために積極的に努力しているには違いなかった。
 しかし、個人的な気分というものは別だ。
 観察という名目で、マイアロイはこの部屋を頻繁に訪れていた。
 “標本” という名の死体の検査、分析に終始するよりは、この敵意のある視線の相手をしている方がよっぽどいい。
 面白い。
 上官である大尉は何も言わない。おざなりな報告なのに、微笑んでみせるだけだ。
 まあ、あの人ならそうだろう。
 マイアロイは思った。
 私の能力を信頼してくれてるのだろうけれど、それよりも、必要以上に責任を感じてしまう人だから、あの人は…。上から命じられた任務でも、それを理由に責任を回避する、なんて芸当はできない人だ。全部、自分で抱えてしまう。
 情報局のチームを率いるには、もったいない。
 マイアロイは小柄な上官の姿を思い浮べた。
 しかし、問題はこのアタッカーズのソルジャーに真相を知らせないままどうやって帰還させるかだな。記憶の処理はしたくはないし…。「種族融合計画」 なんて、知ったらこいつはどんな行動にでるかわからないし。
 本人は覚えていないかも知れないが、意識を取り戻すまで、うわごとのように仲間の名前を繰り返していた。
 たぶん絶望だろう、彼女の艦のクルーは。
 だから、彼女だけでも生きてかえって欲しい。
 ああ、あの人の考え方がうつってるよ、これは。
 マイアロイは表情をかえないように苦労しながら、慣れないブースト・ドラッグの煙をはきだした。

 何しに来ているんだ、こいつは。
 ルフィーは考えていた。
 俺は単なる暇つぶしの相手なのか、それとも軟禁されなければならない程の対象なのか。後の方だとしたら、その理由は?
 もう五日目だ。このままいくら考えていたって何も変わらない。
 ルフィーはシーツの端を握り締めた。
 こんな親衛隊野郎と、顔をつきあわせていたって、なんにもなりゃしない。こいつが顔を出す度に、時間を無駄にしているという思いが強まるのだ。
 一刻も早く、スターリーフの連中の消息を確認したい。
 生きていれば結構、だめならだめでいつもの事さ…。
 だが、確かめないうちにはどうしても、おさまらない。
 動かなきゃ、どうにもなるまい。
 そう思った。ただ暴れてみても、役立ちはしないのはわかっている。
 でも、もう 「待ち」 の時間は終わりだ。
 目の前ですましている連中を引っ掛きまわしてでも、意味のある反応を引き出してやらなけりゃならない。
 パジャマってのが気に入らんが、仕方ないか。とりあえず、格好は問題じゃない。
 邪魔にはなるまい。
 確認のため、もう一度それとなく少尉の腰のホルスターヘ目をやった。そしてサイドテーブルの上のカード。OK だ。五日分の忍耐と観察で得たネタを使ってしまうのはもったいない気もしたが、これ以上待っても進展はありそうもない。ルフィーは軽くため息をつくと、ベッドのわきに下リた。
「トイレかい?」
 少尉が平然と訊いた。
 本っ当に、嫌な野郎だ。
 ルフィーは精一杯、平静を装って答えた。
「だいぶ長く世話になったけど、手当てもしてもらったし、休養もとらせてもらった。そろそろ失礼するよ」
「残念だなあ、こっちはもっと長くいてくれても全然構わないのに」
 ヌケヌケと応じる少尉。
 うっかり相手をしていては本当に馬鹿をみると、ルフィーは彼女に背を向けドアヘと脚を踏みだした。
 親衛隊の少尉はルフィーが脇を通っても何の反応も見せない。
 もっとも、ここまでは予定の内だ。
 ドアヘ向かいかけたルフィーを、パネルの前に控えていた兵士がさえぎった。
「この部屋から出ることは禁止されています」
 丁寧な口調ではあったが愛想のかけらもない表情で、ルフィーを押し戻そうとする。
 右手で肩を掴もうとした。
 そう来なくっちゃ、単純な奴は好きだぜ。
 ルフィーは内心ニヤリとした。
「そうだったっけな。」
 と、あっさりベッドの方に向き直るとみせる。が、体を半分ひねると握り締めた右のこぶしを兵士の顎に叩きこんだ。ルフィーのストレートをまともに食らった兵士は、背後の操作パネルに頭をぶつけて昏倒した。
 第一段階終了、親衛隊野郎がくる。
 当然、そう予想して身構え、素早く振り向いた。
 が、親衛隊の少尉は悠々と、高く脚を組んで椅子に座っていた。
「さすがアタッカーズ、“ショットダウン・エンジェル” は腕っ節もなかなかだね」
 そう言いながら、ゆっくりと椅子を立った。指の間に半分ほどになったブランカをはさんだままだ。
 余計なこと言ってないで、第二段階! その生意気な態度もこれまでさ。
 ルフィーは一気に間合いを詰め、こぶしを放った。
 しかし、少尉がわずかに体を左に振った、と思うとルフィーの一撃は空を切っていた。勢いあまってたたらを踏んだところへ、マイアロイが、トンとルフィ一の背を突き放す。
 クルリと二人の位置がいれ替わり、ルフィーはそのまま、さっきまで自分の寝ていた ベッドに突っ込んだ。
「けれど、病み上がりなんだから、まだまだ安静にしてなきゃ」
 ルフィーがベッドに両手を突きながら振り向くと、親衛隊の少尉が笑っていた。
 カッと頭に血が昇った。
 余裕のポーズは伊達じゃないってつもりか!
「野郎!」
 ルフィーは跳ね起きると、低い姿勢のままでマイアロイめがけてフロアを蹴った。
 そのルフィーの突進を、マイアロイの脚が阻んだ。
 第二段階がどこかにふっ飛んでいった。一瞬、息が詰まり目の前が真っ暗になった。体を二つに折ったまま、ベッドヘ弾き飛ばされていた。スラリと伸びた脚が振り出され、ブーツの足先がルフィーのみぞおちに食い込んでいたのだ。場数を踏んだルフィーらしくもない失態だった。
「ほらほら、こういうことになる。まだ本調子じゃないんだよ」
 痛みのために目に浮かんだ涙をとおして、悠然と立っているマイアロイ、親衛隊の少尉が見えた。
「だ、黙れ!」
 左手で腹を押えながら、ルフィーはベッドを支えにして立ち上がった。
 悔しいが、見事に一撃を食らってしまっている。足がふらつく。
 確かに五日もベッドにはりついていたのが崇っている。
 ルフィーは、さっきまでマイアロイの座っていた椅子を右手ではねのけた。合成樹脂製の椅子がフロアに跳ね、ちゃちな音が室内に響いた。
「親切で言っているのに、それはないだろう」
 マイアロイはちょっと顔をしかめてみせると、ブランカをフロアに捨て、腰のホルスターからハンドガンを抜いた。固体弾用ではない。標準タイプのスタンナー、麻痺銃だ。これは既に確認ずみ。
「でも、だいぶ嫌われてしまっているみたいだから、この辺で退散するよ」
 ルフィーにスタンナーを向けたまま、散歩後退する。かがんでフロアにのびている兵士の様子を調べる。
 ルフィーはわずかずつ、脚を滑らすようにして前に出ていく。
 落ち着けよ、自分に言い聞かせる。
 親衛隊野郎をぶっ飛ばすのが目的じゃないんだからな。こういう自信過剰なヤツだからこそ効く手なんだからな。
 少尉が顔をあげる。
「動かないで居て欲しいんだけどな」
 ルフィーは止まった。さらに、歩幅半分でていた。
 距離よし。
「当然過ぎて言いたくないけど、撃つよ」
 マイアロイは立ち上がった。スタンナーがまっすぐルフィーを狙っている。
 スタンナーとはいえ、出力と、そして当りどころによってはあっけなく死ぬ。ルフィーも、マイアロイも常識として知っていることだ。
「それで? あたらなきゃ、どうってことあるまい?」
 眉をつりあげ、ルフィーは皮肉を込めて訊いた。
 不敵な言葉が、マイアロイの注意を手にしたスタンナーからそらした。一瞬、意外そうな瞳がルフィーをとらえる。
 予想的中!
 なけなしの忍耐力に押えられていたものが、一気に開放される。
「それでって…」
 鸚鵡返しに答えかけたマイアロイの瞳めがけて何かが飛んだ。一瞬、視線がルフィーからそれる。彼女の顔めがけて猛烈な勢いで白いものが飛び込んで来た。両眼をかばって、マイアロイは腕を上げた。
 軽いショックがして弾け飛んだのは、ルフィーのパジャマのボタンだった。
 しまった!
 マイアロイが思った時には、もう遅かった。
 トリガーを引こうとした指先よりも、ルフィーの動きの方が優っていた。
 とっさにスタンナーに左手をそえ、両腕で辛うじてルフィーの蹴りをブロックした。それでもルフィーのキックの運動量を食い止められず、マイアロイは横ざまに倒れ、スタンナーが弾けとんだ。
「とりあえず、お返しだっ!」
 マイアロイが油断していたのだ。
 ついさっきのパンチから、ルフィーのスピードを過小評価したせいもあった。が、まさか銃口を向けられてたち向かって来るとは考えなかったのだ。ものが判る人間になら、スタンナーで十分、武骨なブラスターや固体ペレットのハンドガン等無用。その考え方がミスを招いた。と言うよりはそういったマイアロイの思考法を読んでいたルフィーの勝利だった。
 たとえスタンナーがブラスターだったとしても、ルフィーは躊躇しなかっただろう。
 「ネタ」 があったから、ルフィーは行動に出たのだ。
 少尉は転がったスタンナーめがけて腕を伸ばした。
 奪われる!
 そのときは、マイアロイの頭にはスタンナーでルフィーを抑えることしか思い浮かばなかった。
 やっと第三段階!!
 ルフィーも跳んでいた。もちろん、ルフィーにはスタンナーなどどうでも良かった。
 とりあえず、5日分のストレスを解消させてもうらぜ!!

 立ち上がって額の汗を拭った。
 かわし損ねて頬にくらったマイアロイのパンチが効いていた。パジャマの袖は無惨にもげてしまっている。
 息が乱れている。
 五日も寝たっきりじゃ、なまるよな。
 ついと視線を動かすと、少尉はすぐ目の前に倒れていた。
 かっこつけてた割には、もろかったな。けれど、こっちも無茶したんだぜ。もう少し、お前が場数をふんでりゃ危なかったけどな。
 ルフィーはしばらく、フロアにのびている親衛隊員たちを見下ろしていたが、やがて行動の第四段階に移った。
 制服をチェックして腰のホルスターのハンドガンを確かめてから、ルフィーは転がっているスタンナーを拾った。スタンナーのグリップは吸い付くようにルフィーの手の中におさまった。ハンドガンを取りだし、替わりにスタンナーをホルスターに収める。
 兵士の方のハンドガンは使うつもりはなかった。手にしたハンドガンをどうしようかとしばらく迷ったが、結局、ダストシュートに放リこんだ。
 親衛隊だからといっても、ソルノイドには違いない。
 向うが本気で撃ってきたら不利な勝負をしなけりゃならないが、どのみち一対艦全体、たった一丁ではなんの足しにもならない。
 そしてサイドテーブルのカードを手に取った。
 こちらの方が重要だった。
 頼んだぜ、お前が本当に 「鍵」 なんだからな。
 全ての扉を開いてくれるはずのEランクのゲートパス。
 ルフィーは思い出していた。

 スターリーフでのことだ。
 中型の巡恒艦に、たった7名のクルーという状態が生じたため、ほとんどの管理は艦載AIのOX-11が代行したのだが、少なからぬ量の作業を7人で分担しなければならなかった。そして、そういったAIに任せられない種類の作業に限って、骨の折れるものなのである。
 その骨の折れる作業の一つ、艦内巡回の当番にあたった時だった。
 パートナーはポニー。
 おとなしい、目立だないヤツだったな。
 全部で7人しか居ないのに目立たないというのは、たいした才能だ。トイル、アイル、OX-11。メカを相手にしている時は生き生きとしてるのに、人と、特にルフィーと面と向かった時はオドオドして何となく気に入らない感じだった。そのためか、巡回は仕方なくただポニーの歩くのについて回るという感じになってしまった。気に入らない 相手と組んだから、というよりは気が乗らなかったからだ。
 それでも、見ているとポニーは一人でテキパキと点検のチェックリストをこなしていき、その様子にルフィーは彼女のことを少し見直していた。
 立入り制限区画のレプリション炉セクションにさしかかった。
 集中制御室の前でポ二ーは立ち止まった。
「おい、そこは入れないんじゃないのか」
 先に行きかけたルフィーは振り向いて言った。
 制御室は機関科員の中でもごく一部、さもなければ艦長や副長クラスのパーソナルIDでなければゲートシャッターを開けられないはずだ。艦の心臓部だ。そうそう誰でも入れるわけにはいかない。今のスターリーフには、その権限をもったものは誰もいない。
「ええ。OX-11がモニターしているとは思いますけれど、気になりますから」
「気になったって、」
 反駁しかけたルフィーの目の前で、ポニーは胸のポケットから出したIDプレートをスロットに差し込むと、パネルのキーを幾つか叩いた。
 集中制御室のシャッターはそれに応えて、当然のように静かに左右に開いた。
 その開いたシャッターと同じように口を開けたままのルフィーに、ポニーはにっこり笑うとチェックリストの記憶させてあるデータボードを抱えて中に入った。ルフィーはあわてて後を追った。
「今のは、いったいどういうトリックなんだ?」
 手にしたボードのディスプレイと壁面パネルの表示の照合を始めているポニーの背中に向かって、ルフィーは訊いた。
「トリックなんかじゃありません。制御室オペレーター用の予備プレートなんです」
 ポニーはパネルの方を向いたまま、さっきのカードをルフィーに差し出した。
 受けとって眺めて見れば、識別用のカラーバーと表面の刻印が確かに集中制御室専用のプレートだということを示していた。しかし、それだけではルフィーの疑問への答えにはならない。
「暗証コードはどうしたんだ、艦長が管理しているはずだぜ」
「それは、…」
 ポニーが振り返った。
 困ったような表情を浮かべている。それを見てルフィーはピンとくるものがあった。
 ルフィーは素早く歩みよるとポニーの肩を右手で抱きかかえた。
「なんか秘密があるんだろ?」
「秘密だなんて…」
「じゃあ、教えてくれよ。な、いいだろ?」
 “くれよ” ど “な、いいだろ” の間にちょっと間を置き、後半はトーンを低く。ルフィーは間近からポニーの瞳を見上げる。ポニーはその視線をさけるようにデータボードに目をおとした。
「は、はい」
 ポニーは少しうつむいたまま、小さく頷いた。
「で、これがどうなってるのかな、ポニー先生?」
 ルフィーはIDプレートをポニーに渡した。
「これ、欠陥があるんです。」
 受けとったプレートをデータボードの上に乗せるとポニーは言った。
「不良品だっていうのか?」
「いいえ、普通の意味では違います。正常に働<んですけれど…、」
 ポニーの説明を要約するとこうなった。この種類のプレート、ただ使用している間はなんともない。機能は正常。しかし、操作パネルで一度適当にコードを打ち込んだあと、エンターする前に2度リセット、そうしておいてある特定のコードを打ち込むとメモリーされた暗証コードが入力されたのと同じ動作をする。つまり、暗証を知らなくても、打ち込んだのと同じことが出来るのだ。トラップドアの一種だというのだ。既に報告さ れてからかなり時間がたっているのだが、まだ完全に回収交換されていないという。今ここにあるのが、そうした未回収のうちの1枚だというのだ。
 それを聞いて、ルフィーはすっと目を細めた。
「ポニー、」
「?」
 ポニーはキョトンとした表情でルフィーを見た。
「お前、おとなしそうな顔して、相当なワルなんじゃないのか」
「一体何のことです?」
 ポニーには何故急にルフィーの態度が変わったのかがわからない。ただでさえ、ちょっと怖そうな人だと敬遠していたのだからオロオロしてしまうばかりだ。
「それを使って、あちこちから色々、くすねてたんだろう? え?」
「そ、そんなことしていません!」
 ルフィーに詰め寄られて縮みあがりながら、震える声で反駁するポニー。
 両手でチェックボードをぎゅっと抱き締めている。
 ルフィーにしてもこんなに問い詰めたりするつもりではなかったのだが、こうも目の前で震えあがられると収まりがつかなくなってくる。勢いってものだ。
「いいや、そうじゃないね。だいたいコンピューター屋っていうのはハッカー予備軍だからな。お前みたいのには何人も会った。人畜無害って風な…」

「いい加減にしなさい!!」
 その時、耳元で大声が爆発した。
「な、なんだ!」
 ルフィーが両耳に指を突っ込みながら振り返る。
 目の前にパティの顔があった。
 思わず、一歩後退のルフィ一。パティは小腰に両手をあて、伸びあがるようにしてルフィーの顔をのぞき込んでくる。
 タジタジといった体のルフィーをしばらく睨むと、パティはポニーに声をかけた。
「大丈夫?」
「はい…」
 ほっと胸をなで下ろすポニー。
 パティは再びルフィーに顔を向けた。
「あんまり遅いから心配になって来てみれば、」
 あきれてものも言えないといった目付きでルフィーを見る。
 黙っていられるかと、ルフィーは反撃を試みる。
「いきなり怒鳴ることはないだろう!」
「何言ってるのよ、ポニーみたいないい娘をいじめたりして」
「いじめてなんか…、だ、だいたいそんなこと分かるのかよ」
「分かるの! あなたみたいに、いきなリスターリーフに飛び込んできた人には分からないでしょうけれどね!!」
 パティはてんでルフィーを相手にしなかった。
「ルフィー、用がないんだったらこっらへ来て手伝って欲しいわね。ハンガーデッキの方はあなたのおかげで大忙しなんだから」
 そう言って、グイッとルフィーに迫る。小柄な身体の、いったいどこに隠されていたのかと思うほどの迫力だ。ルフィーはパティが苦手だった。どういうわけか、かなわない。出かかった言葉も、のどの奥にひっ込んでしまった。
 食堂では、ラミィと同じレベルでせっているくせしやがって。
 ルフィーがおとなしくなったと見るや、パティはクルリと振り向き笑顔を向ける。
「じゃ、ポニー、邪魔者はもういなくなるから、安心して続けて」
 結局、ルフィーはパティに衿首掴まれるようにしてハンガーヘ連れていかれ、その件はチョンになった。

 偉そうにいってくれたよな、まったく。
 思い出すと腹が立たないでもない。
 しかし、あの時のポニーのおかげでまがりなりにも動けそうなんだから。
 ルフィーは思った。
 さて、鬼が出るか蛇が出るか。
 頬がまだ痛む。多分、あざになっている。鏡で確かめたいところだが、そんな気がきいたものはこの部屋にはなかった。振り返るとベッドの足のところに引き裂いたシーツで縛り上げられた二人の親衛隊員が転がっていた。若い兵士の方はルフィーが制服を拝借したのでアンダーウェア姿だ。
 本当はマイアロイ少尉の方を剥いでやりたかったのだが、利点と欠点を考え合わせて止めておくことにした。多少、行動の自由は利くかも知れないが、狭い巡航艦の中だ。少尉というのは目立つ。
 見かけない士官だっていうんで、いきなり引っ張られたんじゃたまらんからな。
 その点、ただの兵士ならば、部署が違えば顔を会わせる可能性は低いし、知らない顔を見つけても、さして気に止めるものもいない。
 とにかく、自分の目で艦内を歩いて確かめたかった。
 ルフィーは知りたかったのだ。
 自分が閉じ込められていた理由。
 そして、第9星系遠征艦隊の運命と、スターリーフの運命を。

「じゃあな。風邪ひくな」
 まだ意識の無い二人に声をかけると、ベレー・タイプの軍帽を目深にかぶり直して、ポニーの言った通りに操作パネルのキーを叩いた。
 ドアが開く。OKだ。
 サンキュー、ポニー。
 ルフィーは小さく呟いた。
 出る。
 左右に通路が延びていた。
 スターリーフと同じ、コンポジット樹脂で蔽われた艦内通路だ。サイズはスターリーフのものより、幅が少しばかり広いようだ。
 スターリーフ級より大きい艦ってことか…。
 ルフィーは考えた。
 これだけで決めてしまうには早い。
 だが、大型艦ならば、うかつに歩き回っては迷子になってしまう。
「慎重かつ大胆、か・・・。」
 独り言のように呟いた。
 様子をうかがってみるが、人の気配はなかった。
 いざ部屋の外に出られるとなると、どっちへ行っていいか困る。
 が、もう二人のしてしまっているし、ここへ戻って来ればおさまりがつくというわけでなし…。
 やってしまえば同じことさ。
 意を決し、部屋のキーを外部からロックすると、ルフィーは右を選らんで歩きだした。



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