TOP / CONTENTS BACK / 06 / NEXT


§ 迷い


「そっちの調子はどう、大丈夫?」
「Pi!」
 シグナル・アナライザーに伸ばしかけたキャティの手が止まる。
「そう、順調なのね」
 声の方を見ると、傍らのパネルの前に膝をついている電子要員のクルーと、半球型の頭を短く太い胴体に直接つないだドロイドが、並んで向き合っていた。少女の頭の高さと、ドロイドの頭の高さが丁度同じくらいだった。鳶色の肌をした少女は点検パネルを開け、中をのぞき込みながら傍らのドロイドに話かけている。
 パラノイドの高速偵察ドローンに、強烈なEMPアタックをくらった後のCICルーム。攻撃によって生じた一瞬の機能障害の隙をついて、パラノイドはまんまとキャティたちのフリゲートを振り切った。彼女たちはパラノイドの攻撃の影響をチェックしているところだった。
「あ、何でもないわ、ごめんなさい」
 視線に気づいて少女は顔を上げてた。
 クルリとした大きな黒い瞳がキャティの目をとらえた。
 ポニー。
 いつも控え目で、目立たない存在だった。
 光電子機器のハードやソフトの知識・技術は同期のクルーの中でも飛び抜けてた存在だった。誰もが彼女のことを知っていた。
 けれど特に親しくしているものはいない。
 誰も、ポニー自身のことはよく知らなかった。
 キャティも、一対一で言葉を交わすのそれが初めてだった。
 そんなことを考えながら、あらためて彼女の顔を見た。
「あの子たちや、スワインなんかのこと友達みたいに思うの、おかしいかな」
 あまりキャティがじっと彼女を見つめたせいか、ポニーは照れくさそうに言いながらちょっと視線を後ろにやる。そこには、ポニーが声をかけていた汎用支援ドロイドのソイルが、フレキシブル・アームの先端に装備された触手の様なマイクロ・マニピュレータをフルに使って電子機器の調整作業を進めている。
 スワインと言うのは、この艦の集中管理AIの愛称だ。
 ソイルの半分閉じかけのフロント・アイのカバーが眠そうだ。
 “あの子” か…。
 キャティはその様子を見て微笑んだ。
 いつも、ここのドロイドたちはこうなのだ。無表情なようでいて、実はとても表情豊かなのだ。それも一台ずつ違ったくせを持ち、異なった表情をみせてくれる。
 ちなみに、このソイルは年中寝不足の感じだ。
「分かるわ。でも、」
 アナライザーを手にとりながら尋ねた。
「生きている様に見えても、結局はプログラム通りに反応しているんでしょう?」
 キャティの方を見ずに、少女は頷いた。かすかに小首をかしげ、パネルの保護カバーを取りはずす。
「それはそうなのだけれど…」
 点検パネルの内側に内蔵されたテスティングボードに並んだキーを、素早くオン・オフし、デジタル表示で異状の有無を確認していく。テキパキと小気味よい手の動きだ。キャティもシグナル・アナライザーをセットすると自分の受け持ち作業にとりかかった。
「でもね、例えば、私たちだって自分がどういうやり方で考えているか、物事を理解しているわけじゃないでしょう。何故、自意識があるのか、そんなことだって分かっていない」
 言葉をきるとポニーは考えこむ様にしばし手を休めた。
「私たちは、化学物質の伝達で考える。あの子たちは、それを光と電子でやっている。それだけの違いじゃないかななんて…。だからっていうのはへ理屈みたいになってしまうけれど、あの子たちだって、生きている様に見えるからには何か特別なものを持っていて、私たちと同じだって、どうしてもそう感じてしまうの」
「あなたが設計したり、整備したりしていても?」
「ええ、だって私たちソルノイドも、何処かの誰かが造リだしたのかも知れないでしょう」
「そんなこと、わたしは考えたことも無かったけど」
 キャテイは少し驚いた。
 AI(ARTIFICAL INTERIGENCE)もAB(ARTIFICAL BRAIN)も、ごく普通にどこにでも見られる存在だ。
 当たり前過ぎて、その存在自体について考えてみるなんて、キャティには思いもよらなかった。
 あらゆる場所でソルノイドの社会を支えている彼らは、単なる機械ではなく、彼女たちと一緒に暮らしている友好的な生物たち。
 そうなのかも…。
 いや、そう考えた方がしっくりくる。
 キャティは思った。
 このフリゲートの中で、ステーションのドックで、ベースで、今までの何気ない日常の光景であったドロイドだちとの触れ台いが、キャティの心のスクリーンにリフレインされた。
 その途端に空気の色がかわった。いや、その様に感じた。
 何かを、キャテイには、それが何なのかうまく言い表わせないのだが、大切な事を理解したような気がしていた。わずかに視点を変えただけで、今まで目の前に在リながら気づかずにいた壁が、急に消え去ったようなそんな爽快な気持ちをキャテイは感じていた。キャティは、新たな視界が開けた気持ちがした。
 そう、彼らは道具でも、ましてや奴隷でもない。
 友、なのだ。
 ほんの些細なことだけれど、気持ちを晴れ晴れとさせてくれる発見だった。
「私、人とつきあうのがあまりうまくなくて。その言い訳みたいに聞こえるかしら」
 隣で、またポニーの手が止まった。
 その声に、ほんの少しの間、自分の考えの中にひたっていたキャティは急にCICルームの現実に引き戻された。
「いいえ、そんなことないわ!」
 キャティの声が大きかったせいか、びっくりしてポニーが顔を上げた。
「あ、あの、その…、とってもすてきな感じ方だと思うの」
 大きな黒い瞳で見つめられて、うまく言葉が見つからず、キャテイはどもってしまう。耳の付け根が熱い。自分で真っ赤になっているのがわかる。
 なんて言ったらいいのだろう。
 まごついているキャティに、ポニーはにっこりと微笑んだ。
「ありがとう。そんなふうに言ってくれると、とっても嬉しいわ、ネ?」
 ポニーが振り返る。
「Pui!!」
 そこには、まんまるい頭のソイルがセンサー・カバーを一杯に開けて、キャティの顔を見上げていた。
 その通り、とでも言いたいのだろうか。
 それよりは突然話かけられて、ビックリしているというのが正しいようだ。
 キャテイとポニーは顔を見合わせた。
 そして次の瞬間にはこらえ切れずに、二人同時に吹き出していた。
 それからだった、二人が親しくなったのは。
 もう、何標準年か前の出来事だ。

 あの整備員たちも、メカニックを生き物のように、友人のように思っているのだろうか。ポニーは、今もドロイドたちに囲まれて任務についているのだろうか。あの時から、彼女は変わっていないだろうか。
 キャティは巡恒艦カルパートのハンガーデッキにいた。
 一人、キャットウオークに立っていた。
 個人的な回想を振り切って、今までの成果を思い返す。
 既に二人のソルノイド兵士の回収を終えていた。
 パラノイドの作りだした、彼らが 「接点」 と呼ぶ遺伝情報融合因子の標本も得られた。このケースは融合に失敗していたが、情報ではさらにもう一ケースのコンタクトあったとのことだ。
 ここまではミッション21の進行は順調だった。
 パラノイドは無事にソルノイド側の巡恒艦と接触し、オブザーバーの介在下という願ってもない状況でコンタクトがなされた。これがミッション21の表の顔だ。さらに、パラノイド親衛隊との秘密協定には含まれていない裏の部分、極秘裡の標本体回収というカルパートの任務もまず成功と言っていい出来だった。現在、キャティが同行した情報局の医療チームがデータの収集を進めている最中だ。
 本来なら喜ぶべきだった。
 けれど…。
 キャティは握リしめていた左のこぶしを開いた。
 掌の中にひきちぎられた紙片があった。
 コンパートメントに持ち込んだ、専用のデコーダのプリントアウトだ。ついさっき、マーサスから入った超光速通信による暗号指令の解読結果。
 そのたった一行の文章が、キャティの心に暗い影を投げかけていた。
 キャティは再び下のフロアに視線を落とした。ハンガーデッキのぐるりをとりまくキャットウオークから、整備員たちが動きまわる様子を見下ろした。
 対艦戦闘用ドローンのブロンディが彼女たちの動きの中心にあった。
 回収した兵士の一人、アタッカーズの隊員が乗っていたものだ。
 ブロンディの非常用システムは、パイロットにわずかな外傷を残すだけで見事にその主人を守り通した。ブロンディ本体は左脚の膝から下をなくし、熱弾の跡をそこここに深く残している。フロアに固定された整備架台に、傷だらけのボディを横たえて整備を受けていた。
 ブロンディから救い出された、カルパートの艦長に言わせれば 『回収した標本』 のアタッカーズのパイロットは、コンパートメントに閉じ込められて居る。驚くほどの回復力を見せて、軟禁状態の待遇にむくれているらしい。キャティの副官である少尉が報告してきていた。口振りからすると、そのアタッカーズのことを気に入ったようだ。

 パイロットの不満は当然のことだろうな、キャティは思う。
 だが、むくれているという報告に、キャティは嬉しかった。
 無事だったのだ。
 たとえ一人でも、任務として必要でも、仲間を傷つけたく無い。
 「種族融合計画」 の意味は十分理解しているつもりだった。
 でも、どんなに重要な計画のためであっても、出来る限りソルノイドの命を失いたくなかった。だからこそ、自ら現場の指揮を執ることを志願したのだ。ひょっとしたら、心の中から拭い去ることの出来ない後ろめたさを、ごまかすためかも知れない。
 どう言い繕ったとしても、同胞の生命を使った生体実験には違いないのだ。
 行動することによって、どうしようもない疑念を消してしまえる。
 一時はそう思った。
 任務に没頭することによって…と。
 回収ポッドから引き出される、『標本』 である彼女たちの姿を実際に目にするまでは、そうだった。

 アタッカーズの後で回収した士官は、パラノイドの 「接点」 とのコンタクトに失敗した影響で、ショックから準生命停止状態、つまり死亡していた。パラノイドの 「接点」 とのコンタクトが行われた際、99.99%以上の確率で対象となったソルノイドにおこる現象、「種族融合計画」 の最大のネックのひとつだった。今回に限って発見が早かったためか、なんとか蘇生処置は成功した。しかし、その少尉はいまだに意識を取り戻していなかった。
 だから、そのしぶといアッタカーズの兵士はキャティにささやかなからも、安堵を与えてくれていたのだ。

 でも、そんな小さな安堵感もふき飛んでしまった。
 キャティの手にしている指令によって彼女たちの運命は決定された。
 指令はパラノイドに傍受、解読される可能性を考慮した結果だとしても、あまりに短く簡潔だった。巨大素数を使った数学的手法と、使い捨てのコード表を経て解読された通信文は次のように読めた。
 “作戦は続行。データ収集後、全標本はカオスの 「第二計画」 に移送”
 簡潔かつ、絶対の命令であった。
 親衛隊情報部所属の大尉キャテイとして、従うのは当然であった。
 このミッション21のアンダーパートのチーフなのだから。
 でも、よりにもよって 「第二計画」 だなんて!

 眼下のサービスフロアでは、整備員たちがブロンディをもとの状態に戻そうと熱心に作業を進めていた。
 艦長の指示だ。
 クルーの手を休ませないためという、言い訳じみた説明はあった。
 しかし、必要があるからではない。むしろ、無駄な作業だ。
 親衛隊に配備されている戦闘用ドローンは、ブロンディ系列の機体ではない。
 当然、この強行偵察艦カルパートには純正部品のストックもない。
 でも、無駄ではあっても、わたしのやっていることよりはずっと意味があることかも知れない。戦線の後方で、ソルノイドのために戦っている兵士がパラノイドたちに襲われるのを黙って見逃し、その犠牲者たちをコソコソと集めてまわるという任務。
 目の前で行われているのは、命令という形で無理やり艦の指揮権を奪われ、不本意な作戦に参加させられている、その事実に対する、常に最前線で戦い続けてきた誇り高い強行偵察艦の艦長の不満の表現なのだ。
 自分に向けられる、慇懃無礼を絵にかいた様な重度と同じなのだ。
 キャティは思った。
 そして、この艦全体の気持ちも少なからず艦長と同じなのだろう。
 ハンガークルーの働きぶりがその証拠だ。今も時折、彼女の方に投げかけられる視線も、そう物語っている。ミッション21の内容は艦長、副長以外のカルパートの乗員にはまったく知らされてはいなかった。しかし、クルーは敏感に真相を感じとっているようだった。
 立派に戦い抜いた戦士をモルモット扱いする、権力をかさに着る情報部員への無言の抗議、か。
 艦の幹部たちの反発は、当然だろう、第9星系遠征隊に対して、カルパートがいち早くキャッチしたパラノイド艦隊の接近を通報することを、ミッション21の名によって禁じたのだから。
 キャティは責めは甘んじて受けるつもりだった。
 30名余りのスタッフを引連れていきなり乗込んで来て、戦略偵察部隊の気鋭の少佐から艦を奪い取った自分は、そう扱われても当然の存在なのだ。「種族融合計画」 に携わることになってから、自らフィールドに出ることを志願した時から覚悟していたことだ。

 けれど 「第二計画」 だなんて!!
 あそこに送られたら文字通り 『標本』 として、処理されてしまう。

 「第二計画」 は端的に言えばサイボーグソルジャー・プロジェクトだった。
 ただし、欠損した肉体を補ったり、強化したりとぼうポジティブな意味でのサイボーグではない。戦闘員の慢性的な不足を予測し、それを解消し、なおかつ強力なパラノイド・ドローンに対抗するためと称したこの 「計画」 は、兵器と兵士の完全結合を目指していた。
 すなわち、ソルノイドの中枢神経系統の兵器内への組込み。
 安価でかつ、フレキシビリティが高く、苛酷な環境にも最小限度の装備で耐えることが出来る。理想的な兵器システムとしてのサイボーグソルジャー。その実現のため、あまたの呪われた研究を行っているのが 「第二計画」 だった。
 数多くの障害を、それこそ強引ともいえる手段で 「第二計画」 のスタッフは突破してきた。だが、氷の刃の様な精神の持ち主の彼女たちにも、いささか手を着けるのにためらわざるを得ない問題点が 「第二計画」 には存在した。
 その、最大の問題点というのは、システムに組込むための中枢神経系統は、クローニングではまかなえないという事実であった。中枢神経は、成長を完了したソルノイドの生体から取り出したものでなければならないのだ。複製工場で量産出来なくては戦力にはならない。これをほとんど唯一の理由として 「計画」 の進行は滞っている。
 「種族融合計画」 でさえおぞましいとして、強行な反対意見が親衛隊内部にもあった。 だが、生体実験が必要という事実にまったく変わりはないだけではなく、 「第二計画」 はその上をいく忌まわしい存在なのだ。ただ一点、パラノイドが加わらず、ソルノイド自身の手でのみ遂行されるという違いがあるだけだ。そのたった一つの相違と、敗北、絶滅への恐怖が同胞の生命を弄ぶという禁忌をあえて犯させたのである。
 無論、内容が漏洩した際の士気の低下を極度に恐れた上層部は、厳重な情報管理を行い、あらゆる意味で 「種族融合計画」 以上の機密に指定した上でのゴーであった。

 その 「第二計画」 の実現化をなんとか阻止するためにも、キャテイたち 「種族融合計画」 チームは全力を尽くしている。 「種族融合計画」 の成果として、パラノイドとの和解。
 最悪でも、未来への可能性を開くこと。
 自らの存在が宇宙から消滅しない、そのための 「種族融合計画」 は後ろ向きの努力かも知れない。しかし、勝利のための前向きの努力とはいえ、いくらこの永いパラノイドとの闘争に終止符を打つためとはいえ、自らの種族の身体にまで手を加えていいものだろうか。
 勝利のためには全てが正当化されてしまうのか。

 いまでも、キャティには受け入れ難い考え方だった。
 一兵士だって、ソルノイドなのだ。
 自分がソルノイドだと認識するからこそ、自分と同じ存在、仲間、友のために戦える。…サイボーグ化されたからといって、ソルノイドじゃなくなるというのではない。
 そんなことじゃない。
 けれど、仲間にそんな姿を強いてまで、戦わなければならないのか。
 本来、自分たちが守ろうとしていた姿、目的を失ってまでも戦わなければならないのか。ごく普通の日常、かわす言葉、笑顔。幸せ…。
 ただ生存しているのと、生きているのとは違う!
 総統たちは、それが、わからないのだ。
 でも、それを言うのなら 「種族融合計画」 だって…。

 キャティのとりとめのない思考の流れを断ち切ったのは、左手首のリストバンドの起こす軽い振動だった。
 リストバンドのタッチキーに触れ、振動をとめる。左右を見回してコンタクトパネルを見つけ、駆けよる。IDコードを打ち込んで、通話キーを押した。
「私です。今、ハンガーデッキにいます」
“ブリッジ、アディンです”
 副長の声だった。
“今、第3次回収班が帰還します。どうなされますか?”
「状況を見たいので着艦ベイに出ます。他には何か?」
“専用回線で通信が2件入っています。私も後程ベイヘ向かいます。以上です”
「わかりました、通信を受けとってベイヘ向かいます、以上。」
 通話を終え、キャティはまだリードアウトの紙片を手にしたままなのに気づいた。
 どうしようか…。
 ほんの何秒か立ち止まっていたが、そのまま紙片を握り潰すと着艦ベイヘのエレベーター・シャフトヘ急いだ。

「やっと消えたぜ」
「手ぇ止めるんじゃない」
 シャッター・ドアの向うに消えるキャティの背中を見送ってボソリとつぶやいた整備員へ、整備長の声がとんだ。
「お忙しいんだろうね。」
 睨まれた整備員は、ちょっと肩をすくめると工作用ゴーグルをかけなおし、作業に戻った。ブロンディのもげた左脚の制御系の接続。標準のコネクターが合わないので少々コツがいる。脚自体は、親衛隊のフェリックス対艦戦闘歩兵の膝下部分の流用だった。バランスをとる必要上、両脚ともすげ替える。系列が違うとはいえ四肢の内骨殻・駆動構造は同じだ。互換性が量産部分の基本。何かにつけてとかく反発したがる軍と親衛隊の両方を押さえ込んだ、総統府の調達局の統制力を実証するためのような作業だった。右側は既に取り付け済みだ。
 しかし、予備品もこれだけ。今回の作戦のための回収艇と医療ユニットを積み込んだせいだ。フェリックスは一機も残っていない。
 部下が器用にマルチ・スプライサーを使い分け光学繊維、流体回路をつないでいく様子を監督しながら、整備長は横目でさっきまでキャティが立っていたキャットウォークを見やった。
 ぼんやり油を売っていたかと思えば、今度はあわてて駆け出していく。手を直接汚したことのない連中のやり方ってわけだ。まあ、俺たちだってそう威張れた仕事はしていない。シミュレーションで確認しはしたが、うまく動作するかはわからん。強度はもつ。が、両方の設計担当が聞いたらきっと目を剥くぞ。
 艦長も言い出したらきかんから。
 ブロンディってヤツは嫌いじゃないが、まったく…。
 彼女は肩をすくめたくなった。
 部下の手際を確認して、かすかにうなずくと薄汚れたグレーのキャップからこぼれた赤毛を中にたくし込んだ。
 良くやってるじゃないか、こいつらは。
 それに引き換え、上の連中ときたら。この、くそいまいましい作戦!
 いったい何のための航海なんだ。お客はやたら乗せる、骨拾いはやらされる。正規のクルーには出番なし、俺たちはこんな機体の整備はさせられる。
「ほら、さっさと繋いだ。すぐに動作チェックにかかるぞ。電源、ソフト、準備いいな」
 多分、膝下のサブPCユニットのソフトの修正がポイントになるはずだ。
 考えただけでうんざりする。
 いっそのこと、あの情報部の大尉さんにやってもらえればな。
 ふと思ってから、かすかに首をふった。
 バカバカしい、出来るわけ無いか。
 顔を上げ、傍らに横たわるブロンディの頭部に腕をあてた。
「すぐに立てるようにしてやるからな」
 そうさ、少なくともこいつは立派に責任を果たしたんだから。
 こっちだってやるだけのことはしなくちゃな。

 静かなハンガーデッキに比べると、ランディング・ベイはちょっとした騒ぎだった。
 回収艇が拾い上げて来た、第三の 「標本」 を見ようと、手すきの乗組員たちが押しかけていた。最初は対艦戦闘歩兵、二番目は、宇宙葬用の投棄ポッド。そして今度はとびっきリ変わったものの中から拾い上げられたらしい。そういう囁きが、素早くコンタクト・ルームから情報を仕入れて来た兵士たちのあいだで交わされていた。
 メインフロアでは既に着艦している回収艇の側方ハッチの周囲を、キャティが連れて来た情報局の陸戦隊員がガッチリと固めていた。メインフロアにいるのは、あとは回収艇のサービス・クルーだけで、集まったやじうまたちは、一段上のキャットウォーク、通路やハンガーヘのドアから、所定の位置に身を横たえている回収艇に視線を注いでい た。
 大した人気だな。あの中に一体誰がいるんだ?
 病室を抜け出したルフィーはそんな乗組員たちに紛れて、メインフロアを見下ろすガラス張りのコントロールボックスにいた。幸いな事に、そこにくるまでルフィーは誰の注意もひかなかった。
 近付いていくと、誰もがそれとなく視線をそらす。かえって避けられている感じだった。だから今のところ、艦内を少々うろついていても何も問題なかった。
 軟禁されていた部屋から、人の流れに逆らわず通路をたどって来ただけだったのだが、どうやらそれが正解だった。
 ルフィーには、今ここに立っているだけでも、この艦のおかれている状況がかなり変わっている事が分かった。フロアで回収艇を警備しているのは、ルフィーの目にも明らかにこの艦のクルーでは無かったし、それを見守る乗員たちの雰囲気も好意的なものには見えない。ルフィーには親衛隊の組織やその部隊章についてはあまり知識はなかったが、彼女たちがまったく別の部隊に、というか指揮系統に属しているのは読めた。
 フロアに立っている連中が勝手に乗込んで来て、その指揮下に艦がある。そんなところだな。それに対して、元からの乗組員たちは面白くない…。特殊な艦だとしたら クルーの結束が固いからなおさらさ。
 アタッカーズのルフィーとしては、お馴染みとは言えないが、状況は直感的に理解出来た。経験済みのシチュエーションだ。
 ルフィーたちが新しい艦に配属になると、似た様な事が何度かあった。
 たぶん、警備の連中の親玉がよっぽどたちが悪いかどうかしているんだ。
 あのマイアロイの同類だ、当然か。…待てよ、と言うことは俺も、そう見られていたってことか?
 道理で避けられるわけだ。
 ルフィーは苦笑した。
 それに気づいて隣の兵士が、何を笑ってるんだというようにルフィーを睨んだ。
 ルフィーは素知らぬ顔をして、ついと視線をガラスの向う側にやる。
 やべぇ、やべぇ。注意をひくのは禁物だ。
 ルフィーは頭の中でチョロッと舌をだし、横目であたりの様子をうかがった。
 実際、危ないところだった。ルフィーを見とがめた乗員は、これまでの航海中で見かけない顔だということに気づき、問いただそうとしたのだ。
 居候のくせにあちこち入り込みやがって…。目障りな情報局。
 そう考えたのだ。
 しかし、ちょうどその時コントロール・ボックスに入って来た人物が、その行動を思いとどまらせた。
「副長!」
 彼女の上げた声に、他のクルーが一斉に入口を振り返った。
 他の兵士たちよリ頭半分は背の高い長身の士官が、わずかにケープをなびかせて入って来る。高級士官のみが着用するヘルメットの、クリムゾン・レッドの鈍い輝きがひときわ目立つ。
 ルフィーはこのヘルメットが好きになれなかった。
 正装だろうと略装だろうと常に彼女たちが付けているそれは、被っているものの視線の向けられている方向がわからない。その為に作ったのではないのたろうが、常に盗み見られている様で気持ちが悪かった。特に、今の場合はなおさらだ。
 お偉いさんまで、御登場か。これは、本当にヤバくなって来たかも。
 ルフィーは部屋の隅でフロアの様子を見るふりをしながら、出方を考えた。
 フロアに面した大きなガラス窓に接してランディング・ベイのシーリング・クレーン用の操作シートが2基、反対側の壁面には補助動力・電装系のモニター機器群がビッシリ収まっている。現在、ここにいるのは非直のクルー7、8人。
 そして、今やって来たばかりの副長どの…。
 今まで皆一様に窓側に貼りつくようにして、帰投したばかりの回収艇から問題の標本が降ろされるのを待っていたクルーは、全員、副長の方へ向き直って姿勢を正していた。

「楽にして」
 アディンはクルーに片手を上げてみせると、窓際のコンソールパネルに両手を突き、身体を乗り出した。
 キャティ大尉はまだ来てない。
「状況はどう?」
「まだ動きはありません」
 確かにまだ何もないようだわ。それにしてもこの人だかり…。
 アディンは自分の左右にさっと視線を走らせた。
 カルパートの士気も落ちるところまで落ちた、と艦長なら言いかねないわ。そんな艦長の態度がクルー全体に伝わっているのが第一の原因なのだけれど。
 あの情報局員たちを気にし過ぎるのよね。
 展望窓の端にいる情報局の部隊章を付けているルフィーを見て考えた。
 確かに、いきなり艦の指揮権を奪われれば腹もたつわ。
 アコンカグヤ艦隊のことは私だって…。でも、どうしようもないことなのよ。
 たまにはこれくらい楽な任務でもなければ身がもたない。そう、割り切らなければ。
 艦長は、いつもパラノイド勢力圏の奥深く単独行ばかりだから…。キャティ大尉たちだって、自分たちの立場を心得て振る舞ってる。
 ことさら波風たてようとしているのは艦長の方…。
「あ、出て来たぞ!」
 わきで上がった声が彼女の想いを遮った。
 コントロール・ボックスにいる全員の視線が下の回収艇に集まった。

 ズングリとした円筒型の後部が下向きにパックリと開き、搬出用のランプになる。その上を医療用のカートが降リて来る。カートを引いているのは汎用ドロイド、両脇には情報局が連れて来た医務員がついている。カートは情報局の陸戦隊員が通路を確保している中を進んでいった。別に、群衆が集まっているわけでもないのに大げさな処置だ。
「あれ、生きてる!」
 その時、ちょっとした驚きがボックスの中に広がった。カートに載せられている人影が、付き添っている医務員と何か受け答えをしたように見えたのだ。
「“骨拾い” じゃなかったの?」
「今までだって、生きている兵士を拾いあげたわ」
「でも、あんなに元気じゃなかったわよ」
 ざわめきがおこる
「見間違いじゃないのか?」
 そう言ってひとりが確かめようとするようにグッとシートから身を乗り出した。
「間違いじゃないわ」
 よく通る低い声に振り返ると、それは副長だった。
「生存者一名という報告が入っている」
 室内の視線が一斉に彼女に集まった。ただひとりルフィーをのぞいて。
「回収艇からの報告では、巡恒艦の船体ブロックの一部を回収、奇跡的に気密を保っていた為に軽傷のみの乗員を保護したということだ」
 ルフィーはその声を背中に聞きながら、展望窓の下を凝視していた。
 フロアのヒでは医療カートがデッキの出口あたりでとまっていた。
 すぐそばに入って来たばかりの情報局員が3人立っている。中央の小柄な人物が指揮官らしい。シルバーのボブカットがカードをのぞきこむようにに身体を曲げていた。
 あれは、あいつは…!
 ルフィーはグッと身をのりだした。
 目深に被っていた軍帽の端を親指で押しあげる。
 背後ではアディンたちの話しが続いていた。
「これはあまり話していいことじゃなかったのだが」
「副長、教えていただけませんか。この航海の目的を」
「それは無理だ。何をやっているか、それをみせているだけで精一杯。納得がいかない部分があっても、従うのが君たちの役割。任務を押し付けたくはない、だが今回は黙ってカルパートの為に艦長に従って欲しい。わかってくれるわね」
 ゴチャゴチャ後ろで言われると気が散るんだがな。
 なんとか士気を保とうっていうのもわかるけど…。
 ルフィーが心の中で毒づいた時、フロアの黒と緋の制服に身を固めた指揮官が顔を上げた。彼女は丁度ルフィーのいるボックスをふリ仰いだ。
 やっぱり…!
 ルフィーは危うく声を上げそうになった。
 …キャティじゃないか!
 なんだってあいつが親衛隊の情報局員なんだ?
 そこへ追い打ちをかけるように背後の会話の中の言葉がルフィーの耳をとらえた。
「今のところ救出したのは3名、うち1名がアタッカーズ、2名がスターリーフ所属の…」
 スターリーフ!!
 ルフィーは反射的に振り返り、背後の副長と見比べるようにもう一度展望窓の下を見下ろした。アディンの方は別にルフィーの行動を気にとめる様子もなかったが、眼下ではキャティがカートがベイを出て行くところを見送っていた。
 それを目にしたルフィーは、後ろに立っていた兵士を押しのけると通路にとびだした。この際、注意を多少ひこうが構わなかった。
 俺、親衛隊のなりをしたキャティ、そしてスターリーフ。
 何かとてつもなくマズイ状況にいる。
 そんな感じだった。
 ともかく、スターリーフだ。
 次になすべきことは決まった。
 ルフィーはキャティのもとへ行くべく、エレベーターシャフトヘ急いだ。



TOP / CONTENTS BACK / 06 / NEXT