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§ 再会


 余圧エアの洩れ出すかすかな音とともに、頭上高くキャノピーが開いた。
 ラビィは身体をシートに縛り付けているストラップに手をかけた。
 早く機外に出ようとするのだが、気ばかり焦ってコネクターがなかなかうまく外れない。からまってしまったサプライ・コードをようやく外し、ブレイカーから跳びだそうとコクピットの縁に手をかけた。
 そのラビィの目の前にヌッとヘルメットが出現した。
 鉢合わせ。
 危ういところで互いにフェイスプレートをかわした。
 避けようとしたはずみに、相手はブレイカーにかけたサイドラダーを踏みはずす。
 そのままフロアヘ落ちかかる。
 ラビィはとっさに手を伸ばして、その腕を掴んだ。
 一緒に機外に引きずり出されそうになる。
 反対の手でシートの背を掴み、危うく持ちこたえた。
 相手がラダーに脚を載せ、ラビィの全身にかかっていた荷重がゆるむ。
 肺に貯め込んでこらえていた空気を、一気に吐きだした。
 視線を上げると、アンチグレア・コーティングされたヘルメットと宙で向き合っていた。
 しばらく沈黙が二人の間に続いた。
“ナイスキャッチ。でも、いきなり頭出さないでね”
 一呼吸おいて、ラビィのヘルメットに内蔵されたスピーカーから声が響いた。
 ニヤリと笑っている、フェイスプレートの下の表情が見えるような気の置けない調子だった。
 ブレイカーとの交信に出た人?
 相手は、サイドラダーに足場を確保しなおしながら、ラビィの手を放す。
 そのまま後ろへ跳び下りた。
「すみません」
 相手の気さくさに逆に緊張してしまい、反射的に謝っているラビィ。
「ハ、気にしないで。こっちよ」
 促されるままに、相手に続いてラダーを降り、ランディング・デッキに立った。
 空っぽの空間が広がっている。
 目に入るのは傷だらけのフロアだった。
 さっと見ただけでは、数え切れないほどの損傷がある。
 まともに形を留めているのは、傍らのラビィの乗って来たブレィカーと反対のコーナーにうずくまっている旧式の連絡艇しか見当たらなかった。
 本来なら、ところ狭しと艦載機やブロンディたちが並んで居るはずのスペースだ。
 気持ちいいくらいに何も無かった。
 これが、激戦を生き延びたあと…。
 みんな出撃して、そして誰ひとり還って来なかった。
 ここから飛びたって行ったパイロットたちは再び戻ることは出来なかったが、カオスの地表を荒れ狂ったエネルギーの嵐を逃げ延びたラビィは、この艦に救われ命を永らえたのだ。
 さっきは、自分が生き残ったという事実の重さをかみしめるだけで精一杯だった。
 けれど、こうして荒れ果てたデッキに立っていると、ここでも、たった一人なのだろうか…。そんな想いが自然に湧き上がってくる。
 もしかしたら、私たちが第28艦隊唯一の生き残りかも知れない。
“ちょっと、急いで”
 振り返ると、さっきのソルノイド兵士が拳から親指をつきたて、腕をふって合図していた。ヘルメット表面のコーティングで顔はよくわからない。装備は軍の標準船外作業服だ。
「すみません」
 初対面から謝ってばかりだ。
 そう考えながら、ラビィは小走りにかけよった。
 ラビィがその場に追いつくのを待って、彼女はまた歩きだす。
“あ、私はフローエ。フローエ中尉よ”
 簡潔というよりは、素っけないと言った方がいい自己紹介。
 ラビィに口を開くタイミングを与えず、先にたってフローエはどんどん進んで行く。
 ランディング・ベイのフロアをそのまま奥へ進み、小さな気密ドアをくぐる。
 この人が、私のブレイカーを誘導し、着艦させてくれた人なのだろうか。
 ラビィはフローエの背中を追い掛けながら、また思った。
 二人が気密ドアの反対側へ抜けると、そこで立ち止まる。
 ハッチを閉じてからフローエは、いったん壁面の操作パネルの表示に目をやり、自分のヘルメットに手をかけた。
「ベイのエアシールドも不安定でね。もってる方が不思議なんだけれど」
 言いながらヘルメットを脱ぐと、長いブロンドの髪が肩に流れ落ちた。
 うるさそうに、ちょっと首を振る。
 そして卵型の顔の中からグリーンの瞳でラビィを見つめ、微笑んだ。

 自嘲するような乾いた口調は、まぎれもなくラビィを自失状態から救いだしてくれた人物のものだ。
「急かしてしまってごめんなさい。本当ならゆっくり休んでもらうところなのだけれど、何しろ艦がこんな状態だし…」
 フローエは、言い澱んだ。
 心なしか、顔色が蒼かった。
 彼女の表情を気にしながら、ラビィも慌ててハードスーツのヘルメットを脱ぐ。
「いえ、そんなことありません。もう、ほとんど絶望しかけていたんです。救助してもらえただけで…」
 ややぎこちなくヘルメットを左に抱えて、ラビィは右手を差し出す。
「第28艦隊巡恒艦スターリーフ所属、ラビィ准尉です」
 フローエはラビィの手を握り返す。
「助けて上げたことになるのなら良いのだけどね」
 片方の眉をはねあげてみせ、手にしたヘルメットで通路の先を指した。
「さっそくで悪いけれど、訊きたいことがあるの。歩きながら話しましょう」
 ラビィは頷き返し、二人は並んで歩きだした。
 通路の照明は、スターリーフと同様にあちこちで非常照明に切り換わっていた。
 明暗が作る縞模様のトンネルの中を、二人の影が滑るように動いていく。
 他に動くものは一切ない。
「第9星系遠征艦隊、第28艦隊だけれど…やはり?」
 横目でラビィの表情をうかがうフローエ。ラビィは肯定のしるしに首をふる。
「この艦は28艦隊の船ではないんですか?」
「ええ。このポンコツ、元高速巡恒艦はマーサスの第4実験艦隊の所属よ」
 フローエはため息をついた。
 ラビィの答えを聞いて、疲労の色がいっそう濃くなったかのようだ。
 マーサスから来た船…?
 一体なんのために、またマーサスから来たならば、どうしてこんなに損傷を受けているのか。ラビィのこころに続けざまに疑問が浮かんだ。
「旗艦のアコンカグヤだけでも、カオスにたどりついていてくれたらどうにか出来ると思っていたのだけれど…」
「アコンカグヤに緊急の連絡でも?」
 ラビィの問いに、フローエは視線を上げたが、気づかなかったように呟く。
「もう、手の打ち様がない。アコンカグヤまで、パラノイド艦隊に沈められてしまったのか…」
 フローエはきつく唇を噛んだ。
 第28艦隊の全滅は、彼女にとっては、ラビィの思っているのとは別の意味を持っていたようだ。しかし、フローエの不用意にもらしたつぶやきもラビィに大きなショックを与えた。つかの間、脳裏を去っていた生々しい記憶を呼び起こした。
 『パラノイド艦隊に』 ですって…!
 急にラビィは足をとめた。
 うつむいて、深刻に考えこんでいる様子のフローエは、それに気づかない。
「違います」
「え、何が?」
 ラビィの声のきつい調子に驚き、フローエは振り向く。
 ラビィは数歩後ろから、まっすぐにフローエを見つめていた。
「アコンカグヤと、少なくとも8隻の巡恒艦はパラノイド艦隊の攻撃を退けてカオスにたどり着きました」
「じゃあ、なんでアコンカグヤはこの軌道上にいないの? 私はすぐにでもアコンカグヤの艦長に連絡をとらなければ、」
「ソルノイド親衛隊に全滅させられたんです!」
 フローエの質問をさえぎったラビィの声は悲鳴に近かった。
 グリーンの瞳がラビィを凝視した。
 何故?という質問を発しかかったまま、フローエの唇の動きが停止した。
「本当です。アコンカグヤ艦隊は第2親衛艦隊に、カオスの周回軌道で沈められました。私たちの目の前で…一隻残らず同じソルノイドの手で沈められたんです」
「第2親衛艦隊ですって、まさか、そんな…」
「信じられないのが、当然かも知れません。でも、事実です。そして…」
 そう言って、ラビィは今までフローエを見据えていた視線をそらした。
 目の前で、仲間と、そして、それまで信じていたもの全てを粉々に打ち砕かれてしまったのだ。やっとの思いでラミィとあの子を脱出させることは出来た。
 けれど、パティは救い出せなかった。
 今、私一人が、ここにこうして生き残っているだけなのだ。
「最後まで一緒だった友人も、親衛隊との戦いの中で行方不明になってしまいました。第9星系遠征艦隊の生存者は、たぶん、私ひとりです」
 二人の間に沈黙がおりた。
 ややあってフローエが尋ねた。
「親衛艦隊はどうなったの」
 ラビィは顔をあげた。
「御覧になったでしょう、カオスの地表を。第15スタービルド計画と一緒に消威しました」
 彼女に、こんな態度をとったってしようがない。
 それはわかっている。
 でも、知らず知らずのうちに口調は攻撃的になってしまう。
 喋っていると感情が押さえられなくなってくるのだ。
「あれが…。あれを、あなたがやったと言うのね」
「はい。私と、パティとでやりました。パティは、戦友でした。スターリーフのクルーでした。緑のカオスの大地も、親衛艦隊も、パラノイドのディノサートも、私たちの引き起こした活性化装置のネットワーク暴走で消滅したんです」
 ラビィは再び挑むような視線で昆つめ、そのままフローエの言葉を待った。
 この人は、どう言うだろう。
 カオスを壊滅させたことを、責めたてるだろうか。
 あのことを説明したら、私が決断した理由を理解してくれるだろうか。
 何ひとつ証拠はない。
 エグザノンが語った 「種族融合計画」 の存在を信じてくれるだろうか。
「だいたい状況は分かったわ」
 フローエは、ラビィの瞳を見ながらゆっくりと言った。
「!?」
 予想外の反応にラビィは戸感いの色を隠せない。
 フローエの顔に笑みが浮かんだ。
 寂しげな笑いだった。
「どうして、あなたのことをなじったり、非難したりして、もっと説明を求めないのかっていうのでしょう? あなたが、何故そうしたか。私には想像がつくからよ」
 コンマ何秒かの間、緊張感が二人の周囲に高まる。
「『種族融合計画』、でしょう」
「何故それを知ってるんですか?!」
 フローエが口にしたのは、絶対ここにでてくるはずのない言葉だった。
 エグザノンから聞きだしたその名称は、軍上層部にさえ秘密だったはずではないのか。
 それを知っている、このフローエ中尉とは何者なのだ。
 ラビィの心の中に、消えかけていたフローエ中尉という人物への疑惑が再び膨らみはじめた。
「中尉、あなたはいったい、」
 その時、ヘルメットが音をたててフロアに転がった。
 問いただそうとしたラビィの目の前で、突然フローエの膝が崩れた。
 船外服のショルダー・パッドを通路の璧にぶつけるようにして、フローエは倒れかかった。背中を支えに、どうにか踏み留まろうとするが、ズルズルとすベリフロアにへたりこんだ。
「大丈夫ですか?」
 驚いて駆けより、ラビィは手を貸そうとする。
 フローエは左手で制する。右手は腹部を押さえている。
 今まで気づかなかったが、彼女の額にはうっすらと油汗が浮かんでいた。
「平気よ。ちょっと疲れたのかも知れない」
 フローエの両肩が呼吸に合わせて大きく動く。
 目を閉じたまま、動けないでいる。
 ラビィは黙ってフローエの側に腰を落とすと肩をフローエの左脇に差し入れた。
「大丈夫よ」
 ラビィの手を解き放そうとするフローエ。
 ラビィは、そのフローエの手を押さえた。
 そっとフローエの身体を支え起こす。
「無理しないで下さい。その状態では、強がりを言ったって誰にも通じません。それよりも、先を聞かせて下さい。種族融合計画について。そして、中尉、あなたは何者で、何の目的でマーサスから第9星系までやって来たのかを教えて下さい」
 ラビィの言葉に、フローエはもうひとつ深いため息をついた。
「どうやら、あなたにはかないそうも無いわ、ラビィ。そうだったわね。こんなことしている場合じゃ無かったんだわ。このまま、私の言う通りに進んでくれる。歩きながら話しましょう」
 ラビィは笑顔で頷いた。
 この艦に下りたってから見せた、ラビィの初めての笑顔だった。

 ラビィの肩を借りて歩きながら、フローエは語りだした。
「ラビィ、あなたがどこまで知っているか分からないけれど、ともかく聞いてくれる。時間が無いから、だいぶ簡単になってしまうけれど」
 右脚を軽く引きずっている。
「私は、第4実験艦隊の技術将校。マーサス軌道上の衛星ベースに勤務していた。巡恒艦の艦載制御システムが専門だったわ」
 言葉を切ると、フローエは遠くを見つめて何かを思いだそうとするような表情になった。
「軍上層部に妙な噂があったの。
 総統府と、対パラノイド戦争を終結させる決定的な計画を進めている。そういうね。それだけならば、なんでも無かったわ。戦意高揚のための単なる情報操作、希望的観測が作り上げた幻想。それまで、いくらもあった事だったから。
 ただ、その時は少しばかり状況が違っていた。今までなら、新兵器だの、ある星域での大作戦だのといった他愛ない内容があるはずなのに、それに限って中身はまったくの不明。伝わってくるのは作戦名だけだった。そして、情報源が親衛隊か、そのごく周辺に限られていたの。更に、軍自体の活動が親衛隊側の一方的な事情で説明もなしに制限を受けるという事件が増加してきていた。その時非公式に持ち出される名称が噂と同じ作戦名、『種族融合計画』 だった。
 これに疑問を抱いた軍の艦隊指令部、調査局、そういった部署の一部の人間が私的に調査を初めた、それがきっかけだったわ。数名のものがグループを作り、次第に信頼出来るものを仲間に加え、調査を広げていった。私は後の方で参加した一人よ。
 はっきり言って、親衛隊の情報管理の壁は厚かったわ。初期の頃は、分かっているのは本当に作戦名称の 『種族融合計画』、それだけだった。でも、次第に親衛隊内部にも協力者を作り、調査は進んで行った。おぼろげながらも、形を現わしだした作戦の、プロジェクトの姿はまさに驚くべきものだった」
「敵、パラノイドとの融合。新種族の創造…ですね」
「そう、それともうひとつ、その背景にある星系破壊兵器の存在。実験艦隊にいた私でさえ何も知らなかった最終兵器の開発。これを抜きにしては種族融合計画を本当に理解することは出来ないわ」
「背景?」
「ええ。ラビィ、すまないけれど、もう少しゆっくり歩いてくれる」
「はい、わかりました」
 今はフローエの顔は、はっきりわかるほど青ざめていた。
 それが体に負った傷のせいか、語っている内容のせいかはラビィには分からなかった。
「星系破壊兵器の出現が、種族融合計画を生み出したといえるのよ。
 プロジェクトの内容を初めて知った時は、何を馬鹿なことをと、私は思った。ただ、その背景の星系破壊兵器の存在を突き詰めていくと、彼女たちの考えもまったく理解出来ないものでは無いと思えるようになったわ。特に親衛隊情報局のシミュレーション結果を知ってからはね。無論、仲間の大部分は、いくら種族を存続させるためとはいってもパラノイドとの融合なんて願い下げだと考えていたけれど。
 でも、『種族融合計画』 自体は、本当に危機を回避するための企てであるということが判って来たの。…調査を開始した我々の目的は、一応その段階で達成された。そこで、集めた情報をどうすべきかが問題になったわ」
 フローエはラビィの表情をうかがった。
 ラビィは黙って、行く手の薄暗い通路の奥を見ながら歩き続けた。
「意見は別れたけれど、結局、グループとしての方針は決定された。これ以上は私たちが調査を進めても、新たな進展は望めない。人手した情報も、あえて公開すべきではない。全体としては何の行動もとるべきではない。あとは各個人の判断にゆだねるべきだということになった」
 ラビィは足をとめた。
 そんな、どうしてそんな事が言えるのだ。
「種族が存続するためなら、仲間の身体をもてあそんでもいいと、そうおっしゃるんですか! 何も知らない同胞の体を、生体実験に使うことが許されるんですか!」
「ごめんなさい。
 それについて、今あなたと議論している余裕はないの。その時は、そう思えたのよ。情報畑にいれば、全体のために個を犠牲にする考え方に慣れてしまうのかも知れない。でも、技術屋の私にも、冷静に考えてみてそれが最良の道だと思えた。
 彼女たちの手段は間違っていた。でも、目標は間違ってはいない。辛いけれども、正しい道を選らんだってね。計画は、ひとつの選択肢として遂行されるべきだと…」
「分かりません…」
「それに、間違った手段をとったとしたって、やむを得ずだったのよ。彼女たちには時間が無いのだから」
「ずいぶん、その、彼女たちの肩を持つんですね。そのやむを得ずとった手段のために、どれだけのソルノイドの命が犠牲になったんですか?」
 ラビィの強張った表情に、フローエはそらせた視線を宙にあそばせた。
「ラビィ、あなたほど純粋でいられたらと思うわ」
「からかわないで下さい」
 ラビィが顔をそむけた。
 気まずい沈黙が、数瞬続いた。
「その先でエレベーター・シャフトに入って」
 苦しそうなフローエの様子を間近に見て、ラビィは口をキッと結んだまま再び歩きだした。小さなホールに、上昇・下降それぞれ専用のシャフト2本ずつあった。
 ラビィは言われたた通り、上昇用のシャフトに入りパネルのキースイッチを叩いた。
「…一応、仲間の間での合意をみて、グループを解散、調査を打ち切ろうとした時に、とんでもない事が判明したの。『種族融合計画』 で、生体実験が堂々と行えるのをいいことに、親衛隊の一部が暴走したのね。ラビィ、あなたは 『種族融合計画』 のことを生体実験と言ったけれど、奴らのやろうとしていた事、そして今、確実に軍の内部で進行している 『計画』 こそ、生体実験と言うべきだわ。
 それは 『第二計画』、そう呼ばれていた。『種族融合計』 に比べれば、ささやかな名称だわ。控え目過ぎるくらいにね。でも、私たちが最初に察知すべきだったのは、『種族融合計画』 よりもこちらの方だったのよ。対パラノイド戦線に役人する兵士の総サイボーグ化計画。手短に言ってしまえばそうなる。
 でも、単なるサイボーグなんかでは無かった。私たちの中枢神経系以外の全てを機械に置き換えてしまおうというプロジェクト。いえ、奴らはソルノイド兵士の頭脳をドロイドや戦闘機に組み込んでしまおうとしていたのよ!」
 それまで穏やかだったフローエの声が不意に高くなった。
 驚いて見つめるラビィに、フローエは顔を赤らめ、視線をそらした。
「ヒントはやはりパラノイドからかしら」
 再度ロを開いたとき、フローエの声はもとに戻っていた、
「パラノイドの不定形態とドローンの組み合わせは非常に強力だったから、なんとかして対抗しようということだったのかも知れない。
 最初は、一応奴らも神経細胞のクローニングから取り組んだらしいわ。でも、失敗した。単なる伝達系としての神経細胞のクローニングは可能だったけれど、制御系としての神経細胞をクローニングで作りあげることは出来なかった。制御系として、光電子回路を上回る能力を発揮させるには、ある程度生体内で学習を行った中枢神経系で無ければ役立たなかった。一方で、制御用に利用するだけなら、生体に与える必要な学習は一人前の兵士を教育するのに比べれば、ほとんどゼロに等しいコストしか要さなかった。ソルノイドひとりひとり自由な意思を無視して、有無を言わせずサイボーグ化してしまおうというのが、『第二計画』 の真の姿よ。
 親衛隊は 『種族融合計画』 を隠すために、『第二計画』 を総統に提示し総統府はこれを許可したわ。計画の最終目標は、軍の総サイボーグ化…」
 ラビィは、声もなかった。
 操作パネルに光が明威し、エレベーター・シャフトが上昇をやめ、停止した。
「こんな事を黙って許しておけると思う?」
 シャッターが開き、フローエが先に一歩踏み出し、尋ねる。
 しかし、それはラビィの答えを期待したものでは無かった。
 黙っているラビィに向かって、フローエは喋り続けた。
「あなたは、『種族融合計画』 の犠牲者に対しては何とも思わないのに、かってな言いぐさだと思うかしら」
 フローエが右の方へ首をかしげてみせる。
「こっちよ」
 ラビィは黙って従った。
「それでも絶対に、阻止しなければならない。そう思ったわ。
 理由は、ラビィ、『種族融合計画』に反発する今のあなたと同じよ。そんなことまで許すほどには、私たちの良心も鈍ってはいなかったってわけね。ソルノイドという種族が、ソルノイドであるために、私たちはパラノイドとの永い戦いを続けてきたのだわ。どんな形でも、勝利を手にすればいいというのではないのよ。
 その時から、親衛隊と総統府の計画を覆そうと、私たちは決定的な証拠を手に入れるために全力を尽くした。軍を動かして、奴らの計画を潰すにはどうしてもそれが必要だったから。敵は親衛隊だものね。そして私たちは、いざとなったら、総統とでも対決するつもりでいた。今から思えば、甘かったわ。親衛隊や、総統府の力を見くびっていた。結局、私たちは泳がされていたのよ。いつでも干渉は出来るが、『計画』 の直接的な妨害に出るまでは、手頃なケース・スタディだったのね。
 公表のための資料と親衛隊に対する行動計画の立案に移ろうとしたところで、エンドマークを打たれたわ。数日前、マーサスを中心に、グループ関係者の警務隊による一斉検挙が始まった。あっという間の出来事だった。大部分のメンバーが親衛隊の手に落ちた。私たちは彼らの動きの兆候さえつかめなかったわ」
 無念さのためだろうか、それとも苦痛のせいだろうか、フローエの表情はひずむ。
 長い髪がその顔を半分隠していた。
「止まって」
 フローエはラビィの肩をたたいて合図する。
 二人は居住区の一画にたどりついていた。
 すぐそこに、個室のひとつに通じるドアと操作パネルがある。
 ラビィの手を借りながら、フローエはパネルの側にもたれかかった。
 サッと首をふって顔にかかった髪を払いのける。
「本当なら、そこでおしまいだったのよ」
 そう言うと、フローエは強張った笑顔をラビィに向けた。
 もう肌の色は紙のように白く、息をするのさえ苦しそうだった。
 フローエの話の内容に圧倒されていたラビィは、やっとその異状に気がついた。
「待って下さい。本当に大丈夫なんですか。すぐメディカルールームヘ…」
「そんな部屋はないわ、破壊されてしまったから」
「じやあ、応急処置を、」
「いいから、話させて!時間が、」
 体の中から突き上げてくる苦痛が、一瞬フローエの言葉をさえぎった。
「あと少しだから、お願い」
 緑色の瞳がラビィにすがりつくように見上げていた。
 コンマ何秒かためらっていたが、ラビィは黙ってうなずいた。
「そんな声、しないで下さい。似合いませんよ」
 ラビィは手伝いながら、そっとフローエをフロアに座らせる。
 ほんのすこしフローエの頬に赤みがさした。
「ありがとう」
 ゆっくり、一呼吸するとフローエは先を続けた。
「終わりだったはずなの。どちらの勝ちであるにしてもね。
 私が親衛隊の警戒網を強行突破して、この第9星系までくる必要なんか無かったのよ。でも違っていた。グループの中の一部が、最後の苦しまぎれにとんでもない事をやってくれた。どうせ逮捕されるのなら、『計画』 の中枢を道連れにと、恒星破壊兵器の実験艦をカオスヘ向けて放った。『第二計画』 の実験場はカオスに設けられていたの。ちょうどプロトタイプの一号艦が、マーサス衛星軌道上で実戦配備に向けて改装を終えたところだった。さらに運の悪い事に、その艦、『ウルプフランツェ』 は試験鑑だったためにGキャンセラーを持ち、超光速航行が可能だったの。そうでも無ければ誰もこんなことは思いつかなかっただろうに」
「ということは…」
「恒星破壊兵器は、まもなく第9星系に到着する。いえ、もう来ているかも知れない」
 フローエは苦しそうに息をついだ。
「どうなるか、判るでしょう。もし、恒星破壊兵器が、ここで使用されたら。第9星系をめぐる戦いで、我々ソルノイドが最初の引き金を引いた事になるのよ。次は、奴らパラノイドの番。こちらが先に使ったのだから、奴らには何もためらう必要はない。そして、今度はまた我々…。この繰り返し。歯止めは効かないわ。そのまま、一気に破滅への坂を転がり落ちて行くだけ」
「そんな馬鹿な…」
 ラビィは何と言っていいか判らなかった。
 エグザノンがブロッサムのターミナル・ルームでモニター上に描いてみせた未来図が、現実に目の前に迫っているなんて信じられなかった。
「その馬鹿な事が起きないように、親衛隊の追跡を振り切ってここまでやって来たというわけ。実験艦は中央艦隊のピケットラインを軽々と突破してしまう。仲間のほとんどは逮捕されている。頼れるのは、直前にマーサスを離れていたアコンカグヤの艦長だけだった。彼女もグループの一員だったの。でも、もう本当におしまいのようね。打つ手が無いもの…」
「マーサスの、軍の指令部には通報しなかったんですか?」
「努力はしたわ。でも、だめ。組織がまともに動いてくれない。
 目の前で実験艦が消えたというのに、何が起ころうとしているのか理解出来ないのよ。私の仲間が船を奪って逃げたとしか考えられない、機密を守る事しか頭にない…。せっかく、ここまで来たっていうのにね。親衛隊の弾を食らった分だけ、損してしまった」
「まだ何か出来る事があるはずです!」
 フローエは下からラビィを見上げて微笑んだ。
「…、出会ってからまだ数時間もたっていないけれど、ラビィ、あなたならそう言うと思ったわ。私も、そう思いたい。でも、無理よ。実験艦と言ったって、このぼろ船の数百倍はある巨艦よ。もう、今にも星系内に突入して来て、首星めがけて火ぶたを切るかも知れない。艦隊でもなければ、阻止するなんて不可能」
 フローエは瞳を閉じる。
 今まで身体を支えていた気力が、どこかへ逃げ去っていこうとしているのをフローエは感じていた。
「せめて、ラビィ、あなただけでも逃げ延びて。この艦なら、まだ何とか光速圏に人れる…」
 ラビィは、何かしなくてはと思うのだが、その場で立っていることしかできない。
 浅く、不規則な呼吸が彼女の衰弱を示している。
 ラビィの狼狽えている気配を感じとってか、フローエはうっすらと目を開けた。
「…この部屋に、ひとり、お仲間がいるわ。漂流中を救い上げたの。ちょっと休んでいるけれど、大丈夫。彼女も、連れていってね。残念ね、最後の生き残りじゃなくて…」
「中尉!」
 口の端を釣り上げ、笑おうとしたフローエの頭が左に流れた。
 糸の切れた操り人形のように崩析れるフローエ。
 ラビィはフロアに倒れかかる身体を、慌てて両手で支えた。
 ともかく、応急処置を!
 フローエの身体をそっと横たえると、ラビィはエマジェンシー・ボックスをさがして立ち上がった。
 その時、操作パネルに呼び出しのサインが明滅した。
 反射的に通話キーを押すラビィ。
“こちら、ブリッジ。接近中の艦船をキャッチ。識別信号により、ソルノイド艦と判明”
 AIの合成音声がスピーカーから流れ出す。
「呼び出して! 重傷者がいるの、メディカル・ルーム大破のため救援を、」
「何があったの?!」
 ラビィが操作パネルに向かって叫んでいる途中で、シャッター・ドアが開いて、ひとつの人影が通路に飛びだして来た。
 ラビィが起こってる事態を理解するのまでに、コンマ何秒かのタイムラグがあった。
 そして、頭脳がそれを認識しても、言葉が口から出て来ないでいた。
 逆に相手のリアクションの方が早かった。
「…ラビィ!!」
 言うやいなや、相手はラビィに抱きついてきた。
 プロテクト・スーツの上から力いっぱい抱き締め、顔を押し付けている少女。
 それは、カオス上空の戦いではぐれてしまったパティだった。



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