TOP / CONTENTS BACK / 06 / NEXT


  ポニー −穏やかさの中に−


 操作パネルのスロットにIDカードを差し込むと、手早く暗証コードを入力する。シャッターが開ききるのを待たず、ポニーは身体を押し込むようにしてターミナル室にすべりこんだ。
 OX-11がコードCを出した原因を早く調べなければ。
 あせっていたポニーはメインターミナルのシートに着こうとして驚いた。
 シートに人が…!
 ディスプレイの灯に人影が浮かんでいる。
「誰か、いるの…?」
 ポニーの声に答えるようにシートがクルリと回転した。
 ソルノイドの少女がこちらを向いて微笑んだ。
 ポニーはあっけにとられてその場に立ちつくしていた。
 ロックされていたのだ、この部屋は。誰もいるはずないじゃないの。でも中からロックしたのなら…。でも何故ロックなんか…。そんな言葉がちらっとポニーの頭の中をよぎった。
 だが、ポニーがコードCのことも一瞬忘れるほどに驚いた理由は別にあった。
「あなたは…」
 ポニーはその少女を知っていた。
 いや、知っていると思ったと言った方が正解だろう。
 親しくしていたというわけではない。けれど、毎日のように顔を合わせていたのだ。
 快活で、誰にでも親しまれていた少女。
 突然の転属で姿を消したあの娘。
 彼女がここにいるはずがない。
 ポニーの知っているその名前を呼ぼうとした時、コンソールにコールが入った。
 ラビィだ。
 ポニーは出かかった言葉をのみ込んで、パネルからヘッドセットを手にとった。
 シートの少女は頷いてみせると、ごく自然に場所をポニーに譲った。
 ポニーは促されるままにすわった。
‘こちらブリッジ。ポニー、異状は?’
「今着いたところです。すぐ調べます」
‘概況でいいから早くお願いね。途中の艦内の様子はどう?’
 少しためらいながらポニーは答えた。
「数ヶ所で気密が破れてシャッターが下りていました。第2モニタールームは…」
 ポニーは声をおとした。
「…急減圧で全員死亡した模様です」
 ラビィの声が返ってくるまで少しの間があった。
‘わかったわ。他には何か?’
 ポニーは傍らの少女に視線をやった。
「い、いいえ、ありません」
‘じゃあ気をつけてね。がんばって、ポニー’
「はい」
 ヘッドセットを置いたポニーに向かって、少女は名のった。
 それはポニーの記憶と同じ名前だった。

    ◇     ◇     ◇

 ちょっと大胆な推理かな。
 推理と言うよりは、こういう印象を受けてしまったというわけ。ポニーのキャティに対する態度はどうもそういう感じなのだ。原作者たちにはどう思われるか知らないけれど、私はこの方がいい。
 コンピュータ少女である。
 というよりは機械知性の方が相性がいい、それだけのことなのだ。
 マシンだなんて言ったって、お説教好きのトイル、必要最小限しかしゃべらないクソマジメなアイル、OX-11にいたっては 『プログラムされた』 と言っておきながらポニーにすべてを明かしてしまう。彼らは十分に人間なのだ。
 だからポニーのこと特別視しないでほしい。ルフィーだってわざと人とのあいだに距離をとろうとしているところあるしね。
 身体を動かすのは、少し苦手かも知れない。
 でもがんばっているよ、ポニーは。モンスター捜索にもクルーの一人としてちゃんと銃を手に加わっていたでしょう? 通路の異物を調査に向かったエルザの指示を受けてテキパキと手をうっていく、ラミィじゃああは行きません。
 一番残念なのは、信頼するOX-11のためにブロッサムを離れた時のこと。
 日常描写がないせいで、ポニーが全く馬鹿みたいに見えてしまうのだ。これは完全にスタッフの責任。OX-11のメインターミナルでひざを両手でかかえるようにして座り、楽しそうに語りあっているポニーの、あのワンカットで全てを判れというのは無理です。
 ともかくもけして弱虫じゃない。
 友のためなら、自分自身を危険にさらして行動することが出来るのだから。
 そして、エルザの死に泣いているラミィをそっと抱いてやる姿や、ラビィの銃の前にとび出して、キャティを逃がしてやったことも忘れないでほしい。
 弱い面と強い面、その二つともを見せてくれるから、好きだよポニー。

    ◇     ◇     ◇

 視界のすみで、ぼんやりとした赤い光がおどっていた。
 なんの光だろう。ここは…?
 よく見ようとして首をひねると、鈍いいたみが背中を走った。
 どこかにひどくぶつけたようだ。
 いったい何が起こったのだ。
 目の周囲の暗さに慣れたのか、やっと光景がはっきりしてきた。
 赤い光はコンソールパネルだ。意識も次第に焦点を結びだす。
 そう、ここはスターリーフのメインモニター室。チカチカと瞬いているのはディスプレイの灯だ。
 ポニーは立ち上がろうとした。
「あれ?」
 なんか変だ。脚に何も触れない。
 いったい今私は立っているの、それとも横になっているの?
 気がつくと、すぐわきにモニターシートが逆さまになって浮かんでいた。
 いや、浮かんでいるのはポニーのほうだ。
 人工重力がない?
 そうだ、キャティが逃げて、発火点安定素子が供給できなくなって、レプリション炉が暴走し始めて、そして…。
「しっかりするのよ、ポニー!」
 自らを励ますように声をかけた。
 恐る恐る周囲を見る。ともかく状況を確認しなきゃ。
 いきなり目にとびこんできたのは、壁に突き刺さった点検ハッチのカバー。
 ふき飛んだ…?
 ポニーはぞっとした。もし私にぶつかっていたら。
 怖々両手で自分のからだを探ってみる。頭、肩、腕…。背中の痛み以外これといった怪我はないようだ。
 コンソールカバーがぶつかったらしく、メインのモニタースクリーンなど3ヶ所がひどくやられていた。その様子からみればポニーは非常に幸運だったと言うしかない。他の部分はどうにか動力が生きているらしく、緊急表示の赤色灯がズラリとともっている。これがさっきの赤い光の正体だ。振り返ると入り口のシャッターは半開きの状態だった。
 ポニーは手を伸ばしてシートの背を掴んだ。
 グッと引きよせる。
 同時に身体をうまくひねって本来の床に両足で着地。視界がグルリと一回転した。船内ブーツの足底がピタリと吸着して反動を押さえる。
 その時ほんのわずかだが右のほうへ引っ張られた。どうやら船体は回転しているらしい。
 ホッと一息つくポニー。
 でもどうしてしまったのだろう。スターリーフの爆発は避けられないはずだったのに。私は生きている。レプリション炉の制御を取り戻せたのかしら。
 まだかすかに頭の中にもやがかかった感じで、ポニーはコンソールに向かった。
「ウッ、」
 ズキリと背中が痛んだ。
 点検ハッチが外れて、壁に突き刺さるほどの衝撃がかかって、私もはねとばされ叩きつけられたとしたら…。スターリーフはやっぱり爆発して…。
 ブルッと頭をふる。
 いけない、ぼんやりしてちゃ駄目でしょ。しっかりしなきゃ。
 ここはモニター室だから状況のチェックが出来るはず。出来るだけデータを取って正しい判断をするのよ。
 薄暗い中でボードに手を伸ばす。
 非常灯のみではっきりは見えないが、レイアウトは全て指と身体が覚えている。目をつぶっていたって出来るのだ。
 素早くキーの列に指を走らせた。
 船外・船内モニターカメラネット使用不能。
 船内通信回線使用不能。
 OX-11の音声モニター系破損。
 動力は非常バッテリー使用中。
 ローカルメモリー系OK…。
 指の動きにつれて意識がはっきりして来る。
 幸いにも破損を免れたプラズマディスプレイに描き出される現状は驚くべきものだった。
 ローカルセンサーで確認できる限り、残存するのはスターリーフとこのAIブロック、しかもメインモニター室を含むサブブロックの一角のみだというのだ。
「まさか、どうして…?」
 OX-11! ポニーはあわててキーをたたいた。
 OX-11に訊けば、キーボードからならOX-11と話せる。
 彼ならきっと判るはずだわ。
 しかし、ポニーの目の前に並んだ文字は無情なものだった。
 『メインコア・ブロック消失。コンタクト不能』
 OX-11の全ての記憶、全ての能力、そしてそのパーソナリティの中心であるマトリクスを形成するメインコアが存在しないのだ。
 もう跡形もないのだ。
 ポニーの指がグッとキーボードに押し付けられた。
 無意味なグラフィック・シンボルがディスプレイに流れる。
「OX-11が死んでしまった」
 レプリション炉の暴走で、スターリーフとともに粉々に吹き飛んでしまった。
 じゃあなんで私は生きてるの。
 私一人!
 ポニーは両手をコンソールパネルに叩きつけた。
 表示の幾つかが切れ、ささくれだった樹脂片がポニーの手を傷つけた。
「そんなの嫌よ…」
 私だけ生き残ったってしょうがないでしょう。
 もうカオスにもいけない。
 パラノイドでさえやってこない。
 何をすればいいの? 教えて、OX-11。あなたはキャティのことだって話してくれたわ。お願い、OX-11。
 見つめていてもディスプレイには答えがあるはずもなかった。

 無意識のうちにキーをたたいていたのだろうか。
 何をどう入力したのかはわからない。
 ふと顔をあげるとディスプレイの表示が変化していた。
 それをみてポニーは大きく目を見開いた。
「OX-11!」
 それは彼からの最後のメッセージだった。
『ポニー、あなたがこれを読んでくれるように祈っています。
 あなたがブロッサムへのデータ転送を行っているあいだに、私は独断で緊急措置をとりました。ハンガーベイ、武器庫の自爆セットとブロック結合ボルトの解除です。前者は自動でセッティング可能ですが、後者はメンテナンス・ドローンを介さなければなりませんので、タイミングが間に合わないかも知れません』
 ポニーは一心にディスプレイの文字を追った。
『うまくいけば、あなたのいるブロックはスターリーフの爆発の破壊力によって本体から分離し、ほうり出されるだけで済むはずです。その際に、ポニー、あなたに大きな負傷がなければ、生存のチャンスがあります』
『しかし全てがうまくいっても、救出される可能性は5%もありません』
OX-11、あなたにしてはずいぶん大ざっぱで控えめな言い方ね。
 ポニーは思った。
『私は、あなたをより困難な状況に追い込んでしまったのかも知れません。でも、ポニー、私はあなたに生きてほしいのです。あなたに会えて、私は本当に良かったと思います。艦の管制AIにすぎない私を、ポニー、あなたは自分の命を懸けてまで信頼してくれました。計算上の確率は確かに低いものです。でも、希望を捨てないで下さい。絶望しないで下さい。どうか生きて下さい       』
『レプリション炉の爆発は、私のメインコアを確実に破壊するでしょう。メッセージはコンソールのローカルメモリーに記憶させました。計算ではローカル機能の70%以上は無事のはずです。エマージェンシー・キット、低速代謝剤はすぐ外のボックスにあります。落ち着いて処置を行って下さい。生き延びるために。残念ですが、時間がきたようです。ポニー、ありがとう。そして、さようなら      』

 メッセージはディスプレイの上方へスクロールし、消えた。
「OX-11…」
 ポニーの瞳からこぼれた涙が、ポツリとディスプレイを濡らした。
 涙は点滅する赤い光を反射して輝いた。

 スターリーフの残骸は緩やかな回転を続けながら光速圏を漂っていた。



TOP / CONTENTS BACK / 06 / NEXT